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それは打ち寄せる波のような

作者: かなで四歌

 最期を看取る仕事をしていた。



 世の中から神だとか宗教だとか、そういうミームが消えて、もう長い時間が過ぎた。

 もうだれも信じていない、そういう捨てられた文化ゴミをかき集めて、記録してみた。



 かつてこの地では、多くの人が、それぞれの神のために争ったらしい。

 同じ神を信じる3つの勢力、細かく分ければもっともっと多くに分類できる、その人達は。

 神様の捉え方だとか、神様の決めたルールが違うからと言って殺し合った。

 歴史の片隅に追いやられて、そんな過去は図書館にしか残ってないけれど。

 みんなが忘れたそれを、私は馬鹿げたことだとは思わない。



 ここは約束の地。

 神様が放浪する人達に与えた、密滴る甘い水の土地。

 もうだれも住んでいない。

 何度も神様のために土地を取り合って、最後には汚染されてしまったから。

 放射能が私のDNAを傷付けるこの土地を、ネジくれた生き物の住む土地を、私は醜いと思わない。



 かつて宗教が死んで、モラルは消えた。

 死んだあとのことを考えなくていい人間は、何をしたって地獄に堕ちない。

 天国を棄てた人は、地獄からも解放されたんだ。

 葬式は儀礼になって、参拝はイベントになって、ただスピリチュアルだけが残った。

 パワースポットは御利益を与えてくれるかもしれない。

 でも、規律をもたらしてはくれなかったみたい。

 利益になるかならないか。

 これだけが一番大事なことだった。

 幸せになるために頑張ったみんなを、私は悪だとは思わない。



 およそ多くの脳ミソは、目先の利益を得ることを最大の価値とする。

 明日100をもらうより、今すぐ50をもらいたい。

 『周りの人にやさしくしてあげたら、回りまわって優しくしてもらえるよ』

 そんなことより今が今、今日このときに優しくしてもらいたい。

 だからいいと思ってしまう。

 明後日法律違反で捕まるとしても―――

 今、美味しいご飯を食べたいって。

 そうやって神は死んだ。

「罪を犯す自分を赦してくれ」

 そう言われるだけの存在になって、かつて神は死んでしまった。

 私はそれを、卑しいとは思わない。



 だから人は争った。

 ただみんな幸せになりたかっただけなのに。

 未来の幸せを願って手を取り合わず、今の幸せを願って隣から奪おうとしたから。



 さらさらとした砂を全身で感じる。

 核の墜ちたここ、砂漠化した爆心地に、防護服もなしで立ってる。

 頭が痛い……。

 嘔吐した。

 そう遠からず、私は動けなくなるだろう。



 祈る。

「神様、もしいるのなら。

 私の傍にいてください。

 私はあなたに、他に何も望みません。

 私を放射能から救うことも、幸福も、世界平和も、糧も、金銭も、千年王国も、栄光も。

 ただ、隣にいて欲しい。

 ひとりでいるのはとても寂しいんです。

 もう私しかいない……。

 傍に、いてください、どうか……」

 大切な何かを失って、もう、みんな、一人になってしまった。

 だから、私は。



 ここは天国に一番近い場所。

 神がいるならここ。

 きっと神がおわす場所。

 約束の地。

 私はあの民族ではないし、洗礼を受けていないし、戒律を守っていなかったけれど。

 それでもきっと。

 信者になりたいと思う。



 光が見える。

 まぶしい……。

「そこにいてください、どうか……」

 他に何も望みません。

 打ち寄せる波のように、涙と感情が、けれど少しずつ静かになって、

 やがて、

 終わった。

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