第68話 銅級冒険者レントと小鼠の力
孤児院の地下の魔物については、小鼠が眷属になってくれたお陰で解消したと言っていいだろう。
まぁ、そもそもが俺に依頼された仕事ではないし、別に何もしなくても大した問題はなかったのかもしれないが。
ちなみにあの小鼠以外にも探してみると何匹か通常サイズの小鼠を発見した。
ただ、こちらは本当に大した存在ではなく、アリゼに試しに戦わせてみたら、倒せてしまったくらいのものだ。
もちろん、全部でなく一匹だけだが、それでもいずれ冒険者に、という夢を持っている彼女からすると初めて魔物を倒せたということは嬉しいらしかった。
ついでに魔石もとれるし、ちょっとした小遣いにもなる。
冒険者組合で売るには登録が必要だが、別にその辺の商会にいってもあまり誤魔化さずに買ってくれるものなので問題はないだろう。
さらに、俺が眷属とした小鼠はちょっとした能力を見せた。
ちょろちょろと地下室を逃げ回る他の小鼠を捕まえるのに少し苦労していたのだが、それを見かねたのか、眷属の小鼠が逃げ回る小鼠を睨みつけると、まるで蛇に睨まれたかのように停止したのだ。
それから近づこうが触ろうが直立不動である。
まるで上司に怒られる部下のようで、もしかして、と思い、
「……したがえてる、のか?」
と尋ねれば、肯定の意思を伝えてきた。
どうやら、眷属の小鼠は、他の小鼠を従える力があるらしく、それは吸血鬼系統の魔物が持つ、眷属化と似たような技能なのだろう。
魔物と言うのは多かれ少なかれ、上位個体が下位個体を統率する能力を持っているものだ。
ゴブリンの上位個体、ゴブリン将軍とかゴブリン王などが多数のゴブリンを従えられるのが代表的だろう。
吸血鬼の場合は、自らの種族ではない存在を自らの傘下に収める力があることになるから、若干上位互換的な能力ということになるだろうか。
まぁ、自らの血を注がなければならない、というデメリットもあるが、吸血鬼の場合は個体の能力がゴブリンなどに比べて高いため、数より質重視と言うことかもしれない。
そう言う意味では、この小鼠がどの範囲の個体までをどうやって統率しているのかは分からない。
もともと地下室に住んでいたわけだから、こいつが親分的存在だった可能性もあるし、単純に下位個体はすべて統率できるのかもしれないし。
その辺りはあとで要研究ということになるだろうか。
家主がひどく喜ぶだろうな、という気がした。
そのためには、この小鼠を今日のところは家に連れて帰りたいが、もともとはこの地下室をリリアンに代わって守らせるつもりでいたのだ。
しかし、今、この小鼠は他の小鼠を従えているわけで……手下の方に守らせて親分の方は持って帰ればいいのではないか?
