海と摩天楼 第3部
□第3部 新しい恋のはじまり
◇12 新しい恋のはじまり
相川貴和子から志村のもとに電話があったのは、先の講演会から一週間ほどしてからのことだった。
「志村先生でいらっしゃいますか」
受話器から相川貴和子の声が聞こえたとき、隆行は驚いた。代議士が秘書を通さずに、いきなり自分で電話をしてくることはないと思っていた。
「相川でございます。先日は有意義な講演、どうもありがとうございました」
相川貴和子は型どおりの挨拶をした。
「いえいえ、こちらこそ、夕食までご馳走になりまして、ありがとうございました」
「先生、この間約束してくださったこと、覚えていらっしゃいます?」
そう言ったとき、相川貴和子の声は、最初の改まった挨拶とはうって変わって若々しく弾んでいた。
「覚えています」
「ああ、よかった」
相川貴和子はうれしそうに言う。
「先生、今月中にお会いできますかしら」
「私のほうはいいですが、相川さんはお忙しいでしょう」
「ええ、でも何とか時間をつくりますから、会っていただけますか。いろいろ教えていただきたいことがあるものですから」
二人は、それぞれの多忙な予定の調整をして、一週間後の夜八時に、相川貴和子のお膝元である横浜のホテルで食事をする約束をした。
「先生、指切りですよ」
「わかりました。必ず万障繰り合わせて伺います」
そう言って隆行は電話を切った。このとき隆行の胸は、いつになく明るく浮き立っていた。
約束の一週間後、隆行は相川貴和子が指定したホテルのレストランに向かった。そのレストランは、海に面した三十数階建てのホテルの最上階にあった。相川貴和子が事務所を置いている摩天楼に近いホテルだった。港が一望できる窓際の個室がとってあった。夕暮れ迫る港には、ライトアップされたベイブリッジと往来する船の灯が煌めいている。
隆行が席に着いてしばらくして、相川貴和子がウエイターに案内されて個室に入ってきた。相川貴和子は意外にも一人でやって来た。金色のフレームにブラウンのレンズの入ったサングラスを掛けて、ワインカラーのサマーセーターに浅黄色のツーピースという装いだった。
同僚議員も秘書も連れてはいない。浅黄色のツーピースがよく似合っていた。議員バッジはつけていなかった。
「お待たせしました」と言って、相川貴和子はサングラスを外して席に着いた。
「お一人ですか?」と尋ねると、
「ええ、今日は先生と初めてのデートですから、誰も連れてきませんでした」と、相川貴和子は笑顔で言った。
ウエイターにコース料理を注文し、飲み物を問われて、メニューを手にした隆行は相川貴和子を見た。
「夏ですから、生ビールにしません? それも大ジョッキ。でも、このレストランに大ジョッキはあったかしら」と、相川貴和子はウエイターの顔を見て尋ねた。
「申しわけございません。あいにく中ジョッキのみとなっておりますので、よろしければお代わりをしていただければと思います」
中年のウエイターは笑顔で答えた。
二人は運ばれてきた生ビールで乾杯した。
「私と志村先生の実りある将来に向けて乾杯」 相川貴和子は笑顔で隆行とジョッキを合わせた。
注文したのはサーロインステーキを中心に、前後にロブスターやひらめのムニエルなどが付いたコース料理だった。
相川貴和子はよく食べた。ステーキやロブスターを、最初から大きく切っておいて、どんどん口に運ぶ。その食べっぷりはワイルドで、いかにもスポーツに親しんできた人らしかった。
「先生はゴルフ、なさいますか?」
「いや、実はまだしたことがないんです。同僚や教授の中には毎週通っている人もいますが。相川さんはお上手そうですね」
「ときどき近くのゴルフ場に通っているんです。広々としたコースでクラブを振り回すの、とても気持ちがいいですよ。今度ご一緒しませんか?」
「そうですね、ご教授願いますか」
「先生からは経済のことを教えていただいて、私からはゴルフを。これでバーターが成立しますね」
そう言って、相川貴和子はうれしそうに笑った。
「先生、社会といわず、経済といわず、現在の閉塞状況を脱け出すために、何か有効な手立てはありますかしら」
相川貴和子はメインディッシュのサーロインステーキをきれいに食べ終えてから、隆行に尋ねた。
「新しい産業基盤の整備と少子化対策でしょう。中国、韓国、台湾、そのほか東南アジアの国々もインフラ整備が進んで、日本が得意としてきた自動車やコンピューターや家電も、安くて性能のよいものを国際市場に送り出せるようになっています。たとえばいまの日本の工業生産力は、その量において中国にかなわない。中国のGDPはすでに日本をしのいでいます。これに太刀打ちするには、より高度な産業技術と、徹底的に合理化して安価な製品を作り出す産業基盤が必要なのですが、それがまだできていない。このままでいったら、日本はアジアでも下から数えて何番目かの生産力しかない国になってしまう」
「本当にそうですね」
食事の手を止めて隆行の話に聞き入っていた相川貴和子が相槌を打った。
「少子化対策については、この前の講演でもお話ししましたが、中国の活況を担っているのが数千万といわれる若い労働力に拠るところが大きいということを見ても、少子化を食い止めなければ、日本の産業といわず、国力は遠からず衰退してしまいます」
「本当に、それはいろんな人から聞きます。でも、心配する話はできても、その問題を解決するための具体的な政策は出てこない。みんな行き当たりばったりの、その場しのぎの政策ばかり」
「そうなんです。現政権は行政改革を言ってスタートしましたが、結局は尻すぼみになってしまった。議員内閣制の下では無理なのかもしれませんね。政権の安定を図ろうと思うと、どうしたって八方美人になってしまう。そうしないと政権がもたない。いつ首を切られるかわからないから、やりたい政策があっても、反対を押し切って果敢に断行することができないんですね。根回しと議論をしているうちに時間がどんどん過ぎてしまって、結局雲散霧消してしまう。それが官僚たちの狙いでもあるのでしょうけれども」
「大統領制の導入ですか」
「そうですね。でもそれは憲法を変えないとできないことだから、なかなか。与党だけでなく、野党にも反対意見が少なからずあるようですからね」
「確かに、強いリーダーシップをと言いながら、実際にそういうものを振るおうとする政治家が出てくると、みんなで足を引っ張る、頭を叩く。困った民主主義です」
相川貴和子は小さな溜息を漏らした。
「どうですか、相川貴和子初代大統領というのは」
「ご冗談を」
相川貴和子は身をよじるようにして笑った。
「そうそう、先生、私の事務所、この近くなんです。ちょっとお立ち寄りくださいますか。ここに負けない、素晴らしい夜景をプレゼントしますわ」
隆行は相川貴和子の誘いに応じてレストランを出た。
ホテルから歩いて七、八分ほどの所に地上六十階建ての摩天楼は夜空高く光をふり撒いてそびえていた。その摩天楼四十五階からの夜景は、まさにプレゼントと言うに値した。海上遥かな夜空には星が煌めいている。横たわる光の帯のようなベイブリッジ。埠頭に停泊する船々の灯。大観覧車、赤レンガ倉庫、山下公園のマリンタワー。それらが
「素晴らしいですね」
隆行は感動を素直に言葉に表した。
「日中は海が見えます」
自分の大事なものを披露した少女のようにはしゃいで、貴和子が言った。
「先生、世界の三大美港ってご存じですか?」
「シドニーとサンフランシスコと、もう一つはどこでしたか」
「リオデジャネイロです。でも、横浜港だって美港ですよね。ベイブリッジができて、さらに奇麗になりました」
「そうですね」
横浜港の美しさを誇りに思っているらしい相川貴和子の言葉に隆行はうなづいた。
居合わせた女性秘書が入れてくれたコーヒーをご馳走になり、隆行は相川貴和子に別れを告げて事務所を後にした。
◇13 ゴルフ
三週間後の日曜日、隆行は大学の近くにあるゴルフ用品専門店で買い込んだゴルフセットを自分のBMWに積んで、朝早く家を出た。その日までに隆行は三度、大学の最寄りのゴルフ練習場に通ったが、隆行にとってゴルフは経済学の論文を書くよりよほど難しかった。
「その年になってゴルフを始めて、ボールが前に飛ぶのかしら?」
妻のみずほは、そう訝しそうに言った。
指定された湘南のゴルフ場に着くと、相川貴和子のほかに十人ほどの与党の政治家と、どこかで見覚えのある企業の経営者らしい人物たちが揃って、クラブハウスでコーヒーを飲みながらスタートを待っていた。
「S大学経済学部の志村隆行先生です。私の経済政策の先生です」
相川貴和子は、そう言って居並ぶ人々に隆行を紹介した。集っている人々のほとんどが中高年の、政治家や実業家といった印象の人々で、隆行がテレビや新聞雑誌等で見知っている顔もいくつかあった。
四人一グループになってスタートする。隆行は、相川貴和子と派閥の事務総長の本堂政憲、それに先の講演会の際に司会をしていた樋山という若手の代議士と同じグループになった。
隆行は一番ホールのティーショットを何とかコース上に落とすことができて、周りの人々の拍手を受けた。しかし、一ラウンド十八ホールを回り終えたとき、隆行のスコアは参加者二十余名中最下位だった。一方相川貴和子は、並いる男性の参加者を退け、堂々とトップのスコアを上げていた。
「貴和子ちゃんは別格だよ、何といってもハンディがシングルでプロ級なんだから」
本堂政憲が言った。本堂政憲は、政界のポセイドンといわれるだけあって、体格は相川貴和子を上回って堂々としたものだったが、ティーショットでは、百五十ヤード以上飛ばす相川貴和子に及ばなかった。
大きな庇の付いた白い帽子に紺色のゴルフシャツ、アイボリーホワイトのパンツ姿の貴和子は、ドライバーを手に、大きなバックスイングから正確にボールを叩いた。そのスイングの速さ、しなやかに伸びしなる体に、居合わせた男たちは見取れていた。
「血筋かね。貴和子ちゃんの父上は、やっぱり政界きってのゴルファーだったからな」と、本堂政憲が言った。
本堂政憲は、派閥の領袖だった相川守が急逝して以後、自分の出番をうかがっていた。チャンスがあれば派閥の領袖の座を手に入れ、あわよくば党総裁、つまりは総理大臣のポストも手に入れようかという思いがなかったこともない。
しかし、本堂政憲は、相川守の後継の領袖にはなれなかった。その座に就いたのは本堂より三歳若い、二世議員の菱川一郎だった。そのとき本堂は、独り菱川一郎を呪った。沸々とした怒りは、しばらく本堂の心を去らなかった。
そうした苦い経験もあって、党総裁というものは、なろうとしてなれるものでないことを本堂は悟った。あれは、ほとんど運なのだ。運がよくて、なおかつそのチャンスをものにする馬力、爆発的な行動力がなければいけない。それでもなれるかどうか。そして、仮に党総裁、総理大臣の座に就いたとして、はたしてどうだろう。党内はもとより野党の動勢にも目を配り、四方八方に気をつかっていかなければならない。戦後の日本の総理大臣は、ほんの二、三人を除いて歴代短命だった。多くの総理総裁が、スキャンダルにまみれ、選挙に負けては消えていった。中には、一、二か月でその座を追われた総理大臣さえいる。
