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天然!人たらし少女の、鈍感!異世界すろーらいふ  作者: 鷲空 燈
第1章 『さぁ、お仕事だ!』編
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第3話 《中編》【サチコ、役場へ行く】

 ∮



「ん……ここは……?」


 オックスは目を開けると、首だけ動かして、周囲を見渡す。

 白い――ただただ白い空間だ。


 寝台に横になったまま、再びオックスは目を閉じて、呟く。


「そうか……私は死んだのだな」


 オックスは、己の状況を理解する。

 そう、オックスは死んだ。

 いや、殺されたのだ。


 最後の瞬間を思い出そうとする。

 だが、記憶があいまいで、どうにも思い出せない。

 わかるのは、ただひとつだけ。


 オックスは弟子に裏切られた。

 それだけはハッキリと覚えている。


 一筋の涙が頬を伝う。


 はぁ、と大きくため息を吐く。


 目を開けて、上体を起こすと、頭を抱える。

 今までの人生はなんだったのかと、詮無い自問を繰り返す。


 すると次第に記憶が戻ってきた。


 リウムの悲しそうな顔、ロジウムの嗤う顔。


 オックスはもう一度、深く溜息を落とす。


 やがて、ようやく立ち上がると、もう一度周囲を見る。


「ここは……白亜の神殿、か」


 神話で言い伝えられた通りの場所だ。


 死者が訪れる、黄泉の入り口ーー白亜の神殿。

 

 大人2人が、両手を広げても足りない程に太い柱が、計12本。

 その内の4本は、オックスのいる寝台を広く囲むように立っている。

 神話によるとこの宮殿は、死者がどんなに歩けど、端にたどり着けないという。

 見た目通りの広さではないのか。


 壁は無い。

 神殿の周囲は、何もない黒い空間が、どこまでも広がる。


 オックスが状況の検分を終えた頃に、何やら気配がした。

 見上げると、まばゆい光がある。

 まるで見計らったように、天井の吹き抜けから光の球が舞い降りる。


「――聖人オックスよ」


 やがて光が、人の形を成す。

 神々しい女性だ。

 綺麗に結い上げた金の髪に、青い瞳、それに眩しいほど白いドレス。

 白く輝く大きな翼を、腰から広げている。

 その数4枚。


 美しい場面だ。


 なのに、芝居がかっている気がして、どうにもむずがゆい。

 そもそも、現れるタイミングが良すぎるのだ。

 もしや目覚めるのを、どこかでジッと待っていたのか?

 それなら、最初からオックスの横に座って、本でも読んでいればよかったのだ。


 女性がオックスの前に降りて立つ。


「現世での働き、見事であった」


 まるで台本のセリフだな。

 若干、緊張気味に見えるのは気のせいか。

 妙に白々しい気分だ。


 だが、オックスは大人なので、空気を読む。


「もったいなきお言葉、畏れいります。」


 与えられた役割通り(推測)に、オックスは跪く。

 初対面の相手に、なぜ畏れいらなければならないのか、オックスにはわからない。

 台本を書いたのは誰だ? 舞台監督を呼べ!


「わたしは【純潔】の四翼、天使フェルミン。あなたを迎えに参りました」


 演技は続く。

 天使には一切の照れがない。

 それどころか誇らしげな雰囲気すらある。


 ある種のプロ意識に、オックスは少しだけ敬意を抱く。


「なんと! 私ごときを、天使様が、わざわざお迎えに?」


 へりくだって言った。

 少しやり過ぎたか、と背中に汗が滲む。

 どうにも加減がわからない。

 

