第83話 銅級冒険者レントと弟子
「じゃあ、これで依頼は完了、っと……」
薬師と治癒術師の二人が早速薬の作成に入ると孤児院を出たのを見送った後、そう言いながら、アリゼが依頼票にサインをくれる。
依頼をくれたのは孤児院の代表であるリリアンではなく、孤児院の孤児一同であり、そしてその代表はアリゼだ。
したがって彼女にサインをもらうことになった。
それにしても、これでやっと依頼終了だ。
あとはこれを冒険者組合に提出すれば報酬を貰うことが出来る。
いつもより相当に大変な依頼だっただけに、感慨深いな。
……ま、銅貨一枚だけどな。
「ああ。ありがとう」
俺がそう言って依頼票を受け取ると、アリゼは首を振って、
「それを言わなければならないのはこちらの方よ。本当言うと依頼は……出したはいいけれど、ほとんど諦めていたのよ。銅貨一枚で《竜血花》を採取してきてくれる冒険者なんているはずがないって。でも、貴方はわざわざ受けて……そして本当に《竜血花》を持ってきてくれた。いくら感謝してもしたりないくらい。本当に、ありがとう。レント。もし何かあったら必ず言って。私も、ここの子供たちも、きっと貴方の力になるから。……貴方に助けが必要かどうかは分からないけど」
そう言ってくれたので、俺は答える。
「おれにだって、たすけがひつようなときはある。そのときは、たよらせてもらうさ……それと、こんかいのいらいだが、おれいがいにも、うけようとしていたやつはいたぞ。ただ、すこしばかり……むずかしすぎたみたいだが」
こんな言い方になったのは、アリゼが若干冒険者の良心に失望しているように思えたからだ。
もちろん、そんなつもりで言ったわけではないことはわかる。
ただ、冒険者は基本的に冷たいものだ、というステレオタイプな印象をどこかで持っているようにも感じられた。
まぁ、彼女の話は分かる。
《タラスクの沼》にわざわざ行きたがる冒険者など実際に、滅多にいないのは事実だからだ。
しかし、冒険者の中にも物好きはいるのだ。
実際、受けようとしていた奴はいたみたいだしな。
内容と自分の実力を相談して、無理だと思っただけで。
俺は冒険者に幻滅はしてほしくなかったので、その点についてはしっかりと弁解しておくことにしたというわけだ。
そんな俺の言葉に、アリゼは、少し驚いて、
「そうだったの……? 私、てっきり誰も孤児院の依頼なんて受けようなんて考えてはくれなかったんだと……」
そう言った。
確かに最初会ったとき、アリゼはあまり表には出さないようにしていたようだが、冒険者に対してそれほど期待していなかったような雰囲気があった。
鉄級が来ると思っていた、というのは、大した経験もない冒険者が、何も考えないで来る以外にこんな依頼は受けないだろう、と思っていたということだったのかもしれない。
そう言えば、他にも……。
「ぼうけんしゃになりたい、といっていたのは……」
「ええ。リリアン様の病気は進行が遅いって話だったでしょう? だったら、時間がかかってもいいからいずれ私が《竜血花》を取りに行けば……と思っていたの。それに、冒険者になれば孤児院に寄付だってできるわ。何かあれば力になれるだろうし……今思えば浅はかだったかもね。でも、それ以外に何も思いつかなくて」
そう言った。
気の長い話だが、《邪気蓄積症》は命がなくなるまで五年十年かかるという話だったし、十年なら、今十歳過ぎくらいのアリゼが冒険者になって一人前になるまで……なんとか持つかもしれないと言う感じだ。
不可能ではない辺り、何も考えていないと言うわけでもない。
問題はそこまで強くなるには相当な修練と才能が必要だと言うことだが、才能の方は魔力があるわけだし、頑張れば《タラスクの沼》くらい行けたのかもしれないな。
「おもいのほか、いろいろかんがえていたみたいだな。ま、けっかとしてむだになったが……ぼうけんしゃのゆめはもう、あきらめるのか?」
気になって尋ねてみると、意外にもアリゼは首を振る。
「いいえ、今回の事で、やっぱりなりたいなって気持ちが強くなったわ。もちろん、もう《竜血花》を取りに行く必要はないけれど……いつか冒険者になって、それで、レント、貴方みたいな冒険者になりたいわ。人のために働ける、そんな冒険者に」
……え、俺?
