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天然!人たらし少女の、鈍感!異世界すろーらいふ  作者: 鷲空 燈
第1章 『さぁ、お仕事だ!』編
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第2話 《前編》[サチコvs宿屋の女将さん]


 ∮

 


「オックス様、これを」


 一番弟子のリウムが、一本の瓶を差し出した。

 それは(オックスの知る限り)最高級のワインだ。

 オックスは驚いて、彼女へ問う。


「リウムよ。これほど高価な品を、一体どうやって手に入れたのだッ?」


 詰問の調子を帯びた、険のある声だった。

 和やかだった場が、一気に凍り付く。

 リウムは(ひざまず)き、(こうべ)を垂れた。


「恐れながら申し上げます。このワインは、弟子の皆が少しずつ金を貯め、今日のために用意したものにございます」


「馬鹿者ッ!」


 オックスは声を荒げて、


「その金で、何人の貧しき者が飢えを凌げると思うッ。私がそれを喜ぶと思うてかッ!」


「オックス様――」


 顔を上げたリウムは、大きな青紫の瞳に涙を浮かべて、


「重ねて申し上げます。このワインは、皆のオックス様への、日頃の感謝の気持ちにございます。わたしは、一番弟子として、彼らの声を聞きあげ、その心を汲み上げるべき、嘘偽りなきものと判断致しました」


「オックス様ッ」


 ひとりの男――ロジウムが、リウムを庇うように前へ進み出る。

 ロジウムは片膝をつくと、オックスに問う。


「愚かな貧しき者の声は余さず聞き入れ、賢明なる弟子である我らの声は――恩師を労いたいという、ささやかな願いすら、受け入れては下さらないのですかッ?」


「愚かな、貧しき者……だとッ? ――ロジウム、そなたは今、そう言ったのか?」


 オックスは顔を歪ませて、勢いよく立ち上がる。


「たわけがッ! 民衆が愚かと言うなら、その民衆を愚かにしたのは誰だッ! 貧しくしたのは誰だと思っておるのだッ! もうよい、そのワインを持って下がれッ!」


「いいえ、下がりませぬ」


 再び前へ出て言うのは、リウムだ。


「なに?」


「オックス様の気持ちは理解致しました。――お目汚し、失礼致します」


 言うや、リウムは短剣を取り出すと、自らの腹へ突き立てる。


 キンッ。


 リウムの柔肌を切っ先が貫くことは、だが無かった。


 オックスは、リウムに向け放った防御障壁を解除した。

 そして額の冷や汗を拭う。


「オックス様――」


 上げたリウムの顔が、みるみるうちに無念と怒りの表情を作った。


「どうして止めるのですッ! 死なせて下さいッ! わたしが死ねば、その分だけ他の者へ食料が行き届くのですッ!」


 その言葉を聞き、オックスは目を見開いた。

 憑き物が落ちたように、怒りの表情が変化する。

 そして、ゆっくりと崩れ落ちるように、腰を下ろした。


「そうか――」


 オックスは放心したように呟く。


「リウムよ。私は今、そなた達に、そう言ったのだな……」


「…………」


「いかな高級ワインを飲もうと、それを活力に、ワインの対価以上の善行を為せばよい、と……。そなたは身体を、いや、命を使って、教えてくれたのだな」


「……申し訳ありません。わたしごときが、オックス様に意見を申すなど」


「よい。ーーさあ、グラスを持ってきておくれ」


 柔らかい表情を、オックスが浮かべている。


 リウムは恐る恐る尋ねた。


「オ、オックス様……では……?」


「あぁ、そのワイン、ありがたく頂こう。――いや、せっかくのワインだ。皆で楽しもうではないか」


 オックスが言うと、弟子のひとりが、はい、と喜色を浮かべ走った。

 すぐに人数分――9客のグラスが用意されて、それぞれにワインが注がれる。


「明日からは、皆にもワイン分――いや、ワイン分以上に、働いて貰うとしよう。――さぁ、皆の者、グラスを持て」


 立ち上がり、オックスが冗談交じりに言う。


 全員が笑顔でグラスを掲げた。


「では……」


「オックス様ッ」


 オックスの乾杯の挨拶を、リウムが遮る。


「どうした、リウム?」


「いえ……あの」


 言い淀むリウムに、ロジウムが再度助け船を出した。


「オックス様、リウムは、こう言いたかったのですよ。『折角のワインがぬるくなるので、いつものような長い長い挨拶は、ほどほどに』と」


 ロジウムの軽口に、オックスも含めて皆が、ドッと声をあげて笑う。

 いや、リウムだけは、沈痛な面持ちをしている。


 少し気になる。

 だが、皆を待たせるわけにはいかん。

 ワインがぬるくなってしまうからな。


 オックスは挨拶を再開した。


「わかったわかった、では手短に行こう」


 再び皆がグラスを掲げる。


「大いなる全能の神ローレンシアに感謝を込めて。――乾杯ッ」


 オックスはグラスを傾けると、一気にワインを流し込んだ。


 さすがは高級ワインだ。

 痺れるような喉ごしである。

 今まで飲んできたワインとは、比べものにならない旨さだ。


 オックスが満足げに弟子達を見渡す。

 すると、なにか奇妙な違和感があった。


 誰も……ワインを飲んでいない?

