第五話
「お嬢さん、悪いがこいつらは俺たちに用があるみたいだ。獲物を奪うことになるが許してくれ」
リュウは後ろにいる女性剣士に一声かけると、男たちに向き直る。
「ガト、どうする?」
「そう聞かれたら拙者にお任せをとしか答えられませんですにゃ。――忍法分身の術!」
ここに来るまでの魔物との戦いでもわかっていたが、ガトが分身できる最大数は五、目の前の五人の荒くれ冒険者を相手取るにはピッタリだった。
「ふ、増えた!?」
「な、な、なんだこれは!」
対峙する男たちだけでなく、見ている周囲の人々も、渦中にあった女性剣士も何が起こっているのかと困惑したり、不思議がったりしていた。
「そんにゃ様子じゃ頭領はおろか、拙者にすら勝てにゃいにゃ!」
そして、分身したガトはそれぞれ飛び出していくと、男たちの顔、顎、腹に連続で拳を撃ち込んで行く。
「ぐへっ!」
「うがっ!」
「ガクッ……」
「げほっ!」
「く、くそっ!」
急所を的確についた攻撃で四人はそのまま気絶したが、リーダー格の男だけは唯一ガトの攻撃に耐えていた。
「む、拙者の攻撃に耐えるとはにゃかにゃかやるにゃ」
五人に増えたガトは感心していたが、一人残った男はそれどころではなかった。
なぜ目の前の猫の獣人は増えたのか? なぜ仲間たちはこんなにあっさりと倒れていったのか? そして、なぜ自分だけは立っていられるのか?
彼ら五人には実力差はほとんどなかった。ただこの男が一番前に出る性格だったため、残りの四人がついて来たというだけだった。
「ふむ、拙者の手には余るようだにゃ。頭領、よろしくお願いしますにゃ!」
ガトの演技臭い芝居はリュウに見抜かれていたが、おぜん立てされたとあってはリュウもやらざるをえなかった。
「仕方ない――それじゃあさっさとかかってこい」
前に出たリュウはけだるそうにかかってこいと指でジェスチャーする。
「ぐっ、舐めやがって、このやろう!!」
下に見られていることに苛立った男は剣を抜いてリュウへと襲いかかる。
だがリュウは武器を取り出しておらず、素手のまま男を迎え撃つ。
「危ないっ!」
焦ったように声を出した女性剣士は、助けてくれた恩人のやられる姿を見たくなくて目を瞑ってしまう。
「ふっ、こんなものか。それじゃ、今度は俺の番だな」
女性剣士の心配をよそにリュウは男が振り下ろした剣をあっさりと指で挟んで止めていた。
「ぐっ、な、なんで! 動かない!」
ただ指二本で挟んでいるだけなのに、動かそうにもびくともしないことに男は焦っていた。
「ほれ」
男がわめくからとリュウが突如指を離すと、思い切り引っ張っていた男は後方にバランスを崩してしまう。
「隙あり」
わざと作らせた隙だったが、淡々とした表情のままリュウは男左手を自らの左手で引っ張りながら右手で押し倒した。まるで柔道の投げ技のような形で男を倒す。
「これでしばらくは起きられないだろ」
――パチパチパチパチ。
この世界では、剣や拳、そして魔法での戦いは日常的とまでは言わないが、まま見られる光景である。
しかし、ガトのように分身したり、リュウのように相手を投げて気絶させることはほとんどないため、見事な手際に自然と周囲の野次馬たちから拍手が巻き起こった。
「あー、少し目立ち過ぎたか……ガト行くぞ」
「はいですにゃ!」
周囲の拍手から逃げるように去っていくリュウ。それを追いかけるガトはリュウの強さの一端を垣間見れたことで、ご機嫌になっていた。
「あっ……」
再度名残惜しそうな声を出す女性剣士だったが、既に二人の姿はそこにはなく、あっという間に人混みをするすると抜けて行ってしまっていた。
「ガト、どう思う?」
「うーむ、さすがにあれが標準とは思えにゃいですにゃ」
喧騒から逃れた二人は既に人混みから離れたところを歩いていた。
「だよな。それなりに実力はあったのかもしれないが、あれで上位とか言われたらへそが茶を沸かすぞ」
この世界の住人の戦闘レベルをはかったつもりの二人だったが、想像よりもあっけなく倒せてしまったため、彼ら五人がどれほどの実力だったのかをはかりかねていた。
「そうですにゃあ……にゃにゃっ、冒険者ギルドに行ってみるのはどうですかにゃ? 我々のような素性の知れにゃいものでも登録できるようですにゃ」
悩むように唸っていたガトはいつも持っている手帳を確認しながらギルドの説明をする。どうやら普段のメモ以外にも女神から聞いたことも書き記してあるようだ。
「だったら、そこに行ってみよう。どうせアレだろ? そこで、身分証も作れるんだろ?」
「す、すごいのにゃ! にゃんでわかったのですにゃ!?」
リュウの発言にガトは驚くが、彼は以前何かで読んだ物語でそういった話があったから口にしただけのことだった。
「まさか、本当に作れるとは……」
試しに言ったことが本当であることに今度はリュウが驚く番だった。
「あてずっぽうだったのですにゃ!?」
「なんとなく言ってみたら当たったんだが……冒険者ギルドってのは便利なもんだな。それよりもガト、その妙な敬語はいらないぞ? 頭領って呼ぶくらいだから、俺を一族の長みたいに思っているんだろうが、お前は俺の家族なんだからな」
飼い猫だった時から変わらない手つきでガトの頭を撫でながらリュウは優しく笑う。リュウにとってガトは小さい頃をともに過ごした家族であり、亡くなった時は盛大に泣いた記憶もある。
「頭領っ……わかったにゃ! 呼び方は変えられにゃいけど、頭領と拙者は家族にゃのにゃ! ……ぐすっ」
この世界では話すことができ、猫人族という種族に数えられる自分だが、元は飼われていた一匹の猫。それを家族とまで言ってくれるリュウにガトは感動していた。涙がばれないようにガトはリュウよりも前を進む。
「あぁ、俺たちは家族だ。この世界にただ二人のな」
噛みしめるようにそう言うリュウも、一人きりでこの世界に投げ出されたのではなく、ガトと共にいられることを心強く思っていた。仲間が欲しいと言ったが、ガトという存在はリュウにとってこれ以上ない相手だった。
二人は歩みを進め、冒険者ギルドへと到着する。
そして、中に入った瞬間リュウたちに向けた聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、あなたたちはさっきの!」
驚きと嬉しさの混じった声は先ほど助けた女性剣士――彼女との再会は果たして凶と出るのか吉とでるのか。
それは誰にもわからなかったが、リュウの表情には面倒だという思いがありありと浮かんでいた。
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