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望まぬ不死の冒険者  作者: 丘/丘野 優
第7章 銅級冒険者レント
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第82話 銅級冒険者レントと薬師

「……これは、素晴らしいね! ここまでしっかり処理して持ってきてくれるのは珍しいよ」


 そう言ったのは、アリゼの知り合いの治癒術師であるウンベルト・アベーユの連れてきた薬師のノーマン・ハネルである。

 ウンベルトの方がかなり細身の中年の男性で、ノーマンの方が少しふっくらとした二十代半ばの男性である。

 二人とも大分人の好さそうな雰囲気と見た目で、孤児院に協力的なのが会ってすぐに理解できた。

 

「そうか? 《たらすくのぬま》にいくのはこういのぼうけんしゃがおおいから、それなりにちゃんとしているのがふつうかとおもっていたが……」


 冒険者というものは、ランクが高くなるにつれて当然のこと、仕事の質が上がっていく。

 単純な腕っぷしもそうだが、たとえば採取技術や解体技術、それに礼儀や学問の知識についてもそうだ。

 もちろん、専門家ほどではないが、必要最低限の技術や知識は上を目指そうとする段階で必要に駆られて自然に身に付いていくものだからだ。

 まぁ、偏った依頼を受け続けたり、実力が隔絶して高いとか、そういう場合には例外もあるし、試験や依頼を誤魔化しながらうまいことランクを上げる者もいるが、基本的には、という話だ。

 そのため、《タラスクの沼》に行って《竜血花》を採取して戻って来れるくらいの冒険者であれば、俺のような特殊な事情を抱えていない限りは、銀級から金級程度のランクになるのが普通なので、素材の採取についてもそれなりの技術を持っているはずなのだ。

 しかし、薬師のノーマンは俺の言葉に首を振って、


「いや、技術は持ってないわけではないんだろうけど、あそこは場所が場所だからね……タラスクや毒に侵されないように警戒することにだけ注意がいって、肝心の《竜血花》の状態についてはとってくればいいだろ、みたいな扱いをされることが多いんだ。それでも、あまりあそこに行く冒険者が少ないこともあって文句も言いにくいんだよね。そもそも、行ってくれるだけですでに結構ありがたいんだから」


 と実情を語ってくれた。

 あんなところに長居したいなどと考える者がいるはずがないことは容易に想像できることで、その話も理解できる。

 それに、他に稼ぎどころがあるのにわざわざ行く時点で、全部ではないにしても多少は冒険者の側にも善意と言うかボランティア精神みたいなものがあった上で依頼を受けているものと思われた。

 もちろん、冒険者と依頼者は基本的に対等なものだが、《タラスクの沼》のような冒険者の側の供給が需要と釣り合っていないと、やっぱりどうしても冒険者の側の立場の方が強くなってしまうと言うことかもしれない。

 依頼全体で見ると依頼者の方がずっと立場が強くなることの方が多いんだが……全部バランスよくとはいかないものだな。


「そういうことなら、よかったかな……」


 俺がそう呟くと、ノーマンは、


「良かったに決まっているさ。これだけ状態のいい《竜血花》があるのなら、《邪気蓄積症》の薬もすぐに作れる。《花竜血》は花に傷がないほど質のいいものがとれるからね……その後の調合も楽になるし。欲を言えばもっとたくさんの《竜血花》があれば他にも色々と作れるんだが……」


 それは流石に欲張りだろうね、と言ったノーマンに俺は言う。


「……いくつ欲しいんだ?」


「え? そうだね……あと三、四株くらいあればうれしいかな。そうすれば、他に回ってる人たちの病気を治せる薬もいくつか作れるから」


 これは別に俺に強請っていったわけではないだろう。

 なにせ、俺が他に何株も《竜血花》を採取してきたとは言っていないし、ノーマンも、こんな《竜血花》を採取してこられる冒険者がもっといれば、依頼できるのにな、とぼやいているからだ。

