第5話 【初仕事はガテン系】
「ここは――牢獄か」
見覚えがある。
恐らくここは、グラプディミス帝国にある、監獄都市ミスガンドの地下牢だ。
帝国は、7つの大国から成っている。
各々の国に、それぞれの法律があり、死刑を禁忌とする国も少なくない。
そういった国で重犯罪を犯した者は、この監獄都市で長期の収監、または終身刑となる。
オックスがいるのは、その中でも特に凶悪な犯罪者が収監されている場所だ。
最下層の地下牢獄である。
地下深く故なのか、ジメジメして、肌寒い。
換気はないに等しく、淀んだ空気が、鼻につく悪臭をいつまでも同じ場所にとどめている。
窓は無いので、日の光は拝めない。
室内の視界が保てているのは、壁に生えた【ヒカリゴケ】のおかげだ。
そこかしこから染み出た水が、ピチャピチャと不快な音を立てている。
カサコソと動いているのは、不衛生な場所を好む蟲達だ。
どんな健康な人間でも、ここに3日もいれば病気になりそうだ。
悪魔ブラセオの姿は、見当たらない。
オックスの身体は――やはり、動かせない。
金属格子の向こうには、常人とは違う目をした屈強な男達が5人。
全員が、オックスの知っている目をしている。
この目は〝人殺し〟の、――しかも、〝楽しんで人を殺す人間〟の目だ。
男達の首に巻かれているのは、魔力封じの首輪だ。
全員が、何かしらの魔術に精通しているのだ。
そして、ようやく男達はオックスに気づく。
「――ん? おいおい、めずらしいな。お客さんか?」
「なに? ――なんだ、男かよッ」
「男でもかまやしねぇさ。おいッ! こっち来てケツ出しなッ!」
「兄ちゃん、ちょっと殺させてくれねぇかぃ? あと1人で100人殺しなんだよ。キリが悪いったらありゃしねぇよッ! ひゃーっはっはっ!」
4人の男達が、口汚く叫ぶ。
そんな中で、1人だけ無言を通している男がいる。
全身傷だらけで、身長2.5Mはある大男だ。
壁により掛かって腰を下ろした男は、ジッとオックスを見つめる。
「もしかして、お前は……いや、人違いか。あいつもっと髪が薄かった」
男がボソッと呟くと、興味が失せたか視線を外す。
「……」
オックスは何も言わない。
『ああ、ちょっと若返っているが、私はお前を捕まえたオックスだ、久しぶりだな、元気にしてたか、私の方は死んだばかりなんだ、お互い大変だな、ハハハ』なんて言っても仕方ないからな。
それにしても……。
男の言葉に、少なからずショックを受けている。
こいつを捕まえたのは、5年前だ。
その頃から私の髪はやばかったのか……と。
男達が鉄格子を狂ったように叩いていると、
「キャッ」
場違いな黄色い声がした。
なんだ?
