【2】
街に降りると、真っ先に商店街に向かう。
朝のこの時間は、子どもたちが学校に通う通学時間でもあるからだ。
「わー子猫チャンだあー!」
「にゃんにゃん!にゃんにゃん!」
などと騒がしいチビどもには目もくれない。いや、タダでオレに触ろうなんてあつかましすぎないか。
唯一、朝食の残りであろうチーズのかけらを差し出してきたヤツには少しだけ背中を撫でさせてやった。
世の中、何事もギブアンドテイクなのだ。
しかし一番の目標はここではない。
オレは猫にしか通り抜けられない壁の隙間や塀の上を駆けて、子どもたちを避けつつ商店街の外れまでやってきた。
店の前まで来ると、ふわんとバターと小麦粉の焼けるいい匂いが漂ってきた。
目標のパン屋である。
ちょうどパン屋の裏口から少女が出てきたところで、オレは迷わず足元に駆け寄り、すりすりと頭をこすりつけた。
「なあーん、なああーん」
出てくる声はとても可愛らしいが、(早く寄越せ、食い物寄越せよぉ)と内容はただのカツアゲである。
飢えはこんなにも人の品性を奪っていくのだ。
まぁオレ人じゃないけど。
「おはようネコチャン。今日もね、作るの失敗しちゃったの……」
パン屋の少女はしゃがみこみ、はい、と紙に包んだパンを差し出してきた。
焼きたてのパンの匂いだが、少しばかり焦げた匂いもする。おそらく焦げた部分を剥いだのだろう。形はいびつだが、中にはひき肉を炒めたものが詰めてあって、なかなか食べごたえがある。
「パン屋の娘なのに…こんなんじゃダメだよねぇ」
ふふ、と笑いながらパン屋の少女は無心にパンを貪っているオレに話しかける。
「にぃーあ?」
(いや以前に比べたら生地は膨らんでるし、具も火が通っているし、確実に成長してると思うぞ?)
と伝えたいが、残念ながらオレに人語は話せないのだ。
「見かけはお父さんに似たのに、料理の腕はさっぱりだし。色が気持ち悪いって学校にも意地悪するヤツがいて、友達が全然できないの…。前の村に帰りたいな…。お父さんやお母さんには言えないけど…お店忙しいし」
ほほう、要はぼっちなのでせめて猫相手に愚痴をこぼしたいわけだな?
確かに、パン屋の少女は紺色の髪に浅黒い肌、オレンジの目で、この街の中では珍しい部類に入る。
この街の人間は全体的にもっと色素が薄い。薄茶とか赤褐色の髪、青みを帯びたベージュの肌なんかが定番だ。オレのいた世界とも色が違っていて、何が普通なんだかよくわからないが。たまに桃色とか薄紫の髪の人間とかもいて、さすが異世界って感じだ。
「にゃにゃっ!」
(安心しろ、少女よ。大人になったらもっと友達はできないし、忙しくてそれどころじゃないぞ!それでも人は生きていけるんだ!)
まぁオレはもう死んだけど!
パン屋の少女はしばらくオレの頭を撫ぜていたが、オレが毛づくろいを始めると立ち上がった。
ようやく学校に行く気になったらしい。
「じゃあね、ネコチャン。今度はベリーとクリームのパンを焼くね。森にツルコケモモの実を摘みに行ってくるから」
バイバイ、と手をグーパーしてパン屋の少女は去っていった。
正直まだ成長期のオレとしては、肉のほうがいいなーと思うが、我儘は言えない。せめてクリームが溶けずにちゃんとしたパンに焼けていることを祈るばかりだ。
現実世界で猫に人間の食べ物をあげたらダメですよ!塩分高いので。




