第六話
「さっきはどうもありがとう、ちょっと慌ててたからあんな失礼なことを言っちゃって……ごめんなさい!」
すぐさまリュウたちに近寄って来た女性剣士は、周囲の視線がある中で急に大きな声で礼を言ったかと思うと、今度は深々と頭を下げた。
「あー、いや……頭を上げてくれないか?」
あまりの女性剣士の勢いに周囲の視線が集まる。リュウは困った様子で女性剣士に声をかけた。
「許してくれるの!?」
ガバッと音を立てて彼女は勢いよく顔を上げる。その表情は弾けるような笑顔だった。
彼女は肩より長い青のロングの髪を一本に結い上げ、同じく青い瞳が印象的な女性だった。
「あ、あぁ、気にしないでくれ。その話は俺たちも全然気にしてないから……そこを通してくれるか?」
リュウたちの進行方向を塞ぐ形でいる女性剣士はそれに気づいて慌てて横に飛びのいた。
「ご、ごめんなさい! 私ったら、気づかなくて……本当にごめんなさい!」
終始謝りっぱなしの女性剣士に、このままでは話が進まないとリュウは彼女を放置して受付へと向かうことにした。
「すいません、冒険者登録をしたいんですがこちらで大丈夫ですか?」
先ほどまでの口調と変わって、丁寧な口調で受付嬢に質問するリュウ。ギルドに入ってからここまでずっと注目されていたため、そんな喋り方もできるのかと意外なところで驚かれることになる。
「えっと、別の受付ですか?」
「はっ、い、いえいえ! こちらで大丈夫です。申し訳ありませんでした」
首を傾げたリュウの質問に慌てて受付嬢が返事をし、謝罪をする。
「それはよかった。俺と、こっちのガトの二人を登録したいのですが……」
確認がとれるとリュウは笑顔で彼女に登録申請をしたいことを告げる。それまで無表情だった分、こういった表情を見せたリュウに受付嬢はドキッとしてしまう。
「わ、わかりました! それでは、こちらにご記入下さい。その、もし文字が書けないようでしたら、代筆も可能ですが……」
受付嬢がいつも口にしている決まった言葉だったが、彼女は今それを口にするのは失礼にならないかと考えてしまっている。
「お気遣いありがとうございます。一応自分たちで書けますので……ガトも書けるよな?」
「もちろんにゃ!」
背の低いガトはカウンターにしがみついて、器用にペンを持ち、自分の分の用紙に記入していく。
ここに来るまでの間、街中で看板などを見かけたがそれらの文字をリュウは難なく読み取ることができた。こちらの世界の独自の文字であったが、どうやら女神の配慮でこの世界の言葉を読み書きできるようになっているようだった。
「リュウさんとガトさんですね……職業はに、忍者? これはなんでしょうか? 聞いたことがないのですが……」
この世界に忍術というスキルは存在する。しかし、職業としての忍者は存在していたとしてもリュウとガトの二人だけであるため、知らないのも当然のことだった。
「ええっと、まあそういうのをやっているんですが……ダメでしょうか? なんだったら、剣士とか無難なのに変更しておきますが」
困ったような表情のリュウの申し出に受付嬢はしばし考え込む。
「…………まあ、いいと思います」
考えた結果の答えはシンプルなものだった。実際、他の冒険者も剣士として登録しておきながら別の武器を使うものもいる。
冒険者ギルドの登録とはその程度のものだった。
「他の方とパーティを組む場合に弊害がありそうですけど、お二人で既に組んでいらっしゃいますので気にしなくても大丈夫かと思います」
笑顔になった受付嬢にそう言われてリュウとガトは安心する。他の職業に変えるのは難しいことではないが、この世界で忍者として生きていく二人にとって、一種の意思表明のようなものでもあるためだった。
「それじゃ、登録お願いします」
「承知しました。少々お待ち下さい」
受付嬢は二人が記入した内容を元にカードの登録を行っていく。
しばらくすると、カードができあがり二人に手渡された。
「なくしてしまいますと、発行にお金がかかってしまいますのでくれぐれも紛失しないよう注意して下さい。お願いします」
過去に何人もの冒険者がカードを無くし、そして何人もの冒険者が受付でごねたことを思い出しながら二人に懇願する。紳士的な態度の二人がなくすことはそうないとは思ったが、受付嬢に染み付いた過去の記憶がそうさせた。
「わ、わかりました。ありがとうございます。……他に何か注意することはありますか?」
「そうですね……依頼を受ける時は、あちらのボードにある依頼を確認してから、剥がすことなくこちらにどの依頼を受けるか伝えて下さい。細かい説明はまたその時にしたほうがわかりやすいかと思われます……そうだ! お二人ともカードに魔力を流して下さい」
カードに情報を登録し、持ち主の魔力を流すことで全ての登録が完了するものであるための言葉だった。
「魔力……か」
魔力と言われる力はわからなかったが、リュウは適当に何か自分の中の力を流しこむようにしてみる。
だがいまいちカードに反応はない。
「魔力にゃ?」
両手でカードを持つガトは明確に魔力を流しこんでいるように見えた。魔力に反応しているのか、淡くカードが光っているからだ。
「ガト、できるのか?」
「うーん、にゃんとにゃくだけど魔力の流れがわかるのにゃ」
この世界に生きているものは、多かれ少なかれ魔力を持っている。ガトは地球では猫だったが、新しく生を受けて転生したような形になるため、魔力に対しての感覚は強かったようだ。
「ガトさんは完了ですね。リュウさんは……」
二人の視線を受けながら、リュウは色々イメージして試してみる。
「あっ!」
「できたにゃ!」
試していく内に、カードがぼわっと光を薄く放った。これで二人ともカードの登録が完了したこととなる。
「よかった……。それじゃあ、ありがとうございました。――ガト、少し街を回ってみよう」
「はいにゃ!」
リュウは色々と確認しなければならないと考え、ガトと外で話すことにする。
「お二人とも、依頼を受けて頂ける際はギルドにいらして下さい。それでは、お気をつけて」
柔らかく微笑む受付嬢の見送りを受けて、リュウとガトは冒険者ギルドをあとにする。
「――って、ちょっと待って! 待ってたんだから無視しないでよ!」
だが慌てたように二人のことを止めたのは、先ほどの女性剣士だった。
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