【5】
午前中には市場が出ている。
カゴいっぱいに盛られた野菜や吊るした肉なんかを売っている。
そして、それを売るのは大抵1名だ。対して出店の前を行き交う客は多数。
死角ができやすい条件が盛りだくさんなわけだ。
つまり。
市場は商品をくすねやすい!
……いや悪いことだとは知ってるよ?
でもオレ猫だもん。お金払えないもん。
あと猫の姿だと盗みもバレにくいんだよねー。
もっとも、こちらは小さな猫にしかすぎないが、肉屋や魚屋の目は厳しい。
ちょっと周りをうろうろするだけで追い払われた。
仕方ないので、果物売りの側でじっと隙を伺う。
しかしなかなか機会が訪れず、さっきから隣の瀬戸物の壺を売っているバアさんの世間話がやかましい。
出がけに飼主が言っていた「森に出る魔獣」が最新ニュースらしく、3日前から突然現れたとか、目撃情報によれば竜みたいだとか、さすがに竜はないオオトカゲじゃないかとか。テレビがないと世間話しかソースがないので、自然と熱が入るものらしい。
じりじりしながら待っていると、ようやく果物を手に取って店主に話しかける客が現れた。今こそチャンスだ。オレは店主が客と値段交渉を始めた瞬間に、一番端に積んである果物を咥えて一目散に走った。
くすねたのは小さなリンゴのような果物だった。
齧ると中に酸っぱい果肉と、赤いプチプチした種のようなものが入っている。
こういう時、どこを食べていいのか、どこまで食べていいのか迷うんだよなぁ。
種は危険な気がするので、果肉だけ食べて、満腹になったオレは大きくあくびをした。
街外れの崩れかけた壁の近くは、人もあまり来ないベストお昼寝スポットである。
猫になって変わったことは色々あるが、とりあえず睡眠時間が長くなった。すぐに起きられるけど、すぐに眠くなるし、すぐに眠れる。
お腹が膨れたりしたらすぐに眠気が襲ってくるのが日常なので、オレはあちこちにお昼寝スポットを確保している。
中でもここは日当たりも良く、適度に日陰もあってお気に入りの場所だ。
ポカポカと暖かいレンガの上で背中をこすりつけ、くるりと丸まるとすぐに眠気がやって来る。
あー気持ちいいー
しばらくうとうとしていた頃だろう、遠くからやって来る足音に反応して、体が勝手に覚醒する。耳がピクピク震えて、ゆっくり近づいてくる音源の情報を探ろうとする。
香ばしいパンの匂いがする。
半目を開くと、いつものパン屋の少女だった。赤い三角巾をかぶって、籠を手に持っている。
まるで赤ずきんちゃんみたいだ。
「あーネコチャンこんなところでお昼寝してたの?」
赤ずきんちゃんことパン屋の少女は、ふわふわ笑ってオレの頭を撫でた。
「ごめんね、今こんなのしかないんだけど」とビスケットを砕いたものまでくれる。
いやー今オレわりと満腹ですし、でも食べ物はいつでもウェルカムですよお嬢さん。
ビスケットをゆっくり咀嚼してるオレに、パン屋の少女は「じゃあねー」と手をグーパーして、壁を乗り越えて行った。きっとここが森への近道なんだろうな。
そして、この世界では手を振る代わりにグーパーするらしい。
前からちょっと気になってたんだが、市場でも観察していたら皆グーパーしてたので間違いない。
ビスケットを食べ終えると、ふわっとあくびが出た。
うーん満腹のうえにさらに腹が満たされると、なんていうかこう、幸せ?みたいな。成長期のせいなのか、幸せ脳内物質がドバドバ出てる感じがするー。
オレはまたレンガの上で丸まると、今度は前よりぐっすり寝入った。
うにゃうにゃ言いながら起きたら、もう日が暮れようとしていた。
オレどんだけ熟睡してたんだ。
幸せ脳内物質こわい。
早くしないと夕飯に遅れてしまうではないか。
オレの家は、ここからちょうど街の反対側にある。
慌てて街を突っ切って走るオレの頭の中は、今日の夕飯のことしかなかった。
その声を聞くまでは。
「あの、うちの子がまだ帰ってきてないんです。誰か見かけた方はいませんか?」
焦ったような女の声。
「こんな時間まで帰ってないなんてことなかったんです!主人が森の方を探してるんですけど、まさか奥まで入るはずないし……誰かと一緒にいるところを見た人はいないですか!?」
女からは、香ばしいパンの匂いがした。
何かがオレの脳内で閃いた気がした。
忙しい両親。いじめられて友達もいないと愚痴っていた少女。
3日前から森に出る魔獣。
なのに「森にツルコケモモを摘みに行く」と笑っていた。
そして1人で籠を持って壁を乗り越えて行った。
……これだから、ぼっちは情弱でダメなんだよぉおおおおおおお!!!!
オレの叫びは、夕焼けの空に「に゛ゃあ゛ああーーん」と響いた。




