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放課後

透明な毒

作者: 双葉 了

三人組SOSD初めての投稿です。

三人の作者が、同じお題で短編を投稿します。

今回のお題は「放課後」です。

トップバッター双葉 了です。よろしくお願いします。






「放課のチャイムが鳴ると、学校の空気が変わる気がしませんか?」


 僕がそう言うと、先輩は手を止めて微かに笑った。

 いつものようにセーラー服の上から白衣を身に纏った先輩は、ケミカル臭のする理科室にとてもよく馴染んでいた。まるで、教室の隅にある埃をかぶった人体模型や、ラベルの名前が読めなくなったホルマリン漬けの瓶、羽の色が抜けてしまった蝶の標本のようにこの場所こそが彼女が存在すべき唯一の場所のようにさえ思える。

 先輩が続きを促す目をしたので、僕は白衣姿に見惚れていたことに気付かれないよう慌てて言葉を紡いだ。


「朝、始業のチャイムが鳴ってから放課後のチャイムが鳴るまでの時間、学校という場所は世界から切り離されていると思うんです。

 もちろん、目に見えない結界やバリアのようなものが学校の敷地に沿って張り巡らされていると言いたいわけじゃありません。感覚的な話です」


 理科室特有の流し台が付いた教卓に立つ先輩は、今日も不思議な色の液体をビーカーの中で慎重に混ぜ合わせている。僕は廊下側の列の前から三つ目の席に座っている。

 理科室には僕たち二人だけだ。


「実際には結界も、バリアもあるわけではない。でも、僕たち学生は学校やクラスといった場所に囚われている。

 その拘束が、放課のチャイムと共に解き放たれるんです。

 鳥かごの扉が開かれて、小鳥たちが一斉に空に飛び立つ。放課後って、そういう空気を持っていると思うんです」


 思い付きで話し出していしまったので、要領を得ない話になってしまった。

 僕の言いたかったことは、たぶん先輩には半分も伝わっていないだろう。

 先輩の反応を期待して話したわけではなかった。ただ、つい十分前の放課のチャイムを聞いたときに思ったことを言葉にしたかっただけ。

 だから、先輩が顔を上げて言葉を返してくれたことに、僕はとても驚いた。


「じゃあ少年、放課後になってもこうして居場所を見つけられない私たちは、さながら飛ぶことを怖がる臆病な小鳥という訳だね」


 先輩の笑顔は、一見とても晴れやかなのだが、僕はなぜかその奥に悲しそうな顔を見るのだった。


***


 僕が先輩と出会ったのは、入学して一週間も経たないある日の放課後のことである。

 混雑する昇降口には、校門を出て家路につく者たちとグランドで部活に勤しむ者たちの二つの列ができていた。

校門を出た生徒の大半は歩いて五分の最寄り駅に向かっている。

 地方の田舎にあるこの高校の最寄り駅には一時間に一本しか電車が来ず、放課直後のこの時間は毎日乗車率が跳ね上がる。

 人混みにもまれることが嫌いな僕は、入学式の日に満員電車を経験して以降、帰宅ラッシュを避け一本後の電車に乗るようにしていた。

 その日は次の電車が来るまでの一時間、静かに読書ができる場所を探して慣れない校舎の中を散策していた。


「教室は運動部の先輩目当ての女子生徒、図書室は新聞部が活動していて、屋上は施錠されていて上がれなかった、と」


 昼間には確かにあった熱がすべて冷めてしまったような廊下には、フィルターを通した様な音が至る所から響いて反射する。

 運動部の掛け声、吹奏楽部のマウスピースの音、教師たちが入って行った会議室からは談笑する声。みんな誰かと一緒に居て、一人でいるのはこの学校に僕一人なのだろうかと考えてしまう。

