さっき死んだ勇者ですが、死後も魔王と戦う事になるようです。
「ここが死後の世界か……。まさか本当にあるなんてなぁ」
どこまでも続く雲の上のような世界で、俺は頭の上に浮いている白い輪を見て呟いた。背中を見ると小さな白い羽がぴょこっと生えている。ならここは天国って奴だろうか。
別に死んだ事自体には驚いていない。勇者だった俺は魔王との戦いで命を落としたのだ。
自爆魔法、自らの命と引換に敵を討つ強力な魔法。それを魔王に食らわせたのだ。どうやら魔法はしっかり役目を果たしてくれたらしい。
気がかりは自爆魔法で魔王を倒しきれるかどうかだったがそれも大丈夫そうだ。その証拠に、
「ふははは! また会ったな勇者よ!」
――先程倒した魔王が横に立っていた。角の生えた禍々しい仮面と鎧が目を引く禍々しい姿はそのままに、可愛らしい天使の輪と羽が生えている。ミスマッチにも程があるぞ。
「は? お前、生前は悪虐非道の限りを尽くしてたんだよな? 天国行きなの? 俺嫌なんだけど」
「知らん、目が覚めたらここにいたからな」
「はぁ、俺と一緒だわ」
何というか、殺意は起きなかった。どうせ自分は死んだんだし、俺の犠牲で世界は救われた。ならもう他はどうでもいい。
そうやって魔王と立ち話をしていると、何も無かった中空が光だして、そこから金髪の美人が現れた。俺達のちゃちな羽とは違い、大きな翼を背中から生やしていた。
「勇者と魔王よ。ようこそ死後の世界へ。私は天界からやってきた女神、あなた達のこれからを決める者です」
女神と名乗った女は、俺達の前に降り立った。
「女神よ、我達のこれからとは具体的にどういう意味だ?」
俺が聞こうとしたことを、先に魔王が問う。
「説明します。そちらの魔王のせいで地上の人口は大幅に減ってしまいました。近いうちには絶滅の可能性もあります。貴重な人間の文明がある世界でこれは由々しき自体ですと偉い人の間で話が決まり、やってきました」
「魔王、人類絶滅だってさ。お前のせいだぞ」
「謝らんぞ! むしろ喜ばしい事だ! 世界の支配はできんかったが、人類が絶滅すれば胸もスッとする!」
魔王がニヤニヤ笑いながら俺に言う。そうだ、こいつは魔王のくせにどこか肝が小さく、陰湿なのだ。俺がレベル1の頃に村を襲ってきたし、俺の行く街を先回りして武器を買い占めてたし、魔王城の宝箱は全て空だったし、メガ〇テも効いたし。
「女神様、続きをお願いします」
俺は女神に魔王とは違い、謙虚な態度で話しかける。魔王にも腹が立つが女神の言う事が気になる。
「はい。簡単に言うと、あなた達2人のうち、どちらかを地上に生き返らせます」
「「な、なんだってー」」
驚きのあまり魔王とハモる。だが俺達のうちどちらかを生き返らせる?
「どちらかって、そんなの俺に決まってるじゃないですか。こいつは魔王ですよ? そもそも魔王のせいで今の事態に陥ったんでしょう? ならこいつを生き返らせても本末転倒じゃないですか!」
「ぴぴーん、勇者に1ポイント」
女神が愛らしい笑顔を俺に向けて言う。意味は分からないが1ポイントゲット。やったぜ。
「ポイント制なのか!?」
魔王が焦る。あいつの困惑する姿を見るのは実に気持ちがいい。
「どちらを地上に返すかは私があるゲームで決めます。ルールは簡単です。今から30分、お二人で話し合って女神ポイントを多く稼いだ方を地上に返します。名付けて「女神でPON」! 現在、勇者1ポイント、魔王0ポイントです」
言って女神がどこから出したのか、でっかい砂時計をどすんっと置いた。砂がさらさらと落ち始める。
なんてふざけたルールだ。だが有利は有利、このまま勝利は貰うぞ。
「勇者よ、我はもう改心した。地上に戻っても悪さはしない」
「は? んな事信じられるかっての」
「ぴぴーん、魔王に10ポイント」
「はぁ!?」
魔王の妄言に女神が加点する。しかも10ポイントって。クソゲーにも程があるだろ!