「くふふふ、四翼の天使が迎えに来るなど、前例が無いことです。名誉に思いなさい」


「ははぁッ」


 天使は満足そうに笑った。

 一瞬、素の表情が見えた気がする。

 しかし、どうやらオックスの態度が、お気に召した様子だ。


 ふむ、この路線で間違いなかったな。

 芝居を継続するとしよう。


 それにしても〝四翼〟とはな。

 神話では確か……。

 そうそう。


 死者の迎えはエンジェルと呼ばれる、羽のない天使の仕事だ。

 天使や悪魔は羽の数で階級が変わるという。

 最高で何枚だろうか。

 神話では十翼が最高位だ。

 これには諸説あり、十二の天使や悪魔が居るとかいないとか。


 むむ。

 賓客待遇は、居心地が悪いな。

 できれば、通常の扱いをして欲しいものだ。


「身体に異変はありませんか?」


「はい。それどころか、すこぶる調子がいいですね」


 これは演技ではなく、言葉通りだ。

 長年患った足腰の痛みが、嘘のように消えている。


「それはなにより。もっとも肉体の状態が活発な、20歳の肉体を再現したので、そのせいかもしれませんね。これも前例がないことですよ?」


「20歳?」


「ご覧なさい」


 天使が言うと、オックスの前に大きな鏡が現れた。


 そこに映るのは、艶やかな金の髪に、張りのある肌の自分だった。

 なるほど、確かに20歳の身体だ。


 生前、少々髪が寂しくなっていたオックスは、素直に喜ぶ。

 今度は毛髪ケアを怠らないようにしよう。


 上着をめくり、()()()()()があるのも確認する。


 それにしても、また特別扱いか。

 どうにも、裏がありそうだな。


「では本題に入りましょう。これからあなたは、天界へ昇ります。そこで天使の一員になるのです」


 ん? 今、何かとんでもないことを言ったか?


「て、天使? この私が、ですか?」


 なるほど。

 だからこそ、この特別待遇なのか。

 しかし、天使とは……。


 自分の腰から羽が生えたところを想像する。

 あまりの滑稽な絵面に、オックスは吹き出しそうになる。

 だが、大人なので我慢する。


 生前の髪が薄い姿だったら、耐えきれなかっただろうな。

 薄毛の天使……か。まさに噴飯ものだな。

 恥ずかしくて人前に出られなく……クッ、危ない危ない。

 あやうく噴きだすところを、再度耐え切ったぞ。大人だからな。


「そうです。()()()()()人間から、高次な存在へと進化できるのですよ。喜びなさい」

 

 天使が恭しく言った。 

 この発言に、オックスの眉がピクリと動く。


 今、なんと言った?


「……地上へ戻ることはできないのですか?」


「戻る? あの()()()()にですか? どうしてです?」


 天使は本気でそう思っているふうだ。


 私の故郷を〝ゴミ溜め〟だと?


 へりくだりの演技は、もう止めだ。

 オックスは憮然と答える。


「……確かめたいことがあるからです」


 天使は鼻で笑う。


「オックスよ。薄汚い現世での些事は、捨て置きなさい」


「薄汚い? 些事、だと? 天使フェルミンよ。私は……」


 オックスが食ってかかろうとした、その時、

 空間が揺らいだ。

 天使の後方2メルの位置に、黒い物体が突如出現し、


「どっせいッ!」


 天使の顔面に、目で追えない速さで、その先端を突き当てた。


「ぶへぇッ!」


 天使フェルミンが吹っ飛ぶ。


 ドゴォォォォッ!


 柱を破壊して、なお勢い衰えること無く、天使は彼方へ吹っ飛んだ。


 どうやら天使にとってこの宮殿は、無限の空間ではないようだな。

 ニヤリと笑う。

 オックスは少しだけ溜飲を下げた。


 天使の消えた場所には、足を高く上げて、男が立っている。


「ダメダメダメダメ、ぜーんぜんダメッ!」


 男が言って、チッチッチ、と人差し指を立てて振る。

 肩に届くほどの黒髪に、黒い礼服と黒いステッキ。

 全身黒ずくめの男は、天使の顔面を蹴った足を下ろす。


「悪魔、か」


 無駄な警戒をしつつも、オックスが言った。

 先の攻撃が、オックスに向けられたなら、いくら警戒しても意味は無い。

 だが、恐らく攻撃はされない。

 この悪魔が現れた理由は、おおよその見当がついている。


「正解ですッ。我が名はブラセオ。――まったく、こーんな重要人物を、下級天使なんかに任せちゃダメでしょ――よっと」


 悪魔ブラセオの腰から、勢いよく羽が現れた。

 パンッ!

 音がはじけて、衝撃波が生じる。


「ぐッ」


 咄嗟に障壁を張って、オックスは、その場に踏みとどまる。

 無駄かと思われた先の警戒が、役に立ったわけだ。


「我が輩、こういうの、イヤなんですよねぇ。ほら、なんて言うんです? 『ワタクシ、こんなに偉いんザマスヨ』と自慢しているようで」


 男の腰から生えた羽は、見事な漆黒だ。

 その数10枚。


 恐ろしいほど、高位の悪魔だ。

 というか最高位ではないか?