そういうポストに就くよりは、キングメーカーでいるのがいい。近年とみに本堂はそのように思うようになっていた。総理総裁の座をも自在に動かし、自分が実現しようとする政策を半傀儡化した総理総裁に実現させる。そこにこそ、権力を握る者の快楽があるのではないか。
本堂は、故相川守の娘、貴和子の並々ならぬ資質を見抜いていた。回転の早い頭脳、父親譲りの弁舌、その美貌、その体力、血筋のよさも申し分ない。いまは昔と違って、看板である党首の人気が選挙の勝敗を分ける時代になっている。それが男だろうと女だろうと、人気のない候補は確実に負ける。それを考えると、貴和子は申し分がなかった。もしかすると貴和子は、父の悲願であった総理総裁の座に上り詰めることさえあるかもしれないと本堂は秘かに思っていた。
本堂は何度か貴和子とともに選挙の応援に出向いたことがある。そのとき貴和子は、候補者の何倍もの人気を誇っていた。相川貴和子が来るというだけで、演説の会場になる駅前や路上、演説会場のホールには大勢の聴衆が集まってくる。その威力には、玄人政治家を自負する本堂も舌を巻いたものだった。時代は変わったなと本堂はつくづく思った。
ゴルフを終え、多忙な議員たちはそれぞれの予定に従って散って行った。いつか、隆行と貴和子は、また二人で夕食のテーブルに着いていた。
「先生、この時代を変えられるのは、やはり政治の力です。しかも、お爺さんたちの談合じゃなくて、若い世代の斬新な政策による政治です。私が紹介しますから、政界に出てみませんか」
貴和子は熱っぽく隆行を誘った。
貴和子には、貴和子自身が強く意識している弱点があった。貴和子は自ら志して目指す政策を実現するために議員になったわけではない。世襲議員として一族と父をとり巻いていた後援者や秘書などに乞われて立候補した。父の相川守が逝ったとき、最初は母が、次に弟が周囲から立候補を求められた。しかし、母は表舞台に立って弁舌をもってさまざまな局面を切り抜けていくことなど、逆立ちしてもできない人だった。まさに内助の功で父を支えることに徹してきた人だったのだ。
一方、ある家電メーカーの研究所に勤めていた弟は、出馬を頑に拒んだ。母に似てか、華やかな表舞台に立つことを嫌い、コツコツと研究に励んできた弟は、やはり政治の世界とは無縁な人だった。
それまで、父の末席の秘書という肩書きで給料はもらっていたものの、世界のあちこちを旅したりして、貴和子は気ままに生きてきた。S大学を卒業して間もなく、アメリカに留学した。カリフォルニア州の無名の大学だったが、貴和子はその間に流暢な英語をものにしていた。
聡明な貴和子は、一旦決意して代議士になると、与党の政策研究会等に積極的に出席し、政治、政策について猛勉強をした。その間、マスコミから注目を浴びるようになり、外国人記者クラブでの流暢な英語での発言なども手伝って、与党のプリンセスともてはやされるようになっていった。
しかし、やはりいまだに政策については自信がないというのが貴和子の本音だった。特に経済政策については、これといった具体的な案を持たなかった。持てなかったのだ。確かに貴和子はS大学経済学部で志村の二級後輩ではある。しかし、貴和子は父に、大学は法学部か経済学部にするように勧められ、何もわからぬまま、経済学部に進んだ。水泳ができれば、どの学部でもよかったのだ。たっぷりとしたプールの水を掻いて泳ぐ、それが貴和子の大学生活最高の幸福であり、勉強は、何とか単位を取って卒業できる程度にしかしなかった。
貴和子の経済学、あるいはナマの経済についての知識は貧しかった。たとえ経済の専門家といえども、一九八〇年代に始まり、九〇年代に入って間もなく崩壊したバブル経済、その後の停滞と底を知らぬほどのデフレの進行を予測した者はいない。そのときどきの政権担当者は、皆、その都度、その場しのぎの政策、あるいは問題の先送りで切り抜け、評論家や学者はその場しのぎの論評をしてきたというのが実情だった。そういう場当たりの政策が不況をどんどん加速させてきた。
「経済はわからん」
父の相川守も口癖のようにそう言っていた。
それは、別に貴和子や貴和子の父のみがそうであるということではなく、与党の多くの政治家たちがそうだった。
もちろん貴和子は、毎日何種類かの新聞に目を通し、テレビのニュース番組を見てはいた。しかし、そこで報じられる膨大な量のニュース、押し寄せてくる情報から、時代に必要な政策を編み出すことが、貴和子にはまだできなかった。貴和子にはどうしても優秀な政策プランナー、政策通の政策秘書が必要だった。
相川貴和子には、すでに二人の政策秘書と、公設、私設を合わせて七人の秘書がいる。しかし、彼らは国会議員として、過密を極めるスケジュールや、日々の活動に必要なノウハウは熟知していても、国、あるいは世界全体の経済の動向といったことになると、やはりその知識は頼りなかった。
社会福祉経済学という分野で活躍している新進の学者、志村隆行は、まさにそれに最適な人物だった。
「僕には金も知名度もない」
隆行は苦笑いして貴和子に言った。
「大丈夫です。先生がその気にさえなれば国会議員になれます。経済的なことなら心配はありません。派閥の推薦を受けて党の公認さえとれば、党と派閥がお金を出してくれるし、私も応援します。選挙のノウハウについても、党の選挙対策委員会に詳細なマニュアルがあるし、私のスタッフも応援に向けます」
貴和子は力を込めて言った。
「でも、落選することだってある。よく選挙のときにあるでしょう、大物代議士がまさかの落選なんていうニュースが。ましていまは小選挙区制なんだから、当選間違いないなんていうのは、相川さんや、知名度の高い何人かの政治家だけでしょう」
この隆行の言葉の後、貴和子は隆行にとって意外なことを言った。
「そのときは、もしよかったら私の政策秘書になっていただけませんか?」
貴和子はそう言ったのだ。
隆行はまじまじと相川貴和子の顔を見た。
「政策秘書の中には、法曹資格や一流大学で博士号をとった人も少なくなくて、とてもステータスの高い仕事です」
相川貴和子の真っ直ぐに隆行を見詰める瞳は熱かった。
食事を終え、志村は自分の車で相川貴和子を自宅まで送ることにした。シルバーメタリックのBMWに乗り込むとき、貴和子が助手席のドアノブに手を掛けて言った。
「助手席に乗せていただいてよろしいかしら」
隆行にそれを拒む理由はなかった。
途中、志村は、とある公園の路肩に車を止めた。路上には、多くの車が止まっていた。
夏の夜、二人の気持ちは熱く潤んでいた。ふと、誘われるように、隆行は貴和子の手を取った。貴和子の長い指は細く、感触は滑らかだった。
貴和子は知らぬ気に隆行に手を預けている。隆行は貴和子の手を握った。貴和子の柔らかな手は、隆行の手を握り返してきた。いつしか二人は車中で抱き合っていた。隆行には、自分の手の届かぬ世界に住んでいる女を抱いているという痺れるような快感と背徳の意識があった。
夜目にも宏壮な相川邸の前で車を降りるとき、相川貴和子は小声で
「内密に借りている私のマンションがあります。今度そこにご招待します」と言った。
「伺います」
答えて隆行は車を降り、門内に消える相川貴和子を見送った。
◇14 秘 書
相川貴和子には公設第一秘書の戸部進を筆頭に、二人の政策秘書と公設私設合わせて七人の秘書がいた。その数は代議士として決して多いほうではない。有力政治家になると、十人前後の秘書を抱えている代議士もいる。その七人のうち、五人は父、相川守の時代からの秘書たちで、四人は五十の坂を越えた男たちだった。
公設第一秘書の戸部進は、貴和子の父親の代からの公設第一秘書であり、貴和子の金庫番だった。戸部は五十歳をいくつか越えて、なお独身を通していた。痩せていて、身長は貴和子とほぼ同じだった。頭髪はなく、外出するときはいつも中折帽をかぶっていた。彫りの深い顔立ちの、滅多に笑わない男だった。
戸部進は相川守の姉の長男で、守の甥だった。戸部は学生時代、学生運動の活動家だった。懐の広い貴和子の父が、その経歴を嫌われて行き場のなかった戸部進を自分のもとに置いていた。
戸部は相川守の下で黙黙とよく働いた。相川守は、何かと才知のある戸部が気に入り、戸部がまだ三十代半ばのとき、公設第一秘書に取り立てた。血縁者であることも、相川守が、かつて学生運動の活動家であったにもかかわらず、戸部進に信頼を寄せる理由の一つだった。
この従兄の戸部進の存在は、貴和子にとってはいちばんの頼りであるとともに、何とも疎ましい存在でもあった。貴和子の立居振舞いにあれこれ注文をつけるのがいちばん多いのは戸部だった。
貴和子が戸部の反対を押しきってできたことといえば、日本一の摩天楼の四十五階に事務所を借りたことくらいだっただろう。
「選挙民がここに来るには敷居が高すぎますよ」
それが戸部の反対の理由だった。
「選挙のときには、地上の事務所を開けばいいでしょう」
貴和子はそう言って、戸部に四十五階の事務所開設を承諾させた。その結果、選挙の際には、相川守の時代から使っている横浜駅近くの事務所を開かなければならなくなったことは、出費がかさみ、戸部には大いに不満らしかった。
一度、貴和子はイタリア製のスポーツカーを買おうとしたことがあった。その流麗なデザインとエンジン音が、貴和子はたまらなく好きだった。しかし、戸部はそれに真っ向から反対した。
「あんな派手なスポーツカーに乗ってはいけません。選挙民の心が離れていく。せいぜい二千CCの国産車、セダンにしてください。日本の小型車は世界一です。その代わり毎年買い換えるようにしますから」と戸部は言ったものだ。
ときどき貴和子が赤い派手なワンピースなどを着たりすると、戸部は眉をひそめてみせた。
一度、貴和子が港を望む高級マンションを買いたいと言い出したときも、戸部の反対にあって、結局買えずじまいだった。一億五千万円という値段を聞いて、
「そんな贅沢なマンションではなくて、もっと安い、実用的なものにしてください。できれば賃貸がいいです」と、戸部はたしなめた。
「お金はあるんでしょう」
貴和子は悔しさを覚えつつ言ったものだ。戸部がそのほとんどを管理している父の残した資産は、申告した相続分の六億円よりずっと多く、二十億を超えているという話を、貴和子はかつて戸部自身の口から聞いたことがあった。それは、政治家にとっては古きよき時代に、父相川守によって蓄えられた資産だった。その隠し資産を巧妙な手口で維持し続けるのも、戸部の仕事だった。
