第90話 奇妙な依頼と銅貨一枚
しかし、さりとて他に欲しい魔道具が何かあるか、というとそういうわけでもない。
もちろん、長い年月魔道具を収集し続けた家であるラトゥール家の保有する魔道具だ。
何をもらおうとも、売れば相当な金額になることは確実である。
つまり、どんな魔道具でも欲しいとは思う。
が、特定の、こういうものがほしい、というのは特には……。
「……とりあえず、どんなものがあるのかみせてもらっても?」
俺がそう尋ねると、少女は、
「もちろんです。では、こちらへ……」
そう言って歩き出す。
イザークも後に続いた。
一言も言葉を発しないのは、やはり少女がいるからだろう。
イザークの主、それはつまり……。
「そう言えば、自己紹介が遅れました。私は、このラトゥール家の当主、ラウラ・ラトゥールと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
そういうことだろう。
つまり、彼女はラトゥール家の誰かの娘だ、というわけではなく、彼女こそがこの家の当主なのだ。
俺はそれを聞き、この年で、と思わなかったわけではないが、こういうことは冒険者のように年齢制限が設けられているわけでもない。
むしろ、相応しい者が、様々な事情の上に小さいころから務める、という場合も少なくないのだ。
特に貴族の場合、色々と血生臭いお家騒動ののちに、年端もいかない子供が家の当主に、ということになる。
このラトゥール家は、貴族家ではないにしろ、この財力だ。
当主争いというのが普通にあっても納得がいく。
金の力と言うのはおそろしいものだからだ。
俺もまた、彼女に言う。
「おれもじこしょうかいがまだ、だったな。おれのなまえは、れんと・びびえ。どうきゅうぼうけんしゃだ」
この言葉に、ラウラは少し驚いた表情をしていたが、やはり主従は似るのか、以前イザークに名乗った時と変わらない反応だった。
つまりは、銅級だからと言って、別に落胆したりはしないということだ。
これは態度としては立派だとは思うが、やはり非常に珍しい。
なにせ、これから依頼をしようとする相手なのだ。
それなりに高いランクである方が安心できる。
もちろん、銅級相応の依頼をそれと知って任せる場合には、銅級が来ても問題ないのだが、貴族の家や、商家、もしくはこういった歴史ある大きな家が冒険者組合にする依頼は高難度のことが多く、それに見合った冒険者が派遣されるものである。
したがって、あまり銅級が来る、ということはないのだ。
今回についてはイザークが俺を指名したから来ることになっただけで、本来であればラウラにしろイザークにしろ、俺のような低級冒険者にはあまり依頼しない身分なのだ。
それなのに、俺のランクを聞いても大して気にしない様子なのは、イザークから《タラスクの沼》で会った俺の話を聞いているからなのだろうか。
……いや、そんな様子はないな。
ラウラはイザークの方をちらりと見たが、その視線は、むしろ、なるほどね、とでも言いたげなようなものだった。
おそらくは、イザークはラウラに俺の大まかな印象だけ伝え、ランクなど詳しいことは言わなかったのだろう。
てっきりイザークは何もかも主であるラウラに説明しているものかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
どういう主従なのか……と思うが、基本的にはイザークはラウラに絶対服従のようであるし、うちの小鼠エーデルとはわけが違うことだけは分かる。
ちなみに、今日はあいつはいない。
なんだか、孤児院の地下で小鼠たちの会合が行われるらしいからだ。
俺としても、このラトゥール家の人間について詳しいことは分からなかったので、小鼠を連れていくのはやめておいた方がいいかもしれないと思っていただけに、ちょうどよくはあった。
エーデルは俺の聖気によって間違いなく清潔だが、やはり不潔であると見る人間も間違いなくいる。
育ちが良ければよいほど、そうなっていくことは目に見えていて、だからこその懸念だった。
そう頭の中で考えると、べし、とエーデルに蹴られ、それから、自分は清潔である、といった意志が伝えられたが、こういうことは事実よりも印象の問題だから仕方ないだろう、と伝えると引いてくれた。
……俺より理性的な奴かもしれない、とたまに思わせるエーデルであった。
「銅級で《タラスクの沼》を攻略されるとは……あそこはとてもではないですが、銅級が行けるような場所ではないと聞きます。また、どうしてあんなところに……?」
ラウラがそう尋ねてきた。
イザークから聞いてないのか、と思ったが、そもそもイザークにもあそこにいた理由は言ってなかったな。
俺は答える。
「こじいんからいらいされたんだ。どうかいちまいで、な」
この言葉は、冒険者からすると色々な意味が読み取れる分かりやすい言い方だ。
しかし、ラウラにはそんなことは分からなかったらしい。
首を傾げて、
「《タラスクの沼》を銅貨一枚で、ですか? それは……」
と言ったので、俺は説明する。
「こじいんからのいらいだからな。しかたないさ。それに、ほうしゅうがどうかいちまいのじてんで、ぼうけんしゃはさっするものだ」
金がないから、銅貨一枚しか出せないから、銅貨一枚で依頼をする。
それは確かにその通りだ。
だが、あの報酬額にはそれだけではない意味がある。
つまり、一種のボランティア募集の意味だ。
冒険者組合は基本的に依頼で報酬を得る商売をしている団体であるから、そんなことは普通は出来ないはずである。
しかし、それでもいつの時代もそこそこ善意のある冒険者というのはいたし、冒険者組合にもそういったものは少しはあった。
その善意が、今でも黙認されつつ続いている、一種の制度のようなものを作った。
世の中には冒険者など、相当な武力を持った者しか解決できない問題があり、しかしどうしても依頼する金がない、という者がいるという現実は、いつの時代もあった。
そういうものについて、少しだけ、手を貸そうと、一人の冒険者が冒険者組合の制度をうまく使って始まったのが、銅貨一枚依頼だと言われる。
冒険者組合に依頼する際の最低報酬は規定上、金銭でなら、銅貨一枚になる。
これは、パンが二つ買えればいいような、おそろしく低廉な価格だが、別にこれで依頼してダメだ、というわけではないのだ。
冒険者組合に銅貨一枚で依頼をし、依頼票を掲示板に張ってもらえば、冒険者たちの目に留まる。
もちろん、それをとるかどうかはそれぞれの自由だが、依頼人と、報酬、そして備考欄に書いてある事情などを見て、これは冒険者の力がいるな、と判断できれば受ける冒険者と言うのはいつでもある程度はいたのだ。
結果として、そういった依頼は非常に低廉な報酬設定であるにもかかわらず、善意の冒険者たちが受け、解決してきたのだ。
その優しさからくる制度を悪用する者もいなくはないが、これについてはある程度経験を積めば、本当に困っているのか、ただのケチとか悪意のゆえなのかは簡単に見抜けるようになる。
大した問題はない、というわけだ。
そんな話を大まかにラウラにすると、彼女は感心したような表情で、
「冒険者の方がそれほどお優しいとは意外でした」
そう言った。
まぁ、確かに、強面の多い職業である。
俺にしたって仮面骸骨ローブだ。
パッと見て優しい!などと判断する人間がこの世にいるとは思えない。
そもそも、そんなに優しいという訳でもない。
ただ……。
そう、ただ、出来ることはしたいというだけだ。
冒険者と言うのは、その職業上、凄惨な現実を目にする機会が少なくない。
そんな中で、自分が少しでもいいことをしている、という実感を持ちたい瞬間がある。
そういうとき、そんな依頼が目に入ったら、つい受けてしまう。
そういうことだ。
それは、俺が、人であることに縋りついているのと少し似ていた。