 いや、きっとそんなことはないだろう。多分気づかないだけだ。

一人でいる人間は音を出さない。

談笑することも、誰かに指示を飛ばすことも、意見を共有したり、リズムを合わせて音を出すこともしない。

だから誰からも気付かれない。今の僕のように。

気が付くと、僕は特別棟の廊下を歩いていた。

僕の通う高校は四つの棟でできている。教室がある普通科棟、職員室や校長室、保健室などがある管理棟、視聴覚室や図書室、文化系の部室がある文化棟、そして理科室や教材置き場がある特別棟。

グラウンドの反対側に位置し文化部の部室のない特別棟は四つの棟の中で一番静かな場所だ。

無意識に、静かな方へと足が向いていたのだろう。

先輩に初めて会ったのはその場所だった。



「やあ少年、君も一人なのかい?」


 誰も居ないと思っていた特別棟で、死角から急に声を掛けられた僕は、慌てて声のした方へ振り返った。

どうしてこんなに近づかれるまで気が付かなかったのか、と疑問に思うほど近くに少女の笑顔があった。

その笑顔の少女こそ、先輩その人だった。

その日も先輩は、白衣姿に本心がうかがえない笑顔を浮かべて立っていた。

一見して僕よりも幼く見えるその少女が先輩であると分かったのは、学年によって変わるセーラー服のスカーフの色が、クラスメイトの女子と違っていたからだ。燃えるような赤いスカーフは初めて見る色だった。

何年生かまではわからないが、先輩であることは一目瞭然だ。

そうでなければ、一言目が敬語になることはなかっただろう。


「一人ですよ、それとも先輩には僕以外の誰かが見えているんですか?」


咄嗟にそう返すと、先輩は、くくくっと喉を鳴らして笑った。


「実は、私も一人なんだよ。よかったら、私の話し相手になってくれないか?」


この時、僕は首を横に振ることだってできたはずだ。

しかし、僕はそうしなかった。

一人静かに読書ができる場所を探していたはずの僕だったが、内心では先輩と同じ気持ちだったのかもしてない。


話し相手が欲しかったのだ。



***



自己紹介はお互いにした、と思う。だが、どうしてかその名を忘れてしまった僕は、もう一度名前を聞くこともできず彼女のことを“先輩”と呼んでいた。先輩も、僕のことを“少年”と呼んでいるので、きっと同じように名前を忘れている。

