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【1】願いは叶った。ある意味。

「んにゃ……」

お腹すいた。


もぞもぞと毛布を出たが、家主はまだ起きていないらしい。

ペシペシ顔を叩いてみたが、反応がない。顔の上を何往復もしたあげく、ついにどかっと乗っかり家主の息を止めてみた。


……尻に鼻息が当たるわー。


気持ちが萎えたので、諦めて街に出ることにした。


この家は街から少し離れた丘の上にあり、家主の造った小さな薬草園に囲まれている。

家主の男は、街の薬屋に薬草やら鉱物なんかを加工した薬やらを卸して細々と生計を立てているが、はっきり言って家計は火の車である。


当然オレの食生活も貧しい。

昨夜も家主が釣ってきたザリガニのスープだった。ザリガニ、なんかじゃりじゃりして不味い。

しかし家主も同じものを食べているので文句も言えない。


「まぁ仕方ないよねー。貧乏は慣れだよ、慣れ」などと家主はへらへら笑っているが、全然良くない。

こちとら飽食社会から転生してきたんだぞ!空腹には慣れてないっちゅうねん!

養われたいって願いは叶ったけど、そういう事じゃねぇんだよ!


しかし、実のところ家主に拾われただけ有難いことなのだ。

オレは森の中で魔獣に襲われて瀕死だったところを拾われたらしい。

まだ目も開いていない生まれたてベイビーだったオレは、家主のつきっきりの介護で一命をとりとめた。

暖かい寝床、数時間置きのミルク、シモの世話から何から何までやってくれた家主にはごっつい恩がある。

らしい。


半年前、頭をカシカシ掻いていたら、不意に前世の記憶に目覚めた。

呆然とした。

なにしろそれまでの記憶は全部すっとんでいったので。


え?何これどこだよここ?

逆記憶喪失ってやつ?

今までの社畜人生がぶわーっと思い出せる。

けど、絶対に今のオレの記憶じゃない。




だって、オレ猫だった。




なんていうか茶色のよくある縞々の柄の毛とか。内心の動揺につれて勝手にビシビシ床を打っている尻尾とか。

首なんてほぼ360度回転すんだぜ。オレ自分の背中とか初めて見たわ。


うん、まぁ猫だった。

オレ異世界で猫に転生してた。


そうだよね。一生働かないで養われたいって、それもうペットだよね。

猫は働かなくても寝てばっかりでも許されるもんね。

だって可愛いから。オレ、可愛いから!


もふもふの長毛にふさふさの尻尾、アーモンド型の瞳はグリーンイエロー。

口を開いたら「にゃーん」と百点満点に可愛い鳴き声が出せる。


そう、鳴き声が出せる。

逆に言うと鳴き声しか出せない。

言葉、喋れない。


しかも重大な問題があった。







………タマがない。




気づいた時は絶望した。

オレはメス猫に生まれ変わったのだ。



そんなわけで軽やかに窓をすり抜けるオレに、あのなじみのぶらぶら感は、ない。

オレは大切な何かを失くしてしまった。


しかもペットってさ。

飼主によってめちゃめちゃ待遇変わるよね。

なにしろ養われてるからさ。


オレはできれば、金持ちでおっぱいのでかい美人のお姉さんに飼われたかった。

こんな貧乏でおっぱいのない冴えないおっさんに飼われたかったわけじゃない。


願いは叶った。叶ったよある意味。

しかしそうじゃないんだよ!!!!そうじゃない感しかしないんだよ!!!!


噴き出しそうなイライラに、オレは薬草園の土を執拗に蹴り上げた。

よく耕されてる分、土がよく飛ぶ。

オレの排泄物は完璧なまでに土に埋まった。






教訓。願い事は、正確に詳細まで伝えましょう。

「お任せで」などと言ってくるクライアントは、決してお任せで満足してくれません。


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