第四話
そこからはリュウの言葉のとおり魔物と遭遇することはなく、安全な道のりで街に辿りつくことができた。
「さて、入場するためにはどうすればいいんだ?」
街の門の前に数人の旅人らしき人が手続きのために並んでいるのを見て、リュウがガトに問いかけた。
「えっと、確か身分証明書の提示を求められるのですにゃ。ですが頭領と拙者は持っていにゃいので、お金を支払っての入場ににゃりますにゃ。あと、確か……もう一つ何かあったようにゃ気がするのにゃけど……とりあえず行ってみるにゃ」
女神にレクチャーされてきたガトだったが、その全てを覚えているわけではないようだ。ガトは唸りながら思い出そうと首をひねりつつもリュウと一緒に入場の列へ並んでいく。
リュウたちより前に並んでいる者たちは特に問題なく、スムーズに進んで行く。そして、リュウたちの順番が来ると、ガトの説明で聞いていたとおりいくばくかの料金を支払うことになる。
その後、街の門とは別の小さな門のようなものをくぐった。
「……これは?」
「知らないのか? これは犯罪歴を確認する魔道具だ。過去に犯罪を犯しているものが通過すると、警報がなるんだ……お前たち、大丈夫だろうな?」
黒ずくめの忍者衣装という変わった服装のリュウとガトを見て衛兵が訝しむが、リュウは肩を竦めるとその小さな門を通過する。
警報もならず、門にもなんの変化もない。当然だろうと思いつつもリュウは軽く手を開いて何もないだろ? と衛兵に無言でアピールする。リュウのあとに続いたガトももちろん何もなく、二人の入場許可が下りた。
「問題なしだ。――ようこそ、テルトームの街へ!」
リュウたちのことを怪しんでいた衛兵だったが、問題がないとわかるとぱっと笑顔で街に迎えてくれた。
「ありがとう」
「ありがとうございますにゃ」
二人の挨拶に衛兵は再び快活な笑顔になって見送ってくれた。
「入り口でああいう対応だと、いい街なんじゃないかっていうイメージを持てるな」
「そうですにゃ、美味しいお魚があるといいのですがにゃ」
元々猫であるガトの好みはその見た目に違わず魚だった。鼻をすんすんと動かしながら周囲を見ている。
「その期待には応えられなさそうだが、どうだろうか……うん?」
周辺環境は把握しきれていなかったが、ざっと見た感じで恐らく内陸にある街なのではないかと考えたリュウは魚の運搬は難しいのではないかと考えた。周りを見ていたリュウは視線の先にあるものに目を止めた。
「? どうかしましたかにゃ? ……ははあ、何かあったようですにゃ」
二人の視線の先では人だかりができて、何やら騒ぎになっている。
「ガト見てこれるか?」
「はっ!」
返事をするやいなや地上から瞬時に移動して、人目を逃れるようにガトは建物の上から人だかりの中心で何が起きているのかを確認する。
「ふむふむ、にゃるほどにゃ」
聴覚も強化したガトは、耳をぴくぴくと揺らしてそこで何がおきているのかを聞き分ける。
情報を集め終えたガトは人だかりから少し離れた場所にいるリュウのもとへと戻った。
「どうだ?」
「人だかりの中央にいるのは冒険者の人みたいですにゃ。男五人で女の剣士の人に言いがかりをつけているようですにゃ」
どうやら冒険者同士の諍い、それ自体は珍しいものではないが、五対一で、少ないほうが女性ということにリュウは嫌な気持ちになる。
「ふむ、手をだすか」
「頭領ならそう言うと思っていたですにゃ!」
小さい頃、リュウはみんなを守るために忍術を覚えるとガトに話していた。だからこそその志が変わっていないことにガトは嬉しさを覚えた。
「行くぞ」
「はいですにゃ!」
リュウとガトはするすると人混みをかき分けて、あっという間に人だかりの中央までたどり着いた。
「――くっ、だから軽くぶつかっただけでそんなことになるわけがないだろ!」
苛立ちを露わにした女性剣士が話の通じない男たちに声を荒げる。
「いやいや、俺の仲間が見たって言ってるだろ? あんたの武器がこいつの足にぶつかってけがをさせたってさ。ほら見ろ痛そうじゃないか」
「あ、兄貴、足が、足が痛いよ!」
演技がましく痛いとわめく男。わざとぶつかって怪我を装い、金を手に入れる。あたりやのやり方だった。
「早く金だせよ! あぁ……金がないなら、身体で払ってもらおうか?」
女性剣士をいやらしい目で見ながらニタニタと笑う五人の男は非常に素行が悪いこと、そしてそのくせ実力があることでこの街で有名だった。それゆえに、周囲にいる人々は女性剣士を可哀想だと思いつつも、助けられずにいた。
「おい、冗談なら顔だけにしておけ」
その状況の中、空気を震わせるようにリュウの言葉が聞こえると、周囲はシンと静まり返る。
「ふむふむ、足は怪我をしていないようですにゃ」
いつの間に移動したのか、怪我をしたとうそぶく男の横にかがんで足を見ていたガトが目を細めてそう言った。
「なっ! てめえいつの間に!」
うずくまっていた男は急に現れたガトを振り払うためにその小さな体を蹴とばそうとする。しかし、次の瞬間にはガトはひらりと飛んで軽い足取りで着地し、リュウの隣にいた。
「元気みたいだな。それなら走って街を一周するくらいはできそうだ」
リュウは男が怪我をしたと言っていた足でガトを蹴り飛ばそうとしたのを見て、鼻で笑いながら呟く。
「――っ、くそ!」
周囲の目線が自身を咎めているように感じられて男は顔を真っ赤にしている。
「……おい、お前ら何者だ! 変な恰好しやがって、この辺じゃ見ない顔だな」
五人の中のリーダー格の男が前に出て来て、リュウとガトを怒鳴りつける。
「俺たちは旅の者だ、あまりに酷い難癖をつけているみたいなんでな。見るに見かねて首を突っ込ませてもらった……大丈夫か?」
リーダーに言い放った後、リュウは少し口調をやわらげて女性剣士に尋ねるが、彼女の表情は険しかった。
「余計なお世話よ! これくらいのこと私一人で解決できたことなのに!」
彼女には彼女のプライドがあったらしく、吐き捨てるように言い放つと憎らしげにリュウのことを睨み付ける。
「そうか……ガト、行くぞ。どうやら俺たちは場違いなようだ」
だがリュウはあっさりと引き下がり、ガトもそれに異論を述べるつもりもなく去っていく彼の後を追う。
「あっ……」
つい、強がりを言ってしまったと気づいた彼女。何か言おうとする前にリュウにあっさりと引き下がられてしまったことで、どうしたらいいのか戸惑いながら手を伸ばす。
その声が聞こえていたリュウは、数歩進んだところで足を止めた。
「――ふぅ、仕方ないな……俺はやりたいようにやらせてもらう! その結果あんたが助かろうがどうなろうが関係ない。おい、お前らみたいな馬鹿は嫌いだ。さっさとかかってこい!」
一息ついたあと、纏う雰囲気を一変させたリュウはシンプルな挑発を男たちに向ける。
「なんだとっ!! おいみんな、やっちまうぞ!」
そしてあっさりとその挑発に乗る男たち。リュウとガト対五人の冒険者の戦いが始まる。
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