第9話 冒険者リナ・ルパージュ
冒険者、リナ・ルパージュは駆け出しの冒険者だ。
まだ十七になったばかりの、年若い少女。
身に付けている武具が安物であり、また容姿について手入れもそれほどしていないからか、貧相に見える。
しかし、よくよく見てみれば、梳かせば美しいだろう金色の髪に、夢見るような水色の瞳を持った、冒険者などではなく、ドレスなどの方がよほど似合いそうな華やかな容姿をしている。
そんな彼女が都市マルトに来たのは簡単な理由で、駆け出し冒険者向けの低位迷宮が二つ存在し、おすすめだという情報を王都で得たからに他ならない。
王都では、冒険者の数が多く、腕のいい者もたくさんいるため、何一つコネのない駆け出し冒険者が活動するには中々に厳しいところがあり、リナはもっと居心地のいい場所を探していた。
そんな中、冒険者組合職員から、辺境の街や村では駆け出し冒険者であっても十分需要があるし、腕を上げながら稼ぎたい、というのであればいくつかの都市は紹介できる、と言われたのだ。
リナはその紹介に迷わず飛びつき、そして都市マルトへとやってきた。
本来、いくら仕事が少ないと言っても、王都で冒険者になった者は辺境へと拠点を移すことは嫌がる。
なぜなら、いずれ華やかな依頼を受けてトップ冒険者へ、と考えている者が大半で、そんな者たちからすると、王都は離れがたい土地に思えるからだ。
辺境へ向かうことを“都落ち”と言うこともあり、王都の一般的な冒険者の感覚がそれでよくわかる。
しかし、リナにはそう言った感覚はまるでなかった。
むしろ、王都から出来る限り早く離れたいと願っており、そんなリナにとって、冒険者組合職員の紹介は渡りに船だったと言っても過言ではなかった。
そうして、リナが辺境都市マルトについたのは、つい先日のことである。
ある意味で夢と希望を胸に都市マルトにやってきたリナだったが、そんな希望は早々に打ち破られた。
というのも、マルト周辺の迷宮というのはどちらも本当の駆け出しの駆け出しであるリナにとって、単独で探索するのは厳しいレベルであり、パーティを組む必要があったのだが、誰もリナとは組んでくれようとしなかったからだ。
その理由は、リナの性別と、容姿、そして経歴にあった。
まず、女である時点で冒険者として一段落ちるとみなされ、見た目があまりにも華奢に見えるし武具も貧相であることから、ろくに戦えないだろうと考えられ、最後にまだ冒険者になって一月も経っていないと言うと、これは道楽だなと決めつけられて、その時点ではい、さようなら、となってしまうのだった。
酷い話である。
実際には、リナの実力は都市マルトにいる駆け出し冒険者たちと比べると、むしろ一段上にあるし、武具もよく手入れされていてその誠実な性格が分かる。
冒険者になって一月も経っていないというのに、それだけの力と心持を手に入れているのは珍しく、むしろお買い得な物件であると言ってよかった。
しかし、リナにとって運の悪いことに、リナがパーティを組んでくれる者を探しているとき、リナの実力を適切に判断し、正しい評価をくれる存在がいなかった。
本来、この役目を担う者はそれぞれの都市の冒険者組合には必ず数人いて、常時、冒険者組合に付設された酒場で管を撒きつつ新人を観察しているものだ。
そして、都市マルトの冒険者組合においてはレント・ファイナが担当しており、彼がいないときはそのときいる高位冒険者の誰かがやるのだが、リナがパーティメンバーを探していた時は、運悪くどちらも不在だったのだ。
そのため、リナは自分とパーティを組むのに適切な実力を持った者と出会うことが出来ずに終わり、たった一人で食い扶持を稼ぐために迷宮に潜ることを決断せざるを得なかった。