「親の遺産を食いつぶしてはいけません。選挙にも、票田を維持するのにもお金がかかるのは貴和子さんもおわかりでしょう。今は政治資金規制法やら何やら厳しくなって、昔のようにどんどん金をかき集められる時代じゃないですから、よほど収支のバランスをとってやっていかないと破綻します。そういう贅沢が、危ない金に手を出す誘因になって、先々失脚につながるんですよ」
戸部は渋い顔で言ったものだ。それで相川貴和子のエルミタージュの夢は、他人名義の賃貸マンションを借りることで妥協せざるを得なかった。この名義のことも、戸部から教えられたものだった。
「もし貴和子さんが隠れ場所に使うなら、賃貸のほうが目立たなくていいです。買ってしまうと、それは相川家の資産に数えられますから、いろいろ面倒だし、人目にもつく。評価額の上がり下がりも気になってしょうがない」
戸部は相も変わらぬ渋面で言った。
「そんなにコソコソ隠れる必要ないと思うわ。別に何か悪いことをするわけじゃなし」
貴和子は苦笑して言ったものだった。
「貴和子さんは、マスコミがつけ回していますからね。いつ写真週刊誌にとんでもない写真を載せられないとも限らない」
「とんでもない写真て、どんな?」
「貴和子さんの失脚につながるような写真です」
「スキャンダルですか。私はタレントではありません」
「タレントではありませんが、タレントほど有名で、タレントより厳しいモラルを要求されているのが、政治家相川貴和子なんです」
「厳しいモラルって、与党の男性の代議士の皆さんのモラルハザードぶりはどうですか」
貴和子は笑い出してしまった。
「女性にだけモラルを求めるなんて、差別的です」
「貴和子さんには、与党議員の範を示していただきたいということです」
「そんな、与党議員の模範なんていやです。まだ結婚もしていないのに、私は模範議員になんてなりたくありません。もっと高齢の、女性でもお局先生がたくさんいらっしゃるでしょう。そのお局先生方に模範を示していただけばいいと思います」
ここは負けたと思ったか、戸部は珍しくニヤリと笑って自分の部屋に戻っていった。
五人の中年男の秘書と、あと二人、女性の秘書がいた。この二人の女性秘書が、貴和子の代になって雇い入れた秘書だった。
「女性には女性でないとわからないことや、相談しにくいこともあるでしょうし」
そう言って戸部は、衆議院事務局に勤めていた松木恵子という女性ともう一人を、秘書として雇い入れた。
◇15 エルミタージュ
相川貴和子は地下駐車場で車を降りて、エレベーターで二十階に向かった。そのマンションの二十階の二〇〇一号室が相川貴和子のささやかなエルミタージュだった。表札は出していない。戸部の勧めに従って、知人の名義で借りた部屋だった。
貴和子の家は、横浜山手の丘の上にある。父が建てた千坪の敷地に建つ百五十坪の広壮な邸宅だった。しかし、その家には年老いた母と、弟の一家が同居していた。二人のお手伝いさんも通っていた。子供を入れて四人家族の弟の一家に比べて貴和子は無勢であり、我が家でありながら、どことなく居候しているような気がしていた。
エルミタージュといっても、ロシアの女帝のそれのように絢爛華麗な装飾が施されているわけではない。海側に開かれた大きな窓から、港と、中央を横切るベイブリッジが見えるだけの部屋だったが、貴和子はその部屋が気に入っていた。その窓からの眺望は、四十五階の事務所の窓からの眺望より勝っていた。装飾といえば、ただ一枚、モネの 「日傘をさす女』の複製がリビングの壁に掛かっているだけだった。
ドアを開けて中に入ると、夏の熱気が充満して息苦しい。窓を開ける。夜の海に、光の群が明滅して見える。夜の海上を行く長い船のようなベイブリッジの照明と、橋の上を往来する車の光が見える。昼の海の広大さは、夜の闇に浮上する光の帯に収斂されていた。
窓際を離れ、そのままエアコンのスイッチを入れてしばらくして窓を閉める。バスルームに入り、シャワーで汗を流し、シャンプーで全身をくまなく洗う。
入浴後貴和子は、久々に調理器具を使って夕食の仕度を始めてみた。間もなく隆行と共にこの部屋で食事をすることに、心が弾んでいた。
チャイムが鳴った。貴和子は料理の手を止めてテレビモニターのスイッチを入れた。モニターに、うつ向き加減の志村の姿があった。貴和子の心が光を放って波立った。貴和子は三重のドアキーを外し、隆行を招き入れた。隆行は、その部屋を訪れた初めての男だった。
「なかなか用心深いですね」
そう言った隆行の手には、書類鞄のほかにもう一つ、デパートの紙袋が提げられていた。
「ドンペリのシャンパンとベルギー製のワイングラスを買ってきたから、今日はこれで乾杯しましょう」
そう言って隆行は紙袋をテーブルの上に置いた。
「ありがとう。うれしいわ。でも乾杯の前に、携帯の電源を切って」と貴和子が言った。
隆行は素直に従った。
「用心深いですね」
「仕方がないわ。私とあなたがここで会っていることがマスコミに嗅ぎつけられでもしたら、それでお互い破滅だから」
貴和子は目を伏せて言った。
「そうですね」
「本当に怖いわ」と言って相川貴和子は隆行の首に腕を回した。互いの温もりを確かめることだけが、その怖れから逃げる術だとでもいうように。その貴和子の怯えが隆行を酔わせた。
貴和子は怯えつつ、隆行の腕の中にあった。もし二人の関係が週刊誌にでも暴露されたら、それですべてはおしまいになる。これまでどれほど多くの政治家たちがスキャンダルで失脚していったことか。父も、一度ならず金銭の授受をめぐって週刊誌に書きたてられ、あやうく失脚の難を免れたことがある。もし隆行との関係が露見するようなことがあれば、自分は窮地に追い込まれる。これまで自分を誉めそやしてきたマスコミは、一転してそのペン先で自分を突き立てるだろう。
相川一族の名誉のみならず、一族の生活をも背負っている自分の失脚は、即、一族の挫折と零落につながる。それは貴和子にとって許されないことだった。
一人の男との恋と自分の地位を秤に掛けて、恋に走るほど自分は若くもないし、愚かでもないはずだと貴和子は思う。にもかかわらず、その思いとは裏腹に、貴和子は隆行を強く抱き締めずにはいられない。秤に掛けてと思ったとき、隆行への思いは貴和子を燃え上がらせる。
隆行は、水泳で鍛えた貴和子の豊かでしなやかな体に魅せられた。隆行は、溺れていく自分を感じつつ、それを自分に許した。
十時過ぎ、隆行はシャワーを浴びて部屋を出て行った。相川貴和子もまた、シャワーを浴びると、携帯電話のスイッチを入れた。同時に、コールサインが鳴った。
「新政会の本堂事務総長から電話がありました。すぐ指定の番号に電話してください」
戸部の声だった。
「いまどちらですか?」
戸部はそう尋ねたが、貴和子は、
「わかりました、本堂事務総長ね、どうもありがとう」と言って電話を切った。
かつて父が領袖を務めていた派閥の新政会事務総長の本堂からの電話だという。
「ああ、貴和子ちゃん、政策パーティーは花盛りなんだが、選挙も近いことだし、新政会としても二つ三つやりたいと思うんだ。東京と大阪と福岡でね。それで日程調整をしているんだが、貴和子ちゃんに出てもらわないと集まりが全然違うんでね。都合はどうかね。明日の日中でいいから、調整して連絡してもらえんかな」
政界のポセイドンと呼ばれる本堂が太い声で言った。
「わかりました。人寄せパンダ、頑張ります」
貴和子は笑いながら答えた。
◇16 調査依頼
港の沖合いに巨大な積乱雲が立っている。その巨大な積乱雲は、相対する摩天楼と威を競っているように見える。
戸部は、窓外の風景に視線をやりながら、相川貴和子がこの窓に寄ってよく外界を見ている姿を思い浮かべた。なぜ貴和子は日本一の高さを競うこの高層ビルのオフィスを借りようと思い立ったのか。父がその開発に力を注いだ港街を俯瞰するこの位置こそ、相川貴和子が目指すべき権力の座なのだ。戸部は、アメリカの元大統領が、街の俯瞰模型セットをこよなく愛していたという話を思い出す。それは政治権力の頂点にある者らしいエピソードだと戸部は思った。そして貴和子もまた、おそらくそれをそれと意識せずに、この足下に広がる街の光景を愛しているのだろう。政治権力は地上の人々の営みを睥睨し、何ものにも勝る高みにある。相川貴和子は父相川守の遺志を継ぎ、やがて本当の高みに上りつめるだろう。
戸部は自分の席に戻り、政治資金その他の毎月の収支額を追った。相川貴和子が国から受け取る歳費は、政策秘書や公設秘書に支払われる給与を含めて、ここ数年は上がるどころか、公務員の給与削減に伴って幾分減っていた。
さらに長年にわたる不況は、党が政党助成金や献金を個々の議員に配分する配分金、派閥からの支給金、相川貴和子個人に対する後援者からの政治献金、パーティー開催による収入、さらにテレビの出演料や雑誌への寄稿の原稿料、出版による収入を含めても、年を追って僅かずではあったが下降していた。かつて相川守が、何のチェックも受けずに年間数億円の金を得ていた頃とは雲泥の開きがあった。ここでもし選挙があれば、一気に支出が増えて、単年度の会計は相当額の持ち出しになる。相川守が残した資産は巨額だったが、不動産や株その他の債券の暴落も手伝って、やはり年々相当額目減りしていた。ちなみに、相川守が生きていた頃、八十年代末の相川の資産は二十億円をはるかに超えていた。それがいまでは十億に満たない。この額は、今後相川貴和子が政治家として大成していくのに足りるかと、戸部は常々懸念していた。 ドアにノックがあり、入ってきたのは秘書の松木恵子だった。松木恵子は、相川貴和子が一期目の議員の途中で採用した秘書で、普段は相川貴和子について行動している二人の女性秘書のうちの一人だった。この日は、横浜市内の会合で、相川貴和子の代理で挨拶を述べての帰途、事務所に立ち寄っていた。
「戸部さん、ちょっとお耳に入れておきたいことがあるんですが、よろしいですか」と松木恵子は、ドアを後ろ手に閉め、声を落として言った。
そこではじめて戸部は、その秘書の細面の顔を見上げた。確か貴和子と同じ年齢のはずだったが、松木恵子は服装も地味で、辺りに華やかな雰囲気を撒き散らしている貴和子より何歳も年上に見える。衆議院の事務局に勤めていたのを戸部が引き抜いてきた。独身で、事務能力は並々ならぬものをもっている秘書だった。
「まあ、お座りなさい」
戸部は席を立ち、ソファに掛けてそう言った。戸部の言葉に従って、松木恵子はソファに腰を下ろした。
「何かありましたか?」と戸部は改めて松木恵子の細い目を見て言った。
「実は貴和子先生のことで……」
松木恵子は視線を落として話を始めたが、話すことに後ろめたさを感じている様子で、最初の言葉はこもって聞き取りにくかった。
「貴和子先生が、また羽目を外しましたか」と、戸部は話を促した。
「知り合いの雑誌社の記者からの情報ですが、先生と、ある大学の教授との関係が噂になりかけていまして」