 

 全員がオックスを、ジッと見つめる。

 おそろしいほど冷淡な目つきだ。


 そのとき、オックスの身体に異変が起きた。


「クッ……なんだ……?」

 

 頭が朦朧として、足に力が入らない。

 これしきの酒で酔うはずも無い。

 では、これは……。


 オックスの手から、グラスが滑り落ちる。

 敷石が大きな音を立てた。


 オックスは、我知らず膝から崩れ落ちる。


「まさか……毒を……」


 顔を上げて、オックスが見たものは……。


 グラスを傾けて、ワインを床に落とす、ロジウムの姿であった。


「どうしてだ……なぜ……」


 オックスの問いに答える者はいない。

 ただ冷淡な視線を注ぐのみ。

 いや……その中でひとり、異質な者がいた。


 リウムだ。


 リウムだけは他と違う眼差しを、オックスに向けていた。

 その表情は、全ての感情が、そして想いが込められたような、えもいわれぬものだった。


 意識が混濁する中で、オックスは小さく呟いた。

 

「美……しい……」


 毒の作用だろうか、リウムの美しさ故にだろうか。

 オックスは弟子に対して、初めて不適切な感情を覚えた。

 オックスの言葉が聞こえたのか、


「オックス様ッ」

 

 リウムが駆け寄ろうとする。

 その肩を、ロジウムが掴んで止めた。

 リウムの顔は涙で濡れている。


 オックスの視界がかすむ。

 そして世界は闇に呑まれていく。

 

 ――だ……めだ……もっと……、


「お慕い……申し上げておりました」


 最後に見たのは、リウムの肩を抱いて(わら)う、ロジウムの姿だった。

 

 ――もっと……ひかり……を……


 オックスの意識は暗闇に沈んだ。



 ∮



 あわれ、オックス君。 


 この日は聖人オックス君の、めでたい40歳の誕生日でした。


 そして、めでたいめでたい『命日』となったのです。


 ククク。


 さて、ようやく我が輩の出番ですな。


 オックス君の、クソつまらない人生は今日でおしまいです。

 

 真面目人間の『古い服』を脱がせましょう。


 我が輩が用意しますよ。


 素敵な『新しい服』を、ね。


 なんたって今日は『()()()()()()()()()のですから。


 ()()()()()()()も用意しております。


 これは、我が輩からのバースデープレゼントです。


 はたして喜んでもらえるでしょうか。


 実に楽しみです。


 おっと、ゆっくりしている場合ではありません。


 パーティーに遅れてしまいます。


 急がなくては。


 それでは、パーティ会場でお会いしましょう。


 クックックックック……。



*******************


 転移翌日

 共同貯金:?

 

