表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然!人たらし少女の、鈍感!異世界すろーらいふ  作者: 鷲空 燈
第1章 『さぁ、お仕事だ!』編
5/93

追放ざまあ19-32

 結局、陽が落ちても、応募者は現れなかった。

 

 冒険者ギルドは24時間営業だ。

 もうちょっと待っても良かったのだが、お腹が空いたので、今日は帰ることにした。(夕食の弁当を獣人のお姉さん――ドブニに食べられてしまったからな)


 帰り道で、ふと思い出した俺は、ルビーに訊いてみた。


「そう言えば、ルビー。魔法耐性の話でお前が言った……」


「『魔道具の鑑定結果が間違っている』って話ですか?」


「あぁ、その話だ」


「その話は長くなりそうなので、まずはご飯を食べませんか? あたしお腹ペコペコなんです。なにしろ育ち盛りですから」


「そうだな。少しでも胸に栄養を……あ痛ッ!」


 バシッと、思いっきり後ろからケツを叩かれた。


「おかしいですね。杖のオートアタック機能が作動しましたよ。はてさて、敵がいたのでしょうか?――それで、まだ何か言うことが?」


「な、ないっす。――あれ?」


 尻をさすり後ろを振り返ると、ギルド会館と向かって右隣にある建物の間に、大きなズタ袋が見えた。


「おいルビー、あんなゴミは最初からあったっけな?」


 俺が指で示す先へ、ルビーが振り返ると、首を捻った。


「あら? 昼間はなかったはずですよ。あれはダメですね。激しく景観を損ねています」


「だよな。まぁギルドの人がなんとかするだろ。さっさと帰ってひとっ風呂浴びるか」


「なに言ってるんですか。今から買い物ですよ。……なんですか、そのイヤそうな顔は? あたし1人におんぶに抱っこですか? あたしはお母さんですか? 彼女ですか?」


「よ、喜んでお供させて頂きます……」



 それから2人で多くの人で賑わう露店通りへ向かったのだった。

 

 ルビーは生き生きと食材を買いあさった。

 今までの鬱憤を晴らすように、すべての荷物を俺に持たせて、だ。


「おい、いくら魔導冷蔵庫がでかいからって、こんなに買わなくてもいいだろう?」


「荷物持ちがいるうちに買っておきたいのですよ。なんたって明日から3人分のお弁当を作らなきゃいけませんからね」


「3人って……そうか」


 俺はそれっきり文句を言うのを止めた。


 なるほど、3人分ね。


 



「ふぅ、うまかったよ。ごちそうさん」


 やはり絶品だった夕食を、俺は綺麗に平らげた。


「くふふ、どういたしまして」


「それで、例の話だが」


「『魔道具の鑑定結果』ですね。ですがその前に――」


 そう言うと、ルビーはテテテと俺の隣へ移動してきた。


「オックスさん、いまからあたしと腕相撲をしましょう」


「は? こ、断る!」


「まぁ、そうですよね。そう言いますよね。だって攻撃力――つまりが筋力が、倍ほど違うんですから。やる前から勝敗はついてますものね」


「……それをわかった上で言ったのか?」


「ええ、そうです。勝敗を完璧に予測した上で言っています。――どうしますか? 尻尾を巻いて逃げてもいいですよ? 負け犬のようにキャンキャンと。それとも『ルビーちゃんには勝てないよぉ。ウェーン』と泣いてみますか? くふふふふ」


 カッチーン!

 

 男には、負けるとわかっていても、戦うねばならぬ瞬間(とき)がある。

 

 それは今だ、くそったれ!


「上等だ、こらぁぁぁッ!」


 ガシッ!


 俺たちは右手を組んで、それぞれの左手が相手の右肘を押さえた。

 

 ドン・ガバチョ式アームレスリングスタイルだ。


 おっと、説明するぜ、こんちくしょう!


 ドン・ガバチョ式アームレスリングスタイルとは、身体全体を使い、相手の手の甲(今回の場合は右手の甲)を、壁でもどこでもつけた方が勝ちとなる、いわば総合格闘技なんだぜ、こんにゃろう!


 ちなみに開始の合図は、まず挑戦者が、

 

「ドン」


 そして相手が、


「ガバチョ」


 と言うのが習わしだ、バカ野郎!


 以上、説明終わりだせ、ちくしょうめ!


 ぜってー負けてやらねぇぞ!

 大人げなく逃げ回ってやるぜ。


 なんたって俺の【攻撃力】は476でルビーの【攻撃力】は959だ。

 ルビーの言った通り、戦力差はほぼ倍である。

 まともにやって勝てるわけないからな。


 見てろ糞ガキめ。

 大人のいやらしさ、狡猾さをとくと味わうがいいぜ、ククク。


「おや? 何をニヤニヤしてるのですか?」


「お前こそ顔がにやけてるぞ?」


「くふふ、では行きますよ」


「かかってこいやぁッ!」


「せーの――ドン!」

 

「ガバチョォォッ!」


 どりゃぁぁッ! 

 

 ……へ?


 あっさりと、いとも簡単に勝負はついた。


「くふふふ。どうです? もう一度やりますか?」


 余裕の笑みを浮かべるルビー。

 その右手の甲は壁に当たっている。

 

 つまり……俺の勝ちだ。


「……バカにしてるのか?」


 俺はルビーの手を乱暴に放した。


「はて? どういう意味でしょうか?」


「わざと負けて、俺に同情しようってのか! ふざけんじゃねぇよ!」


「あたしは本気でしたよ。勝敗は始まる前からわかっていました。あたしはそう言いましたよね? なぜなら――」


「嘘をつけ!」


「なぜなら、あたしの【攻撃力】は、オックスさんの半分以下だからです」


「は? 何を……」


「勝てるわけないのですよ。あたしがオックスさんを相手になんて」


「どういうことだ?」


「毎日毎日欠かさず鍛錬をしている男性に、こんな小娘が勝てるわけ無いんです。少し考えれば――いえ、考えるまでもなく、誰だってわかりますよ、そんなこと」


「だが、魔道具の鑑定では……」


「今日、ドブニさんのステータスを鑑定して、ようやく確信しました。魔道具とあたしの鑑定、どちらが正しいのか。――あたしの勝ちです。完全勝利です。ここからオックスさんが質問した『魔道具の鑑定結果が間違っている件』の話になります。ドン・ガバチョ式アームレスリングは前振りだったんですよ。どうです? びっくりしました?」


「……続けてくれ」


「喜んで――コホン」


「魔道具の鑑定では、なぜドブニさんが『快眠マタンゴ』の睡眠魔法にかかってしまうのか。それを説明できないんです。どうしてドブニさんの魔法耐性が20以上なのに、魔法にかかってしまうのか。――ここまではいいですか?」


 俺は頷く。


「でもあたしの鑑定結果では、ドブニさんが快眠マタンゴの魔法で眠ってしまうのは当然なんです。だってドブニさんの魔法耐性は20以下――13なのですから」


「だが、どうして魔道具の鑑定結果が……」


「『補正』が足りないからです」


「補正?」


 ルビーがコクンと頷く。


「あたしの調べによると、レベルと、そして『5つ補正値』を元に、ステータス値は決定されます。その『5つの補正』について説明しましょう。


「1つ目が『ランク補正』――ステータス画面でSSやEで表示されるヤツです。


「2つ目が『種族補正』――獣人族、人間族、エルフ種など、種族固有の補正値です。


「3つ目が『特性補正』――あたしの【治療法師】などの特性固有の補正値です。


「4ッ目が『努力補正』――筋力トレーニングや修行なので〝変動する〟補正値です。


「5つ目が『ユニーク補正』――オックスさんのようなユニークスキルによる補正値です。


「ここまではいいですか?」


 俺はただただ頷いた。

 まさか……そんな……。


「魔道具による鑑定は、嘘ではありません。ですが足りないのです」


「足りない?」


「魔道具が鑑定するのは『ランク補正』『種族補正』『特性補正』のみです」


「まさか……それじゃあ……」


 俺の呟きに、ルビーは大きく頷いた。


「そうです。本当は『努力補正』『ユニーク補正』を考慮しなくてはならないんです」


 ルビーは俺の手を取って、優しく撫でる。


「オックスさんの努力は無駄じゃなかったんです。ちゃんと実を結んでいたのですよ?」


 大きな瞳に涙を浮かべて、聖女の卵は言った。


 呆然と、俺はそれを見つめている。

 すると、ルビーはポケットから1枚の紙を取り出した。


「これが本当のステータス値です。ユニークによる補正もない、純粋なオックスさんの力なんです」


 俺はその紙をブルブルと震える手で、受け取った。

 そして、ここに書かれている文字と――数字を読んだ。


「やっとです。ようやく自信を持って渡すことができました。それもこれもドブニさんのおかげですね」

 

 なんだ……なんだよ、これ……くそッ!


