第91話 奇妙な依頼と魔道具たち
それにしても、歩きながら思うが広い屋敷であった。
まぁ、外から見た時、すでに屋敷と言うよりほぼ城に近いような大きさだったので不思議ではないが。
奇妙なことをあげるとすれば、屋敷の中にはそれほど人がいない、ということだろうか。
何人かの使用人と思しき者たちとはすれ違ったが、かなり少ない。
これだけの屋敷を維持するにしては少なすぎるように思えた。
素直にそのことについて尋ねると、わが家の使用人は皆、優秀ですから、と返って来た。
まぁ、イザークを見れば確かに優秀なのだろうな、という気はするが、いかに優秀でも物理的に厳しいような……考えても仕方ないか。
実際、この家はしっかりと回っているわけだし、通路にも壁にもシャンデリアにも埃一つないのだ。
屋敷のどこを見ても手入れは行き届いており、手が足りない、という感じは少なくとも屋敷自体の様子からは感じることが出来ない。
「……こちらです」
そう言ってラウラが手をかけたのは、重い鉄でできた扉である。
それを開くと、奈落の底まで行けそうな長い石造りの階段が続いていた。
「ちかしつ、か」
「ええ。魔道具は魔力や気が籠もっていますから、基本的にはかなり丈夫なのですけど、やはり古いものも少なくないので。保存には気を遣っているのです。ここの地下室は気温や湿度も一定ですから、魔道具に負担があまりかかりません」
複雑な機構を採用している魔道具ともなると、流石に単純に魔力が籠もっているから丈夫である、とは言えないが、確かに基本的に魔道具はかなり丈夫に出来ている。
冒険者が自分の体を魔力や気で強化するように、道具それ自体も魔力や気を注がれて、耐久力が上がってるわけだ。
そのおかげで、魔道具は通常の道具よりもかなり長い年月を耐えることが出来る。
かなり古い、それこそ国宝にされるような魔道具が未だに新品のような状態で残っているのには、そのような理由があるのだ。
もちろん、そうはいっても乱暴に使ったり、また用途によってはすぐ壊れるが……その辺りは普通の道具と同じだ。
かつかつと先に進んで階段を下りていくラウラに俺は後からついていく。
俺の後ろにはイザークがいる。
地下室に向かう階段には窓も何もないが、空気の流れが感じられるし、またラウラが進むのに合わせて両側の壁に、ぽっ、ぽっ、と灯りが点っていく。
それもまた、魔道具なのだろう。
灯火の魔道具は機構も単純で量産しやすいため、価格はそれほど高くはないのは事実だが、ここまで沢山あるというのはそれでも驚きだ。
しかも、人が通過するのを察知して点るように作られているわけで、そうなると一般的な灯火の魔道具の価格とはやはり桁が違ってくるだろう。
一体ここまでの財をどのようにしてこのラトゥール家が築いたのか気になってくる。
あとで聞いてみよう、と思った。
それから、どれくらい階段を降りただろう。
ラウラがぴたりと止まって、一つの扉の前に辿り着いた。
その扉には、材質のよくわからない板が取り付けられていて、ラウラがその板に右手でべたりと触れた。
すると、ぽうっ、と扉全体が輝き、それから、がちゃり、というカギが開いたような音が耳に響いた。
「では、入りますよ」
ラウラがそう言って扉の取っ手を掴み、押すと、その扉はゆっくりと開いていった。
やはり、先ほどの行為が、扉の鍵を開くために必要なことだったのだろう。
扉の向こうは暗闇である。
中に何があるのか、ここからは見えない。
しかし、ラウラは別にその暗闇を恐れてはいないようで、静かに扉の中に入っていく。
俺はそんなラウラのあとを、一瞬躊躇しつつも追ったのだった。
◆◇◆◇◆
暗闇の中をラウラは少しも迷わずに進んでいった。
そして立ち止まり、
「……光を」
そう呟くと同時に、辺りはぱっと光に包まれる。
俺はそのまぶしさに一瞬、目をつぶるが、すぐに光に目が慣れた。