 立ち振る舞いから、並みの悪魔ではないと思ってはいた。

 まさか、これほどとはな。


「あなたもそう――」


 言うや、何もない空間を掴むと、高く舞い上がる。


「思いませんかッ!?」

 

 掴んだまま、床へ叩きつける。


 ゴバンッ!


 轟音が鳴り響く。

 オックスは咄嗟に、腕で顔面をガードする。


 ――腕を降ろす。

 床には大きなクレーターができていた。


「くッ……ブラセオかッ。どうしてここにッ!――離せッ。この汚らわしい悪魔めがッ」


 クレーターの中心で抑えられて、ジタバタと暴れる人物がいる。


 天使フェルミンだった。

 なんと無傷だ。


 攻撃する側もされる側も、そろって化け物か。


「ご要望通りに」


「ぐッ!」


 悪魔プラセオが手を離す。

 すると地面から柱が生えた。

 さらに悪魔のステッキが縄へと変わる。

 瞬く間に、天使フェルミンを拘束する。


 縄の先端が、身動きできない天使の眼前で、鎌首をもたげている。

 いや、縄に見えたのは、黒く、長い、一匹の蛇だ。


 仕方ないな、と助けに動いたオックスを、悪魔が手だけで制す。

 瞬間――オックスの全身が、鉛を流し込まれたように固まる。


 顔を向けずに、悪魔は右腕だけオックスへ向けて、チッチッチと人差し指を振る。

 その様は、なんとも言えず絵になった。


「こんな……屈辱……。解けッ! 解きなさい!」


 恥辱にまみれた顔で、天使フェルミンが叫んだ。

 ギチギチと蛇が、その真っ白な肌を締め上げる。


「ククク。悪魔にお願い、ですか」

 

 悪魔はニタリと嗤うと、2つに分かれた長い舌を出す。

 チロチロと動く舌が、天使の首筋を、ゆっくりと這いずる。


「ひッ……」


 天使が身を捩ろうとする。

 しかし、身体に巻き付く蛇は、びくともしない。


 オックスは……動けない。


 悪魔の黒い手袋が、天使のドレスの裾をめくり、足の内側に触れる。

 その手が少しずつ上へ……。


 明らかな陵辱だった。

 にもかかわらず、2人が被害者と加害者の関係に見えないのは、なぜなのか。

 これが、悪魔の悪魔たる所以か。

 どちらにせよ、男女の機微というやつは、オックスにはわからない。


「いやいやいや……や……やめ……て……。あぁ……」


 数分の間、天使を愛しい恋人のように、悪魔は愛撫した。

 天使の表情が、怒りから別の色へ変化する。

 白い羽が、灰色へ濁ろうとしたとき……。


「あ、やめます?」


 悪魔がパッと離れた。


 天使は名残惜しそうな表情を浮かべる。

 次の瞬間に、ハッとなると、赤くした顔を恥じるように背けた。


 その様子を、満足げに悪魔は眺めて、


「我が輩は、お嬢ちゃんレベルの天使なんて、どうでもいいのですよ。ーーさて」


 天使からオックスへ、視線を移す。 


 同時にオックスの身体が拘束から解放される。

 生かすも殺すも、悪魔の気分次第ってわけだ。

 やれやれ、自分の命がこんなに軽く感じるとはな。


 自分の命運を握る悪魔の目を真っ直ぐ見つめて、オックスは言う。


「上位悪魔が、私になんの用だ?」


 わかりきった質問だ。

 悪魔がここにいる理由と、オックスを殺さない理由は、恐らく同一だ。


「もちろん」


 悪魔は、(うやうや)しく礼をすると、


「あなたのスカウトに参りました」


 ニンマリと、口端をつり上げて、予想通りの言葉を述べた。


 その姿は、やはり絵になっていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 わたしとお母様は、村役場に向かった。

 仕事を探すためだ。

 宿屋の女将さんから聞いた道を行く。

 

 昨日は、暗くてよくわからなかった。

 いまはわかる。

 ここは日本ではない。

 絶対に違う。

 道は舗装されておらず、建物もすべて見たことのない木造建築だ。

 それよりなにより、日本人が一人もいない。

 道行く人は、すべて外国の方だ。

 それどころか動物が服を着て、二本足で歩いている。

 