これを聞いて、戸部は軽く唇を噛んだ。
「大学教授?」
「ええ、S大学経済学部の志村隆行という准教授です」
「恋愛関係ですか?」
「ええ、貴和子先生は独身ですから、マスコミに漏れてもモラルがどうのとそしられることもないかもしれませんが、相手には妻子があります。ですから、やはり先生が非難される可能性が高いと思うのです」
「つき合いはじめてから、もう長いんですか?」
「いえ、まだ一か月くらいだということです」
「貴和子先生も大人の女性ですから、ボーイフレンドの一人や二人いてもおかしくないけど、相手が妻子があるというのはちょっと困りますな」と言って戸部は苦笑いした。
「わかりました。何か手を打ちましょう。ありがとう」
この戸部の言葉を聞いて、松木恵子はホッとした様子で部屋を出て行った。
一人になった戸部の胸に、言い難い不快感が澱んでいた。戸部はスーツのポケットから手帳を取り出し、固定電話の受話器を取った。
呼出音のあと、
「港興信所です」
事務員らしい女の声が聞こえた。戸部は、相川守の時代から何かとつき合いのある社長の若月を呼び出した。
三十分ほどで若月はやって来た。初老の、ガッシリした体格の男だった。若月はその体格を窮屈そうに曲げて、上得意の戸部に挨拶した。
「これは、ほかには頼めないことなんで、是非あなたのところで極秘裏に調査してほしいんだが、志村隆行というS大学の准教授を知っていますか」
「いや、知りませんが、すぐ調べます」
ここで戸部は、事情を話して、志村隆行というS大学の准教授と相川貴和子との関係について調査してくれるよう若月に依頼した。
「最近の大学の先生は、女子学生に手を出してセクハラで訴えられる時代ですからな。聖職者のモラルも地に落ちたものです」
そう言って若月は笑った。
若月が去ってからも、戸部の胸には不快感が澱んだままだった。
貴和子の携帯電話に電話をすると、
「はい」という聞き慣れた貴和子の元気な声が聞こえた。
「いま国会です。これから議員会館から党本部を回って、Nホテルで夕食会に出て真っ直ぐ家に帰りますから、そっちには行けないと思います」
貴和子は、歯切れよく予定を告げた。そんな貴和子の予定は、戸部は先刻承知している。戸部以外の六人の秘書は、逐一、貴和子の予定と行動について戸部に報告することになっていた。
「明日、五時くらいに議員会館のほうに行きます。今後のことでちょっとご相談したいことがありますので」
「明日の五時ねぇ、空いてるかな」
「何とか空けてください。重要な話なんで」
「わかったわ、五時には間に合わないかもしれないけど、六時までには行きます」
翌日、戸部は衆議院第一議員会館の相川貴和子の部屋で貴和子を待った。
居合わせた二人の男の秘書と雑談を交わしているところに、貴和子が女性秘書の一人を伴って部屋に入ってきた。
男三人がいた部屋は、貴和子を迎えて一気に華やいだ雰囲気になった。光沢のある白いワンピースが、貴和子の長身にしなやかにフィットしている。
戸部は、貴和子と二人だけで奥の部屋に入った。
「実は、S大学の志村隆行准教授のことで、ちょっと悪い噂を耳にしたものですから」
戸部は、先に応接用のソファに腰を下ろした貴和子に対面して口を開いた。
「志村先生。ああ、S大学経済学部の志村先生ね」
貴和子は笑顔で言った。貴和子は、もう隆行との関係がバレてしまったのかと、内心呆れた。きっとどこかの記者にでも尾け回されていたのだろう。
「ちょっとよくない噂を耳にしたものですから」
戸部は、いつもの渋い顔で言った。
「どういうことかしら?」
貴和子は知らん顔をした。
「貴和子さんと志村准教授が恋愛関係にあるという話です」
戸部はズバリと言った。
「それはないわ。私は志村先生に個人的に経済学のレクチャーを受けているだけです」
貴和子は即座に否定した。
「私も、立派な大人でいらっしゃる貴和子さんにこういう話をするのはどうかと思うのですが、立場上、あえてご注意申し上げなければならないわけで」
その戸部の言い回しに、貴和子はふき出したくなった。
「恋愛なんて、とんでもないです。どこの三流誌がそういう記事を売り込んできたんですか」
「貴和子さん、選挙も間近いことですから、行動にはくれぐれも注意してください」
「わかっています。私と志村先生との間には、仕事上のおつき合い以外何もありません。あなたも、私が経済政策に弱いことは知っているでしょう。だから、志村先生に個人的に経済学のレクチャーを受けているだけです」と、貴和子はキッパリと言った。
戸部の心底に、誰に対してとも知れぬ怒りがうねった。大きくうねりだそうとするその怒りを、戸部は自分の心の闇の中に押し込んだ。
「その個人的なレクチャーがどうも……」
戸部は途中で言葉を濁した。
相川貴和子の華やかな顔に、これまで戸部が見たことのない、ある表情が浮かんだ。相川貴和子の次の言葉で、それが何であるかわかった。
「戸部さん、いくら代議士だって、プライベートな人間関係はいくらもあるし、あっていけないことはないでしょう」
相川貴和子の顔に浮かんだのは怒りだった。
「それはそうですが」
貴和子に睨まれて、戸部は言葉が続かなかった。
「大体、政治の世界も、まだまだ男女差別が激しいです。男性の先生方はみんな、あちらこちらでお盛んに恋愛してらっしゃる」
この言葉で、貴和子は計らずも指摘された大学准教授との関係を認めてしまっていた。
「まあ、私も穿鑿はしませんが、とにかく代議士としての分別を忘れずに行動してください。選挙が近いことですから」
戸部は話をそこまでにした。
戸部は横浜への帰途、車を運転しながら、代議士相川貴和子を守る方策をあれこれ思案した。八年前の相川守の突然の死と世襲議員としての立候補以来、掌の上の幼鳥のように戸部に運命を託してきたはずの貴和子が、今、危険な恋に夢中になりつつある。そのリスクは、やはり戸部の分別をもって回避しなければならない。新しい時代の政治家としての資質をふんだんに備えている美しい幼鳥を無事成鳥になるまで育てていくのが、相川守から託された自分の務めだと、戸部は強く意識していた。
昔、学生運動の活動家だった戸部が、相川守の秘書になるには曲折があった。一九七〇年前後、戸部はM大学の全学共闘会議の主要メンバーだった。疲労困憊の果てに、一人、二人と脱落していく仲間を横目に見つつ、戸部自身、のっぴきならない選択を迫られていた。内ゲバに脅えつつ、セクトの一員として活動するか、活動と訣別するか。二つに一つを選ばなければならなかった。戸部の足下に死の淵が大きな口を開いていた時代だった。
「戸部君、私、もうこんな生活いや。早くやめたいよ」
アパートの一室で、穂並遥子はそう言って泣いた。その顔は全く化粧していなかった。髪は短く刈り詰められ、灰色の作業服風のジャンパーに、はき古したジーンズをはいていた。
「私たち、一体何と闘っているの? 何から逃げ回っているの? 私たち、ただ逃げ回って、子供のおもちゃのような仕掛けをつくっては、革命だ、闘いだと力んでいるだけじゃない。せいぜい、私たちが拠りどころにすべき人民、庶民が毎日朝夕利用している電車を止めるくらいのことしかできない。同じ年頃の機動隊員に怪我を負わせるしかできない。それで、あっちのアパート、こっちのマンションと逃げ回って、夜もおちおち寝ていられない。もうクタクタ、もうこんな生活いやなの」
遥子を活動に導いたのは戸部だった。デモや集会に参加することを、ほとんどファッションほどにしか認識していなかった遥子に革命の必要を説き、闘争に引き込んだのは戸部だったのだ。
戸部は遥子を抱いた。
「私たちにはこれしかないの、もうこれしかないの」と、遥子は泣きながら戸部に体を押しつけてきた。
「遥子、いまみたいな話、内川には言っちゃ駄目だぞ、絶対に言っちゃ駄目だ」
戸部にはそう言うのが精いっぱいだった。内川というのは、戸部や遥子が所属しているセクトのリーダーだった。
その一週間後、穂並遥子は目黒の住宅街のとある路地で轢死体で発見された。自宅まで数十メートルの路上に倒れていたという。遺族の話では、それは遥子が半年ぶりに帰宅する直前のことだった。
警察は、それを単なる轢き逃げ事件として片づけてしまった。
さらにその二週間後、戸部が属していたセクトのリーダー格が二人、内川ともう一人が、対立するセクトのメンバーに夜襲を受けて撲殺された。そこで戸部は、その地獄から身を引く決意をした。そのとき、彼をその地獄の淵から引きずり出してくれたのが、叔父の相川守だった。
「進、青春の蹉跌というのはよくあることだ。当分俺のもとで修業しろ。姉貴も心配している。進、もうマルクス・レーニン主義の時代じゃないよ。そんなロジックで整地した大地には、ろくな作物は育たないんだ。お前もそれは痛いほど感じているだろう」
そう言って相川守は、戸部を自分の秘書に任じ、生活を支えてくれた。学生運動の活動家だった男を自分のもとに置くことは、与党の政治家として批判の的にもなりかねないことだったが、相川守は、そんなことは意に介さず、戸部進を支えてくれた。
戸部には、新左翼の活動家が身を翻して与党の有力政治家の秘書になるという自分の変節に、苦い自嘲の思いはあった。しかし、長年にわたって蓄積された疲労感と、襲撃に対する恐怖感は、戸部にその苦さを噛みしめること以上の抵抗を許さなかった。とにかく安心して住める家が、毎日入れる風呂が、ぐっすり眠れる寝床がほしかったのだ。
折しも、F軍事件は彼が身を置いていた勢力の断末魔の地獄図をあらわにしていた。戸部はかつて、その犠牲者の二、三人と接触したことがあった。その若者たちが、革命の夢のためではなく、総括の名の下に、凄惨なリンチによって殺されていったことを知ったとき、戸部は自分の内部に築いた思想を粉砕した。
「進、政治の最大の使命は何だと思う?」
ある法案の成立をめぐって与野党が激しく対立しているとき、相川守が戸部に尋ねたことがある。確かそのとき、相川守は与党の国会対策委員長をしていた。
この問いに、戸部は百の言葉をもって答えることができたが、与党の国対委員長の相川守に何と答えていいかわからず黙っていた。
「国の平和と繁栄だよ」と、相川守はあっさりと言った。
「野党の連中は、与党は軍拡主義で、大企業に奉仕して民政をないがしろにしていると批判しているが、あれは連中お得意の議論のすり替えだ。与党だろうが野党だろうが、政治の最も重要な課題は国の平和と繁栄であることに変わりはないんだ。それが、日米安保条約によってもたらされるなら、大企業を基軸に産業を育成することで国が繁栄するなら、それはそれでいいじゃないか。それじゃ、ソ連をはじめとする社会主義の国々はどうだ。戦争をしていないか。軍拡に励んでいないか。とんでもないだろう。国民の生活を犠牲にしても核兵器やミサイルや戦闘機や軍艦を生産し、大軍を養っている。大企業を中心にした裾野の広い企業群で働いているのは誰だ。一人一人の国民じゃないか。企業が成長することで、労働者の生活も豊かになるんだ。この世の中で最悪の政治は、国民を飢えさせ、戦争に駆り立てる政治なんだ。言葉巧みに国民に窮乏生活を強い、死地に赴かせる政治家こそ、国民にとっての悪魔なんだ」