と思ったが、特に口には出さない。
出さずに、俺は言う。
「そんなにりっぱなものじゃないとおもうが……」
「何言っているのよ。リリアン様は貴方のお陰で命が助かって、元気になるのよ……それに、今、この孤児院は貴方のお陰でとっても清潔になったし」
と、身に覚えのない話をされて首を傾げる。
「どういうことだ?」
そう尋ねると、アリゼは、
「知らないの? 貴方の肩に乗ってる小鼠ちゃんの子分が、孤児院中の虫を退治してくれているの。前まではちょっとゴキブリとかたまに出てたんだけど、気づいたら死骸が一か所に集められてたりすることが増えてね。どういうことかと思って、そのゴキブリ山の近くで隠れて見張っていたら、小鼠ちゃんがどこからともなくゴキブリをくわえてやってきて、置いていくのよ。いくら駆除してもどこかから出てくるからね。ありがたいわ」
エーデルの手下たちが妙なところで活躍していたらしい。
なんだか無駄に高性能な奴らだが……まぁ、そういうことならいいか。
しかしなぜ、と思ってエーデルの目を見てみれば、あいつらは自分の寝床を綺麗に保ちたいから頑張ったんだろう、という返事が返って来た。
なるほど、別に人のためではないのか。
しかし結果としてアリゼたちのためになっているので、ちょうどいい共生関係が出来上がっているのかもしれなかった。
「おもってもみなかったはなしだが……べつにあれはおれのてがらじゃないからな」
「それでも貴方がいなければ何も変わらなかったわ」
とにかく否定してもアリゼは頑固であった。
流石に俺も根負けして、
「……わかった……。まぁ、すきにするといいさ。ただ、そうだな、ほんとうにぼうけんしゃをめざすなら、しゅぎょうははやめにしておいたほうがいいぞ。じゅうごでとうろくできるが、それまでにきほんはみにつけておかないとすぐにしぬ」
村から出てきてそのまま登録する愚かな奴も少なくない商売である。
だからこその、実際的なアドバイスであった。
これにアリゼは頷き、
「でも、どうやって修行したらいいのかしら?」
と尋ねる。
俺は、
「いろいろほうほうはある。ぎるどでもしんじんむけのこうしゅうはやっているし……そうだな、じかんがあるときにおれがおしえてもいい」
つい、そう言ってしまった。
弟子など持ったことはないが、それこそ冒険者組合の新人向けの講習などは担当したことがある。
新人に必要な最低限度の知識と技術くらいなら、俺でも教えられる自信はあった。
あとは……。
「まりょくをもっているなら、まほうもまなんだほうがいいだろうな……おれはそこはびみょうだから……すこししりあいにあたってみてもいい」
誰の事かと言えば、ロレーヌである。
毎日研究三昧で忙しそうな彼女であるが、だらけているときは徹底的にだらけているので、そういう時間を少しだけ、アリゼに当ててもらえないか聞いてみようと思った。
これにアリゼは、遠慮がちに、
「……でも、私、お金が……」
まぁ、そりゃあそうだろう。
孤児院の子供で、依頼に銅貨くらいしか出せないのである。
金などあるはずがない。
魔術師に払うべき授業料は高額なことが多いしな。
ロレーヌは別に金なんかいらんといいそうだが。
が、それについては別にいい。
「きにするな」
「それはダメよ」
「そういうとおもって、あんがある」
「えっ?」
「おれが、むりしで、かそう。へんさいはぼうけんしゃになって、かえせるようになったとき、ということでどうだ」
まぁ、この辺りが落としどころだろう。
彼女だってこれ以上の施しは要るまい。
まぁ、無利子と言う時点で施しの色彩を帯びるが、それについてはあまり気にしない。
なぜなら、
「……それなら、お願いするわ。でも、利子はつけて返す。冒険者になって、稼げるようになったら……ねぇ、それでもいい?」
そう言うだろうと思ったからだ。
俺は頷いて、
「じゃあ、けいやくはせいりつ、ということだな」
そう言って手を差し出すと、アリゼはその手を強く握ったのだった。