「ルビー……」


「はい」


「頼みがある」


「なんなりと」


「……1人にしてくれ」


「それではお風呂に入ってましょう。大声で歌いますから何も聞こえないでしょうね、くふふふふ」


 言うと、ルビーは食堂から出て行った。

 パタパタとわざと大きく鳴らした足音が小さくなっていく。

 遠くへ去ったのを耳で確認してから――俺は崩れ落ちた。


 手の甲が濡れていく。

 20年の鍛錬でひび割れ、ガチガチになった手を、悲しみとは違う涙が潤してゆく。


 動けなかったのだ。

 一歩でも動くと溢れてしまうから。


「無駄じゃ……なかったのか……」


 俺は呟いた。

 声に出さずにはいられなかった。


 いけ好かないガキから受け取った紙に、もう一度、俺は目を落とした。


 ――――――――――――――――――――――

 

【呼 称】 オックス(がんばり屋さん)

【レベル】 25(すごい!)

【特 性】 未来の大剣豪

【体 力】 本当 60241 誤 15853

【攻撃力】 本当 1665  誤 476 

【耐 性】 本当 685   誤 190

【賢 知】 本当 162   誤 48

【魔攻力】 本当 951   誤 634

【魔 力】 本当 152   誤 95

【魔耐性】 本当 304   誤 190


 本当にあなたはよくがんばりました! 拍手! (未来の聖女より)

 

 ―――――――――――――――――――――――


 くそッ! くそッ! くそッ! くそッ! くそったれッ!

 

 なんて……なんてものを渡しやがる!

 

 こんな……くそッ!

 

 ちくしょうめッ!

 

 こんなの泣くしかねぇだろうが!


 バカ野郎!

 

 大人を泣かすんじゃねぇよ、あの糞ガキが!



 相変わらずガタガタと物音がする中、構わずぐっすりと眠った俺は、さわやかに目覚めた。

 豪華なベッドから降りて、大きく伸びをする。


「くわぁぁぁぁッ…………んなッ!?」

 

 そして鏡を見て驚いた。

 我が目が大変なことになっているのだ。


「こ、こんな顔をあいつに見られたら、何を言われるか……」


 慌ててマスクを装着すると、いつもの姿に戻った。

 これで一安心だ。

 やはりマスクは大事だな。

 

 ホッと息を吐き、身支度を終えると、裏口から出て、すぐに日課のトレーニング開始した。


「この鍛錬は無駄じゃなかったんだな……」

 

 そう思うと、いつもより身が入る。


 走り込みを普段の1.5倍の30KM、素振りを2倍の2000回も、ついついこなしてしまった。

 もっと鍛えたかったのだが、これくらいで止めておこう。


「相棒が腹を空かせて待っているからな」

 


 ∮



「おはようございます、オックスさん」


 食道では、エプロン姿の聖女もどき様と、やはり豪華な朝食が待っていた。

 いつもより嬉しそうに、ニマニマニマと青髪娘は笑っている。


「あぁ、おはよう。……何か言いたそうだな?」


「いえいえ、ただ、マスクって便利だなぁと」


「何のことだ? 変なこと言ってないで飯にしよう」


「くふふふ、男の子って大変ですねぇ。さぁご飯を食べましょう。誰かさんが鍛錬を張り切りすぎて、いつもより大分遅くなっちゃいましたからね」


 俺は何も言わなかった。

 何を言っても女々しい言い訳になるからな。

 男の子はプライドの管理が大変なのだ。



 ∮



「オックスさん、あれ……」


 ギルド会館の前で、ルビーが指を差した。

 その先には、昨日見た大きなゴミがそのままになっている。

 ん? 少し移動しているのか?


「いかんな。受付のお姉さんに教えてやるか」


 メンバー募集の継続手続きをするついでに、俺は受付のお姉さん(※Eカップのラボホージさん)へゴミの件を話した。

 当然さわやかな笑顔で、だ。


「あぁ、あのゴ……ですね。あれは……」


 するとラボホージさん(Eカップ)は複雑な顔で、言葉を濁したのだった。

 

 どういうことだ? 

 そして俺とラボホージさん(Eカップ)の恋の行方は?


 そんなことはさておき、俺たちはメンバー募集の紙を、掲示板の一番目立つ場所へ貼り付けた。

 そして先日と同じ席へと移動する。


「無駄だと思いますけどねぇ」


 ルビーが退屈そうにつぶやいた。


「不動産選びは妥協しないくせに、メンバー選びには消極的だな?」


「……正直、気乗りしないんですよねぇ」


「そうなの?」


「そうですよ。だって、あたしがオックスさん以外の男にバフを掛けたり、回復したりするのって想像できます?」


「ロジウム(前チームの剣士)には、愛想良くバフを掛けまくってたじゃねぇか」


「正直言うと、あの男にはずっとムカついてましたよ」


「そうなの?」


「そうですよ。あの男の『バフを掛けて当たり前』って態度が気に障るんです」


「そ、そうなの?」


「そうですよ。こっちは、バフが切れないように、細心の注意を払って管理してるんです。なのにいい加減な口を挟むから、腹が立って腹が立って仕方ありませんでした」


「そ、そうなの?」


「そうですよ。何が『そろそろバフが切れるんじゃないか?』ですか。こっちはちゃんとわかってるって話ですよ」


「そ、そうなの?」


「そうですよ。それを礼も言わないド素人の分際で、ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャ……」


「そうな……コホン、す、すみません。いつもお世話になってます……」


「どうして謝るんです? オックスさんは、いつもお礼を言ってるじゃないですか?」


「へ? そうだっけ?」


「はい。短く『すまん』って。いつもいつも」


「俺ってそんなに無愛想?」


「はぁ、オックスさんは本当にわかってませんね。その無愛想な感じがいいんじゃないですか」


「そうなの?」


「そうですよ。ナトリさん(前チームの巨乳女魔道士)も、攻撃アップのバフを掛けるたびに、顔を赤くしてましたよ。といっても、オックスさんがセクハラ大王にフルモデルチェンジする前の話ですが」


「そうなの?」


「……オックスさん、さっきから『そうなの』ばっかりですよ? きちんと会話をリードしてください。男の子なんですから」


「す、すみません。って別にデートしてるわけじゃねぇよ! つい謝っちまったじゃねぇか、こんちくしょう!」


「あら失礼。ついデートと勘違していました、くふふふ」


「デートだと? Aカップと? この俺様が? ふ、笑止! そこまで落ちぶれるくらいなら、死んだほうがましだぜ」


「はい、変わらずのゲス発言いただきました。安定のクズッぷりになんだかルビーちゃんは安心しちゃいます。ちなみに受付のラボホージさんを狙っても無駄ですから、あしからず」


「な、なんのことかのう?」


「話しかけるたびにやってる、あのわざとらしい笑顔は止めた方がいいですよ? 正直キモいです」


「き、キモいって言うなよ。めちゃくちゃ傷つくんだぞ。その言葉」


「だって実際にキモいですから。それにラボホージさんは人妻です。仕事中は、指輪を外しているだけなんです。はい残念でした、またどうぞ」


「ふむ? 人妻(Eカップ)、か……」


「うわぁ、ゲス発言ここに極まれり、ですね。その短い言葉に、大人の薄汚い欲望がみっちりと濃縮されています。えんがちょえーんがちょ」


「Aカップにはわからん背徳的な世界なのだよ、これは。――おい、あいつ……」


 俺は入り口に現れた人物(?)を指さした。


「あ、じゃあ行ってきますね」


 ルビーは鞄を抱えると、テテテと走って行った。


 俺が見つめる先で、ルビーは大きな毛むくじゃらの背中とツンツンとつついた。

 振り返った獣のお姉さんに鞄を渡すと、感動した獣さんから羽交い締めにされて救援を求めたので、俺は慌てて助けに走った。


「ガフッ! ガフッ! ガフッ! ガフッ! こ、これはたまらん! ガフッ! ガフッ! ガフッ! この肉がまた! ガフッ! ガフッ! ガフッ! ガフッ! 」


「相変わらず美味しそうに食べますねぇ」


「そうだな。おい。そろそろ食い終わるぞ? お茶を入れてやれ」


 すぐに顔を上げて、獣人のお姉さん――ドブニが、満足げに口の周りを、ペロリとなめた。

 大きな弁当箱は、空っぽのピカピカになっている。

 これ洗わなくて大丈夫……なわけないか。


「はい、どうぞ」


「なんと、お茶まで!? くぅッ! か、かたじけない! ゴクゴク……熱ゥッ!」


 獣人さんは派手に仰け反った。

 思ったよりも、うっかりさんだな。

 それに猫舌なのか? 狼っぽいのに?


