黒の糸遊
壇上での挨拶なんて、慣れている。
どこで何を喋ったとしても、一言一句聞き逃さないと構えて聞いている人から殆ど耳に入っていない人まで様々だ。
ただ今日は観客の中に元気すぎる兄と能天気な姉が混ざっているから探してみようかと思ったが、思いの外、人が多く、くだらなくなってやめた。
挨拶なんてありきたりで当たり障りないことを述べるに限る。上手いこと言おうなんて考えず、僕は早々に挨拶を切り上げて、壇上から降りた。降りるときに一枚の花びらが視界を横切った。吹いてきた風がどこからか連れてきたのだろう。
春は、確かに何かが始まりそうな季節だ。本当に何かが始まるかどうかは置いておくとするが。
新しいことと言えば、自分には集団生活なんて向いてないと思いながら、普段自室に籠っていることを考えると寮生活もありだなとふと思い立った事くらいか。親に打診してみたけれど、結局許可は下りなかった。兄も姉も自宅から通っているのだから同じようにしたらどうだと言われるのは目に見えていたし、それに逆らおうとは思っていない。
この春から新しく通うことになったこの学校は、自宅から通学する者も併せて全員に寮の一室を与えられる。勿論寮で生活する生徒もいれば、放課後寮の部屋で自習して帰宅する者もいるし、全く使わない者もいる。中には只々物置と化す者もいるらしい。無論ではあるが男子寮と女子寮に分かれてはいる。まあ寮生活が叶わなくとも、寮の部屋は与えられる。折角与えられるのだから有効活用できるように整えておこうか、と僕は思案した。
それでも、今のところ特に自分で何かを変えるつもりは無いし、このまま流されていくのだろう。大きすぎる流れには、気づくこともできずに呑まれていることもある。
いや、どうでもいいことばかり考えるのは止めよう。今日は壇上の挨拶の他にまだやることがある。先ずはそこに意識を向けなくては。
そう思って僕は少しだけ顔を上げた。