 あまり嘘をつけそうなタイプにも見えないし、アリゼが俺の横に近づいてきて耳元で、


「……ノーマン先生は孤児院だけじゃなくて、貧民街もよく回って自費でお薬を出しているの。今時珍しい偉い先生なのよ」


 その言い方には必ずしも称賛と尊敬の気持ちだけでなく、あんなに人がよくて大丈夫なのかしら、という心配の気持ちも感じられた。

 アリゼからしてみれば非常にありがたい存在で感謝しているのも間違いないのだろうが、薬師と言うのはそもそも素材を集める時点で結構なコストがかかる職業だ。

 高値で薬を売るのは必ずしも金儲けのためという訳ではなく、続けるためにはそうせざるを得ないからだ。

 それなのに……ということだろう。

 そこにはノーマンの先行きの心配に加えて、いなくなられては非常に困る、という現実的な考えも感じられた。

 まぁ、アリゼからしてみればそう思うのも無理はないだろう。

 しかし、現実に彼は続けられているわけで、何らかの方法でもってそう言ったコストを補っていると思われた。

 それが何なのかは分からないが……まぁ、問題ないならいいだろう。

 それより、そう言う事情ならば、俺としてもストックしている《竜血花》を出すのも吝かではない。

 俺は言った。


「なら、これをつかってくれ」


 そして、魔法の袋から四株の《竜血花》を出し、テーブルに置く。

 それを見て、ノーマンも、そしてその隣の治癒術師ウンベルトも目を見開いた。

 まさかソロで行ったのにこれほどの数の《竜血花》を持っているとは思ってもみなかったのだろう。

 《竜血花》がどのように群生しているかを知っていればそれほどの驚きは感じないものだが、そもそも魔法の袋自体、俺の持っているくらいの大きさでも持っていない冒険者は少なくない。

 俺はこの魔法の袋を五年は金を貯めて買った。

 銀級でも一年は貯金が必要と思われ、しかし冒険者はその性質からあまり宵越しの金は持たないタイプが多い。

 それに加えて、いつでも買えるというものでもなく、オークションや闇市などで出品されたときにたまに買えるくらいだ。

 俺は色々と知り合いが多いので情報を集めて購入できたが、一般的な冒険者の持つ魔法の袋の収納量は、俺の魔法の袋の半分程度だ。

 必需品や容器などを突っ込んでいくと、素材はそれほど詰め込めない、というわけである。

 それでもパーティを組んでればそれなりの量の素材を持って帰っては来れるが、《タラスクの沼》を攻略するとなると毒関係の対策のために必需品がどうしても多くなってしまう。

 結果として、《竜血花》は一人一株くらいしか持って帰って来れないというわけだ。

 俺の場合は毒対策が不要で、かつ袋の容量がそこそこ大きいので出来たことだ。

 この体様様だな、と何度目か分からない気持ちが心に浮かんでくる。

 もちろん、いずれは人に戻りたいが……どうにか耐性とかだけそのままで人間に戻れないものだろうか。

 ……それこそ欲張りすぎかもしれないな。

 仕方ないだろう、人間は欲張りな生き物だ。なにかが手に入ったら次が欲しくなるのだ。

 そんなことを考えていると、肩に乗っているエーデルから、自分はそんなことないぞ、という意思が伝えられた。

 そりゃ、鼠さまはそうだろうさ……と考えると、肩を強く引っかかれた。

 はいはい、悪かったって。


 ともかく、俺が出した《竜血花》に硬直していた治癒術師と薬師だが、薬師の方……つまりノーマンが再起動して、俺の方を見、


「い、いいのかい!? こんなにあるなら僕に売るよりも、大手の薬屋に売った方が高く売れると思うんだけど……」


 どうやらノーマンは依頼されたわけではない、余分に出した分についてはお金を払ってくれるつもりらしい。

 しかし、俺は首を振った。


「いや、これはあなたのかつどうのこうけつさにめんじて、むりょうでしんていしよう……なに、じつのところ、まだあるのだ。だからしんぱいせずともかまわない」


 別に、何か施しをしたくなったわけではない。

 が、たまにはいいことをしたような気分にもなりたくなる。

 つまりこれは自己満足だ。

 それにそもそも儲けようと思って持ってきたわけではなく、知り合いが欲しいと言っていたなとなんとなく思って袋に入る分、沢山持って来てみただけだ。

 だから譲ることに大した問題はない。

 俺よりもよほど有用に使ってくれるだろう。

 それに、今の俺の顔と名前を知った上で、関係を結んでおける薬師というのは欲しいと少し思っていたのだ。

 ロレーヌも調薬についてはそれなりにできるが、あいつの専門は魔法薬関係で、病気についての特効薬とかその辺りは少し範囲から外れるため、流石に本職ほどではないからな。

 ノーマンはそう言う意味で、俺にとってちょうどいい相手だったと言える。

 打算的で非常に申し訳ない気もするが、誰も損しないのだから別にいいだろう。

 

 ノーマンは俺の台詞に驚いたように再度静止していたが、最後には、


「……すまない。助かる。これでどれだけの人の命を救えるか……もし何か困ったことがあったら僕に言ってくれ。少なくとも、薬についての知識は誰にも負けない自信がある」


 そう言って感謝してくれたのだった。


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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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