第十三話
リュウとガトは女神が話始めるのを待つことにする。
「あの……実は、私がこうしてやってきたのはリュウさんの記憶の件に関係しているんです。通常なら、こちらの世界に飛ばされた時にそういった記憶の混乱が起こることはほとんどありません」
ゆっくりと口を開いた女神の表情は真剣そのものだった。
神というものは管理者ではあるが、直接世界に干渉することはほとんどないため、今回のようにこちらの世界に女神が顕現しているということはそれだけ重大なことだということを表していた。
「俺の記憶?」
「はい、リュウさんの希望などを聞いてこちらに転移する瞬間ですが……邪魔が入りました」
最期の言葉を聞いた瞬間、リュウはざわりと空気が変わったような気がした。
「邪魔――ということは悪意を持ってのことなのか。しかも女神が行った転移に干渉するということは、かなりの力の持ち主だな」
そこまではリュウも予想できており、硬い表情で女神も頷く。
「そのとおりです。確証はないのですが、恐らく邪魔をしたのは邪神だと思われます。私を含めたこちら側の神々は主にこの世界を管理をしています。バランス調整のような役割ですね。今回リュウさんにこちらの世界に来てもらったのも、あなたの力で悪しき者たちと戦ってもらおうと思ったのです」
女神は本来の目的を説明していく。
「なるほどな……俺の忍者としての力のことは知っていたのか? もし知らないとしたら、特殊能力を断った時は内心困ったんじゃないか?」
からかうようなリュウの質問に女神は苦笑した。
「そのとおりです。しかも希望は仲間が欲しいとのことでした。更にいればどんな仲間かはこちらに任せるとのことでしたね。ガトさんを選択してよかったです。リュウさんの力のことを詳しく聞くことができましたからね」
先ほどまでの硬い表所をやわらげた女神はガトを見て美しく微笑む。
「続けますね。邪神はそんなリュウさんのことを邪魔な存在だと考え邪魔したのだと思います。邪神の目的はこの世界の混乱――人々の恐怖、嘆き苦しむ心、それらが邪神に力を与えることとなります」
心を痛めているのか、沈痛な面持ちで話す女神の言葉をそこまで聞いて、リュウとガトは合点がいく。
「なるほど、その混乱させる側に力を入れているのが邪神ということか」
「反対にその邪神の手下を倒すのが我輩たちということですにゃ」
二人の答えに女神は満足そうに頷いた。
「お二人とも理解が早くて助かります。改めて、ご迷惑でなければぜひお二人の力を貸していただきたいのですが……」
女神がリュウとガトに望むこと、それを伝えて二人がどう決断するか。それを強制することはできないため、女神はお願いという形をとる。
「もちろん、断ったとしても何かがあるということもありません。元の世界に戻ることは難しいのですが、この世界を謳歌して頂ければと思います」
断るという選択を閉ざさないように女神はそう付け加えた。こちらへ連れて来た責任を感じているのだろう。
「ガト、どうする?」
「頭領の選択に任せるにゃ……といってもきっと決まっているのにゃ」
どんな選択でも問題ないと頷くガトはリュウがどういった選択をするのか予想がついていた。
「あぁ、そうだな。こう頼まれたら断るのも難しいだろ。……というわけで引き受けよう。といっても、どう動くかの選択は俺たちに任せてもらうことになるがな」
女神の顔を見据えながらリュウは女神の願いをきくという選択をする。
「頭領がそういうにゃら、拙者も受けるのにゃ」
ガトも事前に言っていたように、リュウの選択に乗る。
「ほ、本当ですか! それは助かります! そ、そうだ、この世界でお二人だけに戦わせるわけにはいかないので、私たちの方でも人を出しますね」
そう言った女神の姿は半透明になっており、今にも消えそうだった。声もどこか聞こえにくく感じる。
「おい、消えかかってるぞ!」
「えっ? きゃっ! 本当だわ! あのっ、わ、私の魂を継いだ者が……!」
この事態は予想外だったのか、慌てたようにそこまで言ったところで女神は完全に姿を消してしまう。
「何か最後、重要そうなことを言ってなかったか? 魂がどうとかって……」
リュウは女神が先ほどまでいた場所を見ながらガトに聞く。
「言ってたにゃ。魂を継いだとか……誰か人を出すとかにゃんとか」
悩むように腕を組みながらガトも慌てていた女神の言葉を覚えている限りをピックアップしていく。
すると突然、池が強く光を放ち始める。今までにない光景に周囲にいた獣たちは驚いて逃げ惑う。
「おい、何が起こってるんだ?」
「わ、わからないにゃ」
気づけばこの池の周囲には二人だけ。リュウもガトも混乱したまま光り続ける池を呆然と見ていた。
眩いまでの光が収まってくると、池の中央に何かがいるのがわかる。殺意などの敵意を感じないため、二人は軽い警戒で待ち構える。
「あれは……人か?」
「もしかして、女神様が言っていた誰か、にゃのかにゃ?」
リュウとガトはその人影が徐々に近づいてくることに気づく。
「水の上を歩いているな」
同じことをやれと言われればリュウもガトもできるが、それは忍術を使うことで可能とする。だがその人影は水の上を浮きながら歩いているように見えるのに、人影の動きと水面の波紋が一致しないのだ。
「――お二人がリュウ様とガト様ですね? 女神の命により参上しました。ハルカと申します」
近づいて来たのは女性だ。ふわりと池から降り立ち、女神の使いでやってきたという彼女は白い魔法使いのローブを纏った美しい人だった。
腰まで伸びている金色の髪はサラサラと風に流れている。身長はガトより高くリュウより小さい、一般的な女性の平均値といったところで、柔和な笑みは女神の使いと聞いてピッタリなイメージだった。
「……俺はリュウだ。よろしくな、ハルカ」
立て続けに起こった急な展開に驚いたリュウは内心動揺しつつも、忍びとしての冷静さをすぐに取り戻して挨拶をする。
それを見てハルカは笑顔で頷き、視線をガトに移す。
「えっと、拙者はガトですにゃ。頭領の部下ですにゃ」
拙者、頭領など聞きなれない言葉だったが、ハルカは状況や話の流れから二人の関係性を予想していた。再びふわりと優しい笑みを浮かべて頷く。
「それで、ハルカは一体どういった存在なんだ?」
女神の使い、女神の魂を継いだ者、それらの情報からでは神の一柱なのか、天使にあたるのか、それとも全く別の存在なのかわからなかった。
「私は――この世界の住人です」
それを聞いたリュウとガトは目を丸くして驚いた。
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