しかし、そんなことは些細なことだ。

僕と先輩は、放課後になると昇降口へ向かう人の流れから抜け出し特別棟の理科室へ集まる。

いつも先に来ている先輩は、毎日教卓の上で何かの調合をしている。僕は、廊下側の前から三列目の席に座り読みかけの文庫本を開く。

基本的に、僕らは話をしない。

たまに、片方が思い出したように話したいことを話し、もう片方がそれに短く答える。そしてまた、お互いに自分の世界に戻る。

決して、お互いのクラスの話や踏み込んだ話題は出さない。だから、僕らの間に固有名詞は必要なかった。

きっと、欲しかったのは誰かと共にいる安心なのだ。


「先輩はいつも、何を作っているんですか」


理科室に来るようになった当初、僕は先輩にそう尋ねたことがある。

その日は、持ってきていた文庫本を早々に読み終えてしまい時間を持て余していた。

だから、この質問は間を持たせるためのもの。いつも、あんなに真剣に作っているのだ、答えはすぐに帰ってくるものだと思っていた。

しかし、意外にも先輩は少し悩むように首を傾げ、


「透明になれる薬、だよ」


歯切れ悪くそう答えた。

それは、本心というにはあまりに突飛で、嘘というには頑なな声に乗った言葉だった。


「透明になれる薬ですか。男の僕なら女湯を覗いたり、あとは銀行の金庫に入り込んだりしてみたいけど、先輩は何のためにその薬を使うつもりなんですか」


先輩の心を測りかねる僕は、誰にでも返せる言葉を返した。

そんな僕に、先輩はまたしても予想外の答えを放った。


「少年は不思議なことを聞くね。お風呂を覗きたいならお風呂を覗ける機械を作ればいいんだよ。銀行の金庫に入りたいなら、金庫に通じる道を作ればいい。

人が何かを成そうとするとき、それは確固たる目的が存在するからなんだよ。

だからね、私が透明になれる薬を作るのは、ただ透明になりたいからだよ」


手段じゃなくて目的なのさ。

そう付け加え、先輩はまた調合作業に戻った。

今思えば、この時の会話が、最初で最後の先輩の本当の言葉だったのかもしれない。


***


ゴールデンウィークが過ぎ、町中を洗い流した梅雨の長雨が上がり気の早いセミが鳴き始めた頃、僕はそれまで毎日通っていた理科室へ数日の間、足を向けなかった。

と言っても、僕が急に人込みに対する耐性を身に付け満員電車での帰宅が可能になったとか、遅れながら部活動に加入した、というわけではない。無論、先輩と喧嘩をしたわけでもない。

放課後に用事ができ、読書をして時間をつぶす必要がなくなったのだ。


学校の七不思議に関する調査。


それが、僕が放課後に行っていた用事だ。

高校生にもなってなぜそんなくだらない調査に時間を割いたかというと、それが友人からの頼みだったからだ。

その友人は、新聞部に所属しているのだが、入部してはじめて任される記事が、学校の七不思議についての調査レポートということになったらしい。

週に一回発行する校内新聞内に連載を持つことになった友人は、慌てて調査を開始したが、回を重ねるごとにスケジュールが厳しくなり、梅雨が明けた頃にはとうとうにっちもさっちもいかなくなり僕のところに救助要請がなされたのだった。

調査を開始する前日、しばらくここには来ない旨を先輩に伝えると、先輩は手に持っていたビーカーを落っことしそうなほど驚いて、目を丸めた。


「少年、友達がいたのか?」


先輩の驚き方は。目の前に宇宙人でも現れたのかと思うほどであった。

僕は先輩に、友達のいない寂しい奴だと思われていたのか、と少し悲しくなった。


「友達ぐらい居ますよ。同じ中学から上がってきているのもいるし、高校から仲良くなった人もいますし」


確かに、クラスの輪の中心になるような社交的な性格はしていないし、特別顔が広いわけでもない。けれど、休み時間に談笑したり一緒に昼食をとる友人には困っていない。

読書は好きだが、毎日持ってきている本は、放課後の時間つぶしのためのもので、クラスでの談笑を差し置いて読書に熱中するような読書家でもない。

毎日放課後に時間を持て余しているのは、僕の友人のほとんどが部活動に参加しているのと、参加してない者たちも放課後はすぐに駅へ向かい、僕が敬遠する満員電車で帰っていくからだ。

確かに、先輩と会う放課後の時間、僕は常に一人だった。

だが、友達がいる人間は常に複数人で行動している、という訳でもないだろう。友達がいても、一人で過ごすことはある。


「そうか、少年は同じだと思っていたんだけどな」


僕が理科室を出るとき、背中越しに先輩の声が聞こえた気がしたが、僕にはその言葉の意味が分からなかった。その日の廊下は、いつもよりクリアな部活動の音で満ちていた。



***



次の日、僕は調査に向かった。

友人に依頼された学校の七不思議調査の内容はこうだ。

まず、友人がリストアップした七不思議の現場の撮影。次に、その周辺の雰囲気や人通りなどの状況についてのレポ。

主な内容はこれだけだ。

記事自体は友人が執筆するので、僕の役割はその素になる情報の整理。難しい仕事ではない。

しかし、と友人から渡されたリストを眺めながら僕は頭を抱えた。

昇りと下りで段数が違う屋上へと続く階段や管理棟三階にある未来の姿を映す姿見などどこかで聞いたような話ばかりである。高校生にもなって、こんな噂を流す奴の気が知れない。