見ると、牢獄の中に、1人の女性が尻餅をついてる。
手入れの行き届いた金の髪に、豪奢なドレス。
見た目は間違いなく、上流貴族のお嬢様だ。
薄暗い地下牢獄に、カラフルなドレス姿の娘。
不安を駆り立てる異常な光景だ。
数人が見ても、100人が見ても、全員が1つのことを思い描くはずだ。
1つのこととは、『悲惨な未来』だ。
ただしそれは、『この女にとって』の悲惨な未来だ。
男達にとっては……。
囚人達は一瞬呆けたように女を見つめ――そして、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
狂気乱舞した。
文字通り降って沸いた僥倖だ。
男達の〝この怪しい状況を疑う理性〟は機能を止めている。
この女がどこから、そしてなぜ現れたのかを考える人間は一人もいない。
「おいおいおいおいッ! 何ていい女だよッ!」
「なんだ、こりゃッ! 神様のご褒美かッ?」
「神でも悪魔でもどっちでもいいぜッ! ひっひっひ」
「お嬢ちゃん、ちょっとおじさん達と、いいこと、いや悪いことをしようか? きひひひッ」
男達の興奮した声の中で、女は起き上がる。
一気に顔が青ざめて、怯えたように後退る。
恐怖に震える姿は、まるで人間のようだ。
いや……もしかしたら、本当に……。
悲壮感溢れる女の表情を見ていると、自信がなくなってくる。
「な、なんですの、あなた達はッ! ここはどこですッ! ち、近寄らないで下さいッ! お父様に言いつけますわよッ! アーノルドッ! アーノルドはどこなのッ!」
女の懇願など、聞くはずもない。
男達がジリジリと詰め寄る。
すると、唐突に女が、諦観の表情となる。
「……わかりましたわ」
観念した口調で女が言うと、ドレスのボタンを、ためらいがちに外し始める。
意外な展開に、男達は立ち止まり、固唾を呑んだ。
明らかに変わった女の雰囲気に、彼らは気づいているだろうか。
オックスには女の顔が、肉食獣のそれに見えて仕方がない。
パサリ、ドレスを脱ぐと、一目で高級とわかる下着が露わになる。
薄暗い部屋で、黒い下着と傷1つ無い白い肌とが、鮮明で強烈なコントラストをなす。
ゴクリ、男達の喉が大きな音を立てた。
ほんのり上気した顔で、女は重い口を開く。
「あの……ら、乱暴にしないで……ください……」
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!
女の言葉を合図に、男4人が襲い掛かった。
「キャッ!」
そして蹂躙が始まった。
オックスには、男達の背中しか見えない。
4人とも奇声を上げて女の身体を貪っている。
夢中になりすぎて、ズボンを下ろす余裕も無いらしい。
そこで何が行われているかは、想像に難くない。
目的がなんにせよ、女の正体がなんにせよ、見ていて気分のいいものではなかった。
視線を外し、参加していない囚人に、オックスは声を掛ける。
「お前は加わらないのか?」
「……興味が無い」
だろうな、とオックスは心中で呟く。
この男――ガブナギル・レイフは、元衛兵の戦闘狂だ。
元々の屈強な肉体に加え、強化魔法の達人でもある。
衛兵になったのも、より強い敵と戦えると思ったからだ。
だが、戦争はそう頻繁には起きない。
力を持て余したガブナギルは、ある日力試しと称して、小隊23人を皆殺しにする。
当然ながら手配書が回り、ガブナギルはお尋ね者となる。
オックスが捕まえるまで、逃亡すること2年と4ヶ月。
その間に殺した人数は、衛兵113人、冒険者26人、民間人45人に上る。
これだけの犠牲者を出していながら、暴行された女性被害者はひとりもいない。
単純に戦いにしか興味が無いのだ。
陵辱が始まってから数分後――異変が起こる。
音だ。
男達の興奮した声が止んで、代わりに音が聞こえる。
バキッ、ブチッ、グチャ、ジュル……。
オックスはこの音を知っている。
〝血の滴る生肉を喰らう〟音だ。
経験を積んだ冒険者なら、何度も聞いたことのある音だ。
だが、この音と今の状況とが結びつかない。
なんだ?
何が起きている?
ピタリ、男達の動きが止まる。
不気味な音も鳴り止んだ。
やがて、全員が幽鬼のようにゆらゆらと立ち上がる。
そして、オックスへ向き直った。
「……ッ!?」
全員の顔は血にまみれていた。
一人は、何かを咥えていた。
これは……人間の、腕だ。
ボトリ、そいつが咥えていた腕を落とした。
赤くなった唾液が全員の口から、ボタボタとしたたり落ちる。
うぅぅぅぅぅぅ……。
突然4人の男達は、苦悶の声をあげる。
頭を抱えてしゃがみ込んだ、次の瞬間、
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
各々が絶叫して立ち上がる。自らの服を引きちぎる。
露わになった肌が、まるで火膨れのようにボコボコと膨らんでいく。
そこへ、
「ふぅ。こんなに食べ残すだなんて、思ったより小食ですわね」
声の主が、倍に膨れ上がった肉の塊達の間から、現れた。
襲われていた女だ。
ただし、その右腕は無かった。
頬肉はそげて、歯がむき出しになっていた。
いたるところの皮が剥がれて、肉が抉れていた。
不気味なのは、凄惨な怪我に対し出血が少ないことだ。
オックスの全身が総毛立つ。
まさか……自分の身体を喰うように仕向けたのか?