この話をいつ聞いたか、戸部は正確に覚えてはいない。しかし、その相川守の言葉は、戸部の心に深く刻まれていた。
戸部は相川守の下に暮らして、初めて政治権力の何たるかを知った。権力と、それを操ることで得られる巨額の金が、思想も宗教も、その掌の上で玩ぶことを知ったのだ。相川守の周辺には、新興宗教の幹部や右翼を名乗る人物の姿もあった。彼らは事あるごとに、自分たちの教理や政治的主張を声高に叫んでいた。ときには与党の政策を厳しく批判もした。しかし彼らは、決して相川守のもとを離れることはなかった。選挙の際は、相川守の集票マシンとしてせっせと働いた。
盆暮れには、相川守の事務所に多くの男たちが、紙袋やビニール袋に現金を潜ませて挨拶にやって来た。公設第一秘書として金庫番を託されて以後、戸部はその応待に当たった。相川守は、そういう場には絶対に顔を出さない。
訪ねてくるのは、各種の業界団体の役員やゼネコン、その他さまざまな企業の役員たちだった。彼らは電話で秘書の戸部に面会を求め、事務所で会うことが多かった。
彼らを応接室に案内すると、皆決まって、おもむろに名刺と紙袋やビニール袋をテーブルの上に置き、
「今後ともよろしくお願いします。相川先生によろしくお伝えください」と言い置いて、そそくさと帰って行く。
彼らが置いていった袋には、少なくても五百万円、多いときは一千万円、二千万円という現金が入っていた。もちろん領収証など出さない。
戸部は、前任の公設第一秘書から教えられた方法で、それらの金を一旦金庫に収め、相川守にその処遇を伺ってから、割引債や公社債投信や転換社債などに替えた。最高時には、相川守が使える金は三十億円を越えていた。それは、政党助成法の制定や政治資金規制法が厳しく改正される以前の話だった。
「これで俺も総理大臣の座を狙えるだけの金を持ったな」と相川守が笑いながら言うのを、戸部は黙って聞いていた。相川守が、総理の座という言葉を口にしたのは、後にも先にもそのときだけだったが、それは相川守の野望を示す言葉として、戸部の記憶に残っていた。
相川守が脳卒中で逝ったのは、それから半年ほどしてからのことだった。
相川守は、戸部が秘書になってから、二度、大臣のポストに就いた。一度は防衛庁長官、もう一度は通産大臣だった。そのとき、相川守は資産公開ということで、自宅や債券の評価額や銀行預金を公表したが、その金額は六億程度だった。戸部は腹の底で笑った。かつて、そういう不正を糾弾する学生運動の活動家であった自分が、相川守の金庫番として、その巨額の隠し資産を管理する身の上になったのだ。
その相川守が急逝したとき、娘の貴和子の出馬を強く促したのはほかならぬ戸部だった。当時まだ三十歳だった貴和子の美貌と、才気溢れる頭脳と、スポーツで鍛えた体力をもってすれば、父親の後継者として立派に議員を務めていけるだろうことを戸部は確信していた。
S大学経済学部准教授である志村隆行と、与党のプリンセス相川貴和子のスキャンダルは、マスコミの格好の餌食になるだろう。それは許されることではない。断じて許されてはならないのだ。しかし、いま相川貴和子の恋の炎は、激しく燃え上がって、それを消そうとする者をも焼きつくさんばかりになっている。戸部は、差し当たりその炎の行方を見守るしかなかった。
◇17 島で
「あなたと旅がしたい」
貴和子が言った。
「そんな危険なことはできない。もしマスコミにでも露見したら、君は破滅する」
隆行は貴和子を諭した。
「私は破滅して、あなたはどうなるの?」
貴和子は尋ねる。隆行を見る目がいたずらっぽく笑っている。
「僕は、君ほどのダメージは被らないと思う」
「そう、それじゃいいわ。それでもあなたと旅がしたい」
貴和子は、隆行の胸に顔を寄せて言って、
「怖い?」と隆行の目を覗き込んだ。
「別に怖くはない。でも……」
隆行は貴和子の大胆さに気押された。つい先日、あれほどマスコミに露見することを怖れていた貴和子が、一転してこの大胆さはどうしたことかと怪訝に思った。貴和子の誘いが、隆行にとって厭うべきものでないことはもちろんなのだ。貴和子と同じように、隆行の恋心もまた燃え上がっていた。
貴和子は亡父の後を継いで代議士になって以来、恋から遠ざかっていた。学生時代から、ボーイフレンドは何人もいた。しかし、彼らは貴和子が暮らしている世界におじけづいてか、しばらくつき合うと、後ずさりするようにして消えていった。実際、貴和子は男に夢中になったことがなかった。官能の高ぶりも、抱擁の甘美さも知ってはいる。しかし、自分は男に夢中になったことはないと貴和子は思う。
男たちはいつも、入れ替わり立ち替わり貴和子に近づいてきて、つかの間つき合っては消えていく。それで貴和子は特に不足に思ったことはなかった。痴情のもつれなどによる血生臭い事件の話などを見聞きすると、これでいいのだと貴和子はいつも自分に言い聞かせていた。
一人だけ、貴和子が恋した男がいた。それは父が通産大臣だった時代に、父のSPをしていた青年警察官だった。その背の高い、端整な顔立ちの私服姿に貴和子はしばらく恋こがれていた。しかし、その青年警察官は、
「あなたの父上をお守りするのが私の仕事です」と、貴和子の求愛を拒んだ。
それは、彼が相川邸の夕食に招かれ、貴和子の部屋に誘われたときのことだった。そしていま、政治家として、与党のプリンセスともてはやされて注目を浴び、プライベートという観念の全く欠落した、いわば人気タレントのような立場になってからは、分別が貴和子の心を二重三重にきつく絞め上げていた。その分別の鎧は、貴和子の体に固く食い込んでいた。それが、いま少しずつ剥離していっているのを貴和子は感じていた。隆行を思うと、貴和子の心は波立ち、いとおしさがこみ上げてくる。会いたいという思いが貴和子を突き動かし、それを我慢していると心の内圧が高まって、チリチリした痛みさえ感じる。
自分は隆行に恋をしているという思いが、甘い敗北感を伴って貴和子を支配した。
「どこへ行こうか」と、しばらく黙っていた隆行が尋ねた。
「一緒に行ってくれる?」
「姫のおおせに従いましょう」
「うれしい。ありがとう」
そう言って貴和子は隆行に身をすり寄せた。
「どこへ行こうか」
「泳げる所がいい。そんなに休めないし、パスポートも使えないから、国内で二泊かな。下田に別荘があるけど、目立って、とても無理だし……」
「沖縄は?」
隆行は、かつて何度も訪れたことのある沖縄の島々の記憶をたどりながら言った。
「そうね、私、まだ沖縄の離島には一度も行ったことがなくて、行ってみたいと思っていたの」
「じゃあそうしよう。僕がプランを立てるから」
二人は、二週間後に二人だけの夏休みの旅の予定を決めた。
那覇の泊港から高速艇で西に三十分ほどの東シナ海上に、その島はあった。船着場に着くと、マイクロバスやワゴン車が乗客を待っている。隆行はその一台を選んで、宿泊施設が建ち並ぶビーチに向かった。
隆行が借りたコンドミニアムは、ビーチに面した島の北端に近い所にある。隆行はその日の午後、貴和子は同じ日の夕方の便で那覇に着いた。貴和子が来るまでに、隆行はコンドミニアムの内部と周りの掃除を終え、電気や水道のチェックをし、那覇で買い込んできた二日分の食糧を冷蔵庫にしまい込んだ。この三日間の旅では、すべてのことを隆行が担わなければならなかった。貴和子は、サングラスやつば広の麦わら帽で顔を隠してはいても、その容姿はやはり人目につく。ちょっとした不注意が露見のきっかけになることに注意しなければならない。
貴和子は同じ日の夕方の船で島にやって来た。何度も携帯電話でやり取りをしながら、ようやく隆行の待つコンドミニアムにたどり着いた。
「私ね、エコノミークラスで来たの。名前は佐藤ケイ子。いちばん後ろの、窓際の席をもらって。客室乗務員がいちばん目ざといから、このサングラスを掛けて、茶髪でロングのウイッグをつけて、この帽子をかぶったままでね。客室乗務員もわからなかったみたいよ。どう、若く見えるかしら?」
貴和子は、いたずらっぽい笑顔で言った。危険な旅を無事しおおせたことが、貴和子を無邪気にはしゃがせていた。
「でも携帯電話って便利ね。相手は、私がどこにいるかはわからないけど、電話が通じて、話やメールさえできれば一応安心してくれる。これがなければ大騒ぎになっているかもしれない。さっきも第一秘書の戸部さんから電話があって、どこにいるんですか? 電話がだいぶ遠いですねですって」
貴和子はそう言って笑う。
「佐藤ケイ子さん、ご用心ご用心」
隆行も笑った。笑って、そんな危険を冒して自分との秘密の旅に踏み出してきた貴和子がたまらなく愛しくなり、貴和子を抱き寄せた。
翌日二人は、午前中からビーチパラソルの陰でくつろいだ。南北に長く続くビーチは、東シナ海に向かって開いている。白金の陽は、地上と海にあまねく降り注ぐ。長く左右に延びるビーチはあくまで白い。その、珊瑚が砕けた砂浜をさざ波が洗っている。浅瀬の水は貴和子が、
「これが本当の水色ね」と言うほどに淡い水色をしている。浅瀬の水底には金色の波紋が揺れていた。
浜に人影はまばらだった。長い浜の所々にビーチパラソルが開いている。波打際でビーチバレーをしている若者や家族連れがいた。皆、陽の回りに連れて色を変えていく海辺の光景に馴染んで時を過ごしている。
二人は海に入った。貴和子は、サングラスにつば広の麦わら帽をつけたまま平泳ぎで泳ぎ始めた。
「平泳ぎも得意なの?」と隆行が尋ねると、
「クロールほどじゃないけど、結構泳げます。海はこのほうが視界が広くて楽しい。頭も濡らさなくて済むし」
貴和子は泳ぎながら答えた。
色とりどりの魚が、二人の周りを群をなして泳いでいた。ときおり、十センチ以上ありそうな魚の姿が、すっと視界を横切っていくのが見える。
「水族館の水槽の中を泳いでいるようね」と貴和子は興奮気味に言う。
「魚のパラダイスだね」
「私たちはそのパラダイスを乱す侵入者」
珊瑚が帯状に沖に向かって群生している辺りは、ビーチを離れても浅く、海水が膝の辺りまでしかない場所もあって、足が当たると痛かった。二人は深みを選びながら泳いだ。
貴和子はやはり泳ぐのが速かった。どうしても隆行は貴和子に遅れた。
「とても君にはかなわない。一度帰ったら、浮き輪を借りてこなきゃ駄目だ」
しばらく泳いで、人影が見えなくなった辺りで、とうとう隆行は音を上げた。
「私につかまって」
貴和子が隆行に身を寄せてきた。隆行は、貴和子の左手をつかんだ。
「でも、つかまって泳ぐのも難しいな」
