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【3】

「ああエルダ!どこ行ってたんだい。なかなか帰ってこないから心配してたんだよぉー」

家に帰ると、飼主がおろおろしながら待っていた。


エルダって誰かって?

もちろんオレのことだよ。正確にはオレの体であるメス猫の名前だ。


飼主は目ざとくオレの口元のパン屑を発見して、軽く手で払ってきた。

「エルダ何か食べてきたの?変なもの食べないでよ?昨日のザリガニの殻で出汁をとったトマトとジャコウ草のスープがあるけど食べる?」

「にゃーん」

どうせ貧乏くさくて味の薄いスープだろうが、食べ物ならいつでもウェルカムである。

オレは飼主の手にごりごり額をこすりつけた。


飼主はいそいそと台所でスープを温めはじめる。

小ぢんまりとした家だが、薬草の煮出しなんかもやっているせいか、台所とそれにくっついたテーブルだけは広い。

台所の端にある黒い石板に描かれた魔法陣に飼主が魔力を流すと、一瞬魔法陣が光って点火。ぽうっと青い火が燃え立った。

「エルダ、危ないから離れてて」

ぐいぐい押されて仕方なくテーブルまで後退する。この光景はいつ見ても異世界感たっぷりで、目が離せないのだが。


この世界には魔法が存在する。

オレが確認した限りでは、魔法陣か呪文の詠唱でそれは発動する。呪文の詠唱時に、補助として杖や錫杖を使う場合もある。

この世界の空気中には魔素なるものが漂っていて、普段は見えないのだが、意識して体に取り込み、練り上げて放出すると、火や風、光などのエネルギーに変換される。


前の世界での電気みたいなものかな?

こっちでは電気製品を見かけない。代わりに、家の灯りもコンロも、すべて魔法器具で賄われている。

そのせいなんだろうか。どの庶民の家にもお風呂があったり冷蔵庫もどきがあったり、文明度はわりと高いのに、移動手段はいまだに馬車だし、電話はないしテレビもない。



ちなみに、魔法が使えるのは人間だけではない。

なんと猫であるオレも、練習したら使えた。


はじめは何をやってるのかわからなかったが、飼主を観察していると、魔素を取り込んで魔力に変える力の流れが見えてきた。

そこだけすーっと光る道筋があるからだ。

真似するのは意外と簡単で、すぐに魔力への変換はマスターした。


問題は放出する方だった。

なにしろ人語が話せないので、呪文の詠唱ができない。

試しに気合いを入れて「にゃーーーん!」と叫んだら、ボワっと白い炎が出現し、ふわふわと漂って、近くの木にぶちあたってそのまま燃えた。

その火はあっという間に隣の木にも燃え移り、そしてその隣の木にも燃え移り……ちょっとしたボヤ騒ぎとなった。

森林火災、こわい。


あの時は駆けつけた飼主が、普段使わない杖で一面に魔法をかけてくれたおかげで、一瞬にして火事は収まった。

たぶん、その場を無酸素状態にするような魔法だったんじゃないかな。

その直後に起こった突風でオレは遠くに飛ばされたし、回収された後はこってり叱られた。


魔法は、用法用量を守って正しく使いましょう。


骨身に沁みたオレは、今は魔法陣の解読に勤しんでいる。

あいにく文字が読めないので難航しているが。


言葉の方ははじめから理解できたので、おそらくこれはこの体の持ち主であるエルダの知識量に依るのだと思われる。

薬草の名前なんかはびっくりするほど理解できるが、観念的な言葉は難しくて、時々わからないからだ。



「ほーら、ウォーマルチュッチュちゃん、スープができたよー」

だからウォーマルチュッチュって何やねん。

おそらく可愛い子ちゃん、みたいな意味なのだろうが、いまだに理解できない言葉の一つだ。


そして、スープの入った深皿が、床に置かれた。

床に置かれた。

猫は。床の上で食えと。

……いつも思うが、なにげに屈辱だよな。

しかし食べ物に罪はないし、床といっても箱の上に置いてあるので、少し高さがあってテーブルの上より食べやすい。

オレは甘んじてこの境遇を受け入れた。


結論から言うと、スープは薄かったがまあまあ食べられる味だった。

それより問題なのは、入っているジャコウ草にあった。


何口か食べて気づく。

あれ?これって今朝オレが土をかけたすぐ側に生えてた草じゃない?

咀嚼する口が止まる。

あーそういえば前の世界にはコーヒー豆を食べる動物がいて、その糞から採れるコーヒー豆は最高級品ってのがあったなー。すごいよなー最高級な糞って。


しばらく現実逃避していたが、時は何も解決してくれなかった。

オレはそっと皿の横の床を搔いて、すべてをなかったことにし、その場を立ち去った。




ついに名前が出た主人公。

エルダのモデルはうちの猫です。可愛がってくださるととても嬉しい。

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