それに、なぜ立っている?
死んでもおかしくない傷を負って、なぜこの悪魔は平然としている?
「な、なんなんだお前はッ! お前達はッ!」
ガブナギルが立ち上がって、オックスを代弁するように恐怖の声をあげる。
「あら、あなたは襲って下さらなかったのね? ショックですわ。わたくし、そんなに魅力がないかしら?」
そげた頬に、残った左手を当てると、女悪魔が小首を傾げる。
その光景は、恐怖を通り越して、どこかシュールにさえ見える。
ガブナギルが言葉を無くしていると、悪魔ブラセオが牢の中に現れ、
「さて、生き残りたければ、戦って勝利することですな」
「だ、誰だテメェはッ!――な、なんだッ!? か、身体が動かねぇ!」
ガブナギルの〝魔力封じの首輪〟を、こともなげに外す。
用事が済むと、悪魔ブラセオは、すぐにまた消え去った。
「ッ!? う、動く? ――首輪が……外れた……?」
拘束の解けたガブナギルが、自分の首をペタペタと触る。
肉の塊4体が、ゆっくりとガブナギルに近づく。
「く、くそッ、なんだってんだッ! ――《剛強法》ッ!」
ガブナギルの身体が鈍い光を纏う。
この男オリジナルの肉体強化魔術だ。
「喰らえぇぇッ!」
全身の筋肉を使った強力な拳を放つ。
甲冑を着た衛士をも一撃で殺した必殺の拳だ。
だが、
「なにぃッ!」
肉の塊は、その拳を難なく片手で受け止めると、
「くそッ! は、放せぇぇぇッ!」
ボグゥッ!
ガブナギルの太い腕を、いとも簡単にへし折った。
「ぐわぁぁぁぁッ! 腕がぁッ! 俺の腕がぁぁッ! く、くそッ! 来るなッ! 来るなぁぁぁッ! ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!」
肉の塊となった元囚人達が、大量のよだれを垂れ流しながら飛び掛かった。
彼らは喰らいつく。
「離、せ……あ……や、やめ、やめ……ゴブァ……ごブぶぶ……ぶご……だずげ……ぶしゅ……ごぼッガぼボぼ……」
クチャ、クチャ、クチャ、クチャ、クチャ、クチャ、クチャ、クチャ……。
ガブナギルの断末魔と、彼を咀嚼する音が響き渡る。
オックスは静かに惨劇を見つめる。
ガブナギルが投獄前に犯した罪、殺された人達、そして残された遺族のことを思うと、同情する気にはなれない。
ふと視線を感じ、女悪魔に目をやる。
「それでは、コホン――はじめまして、旦那様」
女悪魔がニコリと挨拶をする。
その身体にできた傷が、千切れた腕が、ボコボコと肉を盛り上げて再生していく。
「わたくし【色欲】の四翼、マイトネと申します」
バサッ。
傷一つない女の、その細い腰から4枚の黒い羽が生える。
「《以後、あなた様の使い魔として忠誠を誓います》」
そしてオックスは、二人目の従魔と契約を交わした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翻訳機能以外にも、便利なことがあった
今何時かな? と思うと頭の中に、ウィンドウ浮かんでくるのだ。
そこには、時間と日付が点灯している。
デジタル表示だ。
時計の横には”翻訳中”の文字が点灯していた。
時計機能付き、日本、異世界バイリンガルなわたしは、仕事を吟味した。
ふむふむ、やはり掃除か、それとも料理手伝いかな、と悩んでいると。
「サチコさん、あんたはここへ行くんだ」
お母様が、一枚の紙を差し出す。
なんとすでに掲示板から剥がしていた。
――なになに
【薪割り要員募集 報酬小銀貨三枚】
――んな!?