 *******************


 ――とある馬小屋の、とある日の早朝。


「サチコさん! サチコさん!」


 茶色い毛で覆われた獣が声を上げた。

 どうやら毛布にくるまった人物を起こしているようだ。


「ん……お母……さま……いひぃぃ!」


 毛布から顔を出した人物が悲鳴を上げた。


「サチコさん、落ち着いて! わたしだよ! 見た目はオラウータンだけど、わたしだよ!」


 茶色い獣がそう言うと、どこからか1枚の紙がひらひらと落ちてきた。


「こんのぉぉ! しつこいんだよぉぉ!」


 紙を手にした獣が天井に向かって叫んだ。

 その紙には不思議な文字が書かれていた。


「す、すみません! まだ慣れなくって……。あ、おはようござます、お母様。あの……やっぱり夢じゃなかったんですね……」


 サチコと呼ばれた人物が上半身を起こした。

 年の頃は十代の中頃だろう。

 栗色の長い髪、透き通るような肌をした美少女だ。

 美少女なのだが……少しボヤッとした隙だらけなタイプの美少女だ。

 髪と同じ栗色の大きな目をこすり、大きくあくびをした。

 すると、頭頂部から一房の髪がぴょこんと立ち上がる。


「気にしなくていいよ。慣れなくって当然さ。よく眠れたかい?」


「はい。この状況なのにぐっすり眠れました。お母様のおかげです」


「そりゃよかった。さっそく朝食にしようか。店の人が持ってきてくれたよ」


「あ、そういうシステムなんですね……」


 見ると、大きな木箱の上に料理が並んでいた。

 切り株を椅子代わりにして、一人と一匹は食事を始めた。


「いただきまーす! もぐもぐ……もぐ……もぐ」


「いただきます。もぐもぐ……ごっくん。――サチコさん、これは……」


「……はい。味が薄い……ですよね」


「もしかしたら、この世界では塩が貴重なのかね? うん、でもまぁ、マズくはないね」


「はい、塩気が足りないのを除けば好きな味です。……もぐもぐ」


「食べながらでいいから、これからのことを話そうか……もぐもぐ」


「はい。お母様はどうやら動物に間違われているようです。……すみません。……もぐもぐ」


「まぁ実際、動物以外の何者でもないからね。まったく……あのハレンチ女はなんだってこんな仕打ちをするんだか……もぐもぐ」


「お、お母様! 女神様のことを……その……もぐもぐ」


「そうだね。あまり口に出さない方がいいね。どうやら見られてるみたいだし……もぐもぐ」


「……はい。もぐもぐ」


「しかし、たまげたよ。まさか所持金がこんなに少ないとはね……もぐもぐ」


「昨夜の宿賃が小銀貨3枚――3000円くらいでしょうか? ということはわたし達の所持金は残り19万7000円ってことですよね……もぐもぐ」


「たったのそれだけかい……もぐもぐ」


「ど、どうしましょう……もぐもぐ」


「働く……しかないだろうね……もぐもぐ」


「です……よね……。お母様! わたしにお任せください! 食器を返すときにこの世界のことを聞いてきます! ……もぐもぐ」


「すまないね。オラウータンがしゃべると、どんな反応をされるのかもわからないからね……もぐもぐ」


 すると上から紙がひらひらと落ちてきた。

 一人と一匹はそれを無視して食事を続けた。




 ★




「あの、へ、変な質問なんですが……」


「言いたいことがあるなら、さっさと言いな!」


「ひゃい! すすす、すみません!」

 

 宿屋の女将さんは不機嫌なのを隠そうともしなかった。

 愛想? なにそれ? って感じだ。

 朝食を取る客でごった返すタイミングで声をかけたわたしも悪いのだが……。

 

 ――怖いよぅ……。でも……でも訊かなくちゃ! お母様のためなんだ!


 わたしは、身体の震えを手で押さえつけた。

 

「こ、この世界……国では、動物がしゃべったりしますでしょうか?」

 

 わたしの声は震えていた。 

 

「寝ぼけてんの? 動物がしゃべるわけないでしょう?」

 

「あ、ですよね……」

 

 ――わたし一応ここの客……なんだけどな……。馬小屋だけれど

 

 わたしは日本での接客を懐かしんだ。

 おとといは日本にいたのに、もう遠い昔に感じる。


「しゃべるのは魔獣か精霊獣でしょ? あとは……龍――ドラグーンか。まさかあんた……会ったのかい?」

 

 女将さんが顔を歪めた。

 ドラグーンやらと、なにかあったのだろうか?

 少し気になるが今はそれより、自分のことだ。お母様のことだ。

 それにしても……さて、困った。

 転移二日目のわたしは、この世界の常識が、よくわからない。

 女将さんの話は、わからない単語だらけだ。


「い、いえ、会ったことはありません。ところで、わたしの……ペットは動物に見えますでしょうか?」

 

 ――ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!


 わたしは馬小屋で待機しているお母様に、心の中で土下座した。

 

 ――動物呼ばわりして、ごめんなさい! ペット扱いして、ごめんなさい!


「なにいってるんだい。ありゃ魔獣でしょ? あんたにテイムされてんでしょ?」

 

 ――ど、動物じゃなくて魔獣なの? それにテイム? また知らない言葉が……


「ち、ちなみにですけど、もし、もしもの話ですよ? あり得ないかもしれませんけど」


「忙しいんだよ! さっさと言いな!」


「は、はひぃ! も、もし、うちのペットがしゃべったら、み、皆さん驚かれますでしょうか?」

 

 ――お母様、またペット呼ばわりしてごめんなさい! うぅ、この人怖いよぅ。……怖いけれど、他に聞く人がいないんだ。頑張れ! 頑張るんだサチコ!

 

「魔獣がしゃべるのは珍しいけど、驚きはしないよ。もしかして、あの猿の魔獣、しゃべるのかい?」

 

「じ、実は少しだけ。あ、あと猿ではなくてオランウータンと言ってですね……」


「知らないわよ。でも、すごいじゃないか。言葉をしゃべる魔獣なんてめったにいないよ。そんな魔獣をテイムできるなんて、あんた見かけによらないね。見直したよ」


 ――おぉ! よくわかんないけど、しゃべる魔獣もいるんだ!

 

 お母様が言葉をしゃべっても問題はなさそうだ。

 あと……褒められた?

 見かけによらないという言葉は引っかかるけど、すごくうれしかった。


 ――もう一つだ。もう一つ、一番大事なことを訊かなきゃ!

 

「こ、この村で仕事を探すには、どこへ行けばいいでしょうか?」


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平成32年8月1日(土)に、ハイファンタジーで新作投稿開始しました!
成分は シリアス60% コメディ30% 塩少々となっております
『魔人転生~オックスと7人の♀悪魔たち♀~愛弟子に毒殺された伝説の聖人は悪魔神から最強魔人の力を得ると天使を半殺しにして転生したので真面目過ぎた人生をもう一度やり直す』
ブクマ、評価で応援いただけると大変励みになります。
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