「大丈夫、私はどこをつかまれてもちゃんと泳げます」
隆行は、そう言う貴和子の手を引いた。二人は、海中で抱き合った。しばらく抱き合って、海水の味のするキスを交わし、反転してビーチに向かって泳ぎ始めた。
午後、地上は、すべてのものが烈日に燃え上がる。その陽射しを避けて、二人はコンドミニアムに避難した。
水着を脱ぎ、シャワーを浴びて冷蔵庫から取り出したビールを飲む。
「ああ、こんなにおいしいビール飲むの、久しぶり。幸せって、こういうのをいうのね」と貴和子は満ち足りた笑顔で言った。
崖の上にあるコンドミニアムの窓からは、ビーチから沖に移るにしたがって濃くなっていく海の青と、リーフに寄せては砕ける外海の白い波が見える。空は、銀青色に燃えている。
二人はビールを味わった。青いポロシャツに白いスカート姿の貴和子がビールを飲む。貴和子の首は長い。その長い首の喉が、わずかに後ろにしなって、ビールを嚥下するたびに動く。その様子に、隆行は欲望を覚えた。
「何を見てるの?」
貴和子がグラスを唇から離して尋ねた。
「君の喉」
隆行は答えた。声が低くかすれていた。その隆行の欲望を感じとったのだろうか。
「お昼寝しようか」
そう言って、貴和子はビールを飲み干して立ち上がった。
昼下がりの明るいベッドルームで二人は抱き合う。海辺の陽射しにあおられた情欲が、貴和子と隆行を激しく行為に駆り立てた。貴和子の体の豊かさとしなやかさが、隆行を魅了した。貴和子の、快楽を求める身悶えが次第に激しくなり、隆行の欲望の火をさらに燃え上がらせた。
「次の選挙に立候補してくださる?」
微睡んでいた隆行の耳元で貴和子の声が聞こえた。
「もう選挙は秒読み段階で、各派閥レベルでは候補者の人選もどんどん進めているの。党執行部と選挙対策委員会が正式決定するのも時間の問題です。だから、今月中には結論を出さないと」
貴和子は醒めた声で言った。先ほどの、官能に酔い痴れていた貴和子とはうって変わって、政治家、相川貴和子に戻っていた。
窓外に目をやると、夏の沖縄の長い夕暮れが始まろうとしていた。
「散歩に行こう」と隆行が誘った。
二人は身仕度をしてコンドミニアムを出た。ビーチを歩く。ビーチには、まだ泳いでいる人がいる。日中の厳しい陽射しを避けて、土地の人たちは夕方になってから泳ぎ始めるという話を隆行は聞いたことがあった。
陽は、広い視界の中央にあってバラ色に染まっていた。沈みゆく陽は、雲の裾を染め、海に赤い模様を落としていた。
二人は用心深く、少し離れて歩いていた。貴和子は、帽子はかぶっていたが、夕陽を見るためだろう、サングラスは外していた。
この二人の恋の旅を、物陰から、木陰から、カメラにおさめている人物がいることを二人は知らなかった。
翌日の午後、隆行は泊港行きの高速艇に乗り込んだ。貴和子はすでに先の船で那覇に向かっていた。隆行を乗せた高速艇は白波を蹴立てて海上を爆走した。相川貴和子に、そして昨日までではない志村自身に向かって。
◇18 決 意
隆行は沖縄から帰って、自分のとるべき進路を考え続けた。与党からの総選挙への立候補、それは父への裏切りではないか。父に不当な圧力をかけ、不本意な汚職に手を染めさせ、自殺にまで追いやったのは、ほかならぬ政府与党の大物政治家だった。その党の候補者として立つ。それはできないことだ。しかも、この前逝った隆行の恩師の横田教授は、政府与党の政策に一貫して批判的な立場をとり、それを明言してはばからなかった人だ。父と恩師への裏切り。これは、選んではならぬ道ではないか。隆行はそう思った。
しかし、相川貴和子の誘いは、隆行の心の奥深くまで浸潤していた。S大学教授のポストに就く望は絶たれた。あと十年は待たなければならないだろう。一人の学者にとって、四十代の十年は決定的に重い歳月だ。それに、何より相川貴和子との関係を思うと、やはり立候補は自分が進むべき道かもしれない。
さらに、これまで隆行が経済学者として研究してきた社会経済のあり方について、少子化対策をはじめ、急いで取り組まなければならない政治的課題は多い。それを、大学にいて、問題を指摘して改善を求める学者の立場にあり続けるよりも、政治家になることで、政策を立案し実現していく立場に立つことには、大いに魅力があった。
日々生活している巷の海から這い上がり、相川貴和子が身を置いている権力の摩天楼を駆け上がって、いま社会が必要としている政策を実現する政治家になる。それこそ自分が残りの半生を賭けてなすべき仕事ではないか。
東京に戻って三日後、隆行は貴和子の携帯に電話をした。
「S大の志村です。いまいいですか?」
「ええ、ちょうどいま移動中の車の中です」と、貴和子の声は弾んでいる。
「運転中ですか?」
「いいえ、後ろのシートで本を読んでいました」
「それはよかった。それで、この前の立候補の話だけど」
「決心してくださった?」
貴和子は甘い声で尋ねた。
「話を進めてみようかと思っています」
隆行はきっぱりと言った。この決意を経済学部長でもなく、妻子でもなく、貴和子に最初に話したところに、隆行の思いはあった。
「これであなたと手を取り合って国会に登院できるわ」
貴和子は歌うように言った。
数日後、隆行は相川貴和子が所属する派閥の事務総長の本堂政憲に引き合わされた。本堂政憲は、テレビや新聞によく顔の出る、防衛庁長官や農林水産大臣を経験したことのあるタカ派の政治家だった。長年、貴和子の父が領袖であった派閥の事務総長をしている。学生時代ラグビーをやっていたという本堂は大柄で、長身の隆行や貴和子よりもさらに一回り大きい男だった。その大きい体に見合って顔の造りもすべてが大きかった。日本人には珍しく、長い白髪が渦を巻いている。
その風貌からだろう、本堂は政界のポセイドンと呼ばれていた。それはその風貌だけでなく、与党の大物という畏怖の念のこもったあだなでもあった。隆行は、先のゴルフのときに本堂に初めて会って、同じグループでプレーしたが、話らしい話は交わしていなかった。
「志村先生が貴和子ちゃんと同期とは知りませんでしたな。まあまあどうぞ」
本堂は屈託なく言って、隆行のグラスにビールを注いだ。
「本堂さん、志村先生は同期じゃなくて、私の二級先輩です」と、貴和子が訂正した。
「いや、そうだったかね。それは失礼しました。志村先生、私はこの貴和子ちゃんの親父さんには大変お世話になってね。全く足を向けて寝られないほどお世話になったんですよ。雑巾がけから教えてもらった」
言いながら本堂は、貴和子が円卓中央の大皿から小皿に取り分けてくれた料理を口に運んだ。
「ところで先生、我が新政会、与党の候補を引き受けてもらえますかな。貴和子ちゃんからもお聞きだろうと思うが、改めてお願いしますよ。我が党も、このところ候補者不足に悩まされていましてな。政治は数、数は力、力は何とやらですが、その数の絶対数が不足したら、予算も法案も通りませんからな。それどころか、政権与党の座さえ滑り落ちてしまう」
「私のような学者に、代議士が務まるでしょうか」
「大丈夫です。先生ほどの学識があれば十分務まります。先生は経済学に関する立派な学識をおもちの上に、スマートで男前でいらっしゃる。これは何よりの武器ですよ。それだけで選挙のとき何万票も上積みできる。私のような醜男は、それだけで何万票も損をしている」
そう言って本堂は大笑した。
「本堂先生、政治家は顔ではありませんよ」
貴和子がたしなめたが、その表情はうれしそうだった。
「わかりました。こちらこそよろしくお願いします」と、隆行は会釈した。
「いや、これからは学者先生の時代ですな。どうも役人は粒が小さくなって、政治家を目指してやろうという青雲の志士がめっきり少なくなってしまった。自分たちがつくり上げた行政組織のピラミッドと、退官後の天下り先をのんびり回っているほうが確実だし、ずっと気楽に人生を楽しめると思っているらしい。全く公僕ではなくて、私僕だ。みんな私利私欲に走って、国政など顧みない亡国の徒だ。そもそも政治というのは理想をもたなければいかんのですよ。夢もなきゃいかん。それをもてないんですな。退官後は、世界一周クルーズの、豪邸を建てるの、別荘のと、贅沢して浪費することしか考えていない」と本堂はぶち上げた。
「選挙はいつ頃になりますか?」
隆行は話を本題に戻そうと本堂に尋ねた。
「いや、それはわからん。ご存じのとおり、日銀の公定歩合の上げ下げと解散総選挙についてだけは嘘を言っていいことになっているので、総理の胸の奥深くですよ」
そう言った後で本堂は声を低めて、
「これは内密ですが、来年秋までに解散らしいことは確かです。もう前回の選挙から二年経っていますからな。任期いっぱい務めても、あと二年しかない。総理も、内閣支持率が高いうちに選挙をやりたいでしょう。ねぇ貴和子ちゃん」
本堂は貴和子の顔を見て言った。
「とりあえず第一次の公認候補に志村先生を挙げたいと思っているんですよ。与党の明日を担う若手候補ということになる。先生なら、現在お住まいの東京X区から立候補しても大丈夫でしょう。幸いにして現職は野党のMでしたな」
「そうです。でも、労働組合上がりの長老議員で、組織票をたくさん持っているから、油断はできませんよ」
本堂の言葉に、貴和子が答えた。
この話し合いを受けて、志村は、夏休み明けに渡辺学部長に辞表を提出した。 「一身上の都合により、十一月三十日をもって退職させていただきたい」という短い文面の辞表だった。
「君のような優秀な人材を失うのは本学にとって大きな痛手だ。何とか残ってもらえんかね」
渡辺学部長は遺留の言葉を述べた。しかし隆行には、それは単なる型通りの社交辞礼にしか聞こえなかった。
学部長に話した後、隆行は夏休み前に着任した中塚教授に、学部長に辞表を提出した旨を告げた。話を聞いた中塚教授は、
「それは残念だな。志村さんにはまだいろいろ教えてもらわなければならないことがあったんだが」と、残念そうに言った。
そうは言ったものの、中塚教授にとっては自分の席を狙う隆行が消えてくれることは、うれしくこそあれ一片の別離の情も湧かないものであっただろうと隆行は思った。
辞表を出した。もはや引き返すことはできない、自分はルビコン川を渡ったのだと、隆行は改めて実感した。
その日、隆行は浅野冴子と食事をする約束をしていた。もう自分から冴子に会いたいという気持ちにはならなかったが、夏休み中から、冴子は何度か隆行の携帯に電話をしてきていた。
「先生、お焼けになりましたね」
レストランのテーブルを挟んで対面した冴子は、隆行の日焼けした顔を見て言った。
「ああ、ちょっと沖縄へ行ってね」と、隆行はそこまでは正直に答えた。
「先生、泳ぎは得意なんですか」
「得意ということもないけど、何とか泳げる」
「そうですか、いいですね。私、金槌なんです」
「そう、若い人にしては珍しいな。何かトラウマでもあるの?」