そう思って、俺は尋ねる。
「……おまえに、このちかしつをまもってもらうつもりだったが、こっちのやつらにそれをまかせることは、できるか?」
すると、眷属の小鼠はその赤い瞳をこちらにじっと向け、それから肯定の意思を伝えてきた。
喋れなくとも、なんとなく言いたいことが分かるのは、眷属化の力だろう。
魔物ってかなり便利に出来てるんだな、と思いつつ、たった今、小鼠との間で成立した話について、アリゼに話した。
彼女は、
「私としては全然かまわないけど……ここを魔物から守ってくれるってことは、他の子供が降りてきても大丈夫ってこと? たまに小さい子がここに潜り込もうとして心配なのよね……」
と尋ねてきたので、その旨についても俺が小鼠に聞いてみれば、問題ないという心強い感覚が伝わって来た。
そして眷属の小鼠がそのまま、横に配下のように控える五匹ほどの小さめの小鼠を睨みつけると、背筋を伸ばして「……ヂュッ!」と濁った返事をした。
「……もんだいないってさ」
「そうみたいね……」
小鼠たちのやりとりを見つつ、驚いた顔のアリゼにそう言うと、彼女も頷く。
それにしても、どうも、この小鼠たちは俺の眷属となった小鼠をひどく恐れているようだ。
やっぱり、もともと親分子分の関係だったんじゃないかな……。
そんなことを想いつつ、まぁ、こういうことなら問題ないだろうということで、俺はとりあえず今日のところは孤児院を後にすることにしたのだった。
◇◆◇◆◇
「……おかえ、っ……!?」
帰宅して扉を開き、そして中に入ると、ソファに寝転がって本を読んでいるロレーヌの姿が目に入った。
彼女も扉の開く音で俺が戻って来たことに気づいたようで、ゆっくりとこちらに目を向け、出迎えの挨拶をしようとしたようだが、その前に何かが目に入ってしまったらしく、息を呑む。
それから、少し深呼吸をして、改めて彼女は俺に尋ねてきた。
「……その肩に乗ってる小太りの黒い鼠はなんだ、と聞いてもいいか? 幻覚ではなさそうなんでな」
どうやら幻覚を見るようなことを先ほどまでしていたらしい。
改めて少し匂いを嗅いでみると、何か部屋にヤバそうな薬品の香りが満ちていた。
換気くらいしろ、と思って窓を黙って開け、それからロレーヌの正面の位置に戻って、言った。
「こじいんのちかで、なかまになった。きょうからせわになる……」
「……端折りすぎだ、と言っても許されると思うんだが、どう思う?」
「そうだな……」
確かにその通りだ。
俺は仕方なく、孤児院であったことを色々と説明した。
すべてを聞いたロレーヌは、
「……まぁ、そんな依頼を受けたのはお前らしいが、しかし《タラスクの沼》か。私でも厳しいぞ、あそこは。大丈夫なのか?」
「いろいろと、たいさくはかんがえてある。もんだいない」
「お前がそう言うなら、問題ないんだろうが……心配だな。ま、今更言うことでもないか。しかし、それにしても……眷属化か。そんなことも出来たんだな。色々と実験はしたが、確かにお前の血を他の生き物に呑ませるようなことはまだ、していなかったし」
まだ、というのに若干引っかからなくもないが、いくら俺が屍鬼で、吸血鬼の下位種族とは言っても、一般的には眷属を作ることは出来ない、とされている存在である。
いきなり眷属化が出来るかどうか実験してみよう、とはならなかったのだろう。
ロレーヌもまず、基本的には俺の健康と言うか、存在をちゃんと維持し続けられるのかどうかを主眼に置いて色々と試していたようだし、枝葉末節の能力については後回しにしていたらしい。
「……かってもいいか?」
「好きにしろ。それこそ今更な話だ。この家は不死者が住んでいるのだぞ。鼠の一匹や二匹増えたところで問題あるまい。家賃はもらうがな」
「やちん?」
「その鼠の血と毛をサンプルにくれ。いろいろと試したいことがある。もちろん、十分に健康を保てる量で構わない……それと、ふと思ったのだが餌は何になるんだ?」
そう言いながら、ロレーヌの手が俺の肩に乗っかっている小鼠に伸びる。
すると、小鼠はすんすんとロレーヌの指先を嗅ぎ、それから、
「あだっ」
軽く噛み付いた。
そして、血がにじんだロレーヌの指をぺろぺろと舐める。
「……なるほど、親と同じか? 全く……」
呆れたような顔をしたロレーヌだが、
「まぁ、分かりやすくていいかもな。それにしても私の血は大人気だ……」
冗談なのか本気なのかそんなことを言う。
ただ、機嫌は良さそうなので、まぁ、いいだろう。
それが、これから行うことの出来る実験に対する高揚なのかもしれないとしても、それを味わうのは俺ではなく小鼠の方だし……。
そう考えると、小鼠から、勘弁してくれ、という意思が伝わってくるが、こればっかりは俺にもどうしようもない。
以前、俺も同じようなことをされているんだから耐えろ、と意思を返すと、小鼠からはがっくりとした感覚が伝わってきたのだった。




