【6】
オオトカゲは、群れで生活する魔獣だ。
大型犬くらいのサイズだが体高は低く、草食性で気性も比較的穏やかだ。
なのに恐れられているのは、オオトカゲが地中に巣を作るからである。
群れでボコボコと穴を掘り、そこから横穴をつなげてコロニーを形成する。穴の入り口には木の枝や葉っぱでカモフラージュを施す。
小動物がその上を通っても何ともないが、人間の子ども以上の体重がかかると落下してしまう。まるで落とし穴だ。
しかもその落とし穴はわりと深く垂直に掘られていて、落ちて大怪我をする人間が後を絶たない。
ただの穴だったらまだましだ。たまに排泄用として掘られた穴もあり、そこに落ちた人間は深い悲しみに浸るしかない。
オレは森の中を走りながら、必死で少女の通った経路を考えていた。
パン屋の少女は「ツルコケモモを摘みに行く」と言っていた。
ツルコケモモは、低木でそこそこの日差しとたっぷりの水を好む植物だ。
つまり、水場に近い場所に生えていることが多い。
まずは一番近い池を目指し、そこからつながる川をたどっていけば、途中でパン屋の少女に遭遇する可能性は高い。
ただし、パン屋の少女を見つけても、穴に落ちた人間の子どもを引っ張り上げるなんて芸当はオレにはできない。
だってオレ猫だし。
猫だから、少女がいる場所まで人間を連れて行くのも難しいだろう。
だがオレには勝算があった。
一か八かだが、前のように呪文で炎を出せたら、飼主が飛んで駆けつけてくれるはずだ。
一か八か。
今度はあんまり燃え広がらないように注意すれば。
正直、頼りないことこの上ない。
猫にしかすぎないオレにいったい何ができるというのか。
でも。
でも、パン屋の少女が森にいることを知っているのは、たぶんオレだけだ。
この時期、夜はぐっと冷え込む。
水も食料もない状況で、怪我をした子どもがどこまで耐えられるのか。
パン屋の少女は、毎日毎日「失敗したから」と理由をつけてはオレにパンをくれた。
一宿一飯どころではない、パン屋の少女には多大な恩義があるのだ。
その恩を今返さなくて、いつ返せるというのか!
目的の池の周囲には何も見当たらなかった。
森の中は暗いが、水場の近くは頭上に木がない分、まだぼんやりと確認できる。
何より、猫の目は暗闇に強いのだ。
色は認識しにくいが、夜目が利くようになった。もっとも視線の高さがだいぶ低くなったので、視界はそんなに広くない。
土手際を疾走しているうちに、ついに見つけた。
ツルコケモモだ…!
周辺を円を描くように探索する。はじめは小さく、だんだん円周を大きくしていく。面倒くさいが確実な方法だ。
あたりはどんどん暗くなっていき、オレが焦って木の根っこにつまずきそうになった時、ついに手がかりを見つけた。
地面に転がる籠。
まわりにはツルコケモモの実が散らばっていて、地面はぐしゃぐしゃに踏み荒らされている。
そこから何かを引きずったような跡がかすかに残っていた。
いったい何が起きたんだ?
見えづらい跡を慎重にたどると、岩に隠れるように、地面に穴が開いていた。
オオトカゲの巣穴…!
穴の入り口は岩に沿って斜め下に向かって掘られていた。地形の関係でこのような掘り方になったのだろうか。
とりあえず、追ってきた跡はこの穴の奥に向かっているようだった。
それともここからオオトカゲが這い出した跡が始まっているのか?
中は暗くてよく見えない。
一か八かだ。
オレは巣穴に飛び込んで、一目散に奥へ向かった。
巣穴は最近掘られたらしく、まだ土が柔らかい。半ば滑るように進んでいると、ゴンっと頭が障壁にぶつかった。
魔法の障壁だ。
そう、魔法を使えるのは人間だけではない。魔獣だって魔法を使える。
猫のオレは魔法を使いこなせてるとは言いがたいが、『鍵の解除』に関してはちょっと自信があるのだ。
魔獣が作った魔法の障壁を見たのは初めてだが、これは解除できる、と本能が告げていた。
肉球で障壁の真ん中に魔力を流す。
そのままぐるっと円を描き、一度離して右と左を2回ずつ押す。魔力は多めの量を保つ。
最後にかすめるように5ヶ所。
最後のマークを押した瞬間、障壁にずぷりと前足が沈み込む感触がした。
そのままの勢いで奥に突っ込む。
障壁の向こうは丸く掘り抜かれた空間だった。
そして、巣穴の主はすぐ目の前にいた。
一番に目につくのは長い口吻。
ゴツゴツした鱗状の皮膚。頭の上についている黄土色の目がギョロリと光った。
蠎地竜ーーーー!!