それから周りを見つめてみると……。
「これは、すごいな」
周囲には山と敷き詰められた魔道具の数々が、まるでガラクタのように転がっていた。
いや、しっかりと並べられてはいるのだ。
しかし、大きさがまちまちだし、数も膨大に過ぎて、ぱっと見だと無造作に配置しているようにしか見えないのである。
そんな俺の気持ちを理解したのかラウラは説明する。
「これでも片付いている方なのですよ。以前はもっとぐちゃぐちゃというか……本当に手に入れた順番に投げ込んでいたような状況でしたからね。今は、ちゃんと用途や種類、年代や、人工物か迷宮産出のものか、など、一定の基準に従ってまとめて配置してあります。数が多すぎて、まだまだ未分類なものも少なくはないのですが、時間をかけてやるしかありません」
確かにこれだけの数、整理するだけでも手間だろう。
家の倉庫の整理とはわけが違うのだ。
中には人の三倍はありそうな巨大な魔道具と思しき物体などもあるが、あれはどうやって動かすのか……。
ラウラの力ではどう考えても無理そうだが、イザークが頑張るのだろうか?
ラトゥール家の使用人は大変だな……。
ラウラは続ける。
「この中から、好きなものを選んでもっていっていただいて構いません。どれも一級品……と言えるかどうかは正直微妙ですけど、そこはレントさん、貴方の目利き次第です」
「それはどういうことだ?」
言い方が気になって素直にそう尋ねると、ラウラは言う。
「ご存知かもしれませんが、魔道具は玉石混交だと言うことです。とりあえず、気になったものを収集してきたもので、本当にただのガラクタとしか言えないものも混じっているのですよ。あえてそういうものを選んで持っていっていただいても構わないのですが、冒険者の方なら有用な魔道具が欲しいのではないかと思いまして、一応のご注意を」
「なるほどな……」
ただその場ではね続けるだけ、などという魔道具もこの世に存在するくらいである。
せっかく選びに選び抜いたのにも拘わらず最終的に手にしたのはそんなものだ、となったら目も当てられない。
しかし、俺にそこまでの目利きは厳しいものがある。
一般的に知られている魔道具についてはそれなりに知識はあるが、ここにあるものは多くが見たことがないものだ。
おそらく大半がオークションなどで手に入れた一品ものなのだろう。
そうなると……見ただけではどうにもならないように思える。
それで少し悩んでいると、ラウラが助け舟を出してくれた。
「気になったものがあれば、言っていただければどのようなものかはご説明しますよ? ……私にも用途が分からないものも、ないわけではないので、そういう場合はご自分の目で確かめていただくしかありませんが」
「ありがたいが……しかしなんでそんなものを集めたんだ……?」
用途が分からない魔道具など、それこそガラクタである。
そう思っての質問だったが、ラウラは笑って、
「収集癖とはそういうものですよ。とにかく欲しい! それだけです」
そう答えた。
まぁ、分からないでもない。
ある意味、真理ではある。
貴族や商家など、ある程度財力を持て余した家の当主は妄執にとらわれたかのような収集癖を発揮することも少なくないからな。
錠前集めとか、ゴブリンの魔石だけをひたすらに集めるとか、そういうことはたまに聞く。
見せてもらうと確かに結構面白いは面白いのだが、他人から見ると微妙だ。
ただ本人が楽しんでいる、というだけなので別にいいのだが、なんで、とは聞きたくなるのが人情だ。
そしてそこに論理的な答えが出ることは無い。
集めたいから、それだけだ。
まぁ、そういうことを考えると、ラトゥール家の魔道具収集と言うのは比較的分かりやすい趣味ではある。
そのお陰で俺も高価かつレアな魔道具をもらえるわけだし、文句を言うのはやめておこうと思った。