閑話 若き日2
「……すまないな、ちょっと私は料理が苦手なもので……」
ロレーヌの家、その台所で微妙にあたふたしながらロレーヌがそう言った。
俺はといえば、勝手知ったるなんとやらというか、配置が見知ったものと変わらないので料理をしているところだった。
ちょうど昼くらいだったから、食事でもしないかとこの時代?のロレーヌに言われたからだ。
普通にレストランなどでもどうか、と言われたのだが、どうにも運が悪かったのか何なのか、どこも混んでいて厳しかった。
そのため、じゃあ自宅に来ないかと誘われ、腕によりをかける……とまで言われたのは良かったが、ここで問題が生じたのだった。
つまり、この頃のロレーヌの料理の腕はひどいものだ、ということだ。
元々、彼女はマルトに来るまで料理などさっぱりするようなタイプではなく、食材じみたものを触る機会と言えば、せいぜいが薬品の調合とかそんなものだ。
なので、彼女が作り上げた品々は、ほぼ全てが生焼けか、黒焦げかのどちらかに偏った。
別に俺は不死者の身であるから、体によろしくないとは思いつつ、料理してくれたことに感謝して食べてもかまわなかったのだが、同じものをロレーヌが食べようとしている段になってこれは多少図々しかろうと言った方がいいだろうと、俺は俺が料理をしようと申し出た。
ロレーヌも別に、料理下手ではあるものの味覚音痴というわけではない。
そもそも、元々帝国で美食の限りを尽くせるような立場にいたようなので、舌は大分肥えている方だ。
つまり、まずいものは自分が作ったものであろうともまずいと断じることの出来る能力くらいはある。
俺がいる手前、せっかく作ったものだからと食べようとせざるを得なかったのだろうが、それでも食べたくはなさそうだったし。
問題はないだろう。
というわけで俺が料理をしっかりと作り上げ、ロレーヌに振る舞う。
すると……。
「こ、これは……実にうまい! うまいぞ! この家にある素材だけで、これほどのものをすんなり作ってしまうとは……驚きだ。さすがにレントでもこれほど簡単には……あぁ、いや、レントというのは貴方のことではないのだ。私の知り合いの方でな。やつも非常に料理がうまいのだが、貴方はそれをしのぐ……」
そう言いながら喜んで食べてくれるロレーヌだった。
まぁ俺もハグハグと食べる彼女の様子を見られるのはうれしいことだった。
現代でもロレーヌは俺の料理を喜んでくれるが、その喜び方の質がなんだか違うからな。
大人になったロレーヌはワイン片手に、どことなく妖艶な様子でおいしいと品良く告げる感じなのだが、今のロレーヌは……なんというか欠食児童じみていると言うか。
鳥の雛に餌を運んだような気分がする。
要は、子供に感じるのだよな。
実際子供なのだろうが……。
それにしても、俺の料理の腕がこの時代の俺をしのぐというのも面白い話だ。
当時から俺は料理を趣味にしていたし、それなりの腕をしていたという自負がある。
けれども、ここから十年、工夫に工夫を重ね、また素材や技法にも詳しくなり、そしてそもそもの腕自体も上がったのだと思う。
その結果として、ロレーヌの感想のように俺の料理はおいしくなっているのだろう。
ちょっと前まで、十年頑張っても何の結果も出ないな、と悩んでいたが、料理人としては極めて高い成長が出来ていたらしい。
いや別に俺が目指しているのは料理人というわけではないのだけどな。
しかし……。
「すまないな、紛らわしい名前をしていて」
俺がそう謝ると、ロレーヌは目をしばたたいて言う。
「何を言うか。同じ名前をしている者など、この世には沢山いる。レントなど、それこそありふれた名前にすぎんからな……謝るようなことではない」
「そう言ってくれると助かるが、面倒だろう……あぁ、そうだ。俺のことは、スミスとでも呼んでくれないか」
ふと思ってそう言う。
「……スミス? これまた随分と、あからさまな偽名だが……」
「いいじゃないか。レント・スミスなんだよ、俺は。レントという名前は、内緒にしておいてくれ」
「……何か面倒くさい事情でも抱えているのか?」
厄介なやつと知り合ったのか、とでも言いたそうな視線を俺に向けるロレーヌに、俺は笑って答える。
「ある意味そうだが、誰かに追われてるとかそういう類いのことはないから安心してくれ。しかしなぁ……困ってるのは間違いない。どうしたものか。理解できない現象に巻き込まれてるんだが……相談に乗ってくれるか?」
ロレーヌに全て内緒にして、元の時間に帰れる方策を探す、という手段もあっただろう。
ただ、ロレーヌは、知り合ってから常に俺の味方でいてくれると確信できる、唯一の人といって良い。
それはたとえ、時代が変わっても変わらないだろう。
ただし、俺がレントと同一人物である、という点についてだけは伏せた方が良いだろうと思う。
昔ロレーヌが言ってたんだよな……タイムパラドックスがなんとかとか。
細かいことは覚えてないのだが、それがゆえに、もし仮に別の時間軸に行くようなことがあっても、自分として名乗りを上げるのはまずいかもしれないみたいな話だったと思う。
だから、俺はあくまでも、他人として、違う時間軸に来てしまった、そんな話をロレーヌにすることにしたのだった。