「おかしいでしょ女神様!」
「いえいえ、私はあなた達のラストバトルを見ていましたが、魔王は爆発に飲み込まれる直前にこう呟きました。「フフ、これが人間の力か。どうやら私は人間というものを1から見つめ直す必要がありそうだ。もし次があるのなら、その時は人間として生きてみたいものだな」と」
「自爆魔法は一瞬で決着がつく! そんな長々と呟く余裕なかっただろ魔王! ほんとに言ったのか!?」
「言ってたさ、最期の1秒にも満たない時間に早口でな。何を隠そう我の特技は早口言葉なのだ」
「生麦生米生卵! はい!」
「生麦生ごめぁ生たむぁがぉ!」
「言えてねーよ魔王!」
「勇者よ、話を脱線させないでください。ででーん、マイナス1ポイントです。」
「なんだとぉ!?」
女神が俺を指さして告げる。この勝負、明らかに俺に不利に動いている気がする。
そうして、地獄のゲームは始まった。
◇◆◇
ゲーム開始から25分が過ぎた頃、もう俺は勝利を諦めていた。
「女神よ、あなたは実に美しい」
「ぴぴーん、魔王に100ポイント」
「……女神様、とても綺麗です」
「お世辞は結構です。ででーん、勇者にマイナス100ポイント」
「横暴だ!」
「おいおい勇者よ、ルールだぞ?」
「うるせぇ!」
さっきから魔王が勝利を確信した顔で俺を見るのが腹立つ。魔王と女神の関係が気になるが、片や邪悪の化身で、片や聖母のような人で、正直繋がりはなさそうなんだよなぁ。
というか俺は勇者だぞ。女神の加護を受けていたとか言われてた勇者だぞ。
女神の加護があったなら味方してくれてもいいはずだが……。ん? そういえば聞いていないことがあるな。
「女神様、質問いいですか?」
「どうぞ」
「もうすぐ30分です。ポイントが低かった方はどうなるんですか?」
「ででーん、勇者にマイナス1万ポイント」
分かってたけどやっぱりこのゲームは俺に不利に動いている!!
「答えてください」
「……負けた方は私と天界で暮らしてもらいます」
……女神が顔を赤らめながらそう言った。
「勇者よ、女神はどうやらお前と幸せに暮らしたいようだぞ? おめでとう」
「そんな、恥ずかしいですよ魔王……。きゃっ♡」
「……最初からそれが目的で俺を不利にさせてたんですね、女神様」
恥ずかしさからか女神が顔を手で抑えて首を横に振っている。
つまり彼女は、勇者の俺と天界で暮らしたいがために俺に不利なゲームを持ちかけたのだ。
怒りはこみ上げてこない。どうせ死ぬ予定だったんだ、天界とやらでも生かしてくれるだけマシだろう。だが、
「女神様、俺を天界に送るのはいいのですが、魔王を地上に送るのだけは許せません。俺は、世界を救うために犠牲になったのに意味がなくなります」
真面目なトーンで女神に言う。こればっかりは了承して貰わないと俺としては文字通り死んでも死にきれない。
「それなんですが、魔王が天界に来ると天界も支配されちゃうかもしれないってことで、天界の偉い人からは追い返せって言われてるんですよね……」
なんてこった、割と納得の理由だ。確かにこいつは腐っても魔王、その力は強大だ。天界すら恐れるのも無理はない。
「そういう事だ、地上は我に任せろ。勇者」
「ふざっけんなよ魔王!」
今の状況が分かったので魔王に向かって怒鳴り散らす。
「というか女神様、申し訳ないんですけど俺、地上に愛を誓い合った姫がいるんです。死んだとは言えあの人を裏切る事は出来ないです」
金髪が美しい少女だ。あの人がいなければ俺は魔王と戦おうという気にもならなかっただろう。
「美しかったな、姫。何度かさらったが見飽きぬ美しさであった。最終的に勇者のものになったのは気に入らんが」
魔王に拉致される度に助けているうちに愛が芽生えたんだっけ、なんかもう懐かしいな。
「もういいじゃないですか勇者、姫も世界も魔王に任せちゃいましょうよ」
「何いってんですか女神様!!」
もう女神も素が出てきている感じだ。初登場の頃の気品が欠片も感じられない。
「まぁ地上に1人しか返せないってのは本当ですよ。ただ、無理やり魔王を追い返しても勇者は納得してくれないだろうと話す時間を設けたのですが……。もうそろそろ時間切れですね。そろそろ転移させます」