「おおおお、お母様、こここ、これ、力仕事ですよね? それも、かなりのパワー系ですよね?じ、自慢じゃないですが、わたしはもやしですよ? 平均を遙かに下回る、もやしっぷりですよ?」
わたしは、こぶのない力こぶを見せた。
「本当に自慢じゃないね……。サチコさん、あんたこれから先、男に頼る気かい? そんな生き方もありっちゃありだよ。わたしにゃ無理だけどね。でも、男嫌いのあんたにも無理だろ? 見たところ、ここには警察なんてないよ。悪党にとっちゃ、男もいないモヤシなあんたは、絶好のカモだよ。カモがモヤシを背負ってるって訳だ。おや? なんだいその顔は? ジョークだよ、ウータンジョークさ」
「う……」
わたしは言葉に詰まった。
お母様の冗談で笑う余裕はなかった。
お母様のおっしゃる通りだった。
「わたしの目が届くところなら、死んでもあんたを守ってやる。この体はどういった訳か、力が強いからね。でも、四六時中、一緒にいるってわけにはいかないよ。あのハレンチ女神は、あんたに剣を持たせたんだろ? ならこれから先、それが必要になるんじゃないのかい? 少なくとも薪を割れるくらいじゃなきゃ、剣なんて振れないだろうさ」
「で、でも……お母様、わたし……」
わたしには、言いたいことがあった。
お母様が、わたしを守ってくれるのはうれしい。
うれしいけれど違うんだ。
わたしは……わたしが、お母様を守りたい。
守られるのじゃなくて、守りたい……でも。
……言えなかった。
力の無いわたしには、言う資格がない。
――わたしは無力だ。わたしには、なにもできない……。
「すぐにできなくったっていいんだよ。お金はわたしがなんとかするさ。あんたはまず、まともに剣が振れるように、がんばんな」
不甲斐ない……。
お母様の優しい言葉が、胸に突き刺さる。
わたしは、ただの足手まといだ。
――あの日――お母様の娘になった日に、誓ったのに。
「お母様!」
わたしは、お母様に抱きついた。
「足手まといのわたしを、許してください……。でも必ず……必ず薪割りの仕事ができるようになります! なって見せます! お母様!」
わたしの目から涙があふれ出る。
この涙は、お母様への感謝の涙だ。
そして――決意の涙だ。
「そうかい。頑張るんだよ。一人前になるまで、わたしがあんたを守ってやる。心配するんじゃないよ」
「はい! お母様!」
お母様が、頭を撫でてくれた。
気がつくと、わたしたちを中心に、人の輪ができていた。
中には涙ぐむ人もいた。
「ぐすっ……なんていい親子なんだ」と、ごつい男性。
「頑張れよ、応援するからな! 母親が猿って意味わかんないけど」これまたごつい男性。
「地獄の薪割り場か。頑張れよ! 死ぬんじゃないぞ!」ごつい犬のような男性。
「お猿の母ちゃん、なにかあったらわたしにいうんだよ!」ごつい女性。
おしなべてごつい。
みんなごつくて、そして優しかった。
いろいろな人が、わたしたちの背中をばんばん叩いた。
叩いて、励ました。
わたしは、知らない男性に体を触られるのは苦手だ。
いや、苦手どころではない。
恐怖といっていい。
でも、この背中を叩く手には、不思議と――そう不思議とイヤな気はしなかった。
――ん? そういえば、なにか不安になる言葉がでたような……。
気のせい……かな?