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知らない、境目

作者: 藍絃

ただ、無意味に人を殴りたくなるときがある。

心の中が渦巻く混沌とした感情に飲み込まれたように、

それは衝動。

理性の働きがしっかりとしてさえいれば、どうにだってなる衝動。


ただ、どうしようもなく叫びたくなるときがある。

それは自らの汚点が鮮やかに蘇ったとき、

それは自らの忌まわしい記憶が鮮明に浮かび上がったとき。

おそらくは自虐。

無意味にも自らを傷つけてしまう自虐。


唐突に、人を殺したくなる。

自らを嘲笑うかのような人々を切り裂きたいとき、

浮かび上がるのは奇妙に歪んだ笑み。

内向的に向かう感情が生み出すただの妄想。


誰かにかまって欲しくなる。

静かを通り越し、無音になったとき、

聞こえもしない声に、振り向く。

そこには誰も居やしないのに。


あは、なんだか狂ってる人みたい。

頭の中で延々と続けられる闇の映像が見えたとき、

人を殴ってもいないのに、妙な快感がある、

人を殺してもいないのに、妙な達成感があった。

自分を見る人は誰もいないのに。


くす、なんだかおかしい人みたい。

自分の周りが妄想で作られた赤い情景になっていたとき、

何故だか胸がすっとする、

何故だか虚無感が自分を襲う。

誰も、何も言ってくれない。


あはは、誰の声も聞こえない。

妄想で死んだ人々が何も声を発しないとき、

何故だか笑いたくなって、

何故だか泣きたくなった。

想像は、妄想は、現実じゃないのに。


嘘でしょう? ここに……

ココにはダレもイナイとき、

自分もここにはいなくて、

自分を、ここには置いておけなくて。

誰もいない世界にいたくはなくて。


利己的(エゴイスティック)に動いたのは自分なのに。

死にたくなった時、

想像から作られたナイフを持って、

それを自分に突き立てた。

痛くもないから、それはきっと夢なんだと思った。


痛いと感じるのは自分なのに。

死にたくないと思った時、

これが現実だと知って、

偽者じゃないと分かって、

過ちに気が付いた。


でも、もう遅い……の――?



血塗れの海に沈むは無数の死体。

死体の山に君臨するは一人の少女。

彼女の眠りは浅く、ただ誰かの声が、死刑を宣告した。




――お前は死ぬことなど許さない、すべてを白日の下に、法の下で裁かれろ――




ああ、狂ってしまいそうな感情を、抑えきれなかった自分。

誘惑とは、斯くも甘露で、甘美なるもの、

我慢とは、斯くも辛酸で、苦なる時間の積み重ね。

灰色の部屋から見えるのは、色をなくした世界で、

目は、色――黒と白と、その真ん中の色――を除いて映さなくなった。


ああ、これは罪なのだろうか。

色をなくした世界は、単調(モノトーン)な世界で、

色があった世界は、自分には眩しかったんだ。

周りの声は、前よりもよく聞こえる。

声帯から出される声は聞こえない。

心の声だけが聞こえる、これは罰なのだろうか?


「まあ、いいや……」


流れる黒い液体は、私の顔を潤して、

私の顔を真っ黒に染め上げる。

濡れた液体は乾いてこびりついていて、

呆然とした私の瞳は虚空を彷徨っている。

聞こえるの、声が。


――怖い怖い、人殺しの担当なんて勘弁してくれよ


――なかなか可愛い顔してんじゃん、つまみ食いしよっかな、ケケッ


――人殺し、ね、なかなか将来有望じゃないか、なあ、人殺し?


愚物が。

私の心を塗りつぶす、真っ黒から、真っ白に。

考えたくない、思考がまとまらずに、奇声を上げる、

壊れた私、弄ぶ気持ち悪い人たち。

これが罰だとしたら、なんて趣味の悪い。


「嫌だぁあぁあぁっ!!」


自らの目を抉り出しても、映像が消えない、

手を伸ばすの、みんなが、屍たちが、

嫌だ、嫌だ、嫌だ――っ!!

屍たちの手が私に絡みついて離れない。


「聞きたくないのっ! いやなの、いやなのっ!!」


駄々をこねる子供のように、

耳を引き千切っても聞こえるの、

呼ぶ声が、叫び声が、あるいは呪う声が。

聞こえない、聞きたくない、呼ばないで――っ!!

囁くの、叫ぶの、吹き込むの。


――死んでしまえ


ああ、そうしたら楽になれる……?

いいよ、私は、

もう覚悟はできているの、

逃げたいの、結局、何もかもから逃げてばっかりだなあ、私。

でもね、最期くらい逃げたくないの、

最後の最期に逃げないもの、それを口にしたら、勇気が出るって、思い込んだ。


「死を受け入れるよ」


死ぬことからは逃げない、裏を返せば死に逃げているけど、


「そこは、目を瞑ってね?」


ものを見る目はない、

ものを聞く耳はない。

心の声を聞いてしまう自分がまだいる。

近くにいる看守の、下卑た思考が聞こえて、

近くにいる看守の、憎悪に満ちた思考が聞こえる。


「もし、死んだとしても、罰から逃げたことになって、服役したとしても、親族からはのうのうと生きていると恨まれる、過ちに、罪に気付いたとしても、針の筵……ああ、未練がましいな、私」


生に執着する姿は、醜いのだろうか。

誰かに聞いてみたかったが、聞けるはずもなく、

看守の一人が異状に気付いて、

動揺しきった声が聞こえた。


窪んだ眼窩に、手探りで指を突っ込んで、脳内をかき回す。

死に際くらい綺麗に終わらせたかったのに、飛び込んできた腕が、

私の心臓を貫いた。

手じゃない、もっと冷たくて、別の……



――私ニハ、分カラナカッタケド



――あーあ、壊れちまった。あっけないな、人なんてもんは――


――まあ、ここまでやれた分、俺からは権利をあげよう――



あなたは人生をもう一度始めますか?


→はい?

→いいえ?


それとも……



《消滅しますか?》





――……いいえ…



ジャンル付けが分からなかったのでその他に分類しました。

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