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第一話


 ふと肌に風を感じてリュウが目を開くと、そこはだだっ広い草原の只中だった。ひざ丈くらいの草がそこら中に生えている。

「ここがその異世界というやつか……」

 見たことのない景色に周囲の様子を確認しながらも起き上がった彼は自分の身体の様子を確認していた。別の世界に来たが、問題なく動くことができることがわかる。


「ここの雰囲気は地球と大きく大差はないようだな。――少々危険みたいだが」

 無表情のままリュウが視線を送った先の草がかき分けられ、何かが近づいてくる。まだ距離があるが、その気配を感じ取っていた。

 

 そして、その何者かは距離が詰まってくると草から飛び出てリュウに向かって襲いかかってきた。

「グルアアアアアアアアアア!」

 正体は頭が二つある狼だった。大きく涎が滴る口を開けており、鋭く尖った牙が無数に並んでいる。噛まれたらひとたまりもないほどの乱暴さを持っていた。


「さて、肩慣らしといくか」

 軽快に身構えたリュウはどこからか苦無を取り出して右手に持つ。

「させにゃいにゃあああああああ!」

 戦闘態勢に入ろうとしたリュウだったが、突然聞こえてきた声に驚き、動きを止める。


 そうしている間にも二頭狼の牙はリュウに襲いかからんと大きく口を開けている。

「ガアアアアアア!」

 しかし、その牙はリュウに届くことなく、二頭狼は胴に強力な一撃を喰らって吹き飛ばされた。


「ふっふっふ、駄目にゃのにゃ! 頭領に手は出させにゃいのにゃ!」

 しゅたっと軽やかに着地して目の前に現れたその声の主は猫だった。

「ね、ねねね、猫!?」

 リュウはその攻撃の主を見ていつになく驚く。どうみても目の前の猫は顔も身体も猫だというのに、黒い忍者風の服を着て武器を手にしており、更には人語を流暢に話しているのだ。


「頭領、無事でしたかにゃ?」

「や、やっぱり喋ってる!」

 くるりと振り返った猫は首を傾げながら心配そうにリュウをみている。だがリュウは猫の言葉に返事を返すよりも驚くことが優先されていた。


「ふむ、色々混乱しているようですにゃ。確か女神様が言ってましたにゃ……転移する際に記憶に混乱があるかもしれにゃいと」

 顎に手をやりながらうんうん頷く人語を話す猫の女神という言葉を聞いてリュウはここに来るまでの経緯を思い出していた。


「……ダメだな、よく覚えてない。俺が住んでいた場所とは違う場所に転移するという話を聞いた気がする……あとは……仲間が欲しいと頼んだような気が……」

「それですにゃ!」

 リュウがぶつぶつと呟きながら記憶と呼び起こしていると、仲間という言葉が出たところで猫は嬉しそうに大きな声をあげた。


「それ? もしかして……仲間っていうのは……」

「そうですにゃ! 拙者が頭領の仲間、というのはおこがましいですにゃ。部下です、部下のガトですにゃ!」

 リュウに敬意を払うように姿勢を正した猫の彼は自分の名前がガトであり、部下だと言った。だがそれはリュウにとっては驚くべきことだった。


「ガト!? ガトって、昔うちで飼っていた猫のガトなのか?」

 彼にとって聞き覚えのあるその名前――ガトという名はリュウが可愛がっていた猫のものであった。リュウが忍者の修行をしている間、いつも離れた場所で見ていたのを思い出せる。他の誰もがリュウの高い実力に嫌悪感や劣等感を抱いて遠巻きにしていたのに、飼い猫のガトだけはリュウの傍を離れなかったのだ。

「そうですにゃ! ほら、見て下さいにゃ! まだ小さい頃に木から落ちて怪我をした時の傷がここですにゃ」

 信じてもらえる材料になればとガトは裾を捲って右足の脛を見せる。それはリュウの記憶の中にある飼い猫の傷と同じだった。


「頭領が女神様に望んだのは特別な力ではにゃく仲間だったのにゃ。そして、拙者が頭領に恩返しをしたいという強い気持ちを汲んでくれて女神様が拙者を選んでくれたのですにゃ!」