「保温魔道具でアッツアツですから気をつけて……って遅かったですね。ごめんなさい」


「い、いや、こちらの不注意だ。謝罪には及ばない。それにしても、ルビー殿は料理がうまいな」


「くふふふ、そんなことないですよぉ。まぁちょっとは? 的な?」


「それに優しくて気が利くし、おまけに美人ときてる。オックス殿は幸せ者だぞ。こんないい彼女を持てるとは」


「はぁ? 俺がこんな性悪のちんちく……あ痛ッ!」


 思いっきり足を踏まれた。

 どんどん遠慮がなくなってくるな、こんちくしょう。


「くふふふふ、あらあら、あたし達ってやっぱりそんな風に見えます?」


「ああ、お似合いだと思うぞ? それで2人は、昨日からここで何をしているのだ?」


「実はあたし達、この街に昨日来たばかりなんです。それでチームメンバーを募集中なんですよ」


「な、なんと、チームメンバーを! そ、それで、どんなヤツを募集してるんだ!?」


「それが……」


「『空間魔法』所持の、男性冒険者だ」


「空間魔法……それに、男、か……そうか……」


 ドブニの赤く大きな耳が、ぺたんとしなだれた。


「あの……ドブニさんは、どこかチームに……」


「よせ、ルビー」


「あ……」


「ふふ、気を遣わせてしまったな。いいんだ。私もいくつかのチームに入ったことはあるのだ。だが、どこもうまくいかなくてな……」


 俺は何も言わなかった。

 こいつの気持ちは痛いほどわかる。

 わかるからこそ、俺には何も言えない。


『冒険者に向いてないんじゃないか?』

『引退して他の道を探した方がいいんじゃないか?』


 何も知らない奴らは、訳知り顔でそんなことを言う。

 

 簡単に。

 悪気も無く。

 ずけずけと。

 ぬけぬけと。


 そんなことはわかってんだよ!

 わかった上で俺はここにいるんだ!

 理解した上でこいつは剣を握ってるんだ!


 お前らが軽くほざいたくそったれな暴言は、何百回、何千回、いや、何万回も自問自答してるんだよ!

 それを必死に飲み込んで、ここにいるんだ!

 腹の中で暴れ狂うそいつを押さえ込んで、ここに立ってるんだよ、ちくしょうが!


 馬鹿にするんじゃねぇ!

 哀れむんじゃねぇよ!

 

 今に見てろ!

 いつかきっと……きっと……。


「お、オックス殿……いったいどうしたのだ?」


 ドブニの声で、俺は我に返った。


「な、なんでもない! トイレに行ってくる」


 俺は席を立つと、そそくさとその場を立ち去った。

 マスクをつけていて本当に良かった、心からそう思った。


 ∮



 トイレから戻ると、テーブルにいたのはルビーだけだった。

 

「オックスさん……あの……」


「ダメだ」


 俺はルビーの隣に腰を下ろして、お茶を飲んだ。


「でも……」


 ガン! 乱暴に置いたカップの音が、ルビーの言葉を遮った。


「同情かよ」


「そんなこと……いいえ、そうかもかもしれません。でも、それっていけないことですか?」


「あいつを支えているのはプライドなんだよ。あいつにはプライドだけなんだ」


「でも……」


「ほう? その最後の支えを、お涙ちょうだいの安い同情でたたき折ろうってか? なるほどねぇ、さすがSランク様は違うな。いやはや、血も涙もありませんな」


「そ、そんなこと……」


「お前にはわからんよ。恵まれたステータスを持つお前達にはな」


「…………」


 ルビーが無言で下を向いた。

 髪で隠れて表情は見えない。


 少し言い過ぎたか?

 いや、この世間知らずの甘ちゃんには、いい薬だろうぜ。

 

 そのとき、ぽたりぽたりとルビー顔から水滴が落ちた。

 

 え? まさか、泣いてるのか?


「ル、ルビー?」


 俺の問い掛けに、ルビーが顔を上げた。


「…………ッ!」


 キッ! と、涙でぐちゃぐちゃな顔で、俺をガン睨みしている。


「お、おい……」


 焦る俺を睨み付けたまま、ガタン、と立ち上がり、ルビーは叫んだ。


「わかりませんよ! わかるわけないじゃないですか!」


 ま、まずい! 

 周りの目が俺たちに集まってるぞ。

 とりあえず謝ろう。

 よくわからないが、謝っておこう。


「す、すまん。少しばかり言い過ぎた。だから落ち着け。いいから座ってくれ。な?」


「じゃあオックスさんは、あたしの気持ちがわかるんですか! あたしだって、好きでこんなステータスなわけじゃないんですよ!」


「い、いや、それは贅沢ってものだろ?」


 ――なんだ? 何を怒ってる?


「オックスさんにはわかりませんよ! 夢に向かって死ぬほど頑張って、めちゃくちゃ努力している人を、あたしがちょっと狩りをしただけで追い抜いちゃうんですよ!


 ――あ

 

「そんなの……そんなの、あたしが望んだわけじゃないです!


 ――そうか

 

「あたしだって……みんなと一緒に頑張りたいんです! 同じ目線で笑ってたいんですよ! 一緒に泣きたいんですよ!


 ――そうだったのか

 

「オックスさんには、あたしの気持ちなんてわかんないですよ! わかるはずありませんから! このとんちんかんのうすらとんかちの超鈍感変態マスク男ぉッ!」


 一気にまくし立てると、ルビーはテーブルに突っ伏して嗚咽をあげた。


 最後に心を抉る強烈な悪口が入っていた気がするが。

 ま、まぁそれは置いておこう。

 

 小さな背中を撫でながら、俺は心底反省した。


 ルビーの叫びは、驚くほど俺の心に響いたのだ。

 そして自分の言ったことを思い出す。



 ――お前にはわからんよ、か。

 


 我ながら、酷い言葉だ。

 俺はなんて暴言を吐いちまったんだ。

 くそッ!

 これじゃ、目線が違うだけで、俺をバカにしてきた連中と同じじゃねぇか。

 とんだくそったれやろうだぜ、俺ってヤツは……ちくしょうが!



 ∮

 


『高級魔導アイス』と、『超高級ガバチョコレート』、ついでに『スペシャルミルクセーキ』(計4300ガバチョ)を献上すると、ようやくルビーの機嫌は直った。


 ズズズとミルクセーキをすするルビーへ、俺は36回目の謝罪を追加する。


「俺が悪かった。本当にすまん!」


 テーブルにぶつけるほど頭を下げた。


「……反省してますか?」


「あぁ、今回ばかりは猛反省したよ。なんならぶん殴っても……ぶふぁッ!」


 マ、マジで殴りやがった!

 

 ま、まぁ仕方あるまい。

 殴られるほどのことをやったのだ。


「別に謝らなくていいです。オックスさんの言うことも一理ありますので」


 って、おいこら!


「じゃあ、なんで殴るんだ、こんちくしょう!」


「思い出したんですよ。昨日あたしを『ペテン師性悪ペチャパイ糞娘様』って呼びましたよね?」


「はぁ? いつ俺がそんなこと言ったよ?」


 あながち間違ってないじゃねぇか、とは言わなかった。

 火に油を注ぐことは、火を見るより明らかだからな。


「言いました。かなり酔ってましたけど」


「酔って……あ」


 あのときか。

 ルビーのステータスに嫉妬して、いじけたときだ。

 そして酒に逃げて、挙げ句に暴言を吐いて……。

 

 ん? あれれ?

 もしかして俺って最低じゃね?

 

 でも気にしなーい。


「もしや開き直ってます? まあいいでしょう。どうやら思い出したみたいですね。本当ならば、あと2,30発はぶん殴るところです。ですが厚い面の皮を殴ってお手々イタイイタイなので勘弁してあげます。――《LV3治癒魔法》」


「お、おう。すみませんでした」


「くふふふ、これで仲直りですね」


「あぁ、だがドブニをチームに入れることはできん」


「ドブニさんのため……ですね」


「そうだ。――チームに貢献できる何かが、あいつにあればいいのだが」


「そういえば……」


「なんだ?」


「ドブニさんのステータスについてです。あの……個人の情報を他言したくないのですが」


「悪用するわけじゃないんだ。かまわん。――話せ」


「……ドブニさんは、魔法関係のステータスが軒並み低かったんです。それはもう、見たことがないほどに」


「ふむ」


「でも、攻撃力が飛び抜けていたんですよ」


「攻撃力が? 数値は? あとレベルも教えてくれ」


「レベル9で、攻撃力が……6170でした」


「はぁ? ろ、ろくせん?」


 俺の努力補正後の攻撃力が1665だぞ?

 レベル9で6000越えだと?


