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第二十二話


 怒りの表情をしたセイフルは剣を構えてガトへと向かって行く。

「ふむ、怒りに任せて突進とは単純だにゃあ」

 逃げることなく最初の立ち位置でガトがそう呟く。この言葉もセイフルの怒りのボルテージを上げることに一役買うことになる。


「……ほざけ!」

 特に動きを見せないガトへとセイフルは右手に持った剣を素早く振り下ろすが、ガトは苦無であっさりとそれを受け止める。

「甘いな! 《アイスアロー》!」

 そして、次の瞬間にはガトに見えないように魔法の準備をしていた左手を前にだす。撃ちだされた魔法は氷の魔法――これは他の魔法のように耐えるだけでは防ぎきれず、当たった位置からガトの身体が凍りついている。


「にゃっ!」

 襲い来る衝撃にガトは驚きの声をあげる。氷でできた矢はガトの肩に突き刺さり、そこを中心にピキピキと音を立てながらガトを飲み込むように氷漬けにしていく。


「ふっ、たった一回の攻撃で終わるとはな。これならわざわざこのセイフルが相手をするまでもなかったようですね」

 ガトに背を向けたセイフルはあの攻撃が決まったのだから勝ったと思い、剣を鞘にしまう。


「おい、キザ男。よく見ろよ……お前、何を凍り付かせたんだ?」

 外野から呆れたようなリュウの言葉を聞いたセイフルは慌てて氷漬けのガトを振り返り見る。しかし、そこにはガトはおらず、氷の中には小さな丸太があるだけだった。


「っなんだと!?」

 そこにいるはずの存在を探してセイフルは慌てて周囲を見渡す。

「――ここにいるにゃ」

 隙をつくようにガトはセイフルの真後ろにおり、声がする方向にセイフルが振り向いた瞬間、そこへガトの繰り出した拳が強く叩き込まれた。


「苦無ではあぶにゃいから、体術で勝負しますにゃ」

 先ほどまで構えていた苦無は既にしまっており、ガトは左手の肉球をセイフルに向けて、右手は拳を作って構えている。


「このっ、調子にのりやがって……しかも僕の顔を……殺してやる!」

 自分の顔立ちに自信のあるセイフルはそこが傷つけられるのが一番嫌いだった。殴られた頬を押さえた彼の表情、そして発言から危険を察知したミルザが焦って模擬戦を止めようとするが、それはリュウによって遮られる。


「まだ、終わってないぞ」

「でも!」

 リュウに止められるが、ミルザは食い下がる。仲間が心配じゃないの!? とでも言いたそうな表情だった。


「ガトは勝つ」

 自信に満ちた声音でリュウはそれだけ口にすると、再び視線を舞台上へと戻した。

 そう断言されたミルザはもう何も言えず、同じように舞台にいる二人を見る。


「くそっ! くそっ! 逃げるな!」

 剣を苛立ち交じりに振るうセイフルの攻撃は全て紙一重でガトに避けられてしまう。ガトは最小限の動きで攻撃をかわしながら、相手の隙を静かに伺っていた。


 そして、セイフルの攻撃が大ぶりになった瞬間、チャンスを捕えたガトは腹に強烈な一撃を撃ち込んだ。

「にゃあっ!」

 それはガト自身をも後方へ数歩分吹き飛ばすだけの威力を持っていた。


「げほっげほっ! く、くそ、ちょこまかと!」

 なんとか膝をつきながらも攻撃を受け止めたセイフルはせき込みながらもガトを睨み付ける。

「さっきの魔法、拙者の注意を剣に向けさせて反対側から氷の魔法を使うのはよい戦法だったにゃ。しかも、逆上しているという演技が単純な攻撃をしてくるだろうとも予想させられて良い攻撃だったにゃ」

 腕を組んだガトは唐突にセイフルの初手を褒めだす。


「でも、おまけのように覚えた魔法では拙者には通用しにゃいのにゃ……見てるにゃ」

 静謐さを目に宿したガトは印を結ぶ。こちらは魔法ではなく、忍術だったがセイフルの動揺を誘うのには十分だった。


「お、お前、魔法が使えるのか!? くそっ、俺だって!」

 ガトの発言から見たことのない動きでも魔法が来るのだろうと予想したセイフルは慌てて氷の魔法の準備をする。先ほどのアイスアローよりも一段上のアイスランスを。

 なぜアイスランスを選んだのかはセイフルの直感だった。自分が使える最上の魔法でなければいけないという。


「火遁猫火(ねこび)の舞」

 ガトが使ったのは、リュウにも使えないオリジナル忍術。ガトの身体から何匹もの猫が現れる。その身体は炎でできていた。


「皆の者、行くにゃ」

「くそっ、いけ! 《アイスランス》!」

 双方が忍術と魔法を放つ。


 必死に魔力を練り上げたセイフルが放ったのは一本の氷の槍。矢よりも強力であり、当たれば矢のように刺さるだけでは済まず、貫くだけの力を持っている。

 しかし、二匹の炎の猫がしなやかに飛び、アイスランスにとりつくと一瞬で溶かしつくす。


「なんだと!? ぐああああ!」

 信じられない光景にセイフルは驚きの声をあげる。そしてなすすべなくその身に炎の猫の攻撃を受けてしまった。アイスランスにとりついた二匹以外の全てがセイフルの身にとりついており、炎に包まれてしまった彼を見れば誰の目にもこれで勝負は決していた。


「しょ、勝負あり! ガトさんの勝ちです! は、早くセイフルさんを助けないと!」

 急いで勝利宣言をしたミルザはセイフルを助けようと駆け寄りたかったが、彼の身体はいまだ燃え盛る炎に包まれており、どうやって助ければいいのかわからずオロオロしている。


「――大丈夫だ」

 慌てるミルザにリュウはそう声をかけ、舞台上を見るように顎で合図をする。

「えっ?」


「さて、みんにゃ戻るにゃ」

 セイフルの前に立つガトがパンパンと手を叩いて合図すると、セイフルの身体からそれぞれが飛び出すように離れた炎の猫たちはガトのもとへと戻って行く。

「……えっ? あれっ?」

 これはセイフルの言葉だった。炎の猫に飛びつかれ、その身を焼き尽くされたと思った彼は呆然としながら火傷一つ負ってない自分の身体を見て驚いている。


「これは模擬戦にゃ。拙者の実力を試すためのものであって、殺し合いとは違うにゃ。だから、殺傷能力のにゃい猫たちに攻撃をさせたのにゃ」

 ガトは集まった炎の猫たちを褒めるように撫でる。相手にダメージを与えずに戦いを制したガト、これは文句のつけようがないほどに実力を証明できていた。


「――それで、拙者はどうにゃのですかにゃ? Fランクですかにゃ?」

 技を解除して猫をしまうとガトは笑顔でミルザに確認をする。

「ガ、ガトさんはBランク相当の実力があるものとし、Bランクへの昇格を認めます!」

 ギルドの規定にのっとり、実力を見定めたミルザがなんとか動揺を抑えてそう宣言した。


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