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呪われた人形師と愛しの娘

作者: 八島えく

 冬の凍えるような冷たい風の吹く街の中央。

 ひとりの男が、柔和な微笑で聴衆を惹きつけていた。


 男は白髪の波打つ髪を一つにまとめ、碧眼を前髪ですこしだけ隠している。

 着ているものは上質なもので育ちの良さと教養の深さがうかがえる。

 彼の低くてよく通る声が、道行く人々をひきとめた。


「さぁ、お時間ある方はぜひとも、少しだけ立ち止まって私の芸をごらんあれ」

 男が鞄からそっと取り出したのは、女の子の人形だった。

 淡い金髪は美しくととのえられ、ガラス玉のような青い目は男と同じ色。

 フリルとリボンをふんだんにあしらった白と黒のドレスに身を包み、無表情にちかいほほえみを浮かべている。

 人形は男の取り出した木の椅子に、ちょんと座らされる。


 なんだなんだ、と聴衆がたくさん集まってくる。


 人形の体のあちこちに、操り人形特有の糸がかかっていた。

 糸は男の指につながっており、男が優雅に両手を動かすと、それにつられて人形が立ち上がった

 おぉ? と聴衆がざわめく。

「いかがでしょう、この人形は私の愛する娘も同然の少女です。

 今はこうして、糸で操っておりますが、」

 男が気ままに指、手をひらめかすと、人形も優雅に踊り出す。

 本番はこれからだ。

 人形はふたたび椅子に座った。


「ですが、娘はとてもあわれな子です。ご覧くださいこの可憐で愛らしい顔立ち。けがれを知らない無垢な瞳、表情……。

 こんなに完璧な少女もほかにはいないでしょう。そんな娘は私の糸がなければ自由にうごくことさえできない。

 

 ですから私は、この娘に魔法をかけましょう。糸を切っても、自分の力で動けるように」

 それ、と男は人形の頭をなでた。そして唇へ指をなぞる。

 それだけ行うと、男はどこからともなく鋏を取り出し、糸を断ち切った。


「さあ愛しき娘。きみはもう自由だ。もう自分ひとりの力で立ち上がれるはずだよ」

 最後にと、男が人形の額にいとおしく口づけする。

 

 すると人形の指先が、ぴくりと動いた。ぎこちなく体をきしませて、おそるおそる立ち上がっていく。

 男の手は動いていない。糸もない。人形は、人形の力で立ち上がることに成功した。


 周囲から、どっと歓声がわきあがった。鳴り止まぬ拍手が弾けている。


 人形はかくかくと、人形特有の動きでありながらも、操り主の力をかりず、たった一人で踊っている。

 くるくるとドレスをひらめかせながら、ゆらゆらと舞う人形に、どんどん観客は増えていく。

 