 だがようやく腑に落ちた。

 どうりで、ルビーを軽々と持ち上げてシェイクしたり、俺が引き離そうとしてもビクともしなかったわけだ。

 

 まさか6000越えとはな。

 そんなの【剣神】【槍神】【武神】【弓神】【斧神】くらいだろ。

 

 もしそうなら、チームにあぶれるなんてとんでもない。

 それどころか、国を挙げての争奪戦となるはずだ。

 

 ならどうして……いや。

 ある。

 あるぞ。

 鬼のような攻撃力を持つ特性が、もう一つある。

 この予想が的中なら……最悪だな。


「ルビー。もしかして、ドブニにバフを掛けたのか?」


「ええ。魔法耐性アップと防御力アップを……どうしたんですか?」


「くそ、まずいな――行くぞ!」


 俺は立ち上がった。


「どこへですか?」


「ダンジョンだ」


「え? ど、どうして?」


「ドブニを助けに……いや、止めに行くんだ」


「どういうことですか! 説明して下さい!」


 急ぐ俺の手を、ルビーが掴んだ。

 俺は困惑の青い瞳を見つめる。


「恐らくあいつの特性は――」


そして不安の根拠をルビーへ告げた。


「【狂戦士】――バーサーカーだ」


「オックスさん、ちょっと待ってて下さい」


 5分ほど前、急ぐ俺にルビーがそう言った。

 

 俺は今、ギルド会館の前でルビーを待っている。

 急がなきゃならないのに、なんなんだ。


 そのとき、ギルド会館の隣にあったゴミが、ふと気になった。

 見るとゴミはなくなっていた。

 ゴミのあった場所には、ゴミと同じ色の布が、綺麗に畳んでおいてある。


 中身はどうしたのだろうか?

 それに、この布は……。


 そのとき、ようやくルビーが現れた。

 その手には……


「おい、ルビー。それはもしかして……」


「くふふふ、お察しの通りですよ。全国亜空間連合さんに預けていたんです。――はい、どうぞ」


 そう言ってルビーは一振りの剣を俺に差し出した。

 これは――前チームの剣士ロジウムの愛剣だ。


 おっと、説明しよう。


『全国亜空間連合』とは、なんでも収納できる『亜空間ストレージ』を個人へ貸し出す店である。

『亜空間ストレージ』に入れたものは、どの国のどの街の『全国亜空間連合』からも取り出し可能となっている。(大体は、その街のギルド会館内部に店舗を構えている)

 

 魔道具による認証で、個別の亜空間ストレージが振り分けられるので、荷物の混同は心配無用だ。


 信用できるかって?

 

 預けた物が紛失したという話は聞いたことがないな。

 

 俺は信用していいと思っている。

 実際利用しているしな。

 

『亜空間ストレージ』の使用用途は、主に引っ越しの際の荷物運び、そして貴重品の保管だな。



 ただし、利用料は少し値が張る。

 

 一番小さな容量である1立方Mで、月に5万ガバチョ。

 一番大きな容量である5立方Mで、月になんと100万ガバチョだ。


 お金さえあれば大変便利なシステムである。

 だが注意が必要だ。


 月の支払いを1日でも滞納すると、ストレージ内の物は没収されてしまうのだ。

 それはもう一切の容赦もなく。

 没収されたものは、そのままオークションで売られることとなる。



 俺が今持っているロジウムの自称『聖剣』も、全国亜空間連合のオークションで売っていた物だ。

 落札価格は確か、80万ガバチョだったか。

 普通に店で買えば100万ガバチョはくだらない代物だ。

 この剣の元持ち主(ロジウムの前)はどうなったのだろうか。


 冒険で死んだか、はたまた誰かに殺されたか。


 

 以上、急いでるので、今回の説明は終わりだぜ!


 


「言いたいことは山ほどある。だが緊急事態だ。使わせて貰おう」


 俺はロジウムの剣を手に入れた。

 すぐに腰のベルトへ装着する。


「あと、ラボホージさん(受付の美女※Eカップ)から、ドブニさんの受けたクエストを教えてもらいました」


「へ? そんなの教えてくれるの?」


「くふふふ、なんたって、あたしはVIPですから」


「ずっこいなぁ。で、クエスト内容は?」


「マタンゴ狩りです。場所は二階層の湿地帯。具体的には『睡眠マタンゴエキス』を5個採取するクエストです」


「どんだけマタンゴを恨んどるんだ、あいつは」


「『この世のすべてのマタンゴを駆逐してやるぞ! ワハハ』と息巻いていたそうですよ」


「そ、そうか。だが二階層の湿地帯か……」


「二階層ならたいした敵はいませんよね? 何を心配しているのですか?」


「移動しながら話そう。――走るぞ」


「は、はい」


 俺とルビーはダンジョンへ向け駆けだした。

 俺は走りながら尋ねる。


「ルビーは【狂戦士】を知っているのか?」


 ルビーは息も絶え絶え答える。

 

「はい……名前……だけは……はぁはぁ」


「【狂戦士】は特殊特性なんだ」


「とくしゅ……とくせい……ひぃひぃ」


「そうだ。魔道具による鑑定では【剣士】や【武闘家】などの物理職と鑑定されるケースが多い」


「そう……なん……ですか……ふぅふぅ」


「そのせいで気づかれないんだ。だが、いざ戦闘になると、特性がチェンジする場合がある。いつもチェンジするわけじゃないんだ。そこが厄介でな」


「…………」


「恐らくお前のような鑑定ユニークスキル持ちがいて、それで判明したんだろうな。【狂戦士】は、戦闘力がものすごいが……」


 そのとき俺は、ルビーの姿は消えていることに気づいた。

 振り返ると、30メルほど後方でぜぇぜぇと息を荒げて、へたり込んでいる。

 

 おいおい、これくらいでへばってどうするよ。

 ったく、しょうがねぇな。


 ∮

 


「すみません。オックスさん」


 俺の背中で、申し訳なさそうにルビーが言った。


「いいんだ。だがルビーはもうちょっと身体を鍛えた方がいいな」


 俺は虚弱性悪少女を背負って、全速力で走った。

 ユニークスキルの制約を気にしなくていいので、気兼ねなく全力を出せる。


「でも貧弱なおかげで、こうやってオックスさんにくっつけるんですから、悪いことばかりではありませんね。くふふふふ」


「変なことを言ってると、放り投げるぞ? ――ん? ちょっと待て、あれは……」


 俺は100メルほど先にある、巨大ダンジョンの入り口を見つめた。

 

 そこでは多くの露店が並んでいる。

 土壇場で忘れ物に気づいたうっかり冒険者に、さまざまな冒険グッズを販売をする店達だ。

 ややぼったくり価格なのは致し方あるまい、

 

 かく言う俺も、よく利用したりするのだった。

 だって、ロープ一巻きを忘れたからって、わざわざ取りに帰るのは面倒くさいだろ。

 まぁ荷物を持つのは他の連中だったがな、ナハハ。

 

 その商魂たくましい店のひとつ、その店先に、4人の男が立っている。

 あれは先日、ドブニを担いで来た男達だ。


「おい、ルビー。人に話を訊くから、ちょっと降りてくれ。――おい?」


「…………」


 ルビーは返事をしない。

 どころか、しがみつく腕に力を込めやがった。


「降ーりーろーッ、こらーーーーッ!」


 背中をブンブンと回してみても、ビクともしやがらない。

 胸の代わりに吸盤でもついてるのか、こいつは。


 しかたないので、文字通りお荷物を背負ったまま、男達の元へ駆け寄った。

 



「おお、不屈の旦那! それに背中の大荷物はルビーちゃんか。2人で仲良くダンジョンデートかい? かーうらやましいねぇ!」


 男の1人、ヒゲ面の男性が肉の串焼きを手に、ニヤニヤと見つめている。

 やだ、超恥ずかしいんですけど!


