第九話
「なんだと!?」
だが思っていた感触が手に伝わらないことに驚愕する。
男の剣は確かにリュウの胴を斬りはらった。そのはずだったが、剣は小さな丸太に食い込んでいたのだ。
「変わり身の術だ」
背後に回ったリュウは男がこれくらいの動きをすることを見越してこの術を仕込んでいた。
「そして、今度こそ」
驚きの中、隙だらけの男はリュウの手刀によってあっけなく気絶することとなった。
「さて、ガトのほうは……終わったか」
倒れる男の音を耳にしながらリュウが視線を向けると、そこにはガトに気絶させられた男の姿があった。
「頭領も倒したようだにゃ。こっちもにゃんとかにゃったにゃ」
なんとかと口では言うが、ガトにとってBランク冒険者は赤子の手をひねるようなものであった。
「お疲れさん、とりあえずこいつらは縄で縛っておくか」
ガトの活躍をねぎらったリュウはどこからか取り出した縄で手際よく男たちを縛っていき、それが終わると男たちを繋いでいく。
「……頭領、気ににゃってのにゃけどその縄は一体どこから?」
マジックバッグは互いに持っているものの、そこには何も入っていない状態のはずであり、ここに来るまでの間にリュウが縄を手に入れた様子もなかった。
「あれ? 言ってなかったか。俺はチート能力ってのを断った結果、ガトと共に旅をすることになったわけなんだが、それだけじゃ可哀想だと思ったのか一つだけ能力をくれたんだ」
そこまで言うとリュウは手のひらを上に向けて右手を前に出す。だがそこにはただ掌があるだけだ。
「見てろよ? ほら」
すると何もなかったはずのリュウの手のひらにまきびしが三つ現れた。
「お、おぉぉ! す、すごいにゃ! まきびしがでてきたにゃ!」
何がどうなっているのかはわからないが、とにかく何もなかった手のひらに、この世界にはないはずのまきびしが現れたことにガトは驚き、興奮していた。
「というわけで、俺に与えられた能力は忍具作成能力だ。一応縄も忍具扱いになったみたいだ……結構判定は緩い」
リュウは自分で出しておきながら、ただの縄も忍具認定だったことを疑問に思っていた。
「ま、まあ、便利だからいいにゃ。それよりも、こいつらどうするにゃ?」
十七人もいる男たちを見てどうしたものかとガトは腕を組む。
「とりあえず、あっちに隠れてるやつを捕まえてくるとして……警備隊に突き出すにしても、ぞろぞろ連れて行くのは面倒だな」
襲いかかられたからリュウも捕まえてみたものの、こんなに大勢となればどうしたものかと考え込む。
「頭領、追加を連れて来たにゃ」
ガトはリュウが考え込んでいる間に、隠れていた冒険者の男を捕まえて来ていた。
「あぁありがとな。ご苦労ついでにもう一つ頼めるか?」
「はいにゃ!」
何をと聞いていないうちにガトは気持ちのいい返事を返した。リュウの役に立ちたくて仕方がないといった気持ちが強く伝わってくる。
「お、おぉ……警備隊のやつらを呼びに行ってくれるか? これだけの人数を捕獲したっていうことを伝えてある程度の人数で来てくれるように頼んでくれ」
「承知!」
元気よく返事をすると、ガトは既に走り出していた。
「速いな……猫だっていうのもあるんだろうな」
あっという間に姿の見えなくなったガト。忍者であり猫であるガトの敏捷性には目を見張るものがあった。
リュウは目を覚ました者がでると、状況を軽く説明して立ち上がらせる。
「いいか、俺はお前たちを街まで運んでやるほど優しくはない。警備隊が到着したら自分の足で歩くんだ。もし、座り込んでごねようとしたやつがいたらそいつは用無しになる」
それを聞いた男は震えあがり、ごくりと唾を飲んですぐさま立ち上がる。次に起きた者もそれまでに起きた者の行動を見て素直に立ち上がった。
用無しになったらどうするかは口にしていなかったが、この状況では男たちが勝手に色々と想像してくれたため、リュウは多くを語らずに済んでいた。
全員が目を覚まして立ち上がらせたところでガトが警備隊を連れて戻ってきた。
「頭領! お待たせしましたにゃ!」
笑顔で手を振って警備隊を案内するガト。彼の表情から、うまく説明できたのであろうことがわかる。
「どうどう……こいつらですか」
急いで馬で駆け寄って来た警備隊の隊長が一番前で馬をとめて、ひとりひとり男たちの顔を確認していく。
「ふむふむ、冒険者ギルドに所属している冒険者たちですな。見覚えがあります……しかも、色々と問題を起こしている面々ですか。今回のこれは申し開きできないでしょう」
隊長は男たちの顔を覚えており、彼らが過去におこした問題行動の数々を想起していた。
遅れて来た隊員が隊長の耳元で何かを伝える。
「なるほど、そうでしたか。わかりました、ありがとうございます」
隊員に礼を言うと隊長はリュウに微笑む。
「安心して下さい。こいつらがあなたたちのことを尾行していたことは確認がとれました。こいつらは元々態度が良くない冒険者で、盗賊まがいのことをしていたという噂も聞いています。今回、全員とはいきませんがこれだけの人数を捕えられるとなるとかなりの成果です」
穏やかに微笑む隊長はこの成果により、街の治安が良くなることを喜んでいた。
「じゃあ、こいつらのことは頼んだぞ。俺たちは行かせてもらう」
かなりの成果、と言われたところでリュウはここに留まるつもりなどなく、警備隊に全てを任せて別の街に向かうつもりだった。
「い、いえいえ、待って下さい! あなたとガトさんにはお話を聞かせてもらわないと……」
「ガト、行くぞ」
隊長が全てを口にし終える前にリュウはガトに声をかける。
その返事を待たずに、二人の姿は警備隊の前から消えた。まるでそこには最初から誰も居なかったかのように痕跡も残さずに。
「なっ! ふ、二人はどこに!?」
困惑した隊長はあたりを見回すが、二人の姿はどこにもなかった。隊員たちも驚き戸惑いながら周囲を探すが、徒労に終わった。
その様子をリュウたちは警備隊がいる場所が見える近くの丘の上から眺めていた。
「ふぅ……色々説明しないとなのは面倒だからな」
「ですにゃ」
まだ、リュウへの口調にですますがまざるガトだったが、リュウはそれを存外気に入っていた。
そして、二人はそのままそこからかき消えるように姿を消し、街に背を向けて旅立っていく……。
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