第二十六話
老人の言うとおり、防衛軍側は優勢で大勢の魔物たちを押し返している。
しかし、リュウは厳しい表情で戦況を見ていた。
「――ガト、ハルカ、いつでも動けるようにしておけよ」
そして、同じく待機している二人へと指示を出す。二人は揃って頷いた。
「ふむ、そろそろ防衛軍が勝ちそうだというのにその対応を自信もって選ぶということは、本当に何かありそうじゃな」
そういうと老人は柔らかい雰囲気を一変させ、腰にある剣に手をかけた。
「あんたも戦うのか?」
リュウは老人に質問をする。ともすれば、年寄りの冷や水と言っているようだが、彼の言葉にそんな意図がないことを老人はわかっていた。感じていた警戒も和らいだこともその一因だ。
「あぁ、わしが長い間守って来た街をみすみす魔族なぞにやらせるわけにはいかんからの……ふむふむ、なるほどそういうことか」
歴戦の騎士を思わせる表情で遠くを見ていた老人はリュウの意図を理解すると、ある一点を目を細めて見ていた。
そこにはほとんどの魔物が倒されている光景が広がっていた。あちこちに魔物の死体が転がる凄惨な光景。
最後の一体と思われる魔物を倒したところで指揮をとっていた団長が吠えるように勝どきをあげた。終始優勢を保っていたとはいえ、冒険者たちも騎士団員も疲労の色は隠せていない。
「――来るぞ」
リュウがそう言った瞬間、勝利を感じて戦いが終わったことに安堵した防衛軍のもとへ魔物の第二陣がやってきた。しかも先ほども大量だった軍勢がさらに勢いを増しているようにさえ見える。
「なんだと!?」
絶望にも似たその言葉は騎士団長のものだった。
突如として現れた新たな魔物の集団。そして、その顔触れは先ほどまでの魔物たちよりも数ランク上の魔物ばかりだった。
「ファイアウルフにレッサーデーモン!? 後ろには竜種までいるじゃないか!!」
恐怖に震えるように叫んだ冒険者の一人が魔物の名前を口にする。
彼の口からあがった魔物は、街の周囲にいるようなものではなく、秘境と呼ばれるような場所にしか生息しない強力な魔物だった。並みの冒険者ならば知識としてしか知らないような相手だ。
「なんと、あのような魔物まで来るとは!?」
今にも飛び出していきそうに構えた老人はここまでリュウが予見していたのかと質問投げかける意味で顔を見た。
「これくらいはやるだろ。相手は魔族なんだろ? だったら、最初からこれくらいのことは想定しておかないと」
魔族はみなが恐れるほどの脅威であることはハルカから聞いていた。その上で、あの程度の魔物を襲いかからせて終わりとならないだろうとリュウは最初から予想がついていた。
一瞬で混乱の渦に落ちた防衛軍は、それでも戦おうとする者がいる一方で、腰が抜けてその場から動けない者や恐怖で逃げる者など、まさに地獄絵図と化していた。逃げ遅れた者は次々に魔物に襲われて絶命している。
「まずいな……おい行くぞ!」
さすがにこのままでは壊滅してしまうだろうと判断したリュウとガトは助走をつけて壁からジャンプする。大ジャンプからは意外なほど軽い足取りで地面に着地すると、前線までの距離はあと少しだった。
「ガト、前方から集団が来るが大丈夫だな?」
「愚問にゃ!」
通じ合うように頷きあった二人はそのまま走り出し速度をどんどん上げていく。その前方には街へと逃げ帰ろうとする防衛軍の人の波があった。
双方ともに走る速度を緩める様子はなく、その者たちと衝突するかと思われた。
「――飛べ!」
「にゃ!」
だが二人は再度跳躍をする。地面を蹴る際に、強力な気を足裏に流して一気に飛ぶことで防衛軍の人波を一気に飛び越えていく。
「うおおお!」
恐怖にかられた逃げる者たちは、その姿を見て声をあげる、呆然と見る、構わず逃げるなど様々な反応をしている。リュウたちの異質な行動よりも、後ろから迫る魔物や死への恐怖の方が勝っていたのだろう。
「間に合ったな」
「ですにゃ!」
リュウとガトが最前線に辿りつくと、そこには殿をつとめていた騎士団長の姿があった。彼は先ほどとは違い、前線へ出て自ら剣を振るい、一人でも多く守ろうと奮迅していた。
「お、お前たちは一体!?」
みんなが逃げ惑う中、突如としてたった二人で最前線へとやってきたリュウとガトに驚いていた。
「さっきので終わりだったら俺たちは手を出さずに観客に徹しようと思っていたんだけどな。ここから先はあんたたちだけじゃ無理だろ」
驚く騎士団長に振り返ることなく、リュウはただまっすぐ前に進む。ガトもその後ろを武器を構えてついて行っていた。
「……お、おい! そっちは危ないぞ!」
なぜのこのことやってきたのか? 騎士団長はその疑問が頭に浮かんだが、この場の指揮を任された責任感からとにかく彼らを後方に下がらせなければいけないと大声で呼びかける。
「ふむ、下がるのはわしらのほうじゃな」
しかし、その騎士団長に声をかけたのは、先ほどリュウたちと話をしていた老人だった。
「あ、あなたは!」
思いもよらぬ見知った老人の登場に騎士団長は口を開け、目を見開いて驚いている。
「今はわしのことを気にしている場合ではないであろう。ここから先の戦いは彼らに任せて、お前は冒険者と騎士たちをはよう下がらせるんじゃ」
厳しい表情の老人は騎士団長をジロリと強く睨み、ここから成すべきことを指示する。その言葉からは老人とは思えないほどの覇気と従わなければと思わせるものがあった。
「っ……しかし! ――いえ、わかりました……みんな下がるぞ! ひけ! ひくんだ!」
責任感の強い騎士団長は戦場に背を向けることに一瞬渋りもしたが、自分にできることを考え直し、最後尾から防衛軍を追い立てるように声をかけて走り去っていく。
「ふむ、これでよいかの。……お嬢さん、わしまで連れてきてもらってありがとう」
騎士団長の走り去る背中をしばらく見たのち、微笑んだ老人は近くにいたハルカに礼を言う。
彼女はリュウとガトが自力で跳躍して最前線に向かうのを魔法で飛行しながらついて来ていたのだ。老人に頼まれ彼も一緒に運んでいた。
「いえいえ、それでは私にはまだ仕事がありますので……お気をつけてお戻りください」
女神のように甘く微笑んだハルカは一礼すると、ぱたぱたとリュウたちのあとを追っていく。
「――お主らならばなしとげるだろうて……頼む……」
再び見送る立場になった老人は騎士団長が取りこぼした者たちを救うべく、ぐっと目を瞑って祈るとその場をあとにした。
「さて、あの騎士団長さんが先行部隊を倒してくれたから本隊と距離ができたな」
「はいにゃ。いつでも準備はいいにゃ」
「お待たせしました。私もいつでもいけます!」
合流した三人はやってくる魔物たちを前に、準備を終えた状態で見ていた。
「……ああん? なんだあいつらは。逃げ遅れたやつらか?」
背中に生えた大きな翼で飛びながらリュウたち三人を見着けた魔族は、標的を見つけた獣のようにニヤリと笑った。
「まあ、誰だろうと潰してやるよ」
戦いを楽しむように大きく身体を開いた彼にとって人などとるに足らない存在、そう考えているようだった。
――ここに三対数百(魔族つき)の戦いが始まる。
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