「そ、そんな色気のある話ではないんだ。聞きたいのだが、あんた達は、あれからドブニに会わなかったか?」


 男達は首を振った。

 4人はどうやらドブニと会わなかったらしい。

 運のいい奴らだ。

 日頃の行いだろうか。

 俺も見習おう。


「それで、あんた達は、俺に会ってから何日経過してるんだ?」


 俺の質問に、男達は2日と答えた。

 つまり、今ダンジョン内は時間の流れが速くなっている。

 恐らく2倍ほど。

 上着のポケットから魔導時計を取り出して時間を確認する。


 ルビーのバフの効果は6時間だ。

 ドブニがダンジョンへ出掛けてから、1時間半経過している。

 つまりダンジョン内で3時間として、


「あと3時間か」


 男達と別れて、俺と背中のガキは、ダンジョンへ飛び込んだ。

 





 俺は走った。

 ちょこちょこ現れるスライムやマタンゴは、すべて無視だ。


「オックスさん」


 走ってる最中、背中から声がした。

 こいつからは、ずっと甘い香りが漂っている。

(謝罪のために俺が献上した)超高級ガバチョコレートの匂いだ。


 全12粒入りで、なんと3000ガバチョもしやがった。

 それを全部こいつが平らげてしまったのだ。

 1粒くらいくれよ、くそったれめ、と思ったが、口には出さない。

 甘い物が好きなんてバレたら、また立場が弱くなりそうだからな。


「なんだ、ドケチ聖女?」


「誰がドケチですか。もしやチョコレートを全部食べたことを根に持ってます? 意外とみみっちいですね。今度オックスさんの好きな、甘いお菓子を作ってあげますから、そんなにむくれないで下さい」


「…………」


「どうしたんですか? 急に黙って」


「……なぁ、もしかしてお前ってば【心を読むユニークスキル】も持ってたりする? もしそうなら、すみません、もう勘弁して下さい。――で?」


「オックスさんが甘党なのは、心を読むまでもなく、周知の事実ですよ。むしろバレてないと思ってることにびっくりです。――この弓ですよ」


「俺の愛弓『未亡人の熱い眼差し』がどうかしたか?」


「そんな気持ちの悪い名前だったんですか、この弓? それで、どうして未亡人なんですか。普通『鷹の目』とかですよね? 正直邪魔なんですよ。揺れるたびに、ペシペシと頭に当たって地味にイラつきます。この未亡人に夫の後を追わせたいのですが、構いませんか?」


「これを捨てるなんてとんでもない!」


「どうしてですか? 今度から剣で戦うんですよね? 下手くそな弓なんか捨てちゃいましょうよ」


「お前、この弓に、どれだけ助けられたか知ってて言ってるのか?」


「いいえ、知りません。もしや、去年まぐれで獲った一角兎のことを言ってます? あたしの知る限り、この未亡人が役に立ったのは、あの一回こっきりですが?」


「あ、あれから練習したんだよ!」


「ねぇオックスさん。まさかとは思いますが、【弓スキル】を取る気じゃないですよね?」


「ドキッ! た、他人のスキル選択に口を挟むのは、重大なマナー違反だぞ!」


「わかってますよ。ですが忠告です。オックスさんに弓の才能は皆無です。諦めて下さい。せっかくロジウムさんの剣があるんだから、そこから【剣技】を習得すればいいじゃないですか」


「…………」


「怖いんですか?」


「怖い、か……そうかも知れん」


「大丈夫ですよ。オックスさんには剣の才能があります。あたしが保証してあげます」


「少し考えさせてくれ。――そろそろ着くぞ」



 そうして俺たちは到着した。


 巨大な門、ダンジョン一階層のボス部屋だ。


 


 巨大な門を前に、俺は立ち止まった。


「どうしたんです? 開けないのですか?」


 背中のルビーが尋ねる。

 扉を開ける前に、訊いておかなければならないことがあった。


「ルビー、どうしてドブニのステータスを、もっと早く言わなかった?」


「それはマナー違反で……」


「本当にそうか? 他に理由があるんじゃないか? 何か隠してることがあるなら、今のうちに言ってくれ」


「だって、あのときはオックスさんが……」


「俺? 俺がどうしたんだ?」


「何でもありませんよ! 隠してることなんかありません! あたしが信用できないんですか?」


「いや、信用してるよ。――行くぞ」


 え、と呟くルビーを背負ったまま、俺は重い扉に手を掛け、全身を使って押し込んだ。


 ズズズ、と扉がゆっくりと開いていく。


 俺は考えていた。

 ドブニの異常なステータスを、なぜルビーがすぐに言わなかったのか。


 理由はわかっている。

 

 俺のためだ。


 あのときルビーは、俺のステータスが、魔道具の鑑定結果通りじゃないってことを、教えようとしていた。


 俺に自信をつけさせたかったのかも知れん。

 ただ喜ばせたかったのかもな。


 そんなときだからこそ、ドブニのステータスを教えたくなかったのだ。

 俺の【攻撃力】を遙かに上回る、ドブニのステータスを、だ。

 

 それはわかっていた。

 さっき訊いたのは、それ以外に隠していることがないかを確認しただけだ。


 

 ドブニのステータスを教えたら、俺が自信をなくすとでも思ったのか、この糞ガキは。

 ガキのくせに気を遣いすぎなんだよ、ちくしょうが。

 

 おかげで自信をなくさずに済んだじゃねぇか、バカ野郎!

 

 またもやマスクに救われた俺は、小さく鼻をすする。


 扉が、開いた。



 ∮


 

 まばゆい光に目がくらむ。

 

 そして、


「いらっしゃいませぇ! ヨクトダンジョン、一階層ボス部屋村へようこそ!」


 門の内側にいた男が頭を下げた。


「うわぁ、大きなボス部屋村ですねぇ」


 背中のルビーがチョコレートの息で呟いた。

 くそッ! うまそうな匂いさせやがって!

 俺、無事に帰ったら、ガバチョコレートを買って全部1人で食べるんだぁ。


「なんたって帝国一のダンジョンだからな」


 かく言う俺も驚いている。


 広い。

 高さ100メル以上もあるドーム型の広場で、端から端まで1キロメルはありそうだ。


 豊富な魔力を動力にして、様々な工房が軒を連ねている。



 一階層のボス部屋は遙か昔に攻略されており、ダンジョン資源の加工場、それに冒険者達の休憩や娯楽の場となっている。

 他のダンジョンも大体こうだ。


 地下にもかかわらず明るいのは、魔力光が周囲を満たしているからだ。

 ここもまた、眠らない街なのだ。


 時間があればいろいろな店で掘り出し物を探したいところだ。

 だが、今はそれどころではない。


 俺は目当ての店を探した。


「オックスさん、あそこ」


 ルビーの小さな手が指さす先に、看板が見えた。


【転送屋】


 看板にはそう書いてある。



 ∮



「いらっしゃいませぇ。おや、2名様ですか?」


 店に入ると小さな男が笑顔で迎えてくれた。


「あぁそうだ。二階層まで頼む」


「へい、かしこまりました。2名様で1000ガバチョとなっております」


「釣りはいい」


 俺は大銀貨1枚――1万ガバチョを男へ手渡した。


「ほぇー、こりゃ太っ腹なお客さんだ。――何が知りたいので?」


「2階層のマップデータと、2階層に今いる冒険者の人数、それと赤い獣人の女性についてだ」


「マップデータは転送時に送りましょう。それじゃあ、ちょっと失礼」


 そこまで言うと、男は隣の部屋に移動した。

 そして大きな声で独り言をいいはじめた。


「――今2階層には3つのチームと、ソロのお姉さんが1人潜ってますなぁ。5時間ばかし前に潜ったあの赤い獣人のお姉さんは、大きな剣を持って強そうでしたねぇ」


「ふむ」と、俺。


「あれ? お客さん、もしかしてあっしの独り言を聞いちゃいました?」


 部屋から戻った小男が、にこやかに訊いた。

 この情報で大丈夫かと訊いているのだ。


「いや、何も聞こえなかったな。では【転送】を頼む」


 大丈夫だ、と俺は素知らぬ顔で答えた。


「はいはい、それではこちらの魔方陣へお乗り下さい」


 俺たちは案内されるままに、小部屋の魔方陣へ足を乗せた。

 っていうかルビーは背中に張り付いているので、俺の足だけだが。


「それでは、転送を開始します」


 男が壁にある沢山のレバーの1つをガション、と下ろした。

 途端に空間がゆがみ、景色が薄れていく。

 俺はもう1枚の大銀貨を男へ向けて、指で弾いた。


「俺たちが戻るまで、2階層へは誰も送らないでくれ」


「まったく、旦那は、交渉上手ですな。――ようがす、暫く2階層への魔方陣はメンテナンスということで。ではいって……らっしゃい……ませ……」


 男の声が消えていき、景色が暗転した。



 ∮



 2階層に着いてから30分ほど経過した。


「オックスさん、ここが……」


 背中でルビーが呟いた。


「着いたな。ここがマタンゴの森だ」


 目の前には高さ30メルを越える巨大なキノコ生えていた。

 それも、数え切れないほどの数だ。

 

 その森へ、俺たちは足を踏み入れた。


 さまざまなマタンゴが、ちょこちょこと歩き回っている。

 なんだか童話チックな雰囲気だ。

 

 しかし、ここはそんな甘い場所ではない。

 マタンゴの魔法が、辺りに一面、所狭しと飛び交っているのだ。

 通常モードの俺ならば、森に入って10秒もせずに、そこら辺でグースカ寝ているはずだ。

 