こんな、やり甲斐のないネタを任されたアイツも可哀そうだ。と、今も図書室で来週の壁新聞載せる記事を書いている友人を心の中で慰めた。

七不思議の内、四つまでは今週の記事で書かれている。僕が調査依頼されたのは五つ目と六つ目だけだ。


「七不思議だろ?七つ目はいいのか」


そう尋ねる僕に、友人は笑顔でこう言った。


「七不思議の七つ目ってのはね、七つ目の存在自体が謎であるって相場が決まっているんだよ。

七つ目の不思議を知ってしまった人間は殺されてしまう。だから、七つ目の不思議を知る者はいないんだ」


そんなわけで、僕の調査対象は二つに限られた。

これくらいならすぐに終わるだろう、と軽い気持ちで調査を始めたが、僕が調査結果まとめ、友人のところへ持っていくのに結果的に四日の期間を要した。

なぜなら、七不思議の舞台となる場所があまりにも普通で報告すべきことが何一つなかったからだ。重箱の隅をつつくような調査の結果、何とかA4用紙一枚分の報告書が完成した。

五日目の放課後、図書室に向かった僕は、思いのほか大変だったことを詰りながら報告書を友人に手渡した。


「そりゃそうだよ、もし簡単な調査なら自分でやってるって」


友人はさっそく報告書に目を通し、僕の方は向いていない。

他の新聞部員は、調査やクラスの用事でまだ来ていない。図書室には僕ら二人だけだ。


「確かにそうかもしれないけど……。

 しかし、お前も大変だな。こんな薄味のネタじゃ記事を仕上げるのも一苦労だろ」


「そんなこともないよ。確かに、ありきたりな話も多いけど、噂が立ち始めた経緯とかを調べるのは面白いよ」


入学したその日に新聞部の扉をたたいた友人は報告書から顔を上げ目を輝かせてそう言う。知らなかったことを知る快感というのは、好奇心の大きい奴の特権だ。


「それじゃ、頼まれてたことは終わったからな。今度ラーメンでもおごれよ」


「アイアイキャプテン」


会話を切り上げて、僕は立ち上がった。

まだ放課後が始まって十分しかたっていない。久しぶりに理科室でゆっくり読書でもするか、と考えていると、後ろから友人の声がした。


「あ、そうそう、そういえば例の七つ目の不思議なんだけど、それらしい話を見つけたよ」


「なんだ、知ったら殺されるんじゃないのか?」


振り返りながらも、僕は頭の中で久しぶりに会う先輩のことを考えていた。

だから、続けて発せられた友人の言葉を、僕は正しく認識できなかった。


「まあね、だからまだ詳しくは調べていなんだけど。どうやら閉鎖されてる理科室にまつわる話らしいんだ。

おかしいと思ったんだよね、あんなに噂が立ちそうな状況なのに七不思議には入ってないんだもん」


今、なんと言った?

封鎖された理科室?

聞き取れたはずの言葉が、頭で理解する前にボロボロと崩れて落ちていく。

呆然と立ち尽くす僕を、友人が不思議そうに見つめる。


「あれ、知らない?三年前の一年生が、理科室で自作した毒を飲んで死んじゃった話。当時、すごいニュースになったから知らないわけないんだけどな」


そのニュースなら記憶がある。誰も知らないような小さな僕らの町が、連日全国区のニュースに登場していた。

たしか、亡くなった女子生徒のクラスは、集団でのいじめが蔓延っていて、そのターゲットにされたことで気を病み自ら命を絶った。と、夕方のワイドショーで言っていた。

しかし、ニュースの話題はすぐに移り変わり、僕が受験するころには高校の悪評もほとんど聞かれなくなっていた。

だから、そんな話すっかり忘れてしまっていた。


「事件の当初は亡くなった女子生徒の幽霊を見たって話が絶えなくて、学校側も理科室を閉鎖して、特別棟を拠点にしていた部活動の部室を文化棟に変更したりしてるんだ」


先輩と初めて会ったあの日、僕は静かな場所を求めて特別棟にたどり着いた。

しかし、よく考えてみれば科学部や生物部などの部室が特別棟にないのはおかしい。それらの部活が、薬品や実験機器のある理科室を使わずに、普通の教室を使うメリットがないからだ。

