幕間 一
「右から四番目の世界が壊れてしまいそうなんだ」
遮るものの無い空間に、ただ声だけが響いた。
「この世界を担当している天使はイリス、君だね?」
神の間と呼ばれるどこまでも真っ白な空間にたった一つ置かれた玉座。そこに悠然と座る神に呼び出された天使イリスは、臆することなく神を見つめ返し、只々、はい、とだけ答えた。
「君、この世界に干渉したでしょ?」
「……歪みを治そうしたんですけど、思ったよりひどくて」
「この世界は特別ではあるけれど、干渉するのはご法度だって知ってるはずだ」
神は小さな溜息をついた後、続けた。
「今新たに造ってる世界があるんだ。まだ未完成だからいじれる。世界が完全に壊れる前に、そこに全員移住させるように」
神は創造途中の世界を空中に投影し、イリスに見せる。天界側の理由でこの世界の生き物たちを消すわけにはいかないのだ。ただ神の言う移住を叶えるには幾つか問題がありそうだった。
「この作りかけの世界、既に住んでる人がいますね」
「そう、二人ね。まあ未完成の世界だからなんとでもできるよ。壊れかけの世界はもう手遅れだから、多少の干渉は看過してあげるけど、極力控えるように。その代わりこの二人、特例で右から四番目の世界に転生させてあげるから移住の手助けをしてもらいなよ」
外からの干渉を控えるということは、内から干渉するしかない。
それに、世界から世界への移動は、一度天界を経由する決まりになっている。しかし、壊れかけの世界の住人が自力で天界に来ることなど殆ど不可能である。
「天界を経由する決まり、なんとかなりませんか?」
「バカなの?何事にも秩序が大事なんだ。まして僕らのように力を持った存在は特に。僕の決めたルールには従ってもらう。天界まで連れて来てくれたら、移住はやってあげるから。小さな世界なんだから、頑張って」
この右から四番目の世界は、小さな島が数点あるだけの小さな世界。国がたくさんあるわけでもなく、名前すら持たない小さな国が一つあるだけだった。それでも大変なことに変わりはないが。
今度はイリスが溜息を吐く番だった。これは本当に助けが必要そうだ。
思案するイリスに神は話を続ける。
「あまり衝撃的なことはしないでよ。記憶の調整はするけど、万が一新しい世界でフラッシュバックされても困るし」
「制約が多いですね」
「当たり前でしょ。そもそも異例の事態だからね。それに、僕たちは限りなく全知全能に近いだけで全知全能ではない。万物は流転し、常に変化するからね」
黙したまま話を聞いていたが、取り敢えず、イリスは当面右から四番目の世界の住人を全て天界に移動させることだけ考えれば良いのだ。そしてこれはどの世界にも共通して言えることだが、生き物は死ねば必ず天界に来ることになっている。
「ええと……つまり」
「うん。全員殺してきて?」