これには冒険者組合職員も問題を感じないではなかったが、リナの実力については王都の冒険者組合から送られてきた資料を見て知っており、迷宮をある程度探索しても死亡する確率は低いと判断できたため、依頼を受ける際に注意するにとどめた。
いずれ、レントか誰か、リナとパーティを組む者を探す冒険者がやってくるだろうし、それまでの場繫ぎと考えればそれほどの問題もないだろう、という判断でもあった。
実際、それは一般的にはそれほど間違ってはいない判断だったのだが、リナが思いのほか世間知らずであることを知ればまた、別の判断がなされただろう。
そう、リナは、かなりの世間知らずだった。
剣技に関しては駆け出しにしてはそれなりの技術を持ってはいるが、それはあくまで模擬戦闘用の演武的な技術であって、実戦に関しては経験がかなり浅かった。
そのため、彼女はソロ冒険者向けと冒険者組合で紹介された迷宮≪水月の迷宮≫に潜って戦い続け、そして最後には窮地に陥った。
はじめ、数体の魔物を倒すことは出来ていたので、そこで戻って素材や魔石を換金すれば良かったのだが、リナは自分の調子が良く、もう少し行けるだろう、と判断してしまったのだ。
これは初心者が陥りがちの間違いで、王都にいたときはパーティを組んでいるメンバーがいて、その中でも経験豊かな者が注意していた。
しかし、そう言った人間がいなくなり、リナの判断はひどく甘くなってしまったのだ。
その結果として、骨人に殺される一歩手前までいったわけだ。
いや、そのままなら間違いなく殺されていただろう。
しかし、リナは運が良かった。
彼女は、彼女を助けてくれる実力者に出会うことが出来たからだ。
骨人がリナを殺そうと腕を上げたそのとき、
「……うがぁぁぁっぁ!!!!」
そんな声を上げて、何者かがやってきた。
リナは一体だれが、と思ったのだが、それが何なのかが明らかになったそのとき、絶句した。
なぜなら、それは、骨人などよりも数倍恐ろしい屍食鬼だったのだから。
しかも、顔の部分に複雑な刺青が刻まれていて、それが淡い青色に発光している。
リナはさして沢山の種類の魔物に出会ってきたわけではないが、それでもその魔物が特別な存在――おそらくは特殊個体、と言われる魔物なのだろうと即座に察した。
魔物の特殊個体とは、《名付き魔物》とか《希少魔物》とか言われる、非常に珍しい魔物のことで、たとえば迷宮だと、その階層に本来出現しない魔物だったり、また通常個体とは特徴の異なる魔物のことを言う。
そして、それらはほとんどの場合、通常個体とは格が違うと言っていいほど強力であり、出遭えば死を覚悟しなければならないほどのものであることも少なくない。
リナの目の前に現れた屍食鬼は確実にその特殊個体であることは、その容姿から明らかで、しかも出ている雰囲気からして何だか強そうなのである。
これは、まずい。
そうリナが思うのも当然だった。
さらに、その屍食鬼はリナを殺そうとしていた骨人に向かってその持っている剣を一閃させ、軽々と真っ二つにしてしまったのだ。
その動きは余りにも美しく、一瞬魔物であることを忘れてただただ綺麗だと思ってしまったほどである。
しかし、冷静になると、その事実はさらにリナを硬直させる。
なぜと言って、リナには絶対に勝てない、とそういうことにしかならないからだ。
ここで、自分の冒険者人生は終わりか。
そのとき、リナはそう覚悟したくらいだった。
しかし、奇妙なことに、リナがそこでその魔物に会ったことは、むしろ幸運だったらしい。
リナの前に現れたその魔物は、なんと喋り出し、リナと会話をしたのだ。
そして、リナに頼みごとをした。
それは、服を買ってきてほしい、ということ。
リナはそれを快諾し、街へと走った。
騎士として、命の恩には報いなければならないと思った。
なぜなら、リナは、今は冒険者をしているが、もともとは騎士の家の娘なのだから。