 ふと、人形が足をもつらせた。地面へ転げるまえに、男が抱きとめた。

 人形は恥ずかしそうに、男の胸に顔を埋める。

「よくがんばったよ。

 さあ、皆様にお辞儀しよう」

 人形がそっと男から離れ、男と手をつないだまま。

 ぎこちない、それでいて可憐なお辞儀をした。男もそれに合わせて完璧な礼をする。


「ご聴衆の皆様、ありがとうございました」


 はちきれぬばかりの歓声と拍手が、男と人形にっふりそそいだ。


   *


 人形を椅子に座らせ、男は芸の道具を鞄に仕舞う。それと同時に、観客たちからコインを帽子の中に貰っていた。

 誰もがおもしろかった、楽しかった、かわいかったと、感想を述べながらおひねりを放り投げてくれる。


 そのうちの中の一人、老女が、ふるえる手でコインを3個帽子へ落とした。

「ねえ、あなた」

「はい。何か」

「人違いだったのなら申し訳ないのだけれど、あなたこの街にきたことある?」

「いえ、昨日入国したばかりです。過去に来たことはありません」

「そう……。ごめんなさいね、私の勘違いだったわ」

「いえ、気にしておりませんよ。勘違いは誰にでもあります」

「ありがとう。……いえね、私がまだ子供だったころ、あなたによく似た男の方をみた気がしてね。

 その人ね。あのお人形に似ているお嬢さんがいたのよ。いやあね、年を取ると、記憶がこちゃまぜになってしまうのね」

 男の碧眼が、鋭く輝いた。だが老女はそれに気づかない。気づかぬ老女に男は安堵する。

「記憶の混濁は、若い人間にもあることですよ。お気になさる必要はありません。

 さあ、そろそろ雪が降りますから、まだ晴れているうちにお帰りになられたほうが良いですよ」

「まあ、ありがとう。あなたの芸、とてもすてきだったわ。

 まるで、本当の親子みたいに」

「光栄です。それでは」

 男は人形を抱きかかえ、街の中へ消えていった。


   *


「あの人、パパを知っていたのね」

 宿屋の暗い寝室で、ふと声を漏らしたのは、人形の娘だった。

「……そうだね。もうこの街には、私を知る者はいないと思っていたけれど」

「あんまり感づかれても面倒よね。ころしちゃう?」

 美しい顔の人形は、殺意をガラスの目に宿す。

「こらこら。物騒なことを言ってはならないよ」

「ごめんなさあい」

「ほんとうにわかっているのかな? 私の愛しい娘は」

「わかってまーす。パパの迷惑になることはぜったいしませんもの」

「それでいいよ。いい子だ」

「えへへ」

 男は娘のふわふわの髪をなでる。


 男は、老女に嘘をついた。

 この街にきたのは、初めてではなかった。

 それどころか、この街は男にとっての故郷ともいえる場所だった。


 およそ100年以上昔のことである。男はとある一家の逆恨みを買い、呪いをかけられた。

 それは不老不死の呪い。老いることはないし、ゆえに死ぬこともない。人の道理を外れた体となってしまった。

 それだけで終わらない。男だけでなく、男の最愛の娘も呪いを受けた。

 人間ではなく、人形になる呪いである。

 娘は美しく愛らしい姿をしていた。その美しさを残したまま、人形へと体が豹変してしまった。


 自分だけならばまだ受け止めることはできただろう。が、男にとって娘は生きる糧でもあった。この娘を巻き込んでしまったことをひどく悔いた。

 悔いて悔いて自分を憎んで、人形になった娘を治すために旅をすることにした。


 男に呪いをかけた一派はすでに街から逃亡している。この街にきたのは、その一派がこの街へ一時的に滞在しているという情報を掴んだからだ。

 人形を操る旅芸人なのは仮の姿である。旅人であることに変わりはないが、その目的はひとえに娘を助けること。

 一派に近づき呪いを解く方法を突き止めるのが、今の男の目的だった。


 そんな旅を続けて100年になる。

「明日は彼らの別荘に、変装して訪ねてみるつもりだよ」

「わたしもつれていってくれるわよね?」

「だめだよ。危険だから。きみは宿でいい子にしていなさい」

「いやよ! パパが危ない目に遭うわ! いざとなったらわたしが盾になるから!」

「それこそだめだよ。きみは人形だから実質死なないが、人間に戻ったらどうなるかわからない。

 私はきみが傷つくのはみたくないよ」

「でも……でもでも、パパは、芸以外のことだと、体が鈍いじゃない」

 娘は俯く。透き通るガラス玉の目からは、涙も流せない。

「はは……痛いところを突くね。大丈夫だよ。鈍いからこそ、危ない目に遭わないために予防線をいくつも張ってある。ちゃんと無事で帰ってくるよ。だからここでいい子にできるね?」

「……はい」

「うん。それでこそきみだ。帰ってきたら、きみに新しいドレスをプレゼントしよう。装飾品も新しいのを買ってあげる」

「ドレスも飾りもいらないわ。パパがいればいいの」

「とても謙虚な子だね。少しはわがままを言ってもいいのだよ」

「わがまま言わないんじゃないの。本当に欲しくないの。

 ……でも、そうね。だったら、オーダーメイドで、わたしにとってもとっても似合うお洋服、いっっちばん高いオーダーにしちゃうんだから」

「ははは、困った困った。いいよ、きみに似合うドレスをオーダーしよう。だからね、きみは良い子でお留守番。できるね?」

「できるわ。だからねパパ、絶対帰ってきてね」

「もちろんだよ。わたしの、愛しい娘」

 男は娘にキスを落とし、眠りについた。



 ーー。

 ーーーー。


 男は深い眠りについている。だが人形である娘は睡眠を必要としない。意識的に意識をとばすことはできるが、それは睡眠とはまた異なる。

「パパ……」

 娘は透き通ったガラス玉の瞳で、静かに眠る男を眺める。


 ーーパパは、わたしを人形にした犯人たちをつかまえて、呪いを解くといっていた。

 でもそれは永久にかなわない。


 だって、わたしは望んで人形になったんだから。



 男に不老不死の呪いを振りまいたのは、間違いなく男に逆恨みしていた一派である。

 だが娘が人形になったのは、その一派たちは関係がない。

 男は呪いにかかり、数日後娘も人形になる呪いを受けた。


 その人形となる呪いは、娘みずからかかったのだ。


 なぜ望んで人形になったのか。それは単純に、男のそばに寄りそうためだったから。


 不老不死とは文字通り老いないし死なない。それは男だけのものであり、男の周囲の人間はみな等しく老いて死ぬのだ。

 ということは、男はひとり取り残されて生き続けることになるのだ。

 男の周りには、そして誰もいなくなってしまう。

 男は本来性根の優しい人間だった。親しい者の死を悲しみながら受け止めてきた。そしてこんな悲しい別れを味わうくらいならと、だんだんと誰とも親しくならなくなった。


 そんな理不尽さを恨んだ娘は、ある呪い屋と呼ばれる一族に、自分の全財産を渡して願った。

 自分も不老不死にしてほしいと。

 呪い屋は最初は断った。だが娘の事情を聞いて引き受けた。

 だが不老不死の呪いなど、誰にでも使える呪いではなかった。何より、解呪方法が見つからない呪いゆえ、使えるとしても乱用して良いものではなかった。


 苦肉の策として、解呪の術のある呪い、そして不老不死に近い呪いを見つけ、呪い屋は娘に人形の呪いをかけた。

 結果は成功。娘は人形となり、不老不死の男のそばに、永遠にいられる存在となり果てることができた。


 この真実を、男は知らない。知ったら自分を責めるから。

 優しいパパは、わたしを怒らないだろう。そんな風に追いつめてしまったと、パパ自身を許さなくなる。

 だからわたしは黙っている。人形のように。


「……パパ」

 娘は自分の身を投げ出すことも惜しくなかった。


 パパのそばに、永遠に寄り添えるのなら、人形になったって不老不死になったって構わないのだから。


 

ふっと浮かんだ短編でした。歪んだ関係が好きです。

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