 だが今の俺は、スーパーオックスである。

 魔法耐性が1000を越えているのだ。

 まぁ、ルビーのバフのおかげだけどさ。

 この状態ならば、2階層レベルのモンスターの精神魔法など、余裕でレジスト可能なのだ。


 しかも背中には、頼れる相棒ときた。


 バフ無しでも余裕のルビーちゃんは、なんと素の魔法耐性が5000越えである。

 うらやましいたら、ありゃしない。

 

 そのハイスペック少女が感嘆の声を上げる。

 

「うわぁ、すごい光景ですねぇ。綺麗というか、不気味というか」


 っていうか、そろそろ降りてくんねぇかな。

 別に重くはないけどさ。


「ルビーは初めてだっけ? マタンゴ群生地は」


「はい。マタンゴは嫌いなので、今まで避けていました。マタンゴの森は初体験です」


「でも料理にはマタンゴを使ってるよな」


「誰がですか。あれはキノコですよ、失礼な。キノコはいいんです。美味しいし、もちっとしてて、かわいいじゃないですか」


「マタンゴもキノコも変わらんだろう? むしろマタンゴの方がもっちもちだぞ? ほら、あのマタンゴを見てみろ。ニコニコして超かわいいじゃねぇか」


「あれはニコニコじゃありません。ニタニタ笑ってるんです。かわいくないです。超気持ち悪いです。っていうか、あいつ絶対あたし達にケンカ売ってますよ? ちょっと未亡人を貸して貰っていいですか? ムカつくんで、射殺してやります」


 

 そんなことを言いつつも、森を歩いて15分。

 俺たちはドブニの形跡を発見した。

 鞄だ。

 中に入っているルビー印のお弁当(晩ご飯用)は空になっている。

 

 もう食ったのかよ!

 まぁ昼飯にしてもいいけどさ。


「オックスさん。どうして鞄がここに?」


「恐らくやつはバーサク(狂乱)状態だな。くそ、不安的中ってわけだ。――ドブニのバフは残りどれくらいだ?」


「あと33分です。ねぇオックスさん」


「ん?」


「今からドブニさんを見つけるんですよね?」


「うむ、そうだな」


「その後はどうするんですか? どんな作戦ですか? 必殺技とか出すんですか? わくわく! ドキドキ!」


「何を期待してるか知らないが、作戦なんかないぞ?」


「え? そうなんですか? あらら? どうしたんでしょう。あんなに頼りになりそうだったのに、いきなり頼りない感じになりましたよ」


「無茶言うな。相手は攻撃力6000越えの、いかれポンチな戦闘マシーンだぞ?」


「じゃあどうするんですか?」


「バフが切れて、眠ったところを回収するだけだ。こんなの作戦とは言わんだろ?」


「はぁ、ルビーちゃんはがっかりなのです」


「お前は何を期待してるんだ。俺に死ねってか?」


「そうじゃないですけど……。まぁいいです。ほら、さっさと行きますよ。ハイドウドウ」


「ムカッ! っていうか自分で歩け、コラッ!」



 ∮



 さらに歩くこと15分。


 俺たちは目的の人物を発見した。


「ガァァァァァァァァッ!!!!」


 叫び声を上げながら、大小色とりどり老若男女なマタンゴをちぎっては投げしている獣なお姉ちゃんは、間違いなくドブニであった。


 俺たちはちょどいいキノコに隠れながら、それを見守っている。


「うわぁ、めっちゃ暴れてますね」


 ようやく背中から降りたルビーが、ドン引きしている。


「アレと戦えってか? お前はさっき、俺にそう言ったんだぞ?」


「うッ……すみません。アレは戦っちゃダメなやつです。ごめんなさい」


「うむ、わかればよろしい。しかし、よほどマタンゴに恨みがあるんだろうな。生き生きと虐殺しておる」


「なんだかマタンゴが可哀想になってきましたよ」


「しかし、マタンゴ達もめげないな。続々と集まってきてるぞ? もしやマゾなのか?」


「一説によると、マタンゴは本当にマゾらしいですよ?」


「へ? そうなの?」


「はい、ぶん殴って胞子を出して欲しいらしくて、強く殴れば殴るほど大喜びだとか」


「ということはなにか? あの暴力型ハッスルお姉ちゃんは、マタンゴに歓迎されてるってことなのか?」


「ちょっとしたイベントなんでしょうね。マタンゴにとっては」


 そう考えるとなかなか微笑ましい光景に見えるから不思議だった。

 

 俺たちはお茶を飲みつつ、ドブニの参加形式ヒーローイベントを観賞することにした。

 当然、不参加である。



「はい、オックスさん、お茶をどうぞ」


「うむ、すまんな。――ズズズ」


「あと5分でバフが切れますよ。ねぇオックスさん」


「ん?」


「寝たままのドブニさんを運ぶんですか?」


「うむ、何か問題があるのか? 戦えってんならお断りだ、こんちくしょう」


「誰もそんなこと言ってませんよ。ただ、治療魔法で起こせばいいじゃないかなって。だって重いでしょ? あんな大きな人」


「それは絶対にダメだ」


「へ? どうしてですか? 自分で歩いて貰った方がいいじゃないですか? 起きてすぐなら正気に戻ってるでしょうし」


「効果が切れてから、もしくは解除されてから30分は同じ魔法にかからないって、知ってるだろ?」


「だから治療魔法で起こせば……」


「起きたあいつは、そりゃ睡眠魔法にはかからないだろうさ。だが、ここにいるのは『おやすみマタンゴシリーズ』だけじゃないだろ?」


「あ……」


「そうだ、いるんだよ、ここには。『パニックマタンゴシリーズ』が」



 おっと、またまた説明せねばなるまい。


『パニックマタンゴシリーズ』とは、マタンゴの一種である。


 数多くいるモンスターや魔獣の中でもスライムと並び、最弱と呼ばれるモンスターだ。

 とくに攻撃をしてくることはなく、近づいた冒険者に、ただただ不快なイライラを与えるのみ。


 『おやすみマタンゴシリーズ』に比べると、その絶対数は少ない。

 見た目で判断はできず、マタンゴが20匹いれば、1匹はパニックマタンゴが混じっていると言われている。

 

 ちなみに『パニックマタンゴシリーズ』は全5種。

 

 『困惑マタンゴ』『混乱マタンゴ』『錯乱マタンゴ』『乱心マタンゴ』『発狂マタンゴ』の順番でパニック効果が強くなっていく。


 魔法耐性アップのバフがなければ『錯乱マタンゴ』辺りで、俺はプンスカと怒ってしまうだろう。

 魔法耐性5000越えのルビーは、伝説のレアマタンゴ『発狂マタンゴ』にも鼻歌まじりで抵抗できそうだ。


 以上、説明終わりだぜ。



「そうでしたね。すみません。魔法はあたしの専門なのに」


「気にするな。とにかく【狂戦士】にパニックマタンゴは最悪の組み合わせだ。何が起こるか、まったく予測できん」


「考えただけで恐ろしいですね」


「あぁ、しかも30分は、治療魔法も睡眠魔法も効かないってことだからな。好き放題の暴れ放題ってわけだ。――ん? なんだ?」


「いえ、やっぱりオックスさんは頼りになるなぁって思いまして、くふふふ」


「まぁ俺が超絶頼りになるのは間違ってないがな」


「だーかーらー、どうしてそういうことを言いますかね? なんて誉め甲斐のない人ですか、オックスさんは」


「しかし、睡眠魔法の優先順位が上位でよかったな。逆だったら大変だったぞ。恐らくドブニは、あと数分でぐっすりおやすみだ」


「そもそも、おやすみマタンゴシリーズの絶対数が違いますしね。――あと1分です」


 そして1分後、予想通り、バフの切れたドブニはぶっ倒れた。

 睡眠魔法にかかったのだ。

 だが、その先に起こることを、俺は予想だにしなかった。


 

 ∮



「お、オックスさん、あれはマズいんじゃ……」


 ルビーの言葉が終わる前に、俺は走っていた。


「くそッ!」


 ドブニに目をつけられないように距離を取っていたのが仇になるとは。

 距離は、300メル。


 俺は叫んだ。


「待てぇぇぇッ! 【治療魔法】は使うなァァァァァァァッ!」


 時すでに遅し。

 

 俺の向かう先では、ある冒険者のチーム――その治療師らしき女性が、ぶっ倒れるドブニへ治癒魔法を唱えた。


 途端に跳ね起きる赤い獣。


「ガァァァァァァァァッ!」


「きゃぁぁぁぁッ!」


 女性治療士が跳ね飛ばされた。

 仲間の剣士がドブニへ斬りかかる。


「な、何しやがる、テメェッ! ――ぐぇッ!」


 剣士がドブニの裏拳一撃で吹っ飛んだ。

 

 まずい。

 最悪の事態だ。


 立ち止まり、俺は後ろを振り返った。

 不安そうな顔で、ルビーがこちらを見ている。


 もうルビーを連れて逃げるしか……。

 そのとき、女の悲鳴が聞こえた。


 見ると、冒険者のひとり、大きな盾を持っていた男性が空中を舞っていた。

 ドブニに腕を噛まれて、振り回されているのだ。


 くそッ! 化け物かよ!