「ええ、子供の頃、スイミングスクールに通っていて、ひどく体調を崩したことがあって」
「そう」
ここで料理が運ばれてきて、隆行は話題を変えた。
「僕は大学を辞めて、政治家になることにしたよ」
この隆行の言葉を理解しかねたように、食事の手を止めてちょっとの間黙っていた冴子が、
「政治家って、国会議員ですか?」と尋ねた。
「そう、国会議員」
それまで穏やかだった冴子の目が、驚きに見開かれた。
「それは、どう言ったらいいのかしら。おめでとうございますとか言うのかしら」
「ありがとう」
「どこの政党ですか。野党のF党、それともN党?」
「驚くなかれ、与党から」
これを聞いて冴子は二度驚いた。現政権とその与党の政策には、日頃批判的な立場をとってきた隆行が、なぜ与党から立候補するのか。
「結局権力をもたざる者は政策決定に直接かかわれない。自分が目指す政策を実現できずに、いつも野党として、時の政権への批判勢力に甘んじなければならない。僕はその無力感を脱け出したいと思って、それで与党にしたんだ。いまは昔と違って、与党内にも随分進歩的な考え方をする人、リベラリストが増えている。野党も、政策面で与党とあまり変わりがなくなっている」
「そうですか。私は政治のことはあまりよくわかりません。でも、これから忙しくなりますね」
「とても忙しくなる。君ともなかなか会えなくなるな」
隆行のその言葉に、冴子はいままでにない冷ややかなものを感じた。冴子は、夏休み前あたりから、隆行の心が自分から急速に離れていっていることを感じとっていた。道ならぬ恋であっても、恋は恋だった。隆行の言葉は、やはり冴子にとって寂しいものだった。
学部長に辞表を出した週末の朝、隆行はみずほに立候補の話をした。その日、隆行は相川貴和子に誘われて通いはじめたゴルフ場にも出かけずに、遅い朝食の席についた。家族三人で朝食をとるのは久々のことだった。みずきが朝食を終えて自分の部屋に下がってから、隆行は話を始めた。
「僕は大学を辞めようと思うんだが」
「辞めてどうするんですか?」とみずほが怪訝そうに尋ねた。
「次の総選挙に立候補しないかって誘われていてね」
この隆行の言葉に驚いたのだろう、みずほはしばらく言葉を失っていた。沈黙の後、
「どの党からですか」とみずほは尋ねた。
「与党から」
与党という言葉に、みずほは、最初の立候補の話を聞いたときよりも、さらに強い衝撃を受けた。
「与党って、それ、嘘でしょう。あなた、どうかしたの?」
「どうもしていない。与党から立候補するんだ」
「信じられない」
みずほは、まじまじと隆行の顔を見た。
思想信条は夫婦であっても別だろう。保守とリベラルの立場で夫婦でいることができないことはないし、そういうケースもあるだろうし、あっていい。しかし、いずれかが政治家になるという話なら、これは全く別だとみずほは思う。教職員組合で活動しているみずほは、もちろん一貫して野党を支持してきた。隆行も、これまでの学者生活で、与党の政策を支持するような言動をとったことはなかった。専門が社会福祉経済学なのだ。その隆行が、なぜ突然与党から立候補するなどと言い出したのか。みずほは、この人は正気ではないとさえ思った。
「あなたのような人は政治家なんてできないわ。あれは、もっとタフで、満腹中枢の壊れた鮫のような人間がする仕事よ。あなたはそういう人たちに伍してやっていける人じゃない」
「それは昔の、僕が若い頃のことだろう」
「いいえ、私は組合の関係で、結構いろんな政治家を知ってるわ。まあ、野党の政治家がほとんどだけど。でも、平和と民主主義を唱えている野党の政治家にして、貪欲で攻撃的で、やはり満腹中枢の壊れた鮫みたいなのよ。それが政府与党になったら、それこそ金の奪い合い、権力の奪い合いの修羅場でしょう。金と権力を奪うために血みどろの闘いをしなければならない。あなたは、そんな所で生きられる人じゃない。そんな中に入ってタフに肥え太って、ヒエラルキーを上り詰めていくような人じゃないのよ。自分でもわかるでしょう」 みずほの切れ長の目に、うっすらと涙が浮かんでいるのを隆行は小さな驚きをもって見た。
「若い頃の僕にはそういうことが言えたかもしれないけれども、今の僕はそれほどひ弱じゃない」
「別にあなたがひ弱だと言っているんじゃないの。あなたは体力も気力も、普通の人だわ。確かに学者としての見識や能力はそれなりのものをもっていると思います。でも、政治家というのは、そういう普通の世界に生きている人間じゃないのよ。あなたは、公然と黒を白と言い張って居直ることができる? 白を黒だと決めつけて、敵対する政治家を攻撃することができる? 政治家というのは、そういうことが平気でできる人種なのよ。政治家になるということは、食うか食われるかの、野生の、サバイバルの世界で生きるということなの」
「君は、政治家に相当偏見をもっているようだな。そんな鮫のような政治家ばかりじゃないよ」
「じゃあ、どんな政治家がいるの? どんなに清潔で美しい政治家が」
みずほの言葉は険しかった。
「別に選挙カーに乗ってマイクを持って僕の名前を連呼してくれとは言わない。特に何を手伝ってくれとも言わない。ただ、僕の立候補を認めてほしいんだ。僕が政府与党から立候補すれば、君との政治的な立場が甚だ違ってくることはわかる。でも、それだから夫婦でいられないということもないだろう」
「いいえ、私はいやだわ。私と私が所属している組合が、何党を支持して、何党と闘っているか、あなたはよく知っているでしょう。私は与党の代議士の妻にはなりたくない。あなたがもし与党から立候補するなら、私はこの家を出ます」
みずほは言い放った。
「もちろん、みずきは連れて行きます」
「わかった。とにかくしばらく冷却期間を置こう」
隆行はやむを得ずそう言った。
「冷却期間を置いても、私の気持ちは変わりません」
みずほの態度は頑だった。
その後、みずほは隆行と口をきかなくなった。何事につけ賑やかだったみずきも、めっきり口数が減り、隆行とは必要最小限のことしか話さなくなった。夫婦の諍いに、戸惑っている様子だった。
重苦しい雰囲気の、居たたまれない家庭になった。みずほは一週間経っても二週間経っても、隆行と口をきこうとしなかった。それはまるで、周囲との交渉を断ち、体中の針を逆立てた針鼠のようだった。そうなったとき、みずほは決して自分から歩み寄ることがなかった。体中の針を逆立てたまま、じっと相手の出方を見詰めている。じっと見詰めて待っている。長年みずほと暮らしてきた隆行にはそれがよくわかっていたが、もはや自分から歩み寄ることはしなかった。
◇19 不 信
晩秋、のびのび園の庭には枯れ葉が降り敷いていた。加賀健介は年長の子供たちを動員して、降り積もった枯れ葉を掃き集めて木々の根本に積み上げる作業に励んでいた。その日は、青い鳥のメンバーがボランティア活動にやって来る日だった。しかし、その日やって来た青い鳥のメンバーの中に浅野冴子の姿はなかった。
健介は寂しい思いを隠しつつ、青い鳥のメンバーを迎えた。
「浅野さんは?」
健介は浅野冴子とともに学部時代の同級生だった岡本美樹に尋ねた。
「下田のコンドミニアムで学位論文書くって、今日か明日にも出発するんじゃないかな」
「学位論文か。岡本さんも立場は同じだね」
「そうね、私は余裕。でも、ほとんど居直りに近い余裕だな。私もこれからしばらく、英語づけにならなきゃいけない」
そう言って岡本美樹は、丸い顔をほころばせた。 その岡本美樹が、ボランティア活動を終える頃になって、指導員室の健介のもとにやってきた。休日のことで、部屋には健介しかいなかった。
「ちょっと話していいかしら」
そう言って岡本美樹はいつになく真剣な顔で健介の顔を見た。
「どうぞどうぞ」
健介は椅子をすすめた。
「加賀君、志村先生と冴子のこと知ってる?」
岡本美樹が改まった口調で健介に尋ねた。
「知らないけど」
「もうかれこれ一年になるかしらね。私も最初は知らなかった。でも、同じ研究室にいれば、毎日顔を合わせてるんだから、隠したってわかっちゃうわよね」
健介は岡本美樹の言葉に、したたかな衝撃を受けた。冴子が自分のプロポーズを受け入れなかった理由が、この岡本美樹の話でようやくわかった。健介にとって苦く吐き出したくなるような話だった。
「志村先生って、許せない人なの。大学を辞めて次の総選挙に立候補するという噂も本当らしいわ。それも与党からよ。あんなに政府の政策に批判的だった人がよ」
岡本美樹は、追い討ちをかけるように言った。
「別の大学の教授になるんじゃなかったの?」
「違うの。次の衆議院議員選挙に与党から立候補するらしいわ」
「与党からね。でも、そんな無節操な人が国会議員になるの、許せないな」
岡本美樹の話を聞いて、健介は、かつて自分もサークルの顧問として師と仰いだ志村に強い嫌悪感を覚えた。それは、それまで健介が人に対して覚えたことのない、強い嫌悪感だった。
「本当にね。でも、この世で政治家ほど無節操な人種もいないってよく言われるけど」
二人は顔を見合わせて苦い笑いを浮かべた。
「それと、浅野さんどうも元気がないの」
「志村先生とのことが原因で。それとも卒業が迫って、学位論文が重くて?」
「ウーン、はっきりしたことは言えないけれども、おかしいの。それでね、私一度志村先生の奥様宛に匿名で実情を訴える手紙を出したことがあるんだけど、効果がなかったみたい」
また岡本美樹は意外な事実を健介に告げた。
そのとき玄関のほうから、岡本美樹を呼ぶ声が聞こえた。
「みんな待ってるから、またね」
そう言って岡本美樹は青い鳥のメンバーとともにのびのび園を去った。
冴子が自分のプロポーズを受け入れなかったのは、志村准教授との関係があったからなのだという思いが、健介の胸に重く澱んだ。やがてその重く澱んでいた思いは、健介の中でやり場のない怒りに変わっていった。
◇20 コンドミニアム
冴子が母の良子に、十一月下旬に下田のコンドミニアムを借りて学位論文を仕上げたいと相談したのは、十月末のことだった。特にアルバイトもしていない冴子は、そういう費用はすべて親に出してもらわなければならなかった。
「奇麗な景色を見ながら、集中して書き上げようというわけね」
「そう、十二月十日が提出期限なの。大学生活も先が見えてきちゃったら、何か気が急いて」
「そうね。いよいよ社会人になるわけね」
母とそんな話をする冴子には、解決しなければならない差し迫った問題があった。それはほかならぬ志村との恋のことだった。できれば隆行に会って、今後のことについて相談したかった。誰にも祝福されることなく、人目を忍んで続けなければならない恋、誰に気づかうこともなく手を取り合って街を歩くことのできない恋は、冴子にとって喜びよりも苦しみのほうが多かった。しかし、それでも冴子は隆行に会いたかった。会って一緒にいるときに感じる幸福感は、何ものにも替え難いものだった。