 なぜガトが喋っているのか、なぜガトの一人称が拙者なのか、なぜ自分が頭領と呼ばれているのか、なぜ忍び装束のようなものを身にまとっているのか。

 色々と疑問はあったが、それでも久しぶりにガトに会えたことに、懐かしさと愛しさを感じたリュウは目を細め、頬を緩ませる。


「懐かしいな……元気そうでよかった。部下になったということは、この世界での旅の同行者はガトなのか。さっきの戦い振りを見る限り強いみたいだから、心強いな」

 異世界に来たことで二度と会えないと思っていたガトに再び会えたことにリュウは嬉しさを強く感じていた。


「そう言ってくれると拙者も嬉しいにゃ! それでは、早速出発しましょうにゃ」

「出発ってどこに行くんだ? このあたりの地理なんてわからないだろ?」

 心配するリュウの言葉に胸を張ったガトは笑顔で首を振った。


「大丈夫にゃのにゃ! 女神様からのサービスでこの周囲の地図はもらってるのにゃ! 他にも回復アイテムに短剣を数本、それからマジックバッグをもらったのにゃ! バッグは頭領の分もあるのにゃ。はいですにゃん」

 器用に二足歩行するガトに渡されたバッグを受け取ったリュウはそれを背負う。


「さあさあ行くのにゃ!」

 先を行くように勇ましく促すガトをリュウはじっと見つめる。

 ここまでの情報から考えて、ガトはリュウの修行を見ていたことから忍者としての能力を備えている。そして、人語を理解して女神から情報やアイテムを譲り受けている。


「なあ、猫が人の言葉を話せるのは問題ないのか?」

「ノープロブレムですにゃ! この世界には猫人族というのがいて、二足歩行の猫みたいにゃ感じらしいのにゃ!」

 そのあたりのことは既に確認済みだとガトは指と爪で器用にオッケーの形を作って笑顔になっていた。

 しかし、次の瞬間、その表情がすぐに引き締まる。


「あー……ガトいいぞ。今度は俺がやろう。少し力を試してみたい」

 いま、二人は揃って魔物の気配を感じ取っていた。先ほどガトに吹き飛ばされた二頭狼が仲間を引き連れてきているようだった。

 リュウには女神による加護はなく、また特別な能力ももらわなかった。だからこそその自分がこれまで鍛錬してきた忍術でどれだけこの世界で戦えるのかを早い段階で確認したいと思っていた。



「承知」

 膝をついて頭を下げたガトは邪魔にならないようリュウから距離をとって下がる。


「いくぞ!」

 武器を構えたリュウに向かって大きく吠えながら群れで襲って来た二頭狼。まず一匹目が飛びかかってくる。攻撃範囲に入った途端、リュウは大きく開けた口目がけて棒手裏剣を投擲する。それは見事に口の中に入り、そのまま頭部を貫いた。


「お見事ですにゃ!」

 同時に二つの棒手裏剣を投げ、二つの頭を同時に破壊する技に惚れ惚れしたガトは思わず感動の声が出ていた。


「次はこれだ。土遁 岩槍(いわやり)の術!」

 逃がさないと言わんばかりにリュウは素早く指で印を作ったあとに地面に手をついて、気を流し込む。すると地面から複数の岩の槍が飛び出し、同時にリュウへと襲いかかってきた五匹の二頭狼を貫いていく。

「ふむ、これも通用するようだな」

 鈍い音を立てて岩の槍が突き刺さった二頭狼たちは次々と地面に沈んでいく。

 今の土遁の忍術はリュウが使える中でも下位のものであり、それでこれだけの成果が出れば十分だと考えていた。


 仲間が次々倒れていく中、最後の一頭は今までの二頭狼よりも一回り、いや二回りほど大きなサイズをしており、リュウが見たこともない魔法を使うと警戒して距離をとっていた。




お読み頂きありがとうございます。

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