第十二話
最初にリュウが言っていたとおり、里への入り口まであと少しというところでリュウとガトはフィリアと別れることにした。
万が一場所を知ってしまえば、魔法で心を読むことができる者がいた場合にその場所を知られてしまうという可能性を考慮したものだった。
別れ際、何もお礼ができないことをひどく気にしていたフィリアだったが、無事に帰ってくれればそれでいいとリュウたちは伝え、渋々納得して彼女は何度も感謝の気持ちを口にして去って行った。
「妖精とは珍しい方に会えましたにゃ」
森を歩きながらガトはフィリアに出会ったことを嬉しそうに話す。
「あぁ、ここが異世界なんだってことを改めて思い知らされるよ……まあ、ガトが喋ってること自体、異世界ならではなんだろうがな」
リュウは猫であるガトが喋っていることを改めて不思議に思っていた。
「拙者にしてみれば命があること自体、不思議ですにゃ」
思い返せばリュウが小学校の頃に亡くなったはずのガトがこうして隣を歩いている。そして、サイズなど見た目の変化があるというのにガトだと認識できている。どちらも不思議なことだった。
「まあこの世界に適応するしかないな。それで、フィリアはこれで送り届けられたわけだが……俺たちはどこに向かえばいいんだろうな?」
フィリアを安全な場所に送り届ける。そればかり考えていたため、自分たちの行動については忘れていた二人だった。
「そ、そうだったにゃ。……うーん、とりあえずあっちに行ってみるにゃ。水の音がするから川か湖があるはずにゃ」
ガトの耳は話している最中も、森の奥から聞こえる水の音をとらえていた。
「あー、そうだな。水の確保が予定に入っていたな」
そこでようやくリュウはガトの言葉で自分たちがそのために行動していたことを思い出す。自分のことになると多少鈍感になっているようだ。
「えっと、こっちのほうから……」
耳をぴくぴくを動かすガトの先導で水辺へと向かう二人。徐々に近づいているのがわかり、リュウの耳にも水の音が聞こえて来た。
「あったにゃ!」
木々をかき分けてたどり着いたそこは、森の中にぽつんとある小さな池のようなもので、奥にある小さな滝がその水源となっているようだった。
「これは、綺麗だな……」
物語のワンシーンに登場するかのような清廉な空気が漂う池。動物たちが水を求めて周囲に集まっているがリュウたちを警戒することなく、近づいても逃げずに美味しそうに水を飲み続けていた。
「すごいな。魔物なんかが出る世界だから、動物の警戒心も強そうだがまるで逃げる気配がない」
周囲を見れば鹿や狼、それに熊も池の周りに集まっていた。一見すれば天敵にもなりそうな相手がいるにも関わらず、ここで争うことなど最初から考えていないかのように皆穏やかだ。
「恐らくにゃけど、ここの池は聖にゃる力に守られているにゃ」
何かを感じ取ったガトは周囲を見渡してそう答える。リュウも空気が澄んでいるのはわかるが、その正体まではわかっていなかった。
「聖なる力?」
「にゃ」
オウム返しをするリュウにガトは頷いた。
「頭領は魔力に触れて間もにゃいので、あまり魔力感知能力が高くにゃいようにゃけど、この池の周辺は聖にゃる魔力に覆われているのにゃ」
ガトに言われたリュウはギルドでカードに魔力を流した時を思い出して、目を閉じつつ自分の中を流れる魔力を感じ取っていく。
そして、それを周囲に広げていく。するとさきほどまで分からなかった気配にも似た感覚がリュウを包み込む。
「……これは、何か温かい魔力に囲まれているのか」
すっと目を見開いたリュウの発言を聞いてガトは満足そうに頷く。
「やはり頭領は筋がいいのにゃ」
ガトは自分のことのように誇らしい様子だった。
「魔力についても色々と勉強したほうがいいかもな……それで、なんでこの池の周りだけ結界のような感じになっているんだ?」
「それは……」
リュウの言葉に答えようとするガト。
「池の底に聖なる障壁を張る魔道具が設置されているようです」
しかし、ガトの言葉は柔らかく美しい女性の声によって遮られることとなる。
「――誰だ!?」
二人は声がした方向に振り返る。声はさほど離れていない場所から聞こえて来た。リュウとガトであればこの至近距離の気配を見落とすということはまず考えられなかった。だからこそ警戒心が強くなる。
「お二人ともお久しぶりですね」
振り返った先にいる目の覚めるような美女に久しぶりと言われ、見覚えのない存在にリュウは首を傾げたが、ガトは目を見開いていた。
「め、女神様!」
「……女神様!?」
二人をこの世界に転移させた女神。だがリュウは顔を思い出せず、ガトは恩人を見るかのような表情だった。
「はい、女神です。ガトさんはちゃんと覚えているみたいですが、リュウさんは忘れちゃったみたいですね。思った以上に記憶の混乱が強かったようです……」
白い柔らかそうな衣をまとった女神は悲しそうな表情をする。
「あぁ、ここに来てから色々とわからないことだらけでガトのフォローがなかったらまずかったよ」
リュウは自分の記憶のあやふやさを思い出していた。ガトがいてくれなかったら力があっても右も左もわからずに野垂れ死んでいた可能性もある。
「リュウさんがこちらに来るまでの話を少し説明しましょう。あなたは仕事を終えた帰り道に、こちらの世界に繋がる通路に偶然入ってしまったのです。一度私がいる空間に飛ばされ、そこで色々とお話をしました。そしてリュウさんが望むものを聞いてから、こちらの世界に転移しました」
まったりとした口調で語る彼女だが、そこで一段女神の表情は曇りを強くする。
「――その転移の際に、何やら別の力が働いて邪魔をしようとしたようなんです。その結果リュウさんは記憶に混乱をきたしたままこちらへ来ることになりました」
別の力? その思いはリュウの顔に浮かぶ。
「はい、一体なんだったのかまで特定できていないのですが、それが原因で今の状態になっているのです。本当に申し訳ありませんでした……」
事情を話すと女神を深々と頭を下げた。彼女の責任ではないが、転移に関しては彼女の管轄であるため、迷惑をかけたことへの謝罪だった。
「あぁ、気にしないでくれ。色々と便宜を図ってくれて助かっているからな。……それよりも、一体どうしてこんな場所にいるんだ?」
リュウはここに来てやっと一番の疑問を口にできた。
「それは……」
顔を上げた女神はリュウの質問を聞いて一瞬言いよどむ。その表情は今回もあまり優れないものだった。
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