背中に嫌な汗が流れた。


「どうしたの?顔色が悪いよ」


心配してくれる友人の言葉に、何も返すことができず、僕は頭の中でまとまらない考えをぐるぐると回していた。

と、その時図書室の扉が開いて女子生徒が二人入ってきた。友人が立ち上がってあいさつしたので、おそらく新聞部の先輩だろう。その二人に目を向けた僕は、さらに大きな衝撃を受けた。


「なあ、一つ聞いていいか」


今にも倒れてしまいそうな体を、本棚に手をついて支えながら僕は尋ねた。


「この学校のセーラー服のスカーフは、学年によって色が違ったよな。あれ、どんな種類があったっけ」


友人は、質問の意図が得分からないといった顔をして、それでも僕の問いに答えてくれた。


「今年だと、三年生が紺色で二年生が緑、それで」


そう言いながら、僕の友人は自分の来ているセーラー服のスカーフを指さしてこう言った。


「一年生が白色だよ」



***



夕日のオレンジの光に照らされた理科室は、僕の知らない場所のようだった。

いつも乗っている電車は少し前に出ている。この時間まで理科室に残っていたのは初めてだ。


「もう来てくれないかと思ってた」


夕日を背にした先輩の表情は分からない。けれど、その胸のスカーフが背景の夕日よりも燃えるような赤色をしていることは、容易に見て取れた。

今日、先輩は薬品の調合をせず、窓側の棚に浅く腰かけている。


「透明になれる薬は完成したんですか?」


そう問うと、先輩はゆっくりと腕を上げ教卓に置かれた一本の試験官を指さした。

夕日のせいで、試験管の中の液体が何色をしているのかわからない。


「ほんとはね、ずっと前に完成していたんだ」


先輩は、ゆっくりと理科室を見渡しながら言った。


「成功したと思っていた。だって、誰にも私は見つけられなかったから」


 でも。と、言葉を区切り、先輩は僕の目を見た。


「失敗だったみたい」


僕はなぜか、とても泣き出したい気持ちになった。先輩は、ずっと泣いているみたいだった。


「もう、人と関わることなんてしたくない。そう思って薬を飲んだのに、やっぱり誰かと関わりたかったのかな、私」


部活をする生徒の声も、会議をする教員の声も、セミの鳴き声すらしない不自然なほど静かな理科室で、先輩が小さく鼻をすすった。


「友達が、欲しかった」


それは、静かな理科室でも聞き取ることが困難な、とても小さな声だった。

僕は、流れ出そうな涙を止めることを諦めて、一歩先輩に近づいた。


「それなら朗報がありますよ、先輩」

もう一歩、先輩に近づく。


「そういえば、先輩っていうのは間違ってるんですか」


まだ、先輩の表情は見えない。


「僕たち、同い年ならいい友達になれると思わない?」


僕らの距離は、手を伸ばせば触れ合えるほどに近づいていた。


「少年……」


「少年じゃないよ、僕の名前は……」


夕日はとうとう山の奥に隠れ、あたりは明るさの残る闇に包まれた。

薄暗闇の中に、さっきまで隠れていた先輩の顔が浮かびあがった。

涙が流れる頬は、少し引きつりながらも笑顔の形をしていた。


「私も、先輩じゃないよ。私の名前は……」



***



学校に、最終下校時刻を告げるチャイムが鳴る。

こんな時間まで学校に残ることはなかったので、初めて聞くチャイムだ。

埃が積もったかび臭い理科室に一人で立つ僕は、自分が流す涙の意味を理解せず、ただ、とめどなく溢れる悲しい感情に身を任せていた。


教卓には、この理科室に似つかわしくない綺麗に洗われた空の試験官が一つ小さな光を放っていた。


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