【4】
飼主は貧乏だが、家には書物がたくさんあった。
貧乏貧乏言ってるけど、いったいどこに金を注ぎ込んでるのか。
1階には薬草関連の本が主で、2階には魔術書が所狭しと書棚に詰められている。
薬草の本と呪文の本は、文字がほとんどで読めなかった。
魔法陣の本も文字が多いのは読めないが、魔法陣自体は図式化されているし、絵で解説されているものや魔法陣を系統ごとに記したものなんかは、オレでもうっすら理解できる。
朝食のスープを諦めたオレは、2階の書棚を漁ることにした。
2階には天井から干した薬草の束があちこちに吊るされているが、天窓があるのでとても明るい。
とりあえず一番上の棚にまで駆け上がって、手当たり次第に魔術書をひっかき落とした。
この時は勢いが大事だ。
猫の手では魔術書のページをめくるのも難しいので、落としたはずみで本が開いてくれるように、なるべく遠くに放る。
20冊くらい放ったところで、床に飛び降りて確認した。
おっと、これは解説を絵で描いてくれている。
……たぶん、これは魔法陣への魔力の流し方だ。△みたいなマークから流すのと、δみたいなマークから流すのでは何かが違いますよ、という。
ただ肝心の[何が違うか]の部分は文字で書かれていてわからない。
出現する効果が違うのか、それとも出力の程度が違うのか?
必死で爪や口でページをめくったが、次のページも文字ばかりだった。
残念。そうこうしているうちに2時間くらい経っているが、成果はあまりない。
魔法陣研究は、このように遅々として進まないのだ。
やはり実践あるのみかなぁ。
魔道書の魔法陣には魔力を流しても何も起こらないが、実際に家の中で使われている魔法陣に魔力を流すと問題なく発動する。
普通に肉球で魔法陣に触れて魔力を流せば、コンロの火だって点いたのだ。
もっともこの家にある魔法陣は、種類が限られていてあまり練習にならない。
唯一頻繁に変えられる魔法陣はあるが、発動効果は同じなので、覚える意味はない。
そもそもオレ、魔法陣の書き方知らないし。
「あーーーっっ!!エルダ、また…!」
入り口から悲鳴が聞こえてきて、オレはまたもや棚の一番上まで駆け上がった。
「もう、これ涎でベタベタじゃないか!この本高かったのにぃ!端っこ破れてるし」
飼主が恨みがましい目つきでオレを見上げてきた。
「なんで鍵を変えても変えても解除しちゃうの、君は!」
なんでと言われてもなぁ。なんとなく?匂いをたどれば?自然とわかるというか?
扉の鍵だけは、肉球をただ乗せればいいわけではなく、一定の手順で魔力を流さないと解除できない仕組みになっているのだ。
飼主はおそらく飼い猫に触れて欲しくない引き出しや扉に鍵を掛けているのだが、それを練習がてら、見つけ次第すべて解除してきた。
解除されるたびに、飼主はより複雑な魔法陣を仕込んでくるが、全部外した。
今のところ全戦全勝である。
飼主は落下の衝撃でページが折れ曲がった本を見つけて嘆いている。
……これ以上めんどくさくなる前に逃げてしまおう。
オレは棚の上を跳んで移動し、天窓に頭突きして窓を開けた。天窓にも鍵が掛かっていたが、頭突きした瞬間に頭から魔力を流し込む。
そう、魔力を流せるのは肉球だけとは限らないのだ。
こ、こ、の、ポイントー!
何回か突撃して、全開ではないものの開いた隙間に無理やり体をねじこむ。
「えーーーっっ嘘でしょ、そこすごくしっかり鍵掛けたのにーーーーっっ!!」
飼主の悲鳴が聞こえるが、こっちはもう半分くらいすり抜けている。猫の体って柔軟性すごいよなーほんと便利。
「ちょっと!!危険な魔獣が出るらしいから、森には行っちゃいけませんよ!!聞いてる、エルダ!!!!」
猫の聴覚もすごいので、しっかり聞こえた。
ただしこっちは既に屋根の上だ。
トトトっと軽やかに屋根をつたい、壁をジャンプして地面に着地。
さて、おやつの時間としゃれこみますか。