 為す術もなく、盾の男は20メル以上も投げ飛ばされた。

 受け身も取らなかったその男は、腕があらぬ方向へ曲がって、痙攣している。

 ドブニは勝利を確信したのか、この男に興味を失った。


 視線を、意識を、目標を、獣が次の獲物に移した。 


 1人残った女性魔術師は腰を抜かしている。

 先の悲鳴はこの女だろう。

 そして次の餌食も、だ。

 

 獣が飛んだ。

 命を奪う鋭い爪が、女性冒険者を襲う。


 ガキッ!


「くそっ! バカか、俺は!」


 ドブニの爪を剣で受け止めたまま、俺は女冒険者へ叫んだ。


「今のうちに仲間を連れて逃げろ!」


 早く逃げてくれよ!

 頼むよ、マジで!

 お前らが逃げなきゃ俺も引けないんだ!


「だ、だめ! た、立てないの!」


 マジで!? 嘘でしょ!?

 くそッ! 最悪だぜ!

 俺はこの【狂戦士】と戦うしかないってわけかよ!


「うぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 俺は力の限り剣を押し込んだ。

 相手は攻撃力6000越えの化け物だ。

 こんなことをしたって……。


 バッ!


 ドブニが後ろに飛びのいた。

 いや、つばぜり合いで俺が押し勝ったのだ。


「グルルルルルルル……」


 ドブニは俺を警戒している。

 な、何が起こった?

 

 わからん。

 わからんが、そのまま30分ジッとしていてくれよ!

 30分……。

 だが、30分待ってどうなる?

 この危険な獣へ、ルビーが近づいて、そしてのんびり治癒魔法を掛けるってか?

 そんなの不可能だろ!

 なら、どうすれば……。

 

 泣きそうな目で俺は獣を睨んでいた。

 その視線を受けたまま、ドブニはさらに後方へ移動した。

 

 逃げたのか? なら……。


 いや、逃げたのではない。

 移動したドブニの足下には、それがあった。

 ドブニの武器、大剣だ。


 マジで? こいつ、武器を使うのかよ……。

 

 俺はげんなりした。


 大剣を軽々と持ち上げたドブニは、真っ直ぐに俺へ向かってくる。

 俺の後ろには腰を抜かした、女冒険者。


 今日が俺の命日かよ、くそったれ!


 俺は覚悟を決めた。

 

 ――こいつ、ぶっ倒す!


「かかってこいやぁぁぁぁぁッ!」


 全体重の乗った狂戦士の凶悪な初太刀を、俺はまともに受けた。


 くそッ! 死んだか、これは!


 吹っ飛ばされる未来は、だが訪れなかった。


「グルルルルルルルルルルルルルッ!」


「くぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 二度目のつばぜり合いだ。

 さっきから何が起こってるんだ?


 ギィン!


 ドブニがバックステップで2メル下がる。

 またも俺は押し勝ったのだ。


 すぐに飛び来る獣の狂戦士。


 2撃目、3撃目……恐ろしい速度で大剣が襲う。

 そのすべてを俺は受け、いなし、押し込み、さばいていた。


 ガインッ! ガインッ! ガインッ!


 重い金属音が鳴り響く。

 この音は俺の使う剣から出ているのだ。


 俺は……この恐ろしい戦士と、まともにやり合っている?


 腕が、足が、腰が、胸が、身体のすべてが思い通りに動く。

 ずっとずっとイメージしてきた通りに、俺は剣を、剣は俺を操っていた。


「は……はは……ハハハハハッ!」


 俺は決死の剣を受けながら、気がつくと笑っていた。


「ハハハハハッ! アーッハッハッハッハ!」


 もはやどちらが狂戦士か。

 俺は心の底から笑っていた。

 そしてどうしてだか涙を流していた。


 お? 水平斬りか? ならこうしてやろう!

 次は袈裟切りか。ふふふ、ならこういうのはどうだ?

 おいおい、そこで重心を移したら次はどうすんだよ?

 む? なるほどな! 尻尾があるってか!

 ハハハ、ならこうしたらどうすんだ?

 ハハハ! ハーッハッハッハッ!


 楽しい。

 剣の戦いがこんなに楽しいとはな。


 おのれロジウム! 

 お前だけこんな楽しい思いをしてたのかよ!

 ずっこいぞ!


 俺は剣の元オーナーに、少しだけ文句を言った。


「グルルルルル……」


 気がつくと、ドブニは腰が引けていた。

 真っ赤な目の色から、殺意が薄れ、戸惑いの色が濃くなっている。


「なんだよ、おい! もっとやろうぜ!」


 俺の誘いをドブニは受けてくれない。

 嘘だろ? 

 こんなに楽しいのに止めちゃうのかよ?


 そのとき、ピクリとドブニの耳が動く。

 間を置かず遠くから聞こえる短い悲鳴。

 

 この声は……ルビー!?


 


「ルビー!?」


 俺が声の方へ振り向く。

 200メル先で、先ほどの冒険者達と共に、ルビーはいた。

 彼らを治療していたのか。


 ドブニから意識を外して、俺は走った。

 

 後ろから襲われようが、知ったことか!

 くそッ!

 戦いに夢中になりすぎて、いつの間にか、こんなに離れてしまっていたのか!


 いや、ドブニを冒険者から遠ざけるためには……。


 

 ……ダメだ。これはただの言い訳だ。


 

 俺は自分の事しか考えていなかった。

 そんな俺への、これは天罰なのか?


 俺の視線の先で、巨大な樹木の化け物――トレントキングに、ルビーは襲われていた。


 全長20メル、直径3メルはあるこの巨大トレントは『森の守護者』だ。

 恐らくマタンゴどもが、自分の森を荒らす俺たちを排除するために、トレントキングを呼んだのだ。


 ちくしょうッ!

 こうなることは予測できたのに!


 俺の慢心で、不注意で、ルビーが……。

 あの生意気で、口が悪くて、性悪で……でも、とびっきり優しい少女が……死?


 ガクンッ!


 俺の身体から一気に力が抜けていく。

 マズい!

『ユニークスキル』の【制約】がここで、かよ!


 トレントキングが巨大な腕を振り上げた。

 振り下ろす先は、盾の戦士と、それを治療する少女――ルビーだ。


「ルビーィィィィィィィッ! 逃げろォォォォォッ!」


 俺は叫んだ。


 初めて会った冒険者なんか置いて逃げろ!

 捨てて逃げてくれ!


 だが俺にはわかっている。

 ルビーは逃げない。

 あの性悪娘は、動けない人間を見捨てて逃げたりしないのだ。

 

 なんてムカつくヤツだ!

 俺の思い通りになんて、絶対に動いてくれやしねぇ!


 あと50メル。

 遠い……遠すぎる!

 

 ダメだ! くそッ!

 ダメだ、くそったれッ!

 そんなのダメに決まってるだろうが!


「くそぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 そのとき、赤い風が俺を追い越した。


 剣を咥えた赤い毛皮の狂戦士――ドブニだ。

 猛スピードで走りながら、 戦士は変わっていく。

 2本足から4本足へ。

 獣人から、そして純粋な獣へ。


 恐ろしい速度で、ドブニだった獣――狼は走って行く。


 トレントキングの超重量の腕が振り下ろされた。


 男冒険者にルビーは覆い被さっている。

 

 もうダメだ……。


 バキャッ!


 トレントキングの腕が、その軌道を変えた。

 それを成し遂げたのは、赤い狼の体当たりだ。


 まさか、あの距離を一瞬で!?


 トレントキングの攻撃は、ドブニへ集中した。

 幾多の鋭い枝の槍が、赤狼を襲う。

 そのすべてを狼は難なく躱していった。

 

 そして死線を、戦場を徐々に遠くへ移していく。

 

 もしや、ルビー達を逃がそうと……?


「ルビー! 大丈夫か!」


 俺はルビーの背中に手を当て、呼びかけた。

 ゆっくりと青くなった顔を上げ、ルビーはハッとした顔になる。


「オ、オックスさん!? は、早くこの人達を安全なところへ!」


 くそっ! 今は人より自分の事だろうがよ!