 犬が二足歩行しているのを、ポカンと見とれていると、ジロリとにらまれた。

 ものすごく怖かった。

 

 動物の匂い、ご飯の匂い、土の匂い。

 歩いていると、いろいろな匂いがした。

 昨日までのわたしなら、顔をしかめたであろう臭いもする。 

 が、今のわたしに隙はない。

 馬小屋の馬糞臭、そしてお母様の……。

 つ、つまりにおいには、すっかり慣れたのだ。


 この世界には、二本足で歩いている動物がいる。

 服を着ているし、人間寄り……なのだろうか。

 その動物人間を見ても、誰も騒がない。

 動物っぽい人がいるのは、普通なのだ。


 ――お母様の姿もこの世界じゃ普通――だったらいいな

 

 しかし、その望みは薄かった。

 なぜなら、お母様を見た人が、みんなぎょっとするからだ。


 

 ★

 

 

 わたし達は、中央広場に面した大きな建物に到着した。


『第八開拓村・村役場』


 大きな看板にそう書かれていた。


 ――この村って”第八開拓村”って名前だったんだ!


 なんとも味気ない名前だ。

 もうちょっといい名前をつければいいのに。

 

 村役場では、仕事の斡旋や馬車の手配等など、公共的な物、すべてを扱っている。

 これは女将さん情報だ。

 

 ――仕事だ! なにはなくとも仕事を紹介してもらうのだ! 生きていくためには、働かなくちゃ!

 

 それに魔獣を連れて歩くには、許可がいるらしい。

 その手続きも必要だ。


 わたしは入ってすぐの窓口へ向かった。

 勘が正しければ、総合案内所だ。

 

「どんなご用件でしょうか?」


 窓口の女性がニコリと微笑んだ。

 当たった。案内所だ。

 今日は冴えている。

 

 窓口の三十代女性は、営業スマイルで対応してくれた。

 わたしは、仕事を探していること、魔獣の携帯許可をもらいたいこと、を伝えた。


 正直に言うと、この時点でわたしは、限界だった。

 いっぱいいっぱいの、アップアップだった。

 馬小屋の寝苦しさ。慣れない環境。

 近い将来への不安。遠い未来への不安や、その他のこまごました不安。

 そして宿屋での女将さんの威圧問答で、わたしの精神は限界に達していた。

 今の状況に、脳が追いついていない。

 頭が、ずっとフワフワしている。

 なのにだ。

 ここまでたどり着いた。

 奇跡だ。

 自分を褒めてやりたい。

 わたしは、スムーズに事が運ぶよう、顔見知りの女神様に願った。

 

 

「では身分証明書を提示頂けますか?」


 願いは却下されたようだ。


 ――終わった……。もうダメだ……。もうあきらめた……。試合終了だ

 

 今のわたしでは、対応できない事案だ。

 それどころか万全のわたしでも無理だ。

 

 ――帰ろう……

 

 礼を言って帰ろうとしたそのとき、お母様がズイッと前へ出た。

 

「その身分証明書ってのは、どこで手に入るんだい?」


 お母様が訊いた。

 

「えっ…………」

 

 受付のお姉さんが固まった。

 

 ――え? な、なんで固まるの? まずい、まずい、まずいぞ!

 

 嫌な予感がする。

 わたしの嫌な予感は、五〇%の確率で当たるのだ。


 ――でも、しゃべる魔獣もいるんだよね? 女将さん言ったよね? じゃあお母様がしゃべっても、不思議じゃないよね?


 わたしはドキドキしながら次の展開を待った……すると。

 

「えぇぇぇぇっ! しゃ、しゃべったぁぁぁぁぁ!!」

 

 受付嬢さんが絶叫した。

 わたしの予想を遙かに超える驚きっぷりだった。


 もうなにがなにやらワケワカメ……。


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平成32年8月1日(土)に、ハイファンタジーで新作投稿開始しました!
成分は シリアス60% コメディ30% 塩少々となっております
『魔人転生~オックスと7人の♀悪魔たち♀~愛弟子に毒殺された伝説の聖人は悪魔神から最強魔人の力を得ると天使を半殺しにして転生したので真面目過ぎた人生をもう一度やり直す』
ブクマ、評価で応援いただけると大変励みになります。
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