女神が両手を俺と魔王に向ける。それと同時に俺達の体が光に包まれ始める。俺を天界に、魔王を地上に送るつもりなのだろう。
「やめてください女神様!」
「やめません! 勇者は私のものなんです!」
「ふははは! 勇者よ、結果的には我の勝ちのようだな!」
俺と魔王を包む光がより一層強くなる。
あぁ、もうだめだ。俺が世界を救ったのは無駄骨だったようだ。さようなら姫様、どうか魔王に見つからないよう祈ってます。
「あれ、ここはどこですの?」
その時だった。この場にいない者の声が、俺達3人の耳に響いた。驚きからか女神も俺達の転送を中断してしまう。
振り返れば、俺と魔王の後ろに一人の少女が立っていた。俺と魔王の目が驚愕のあまり見開かれる。なぜならその少女こそが、俺が愛を誓った姫その人だったのだから。
「あっ、勇者様に魔王! どうしてここにいますの? それにその美しい方は……」
「こっちのセリフですよ姫! ここは死後の世界ですよ!? 何があったんですか?」
俺が姫に駆け寄ってその手を取る。不安だ、彼女の身に何かあったのだろうか? いやあったんだからここにいるのだろうが。
「勇者様が世界を救って下さったすぐ後にわたくしは階段から転げ落ちて死んでしまったみたいですわ。めっちゃ痛かったですわ」
「なんだとおおおおおおっっ!!」
淡々とそれを言う姫にも驚いたが、その事実にも驚いた。命をかけて守ったのにあっさり死んでるんじゃないよ姫ぇ!
――――だが、これは好都合なのかもしれない。
「女神様」
「はい、何ですか? 勇者」
「生き返らせて貰えるのは1人なんですよね? 俺は、姫を生き返らせて欲しいです」
そうだ、魔王が生き返るよりもずっといい。姫のためなら、天界でもどこでも俺は行くし、何だってやってやる。
そんな俺の発言に、魔王が付け加える。
「我からも頼む。姫が生き返るのなら天界では暴れないと誓おう。何なら幽閉してくれてもいい」
「何だと魔王! 貴様、何を企んでいる?」
俺がそう言うと、魔王はポリポリと頭を掻いて、
「姫のために何でもするのがお前だけだと思うなよ、勇者」
恥ずかしそうに告げた。
「魔王……」
そうだ、こいつも姫に惚れて誘拐していたんだったな。世界を支配するような外道にこうまで言わせるとは、姫も案外とんでもない大物なのかもしれない。
「……分かりました。では生き返らせるのはその姫でいいのですね。勇者と魔王は、これから天界で暮らしてもらいます 本当に、いいのですね?」
「「あぁ」」
俺と魔王の返事を聞いて、女神が両手を俺たちに向ける。先程と同じように3人の体を光が包み込む。
「勇者様、わたくし、何の事なのか分かりませんわ。天界って何です? 生き返るって何なんですか?」
「何でもないですよ姫様。姫様は少し夢を見ているだけです。目が覚めたらまたいつもの日常に戻る、それだけです」
姫が困惑しながら聞いてくるのでキザったらしい返事で優しく返す。くさいセリフだが最期くらいカッコつけてもいいと思うんだ。
そうして段々光が強まり、やがて視界は真っ白に染まった。
◇◆◇
俺が天界に来てから一ヶ月の時が流れた。俺は天界人が住む家を立てる建築関係の仕事に着いている。天空土方というやつだ。
姫はあの後魔王に滅ぼされた国の復興に力を入れているようだ。苦労しているようだが、天界望遠鏡で彼女が頑張っている姿を見ると俺も元気が出てくる。
女神様は天界で買った俺の家に居着いている。女神と言っても天界では下級の女神のようで、あまり仕事もないからと自分の家ほったらかしでずっと居候している。
一番意外だったのが魔王で、奴も俺の家に居着いている。何でも寂しがりだったようで天界で知り合いが出来るまではおれの家に居たいんだと。でも24時間天界のゲームとやらに興じているので知り合いができる日は遠そうだ。
なんやかんやあったが、1度は世界を救った勇者だ。舞台が天界に移って環境が変わったが、これからも頑張って生きようと思う。
ファンタジーって難しいですね。ポイントとか貰えたらとても嬉しいです!