冴子は、隆行に相談の上、ある重大な事柄について心を決めなければならなかった。
しかし、秋に入って、隆行は多忙を理由になかなか冴子に会おうとしなかった。大学で会って視線を交わしても、隆行はすぐにその視線を外らしてしまう。かつては、笑みをたたえて冴子を見ていたあのやさしい目差しは、冷ややかなものに変わっていた。ようやく会えて、レストランで一緒に食事をしたのは、もう何週間も前のことだった。そのとき隆行は、大学を辞めて選挙に立候補するという話をしていた。
冴子が下田に向けて発ったのは、十一月下旬のよく晴れた寒い朝だった。街には木枯らしが吹いていた。
朝、東京駅からスーパービュー踊り子に乗り、昼前に下田に着いた。下田は風もなく、晩秋の陽が降り注いで暖かかった。
駅前のパスタの店で昼食をとり、コンビニで食料を買い、タクシーでコンドミニアムに向かった。そのコンドミニアムは、以前冴子が青い鳥のメンバーとともに合宿に使ったことがあった。そのコンドミニアムに泊り込んで、近くの 「あしたば園」という児童養護施設でボランティア活動をした。そのとき目にした辺りの風景が気に入って、そのコンドミニアムを借りることにした。
冴子はコンドミニアムを管理しているというペンションの前でタクシーを降りた。タクシーを待たせ、ペンションの玄関の戸を開けて声を掛けると、奥から中年の男が出てきた。
「お世話になります」と挨拶して、冴子はそこで、これから十日間、コンドミニアムを借りる契約書にサインをした。コンドミニアムの鍵と、先に宅配便でペンション宛に送っておいた衣類を入れたバッグを受け取り、待たせておいたタクシーに乗った。
「一緒に行って説明します」
そう言って、管理人の男はタクシーの助手席に乗り込んだ。ペンションは道路を挟んで砂浜と海に面していたが、コンドミニアムは崖の上にあった。
プレハブ風の建物で、リビングと寝室、キッチンとバスとトイレが付いている。管理人の男は、冴子にそのコンドミニアムについて説明し、火の始末など、二、三の利用上の注意をして出て行った。
室内の掃除をし、荷物の中からノートパソコン、大学ノート、ペンケース、本などを取り出してテーブルの上に並べた。衣類はクローゼットに、食料は冷蔵庫にしまった。
カーテン以外、何の装飾もない殺風景な部屋だったが、大きな窓からの眺めは素晴らしかった。近景には常緑の木々と、その木の間から海が見えた。冴子はその部屋が気に入った。
冴子は、掃除と荷物の整理を終えて散歩に出た。
冴子が借りたコンドミニアムと隣り合って、何軒かの同じ形のコンドミニアムが建っていた。しかし、季節柄だろう、ほかのコンドミニアムに人の気配はなかった。辺りには、常緑の松のほかに葉を落とした木も多く、地上には枯葉が降り敷いていた。坂道を下りると、砂浜がある。冴子は、夏には海水浴客で賑わう砂浜を波打際に沿って歩いた。ボートが何艘か、舟底を上にして砂浜に引き揚げてある。ただ、そのうちの二艘だけが舟底を下に、オールを付けて置いてあった。
辺りが足早な夕暮れの色に染まりはじめた頃、冴子はコンドミニアムに戻り、学位論文の執筆にとりかかった。
◇21 怖 れ
志村みずほが浅野冴子の携帯に電話をしたのは、日ごとに日脚が短くなっていく十一月下旬のある夜のことだった。
「折り入ってお話があるので、近々お会いできないかしら」と、みずほは浅野冴子に尋ねた。
不意の電話に戸惑っているようだった浅野冴子は、しばらく間を置いて、
「いつ頃がよろしいですか」と小さな声で問い返した。
「そうね、今度の休日、二十九日あたりどうかしら」
みずほはいつになく重い口を叱咤しながらようやくそう言った。
これに対して浅野冴子は、
「申しわけございません。実は私、いま下田で学位論文を書いておりまして」と涼やかに応えた。
「どのくらい行ってらっしゃるの?」
やっとのことでみずほは尋ねた。
「一応一週間の予定でまいりましたが、ちょっと長引きそうで、あと一週間ほどで帰れればと思っています」
一週間、それはいまのみずほにとって耐え難く長い時間だった。しかし、それ以上話を続けられずに、みずほは
「それじゃ、また」と言って電話を切った。
夫の隆行は、以前にも増して帰宅が遅くなっていた。連日深夜の帰宅だった。大学に辞表を出し、選挙の準備で忙しいのだろう。しかし、みずほと隆行の間に、選挙の話はおろか、互いの仕事と生活に関する会話は一切なくなっていた。
夫の愛人である浅野冴子が下田にいる。コンドミニアムにこもって学位論文を書いているという。贅沢な話だ。その下田で会って、夫と別れるように話をするにはいい機会かもしれない。
しかし、一体どんなふうに切り出せばいいのだろう。わざわざ下田まで出向いて、そんな惨めな要求を、どうしたらあの若い浅野冴子に向かって切り出せるのか。誇りを捨ててまで、そんなことをする必要があるのか。隆行は、与党から総選挙に立候補するなどと、正気とは思えないことを言い出した。もう隆行への執着を断ち切って、 「さよなら、お幸せに」と告げて、離婚すべきではないか。
そういうときもあろうかと、みずきに犠牲を強いつつ、教員の仕事を続けてきたのではなかったか。
浅野冴子とのことで自分を踏みにじり、さらに与党から総選挙に立候補しようとしている隆行との離婚は、自分にとって乗り越えられないことではないとみずほは思う。しかし、娘のみずきはどうか。いまでさえ多忙な両親のもとで、寂しい生活を強いているみずきを、自分一人で育てようとすれば、間もなく思春期を迎えるみずきはさぞ傷つくことだろう。感受性が強い子だ。あるいは、寂しさゆえに生活が荒れて、とり返しのつかない非行に走ってしまうことさえあるかもしれない。やはり、いま隆行と別れるわけにはいかない。
このとき、突然噴き上がってきた感情に、みずほはリビングルームのテーブルの上に泣き伏した。泣くまいとしても、涙が流れ出た。みずほは、いまなお隆行を愛していた。その愛の呪縛から、どうしても逃れることができなかった。
ひとしきり泣いて、涙を拭き、みずほはある決意をした。
昼食を終えた冴子の携帯電話のコールサインが鳴った。電話を開いて、
「志村です。私、いま下田の駅に着きましたの。どうしてもお話ししたいことがあるので、会ってくださる?」という志村みずほの言葉を聞いたとき、冴子は激しい衝撃を覚えた。衝撃の後に、強い怖れを覚えた。
志村の妻は、何を考えているのか。一体何をしに下田まで来たのか。隆行との別れを迫るためにか。そんなことのために、志村の妻は、下田までやって来たのだろうか。
「浅野さん、いまどこにいらっしゃるの。私のほうから訪ねて行きますから、場所を教えてくださる?」
志村みずほの声は険しかった。
「申しわけございませんが、お会いできません」と言った後、冴子はほとんど無意識に通話ボタンをオフにしていた。すぐにまたコールサインが鳴ったが、今度は着信番号を確かめて電源を切った。
冴子の心は激しく波立った。志村みずほに会いたくはなかった。冴子は思い惑った果てに、加賀健介に電話をした。同じ研究室の岡本美樹にとも思ったが、冴子は健介にすがろうとした。何とかこの窮状をしのぐには、健介に助けを求めるより仕方がないように思われた。
のびのび園の健介のもとに浅野冴子から電話があったのは、十一月二十九日の午後だった。
「浅野です」
冴子の声は震えていた。
「下田から?」
「ええ、加賀君、忙しい?」
「まあ、忙しいといえば忙しいけど、何かあるの?」
「下田に来れないかしら」
健介は驚いた。日頃つつましい冴子が、突然そんなことを言い出す事情はわからなかったが、よほど切迫した事情があるのだろう。とにかく行かなければと、健介は下田行きを即座に決意した。
「わかった。行きます。必ず行くから、そっちの住所を教えて」と、健介は冴子に尋ねた。
話している間、冴子の声は終始震えていた。
健介は園長に、至急な用件のため早退させてほしい旨を伝えた。園長は、
「何か悪い知らせでもありましたか」と尋ねた。
「友人が事故に巻き込まれたらしくて、助けを求めてきました」
のびのび園に就職して初めて、健介は園長に嘘を言った。
健介の胸には、冴子への熱い思いが一気にたぎってきた。もう諦め、鎮めようと努めてきた冴子への思いは、再び燃え上がっていた。
しかし、健介が帰り仕度をして、のびのび園の玄関を出ようとしたそのときだった。
ひまわりの棟の蓮見さんが駆け込んできた。
「まりちゃんが大変です。二段ベッドの上から落ちて、気を失っています!」と、蓮見さんは引きつった声で言った。顔が青ざめている。
健介は一一九番通報をして、ひまわりの棟に走った。こういうとき手筈を整えるのは指導員である健介の仕事だった。
まりちゃんは、青ざめた顔でベッドに寝かされていた。呼吸と脈はあったが、確かに気を失っている。健介は、ぐったりしているまりちゃんを抱いて駆けつけた救急車に乗り込んだ。
健介は、まりちゃんの容態の目鼻がつくまでつき添わなければならなくなった。誰かほかのスタッフに頼むにしても、明日になる。
健介は冴子宛に、 「仕事の都合で明日一番で行きます」というメールを送った。
健介の、今日は行けないというメールを受け取った冴子は、途方に暮れた。初冬の夕暮れは足早に迫り、たまらなく心細かった。
その冴子のもとに、志村から電話があったのは、健介からのメールをチェックして、志村みずほからの電話を怖れて、スイッチを切ろうとしたときだった。
「急だけど、時間がとれたんで、これから車でそっちに向かおうと思うんだ」
志村のこの言葉に、冴子は愕然とした。確かに隆行に会いたい、会って今後のことを相談しなければならない。しかし、隆行の妻のことはどうするのか。
「今日はちょっと」と冴子は拒んだ。
「でも、僕は今日しか時間がとれないんだ。遅くなるだろうけど、とにかく今夜は君と一緒に過ごしたい」
最近、冴子に冷たい態度をとり続けてきた隆行だったが、このときは強引だった。
健介がやって来るのが明日になったことは、届いたメールでわかっていた。しかし、志村みずほはどうか。もし夫婦が下田で、自分のもとで出会うようなことになれば破局だ。そう思うと、冴子は居たたまれなかった。
しかし、志村みずほは、自分がいるコンドミニアムの所在地は知らない。電話は昼過ぎに二度あったきりで、その後は着信履歴もなかった。志村みずほが知っているのは、冴子の携帯の番号だけだった。着信番号をチェックしてブロックすれば、志村みずほの来訪を防げるだろう。冴子は、そこまで思いめぐらすと、
「道はわかりますか」と隆行に尋ねていた。
「カーナビがあるから大丈夫だと思う。コンドミニアムの近くに大きなホテルか何か目標になるものはある?」
「あります。Kホテルを目標に設定して来れば大丈夫だと思います」
冴子の言葉を聞いて隆行は電話を切った。