 といっても訊かないのはわかっている。

 なら俺がやることはひとつ。


「わかった。俺がこいつを運ぶ。お前はあの女を頼む」


 俺は盾の冒険者を肩に担ぐと、大きなキノコの裏側へ運んでいった。

 最初に飛ばされた、女治療師、そして男の剣士も同じ場所へ移動させた。


「オックスさん、大丈夫ですか!?」


 女魔道士を移動させ、ルビーが言った。


「俺のことはいい! お前は大丈夫か!? 怪我は!? どこかやられてないのか!?」


「え、えぇ。もう死ぬかと思いましたけど、なんとか無事です。さっき、ご先祖様が川の向こうで、おいでおいでしてるのが見えましたよ。普通、こっちに来るなっていいいませんかね? めちゃくちゃムカつきます!」


「そ、そうだな」


「もしかして、ドブニさんが助けてくれたのでしょうか?」


「結果的にそうなるな。どんな意図があるかは知らんが」


 ルビーの無事を確認すると、途端に力がみなぎって来た。

 ユニークスキルが発動したのだ。

 

 今頃かよ!

 なんて役に立たない能力なんだ、これは!


「オックスさん! どうしたらいいですか!」


「こいつらは動けないな」


「えぇ、みんなヒールを掛けた途端に、おやすみマタンゴに……」


「くそッ、じゃあトレントキングをやるしかねぇ」


「あいつに弱点ってあるんですか?」


「額ある魔石だな。それがあいつの弱点だ」


「あんなに高いところ……ど、どうしましょう!?――え……オックスさん、ま、まさか!?」


「どうやら、修行の成果を見せるときが来たようだな」


 ニヤリ、不敵な笑みを俺は浮かべた。


 俺を見つめるルビーの顔が、みるみると曇っていく。


 ――頼むぜ、相棒

 

 俺の手には、自慢の愛弓『未亡人の熱い眼差し』が握られていた。

 

 



「オックスさん、ルビーちゃんはガッカリなのです」


 ルビーの冷たい視線が突き刺さる。


「――ここは笑いを取るところじゃないでしょう……はぁ……まったくもう」


「狙ったのは笑いじゃねぇよ! 惜しいのも何本かあっただろうが!」


「あたしの見る限り、そんなものは1本もありません」


「い、1本も? うそん!」


「それどころか1本は、ドブニさんのお尻に刺さりましたよね?」


「あ、あれは、あいつが自分で矢の前にだな」


「そんな言い訳が通用するわけないでしょう。ドブニさん、めっちゃ怒ってましたよ? あたしは知りませんからね?」


「くッ!」


 俺はルビーから視線を外した。

 まったく反論できん。


 手元の矢筒に目を落とす。

 

 そこにあった20本の矢は、綺麗さっぱりなくなっていた。

 そう。

 全部の矢をことごとく、俺は外してしまったのだ。

 それどころか、必死にトレントキングと戦う赤狼の尻へと、ジャストミートさせてしまっていた。



「もうわかったでしょう。オックスさんに弓の才能はないんです。とっとと【剣技】のスキルを取って、ドブニさんの加勢に向かって下さい。このままだと怒られたままですよ? ――あとそのゴミ弓『未亡人の熱い眼差し』(笑)は火葬決定ですので、あしからず」


「く……わかったよ! わかりましたよ! ちくしょうめッ!」


 俺はロジウムの剣を手に、片膝をついた。

 両手で持った剣を地面に立て、祈りを捧げる。


「【剣の神に我が生涯の欠片を差し出すことを、真実ここに宣言します。願わくば我に神の御技の一部を与えた給え】」


 すると剣が温かい光を発した。

 俺はホッと息を吐く。

 剣の神に願いが届いたのだ。

 

 剣の才能のないものは、剣の神に話すら訊いてもらえない。

 つまり、第一関門を俺は突破したわけだ。


 あとは、ステータスウィンドウ、か。

 俺の中にある剣の才能がどれほどのものか、今ここで明らかになる。


「オックスさん――」


 膝をついたままの俺を見つめて、未来の聖女がニコリと笑んだ。


「大丈夫です。あたしが保証します。――なんですか? このあたしが信用できないんですか?」


 聖女もどきの笑顔が、ニンマリといたずら顔に変化する。

 我知らず、ふっと笑みが零れた。

 まったく、お前には勝てないぜ。


「信用してるよ。不本意ながらな。――ステータスオープン!」


 俺はそこに表示されているはずのものを探す。

 俺の初めてのスキルである剣の技――【剣技】を。




 ∮



 トレントキングの攻撃にはパターンがある。

 身体の正面に生えいてる飛び道具の『槍』をすべて放ち終えると、打撃のみの単調な攻撃になるのだ。

 その間は距離を取れば、ちょっとした休憩も可能である。

 次の『槍』が生えそろうまで、およそ3分。


 その隙を見計らって、剣を咥えた狼――ドブニへ、俺は話しかけた。


「あのぉ、ドブニさん?」


「グルルルルルルルルッ!」


 うん、怒ってるよね。

 わかる、わかるよ。

 だってお尻に刺さってるその矢は、俺が撃ったんだもんね。


「ま、待て! 言いたいことはわかる! わかるけど、待ってくれ!」


「グルルルルル……」


「とりあえず俺たちの敵はあいつ――トレントキングだろ? まずはあいつを倒さないか? 俺たちの戦いは一時休戦ってことで。わかるか? きゅうせん。キュウセンだ」


「グルルル?」


「そうだ、休戦だ! とりあえずあいつを――トレントキングをやっつけよう! な?」


「グル」


 剣を咥えたまま、ぷいっと赤狼が顔を背けた。

 これは了解って事か?


「よし! あいつをぶっ倒すぞ!」


「グルルル!」


 俺と赤狼は、トレントキングへ突進した。

 敵の飛び道具はまだ準備中だ。


「ドブニ! あいつの注意を引きつけてくれ!」


 走りながらの俺の言葉に、赤狼はコクンと頷いた。


 高速で懐に入り、大剣の斬撃を1回、2回、3回……そして離脱。

 好き勝手にやられて怒ったのか、トレントキングは狼に攻撃を集中する。


 振り下ろされる2本の巨木を、赤狼は軽やかなステップで躱していく。

 それを少し離れた場所で、俺は見つめている。


 ズーン!


 まだだ。


 ズーン!


 ここじゃない。


 ズーン!


 腕を振り下ろしたトレントキングが、前屈みになった。


 今だ!


 飛び出し、ダッシュして、巨木が振り下ろした太い右腕に、俺は飛び乗った。


「どぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 トレントキングの腕を、俺は駆け上る。

 目指すは、どでかい顔面、その額にある魔石――ではなく、その手前3Mの場所だ。


 距離10M……8M……5M……ここだ!


「死ね、こらぁぁぁぁぁぁ!」


 3メル前方にある大きな魔石へ、俺は剣を振り下ろした。


 初めて習得した、俺のスキル――剣技《亜空斬》だ。


 斬ッ!


 俺の斬撃は、だが魔石の横を抉った。


 うそんッ!


 次に亜空斬を撃てるのは三秒後。

 とてつもなく長く、遠い時間に感じる。


 一度地上に降りるべきか?

 いや、俺の狙いは、もうバレてしまった。

 降りてしまったら、こんなベストポジションは……。


 そのとき、トレントキングの左手が、俺に襲いかかろうとしていた。


 あら? これ、ヤバくね?

 ドブニさん、ちゃんと仕事して下さいよぉ。


 俺が心中で愚痴ったとき、ボフッ! と火の玉が、大きな木の顔面に撃ち込まれた。

 巨木の動きが、ピタリと止まる。


 下を見ると、青い髪の少女が両手をトレントキングへ向けている。

 世にも珍しい、治療法師の攻撃魔法だ。


 ナイスタイミング過ぎるぜ、この性悪聖女!

 俺様の剣技はチャージ完了!

 ここで当てなきゃ嘘でしょう!


 確信を持って、俺は剣を振り下ろした。


「喰らえ! ――剣技、《亜空斬》ッ!」


 斬ッ!


 うん、やっぱりな。

 必殺技ってのは、やっぱりこうでなくちゃ。

 技名を叫ばないと、必殺技ってのは当たらないものなのだよ、うんうん。


 砕け散るトレントキングの魔石を見ながら、心から俺はそう思った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品はいかがでしたか?

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

上にある『☆☆☆☆☆』で
作品の評価をしましょう。
面白い!『★★★★★』
いまいち『★☆☆☆☆』



平成32年8月1日(土)に、ハイファンタジーで新作投稿開始しました!
成分は シリアス60% コメディ30% 塩少々となっております
『魔人転生~オックスと7人の♀悪魔たち♀~愛弟子に毒殺された伝説の聖人は悪魔神から最強魔人の力を得ると天使を半殺しにして転生したので真面目過ぎた人生をもう一度やり直す』
ブクマ、評価で応援いただけると大変励みになります。
script?guid=onscript?guid=on  小説家になろう 勝手にランキング

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