♯2
結局断りきれなかった奏は、園遊会に参加することになった。奏が拒否するのを想定していなかったのか、すでに用意されていた招待状を早々に手渡され、何かわからないことがあったら聞いて、と言い残し、雅は去っていった。小さめな封筒を制服の内ポケットに仕舞い、雅とは逆方向に歩き出す。
奏は自宅から通学しているが、自習用に寮の部屋を利用していた。職員室に用があったため、職員室経由で寮に寄ろうと脳内でルートを計算する。
アカデミーは主に、授業で使われる中央棟、行事などで使われるホールや体育館などが揃う西棟、勉強が捗るようにと図書館と寮が併設されている東棟の三つに分けられる。外からの出入りも勿論可能だが、各々は渡り廊下で繋がれ、建物の中からもそれぞれに移動できるようになっていた。
入学式を終えた奏は西棟の一階にいるため、そこから中央棟にある職員室を目指した。が、中央棟にかかる渡り廊下を渡り、角を曲がったところで向こうから来た誰かとぶつかった。ごめんなさい、とお互いの声が重なる。顔をあげると、先程壇上で見かけた入学生だった。
「えっと、心紅さま?」
「さま、は要りませんよ、先輩。ここでは一生徒なのでお気になさらず」
奏は入学したばかりの頃、同学年の雅や灯色にも似たようなことを言われたことを思い出した。
「じゃあ、そうさせてもらうね」
「あと……申し訳ないのですが、職員室までの道を教えていただけませんか?」
「わたしもこれから職員室に行くところだから、一緒に行こっか」
お願いします、と礼儀正しくお辞儀をして、心紅は奏の一歩後ろを付いてきた。やがて職員室に着いた二人は、目的の教師を探すまでもなく早々に入り口で捕まり、ものの数分で用件を済ませた。
「心紅くんは、この後どうするの?わたしは寮に向かうけど、よければ一緒に行く?」
職員室の扉を閉めながら奏は問いかける。
「お願いしてもいいですか?一年生は寮の一階に自分の部屋の場所が張り出されているそうで、それを見ておかないと」
勿論、一緒に行こう、と奏はまた心紅の一歩前を歩き出した。
「この学校広いから、行きたい場所とか分からない場所があったら聞いてね。まあ雅も灯色もいるから、大丈夫かな?」
「兄と姉はやたら構ってくるから疲れるんですよ。また道に迷ったときは先輩に出会えると嬉しいですね」
そう言われて確かに灯色も雅も構いたがる節があるかも、と奏は思った。いつも明るく騒がしい二人と心紅の性格はあまり似ていないのかもしれない。少し陽が傾いてきた校舎に赤い光が差し込み、奏の隣に並んだ心紅の顔に光と影が揺れる。心紅は奏の方に視線を向けながら、そう言えばお名前聞いてませんでしたね、と思い出したように告げた。
「あ、言ってなかったっけ?わたし奏って言うの」
王子である心紅は名を知られていて、当然奏も知っていたが、相手の名前を知っているから自分の名前も知られているなんてことはない。
名乗りながら、ちょうど差し掛かった角を曲がると寮の入り口が見えてきた。
「奏先輩、ですね。今日はお世話になりました」
「いえいえ、学校生活楽しんでね」
夕日に照らされ並んでいた二人の影はそこで別れ、交わることなくそれぞれの行き先へ向かっていった。