第7話 屍食鬼の実力
「……やぁっ!!」
そんな声を上げながら気勢を示しつつ、骨人に飛び掛かってるのは、一人の若い少女だった。
身に着けているもの――安物の皮鎧、安物の片手剣などからして、おそらくは鉄級になりたての駆け出し冒険者なのだろう。
都市マルトにいる冒険者のうち多くの顔と名前を知っている俺をして、見覚えのない顔ということは、つまりそういうことに他ならない。
鉄級冒険者なんて俺からすればそのうち抜かれていくだろう忌々しいライバル冒険者に過ぎないのに、なぜ顔を覚えているかと言えば、俺の才能のなさを知って馬鹿にする奴や、何かしらの濡れ衣を被せようとする奴が後を絶たないからだ。
そういうとき、しっかり顔と名前、それに立ち位置やら交友関係やらを覚えておくと後々、色々と生きてくるのである。
冒険者として、腕っぷしの方ではあまり才能のなかった俺だが、そういう記憶力とか作戦の立案とかの方向ではむしろ才能がある方だったらしく、鉄級程度の奴が組み立てる陰謀など簡単に叩き潰すことが出来た。
マルトにおいて俺よりも上位の冒険者というのは、そういう、俺の狡猾な部分を知っているため、おかしな手出しをしたりはしないし、まともな奴ばかりだ。
結果として俺はマルトの冒険者の質の向上にそれなりに寄与していたので、十年という長い期間低位冒険者をやってもやめろともお荷物だとも冒険者組合からは言われずに済んだ。
持つべきは計画性である、というわけだ。
それで、戦っている少女冒険者のことだ。
見るからに駆け出し、という装備通り、その実力もかなりしょぼい。
正直に言えば、生前の俺よりも弱いのではないか、と思われるほどだ。
まぁ、いくら俺が銅級下位冒険者だったとはいえ、鉄級と比べれば実力者である。
骨人を簡単に、とは言わないまでも危なげなく倒せる実力というのは伊達ではないのだ。
一般人なら骨人に遭遇したら死を覚悟しなければならないし、鉄級なら二、三人がかりでないと余裕を持ったり倒したりは出来ないのである。
ソロで頑張ってた俺が、まぁまぁの実力者だということが分かるだろう。
そして、そんな俺の目から見て、目の前の少女冒険者は弱いのである。
つまり、頑張って骨人と戦ってはいるが、このままだと一歩間違えれば負けてしまう。
そんな程度でしかないのだ。
まぁ、しかし、駆け出しとは言っても、腐っても冒険者なのである。
いざとなれば逃げの一手で退却をするという方法もあるだろう。
だから、俺はそこまで心配していなかった。
けれど。
――おいおい。
しばらく見ていると、少女の立ち回りのまずさが分かってくる。
彼女はいざというときのことをまるで考えずに、ただひたすら前に出て押しまくる、という戦法をとっていた。
しかし、それには地力が足りず、徐々に少女の方が押されつつある。
そして、この狭い通路しかない迷宮の中では致命的だ。
少女は押されに押され、そして、
「……っ!?」
どんっ、と背中が壁にぶつかったことに気づいた。
そりゃあ、こんなところで周りも見ずに戦っていたらどんな風にやってもいずれああなるだろう。
そして、彼女のような剣士ならばある程度、剣を振るうために体を動かせる余裕が必要である。
それを失ってしまった以上、彼女の先行きはこの時点で決まってしまったようなものだ。
事実、彼女が戦っていた骨人が嬉しそうに彼女に向かって手を掲げる。
武器は何も持っていないから、単純に腕力で敵を攻撃しようとしているのだろう。
しかし、骨人も腐っても魔物である。
その腕力は、大した防御力を持たない駆け出し冒険者ならば一撃で昏倒、当たり所が悪ければ死に直結するような一撃を放つことが出来るほどのものだ。
つまり、あれが命中すれば、少女は死んでしまうだろう。
ここまで考えて、俺は、仕方ないかな、と思った。
もちろん、このまま少女が死んでも仕方ないか、ということではない。
手を出さないで、黙って見ていた俺が、リスクを冒して彼女の前に姿を現すほかないな、と言う意味である。
俺とて、ここに来るまでは結構興奮していたが、実際に生きている人間を見て、頭は冷えてきていたのだ。
このまま目の前に俺が現れても、やっぱり魔物としてしか捉えられないだろうし、会話などきっとできないだろうと判断できるくらいには。
けれど、だからと言って人間を見殺しにする、というのは俺には出来る気がしなかった。
いくら体が魔物になってしまっているのだとしても、俺の心はやっぱり人間のものだ。
よほど嫌いな奴でない限りは、命の危機に陥っている人は助けなければと思ってしまう。
それは、俺の後輩ともいえる駆け出し冒険者なら尚のことだ。
そう、だから。
「……うがぁぁぁっぁ!!!!」
俺は骨人の注意を少女から引き離そうと、大声を上げながら姿を現す。
これが意味があるのかどうかは一種の賭けではあった。
なにせ、俺は見るからに屍食鬼なのだ。
魔物にとって、魔物の大声がどれだけの注意に値するものなのかは微妙なところである。
ただ、今まで俺が骨人の体で魔物と戦ってきたときは、敵の魔物は皆、俺を見つけると攻撃すべく向かって来た。
魔物同士であってもそういう対象なのか、それとも俺が異質なのかはともかくとして、この試みが成功する確率は高いと思ってやってみた。
そして、俺は賭けに勝ったようだ。
少女冒険者に今にも攻撃を加えようとしていた骨人だったが、俺の方を振り向いて向かってきたのだ。
その行動に、少女冒険者は驚いて目を見開く。
骨人が後ろを見せているのだから、そのまま切りかかれよ、と思うのだが、あまりの驚きで体の動きが止まってしまっていた。
仕方なく、俺は自分の剣を振り上げ、骨人に向かっていく。
さっさと決着をつけてしまいたかったので、温存気味の気の力を使って攻撃力を上昇させた。
まぁ、屍食鬼になって、自分の体の中にある気の量は結構増えている感覚もあるから、一度や二度使ったくらいでは切れないと分かっていたというのもある。
振り上げた剣を、今まで何度となく修行で繰り返して身に付いた動きに沿って振り下ろすと、骨人の体には一直線に切れ目が入り、そして一瞬のあと、バラバラと、それぞれのパーツが二つになって別れたのだった。
「……すごい……」
少女冒険者が茫然としたようにそう言って、骨人の末路を見届ける。
それはそうだろう。
骨人がいくら総合的には弱い魔物の分類に入るとはいえ、完全に真っ二つにしてしまえるほどの剣士など、そうそういないのだ。
誰だって見たら驚く。
そう。
俺だって。
なにこれ凄い。
えっ。
俺ってこんなに強くなってたの?
骨人を切った直後、自分がやったことだというのにそんな気持ちになってしまった。
力がついたとは思ってはいたが、ここまでとは。
この調子なら、吸血鬼になれる日も近いのではないだろうか?
希望が見えてきた気がした。
そして、ふっと思い出す。
そうだった、今はそんなことより、少女冒険者の方だった。
大丈夫だったか……。
と、言おうとして喉に色々な突っ掛りを覚え、そう言えば俺は今は屍食鬼だったっけ、と改めて思い出す。
下手に近づくと、飛び掛かられてしまうだろう。
それはいけない。
どうしたら……。
と思って少女の方を見てみると、少女は案の定、剣を構えて、こちらを見つめていた。