第619話 港湾都市と隠身
「……流石だな、マズラック」
洞窟の中に、囁くようなカピタンの声がわずかに反響する。
とは言っても、彼のことだ。
勿論、洞窟内部、また近くに何者かの気配がないことを理解した上でのことだろう。
「へっ。大したことじゃあねぇ。大体、蜥蜴人の奴ら……いや、どうも喋ってたみたいだから竜人か? あいつらの監視がザルすぎだっただけだ。海の上はあんまり気にしちゃいないようだったしな」
マズラックがそう返答する。
そう、俺たちは予定通り、マズラックの隠し港へとたどり着いていた。
彼の説明通り、街の外れにある小さな洞窟だが、それでもマズラックの中型船がすっぽりと入れるだけの大きさがある。
こういう事態でなければここで休養をとっても楽しいかもしれない。
そんな場所で、実際、マズラックはたまにそういう使い方をしているらしい。
魚も釣れるという。
今そんなことするわけには当然いかないけれど。
「確かにそのようだったな。奴らの目的はやはり街それ自体、というわけか。ただ数日前まで海を警戒してる様子だったのはなんだったのか、疑問は残るが……」
ディエゴが考え込んでそう言う。
「街に行ったら竜人一匹捕まえて聞き出してみるか? 会話が通じるみたいだからそれもやろうと思えば可能だろ」
俺が半ば本気でそう言ってみると、ディエゴも少し可能性を検討してみる顔になったが、すぐに首を横に振った。
「やめておいた方がいいだろう。奴らの数が分からん。それに竜人はどうだか分からんが、蜥蜴人は人には聞き取れないような声で鳴いて仲間を呼ぶこともあるからな。それをやられると、気づかないうちに俺たちの方が危機に陥ることもありうる」
「あー、確かになぁ……」
ディエゴのこの知識は事実であり、なんか妙に口を開けてパカパカしてるなぁ、と言う蜥蜴人をぼんやり見ていると、どこからともなく仲間たちがやってきて囲まれる、と言うのは蜥蜴人がいる迷宮などでの定番だ。
マルトでは知っている冒険者が多いが、他の地域だとこれについてしっかり認識している者は少数なので、ディエゴはやはり勉強家かつ物知りだな。
ま、職業が呪物屋で鑑定士なのであるから、そうでなければ食っていけないのだろうから当然かもしれないが。
ただ、俺はこの点について解決する手段がないでもなかった。
俺は不死者だ。
つまりどういうことかといえば、俺の耳は普通の人間のそれとはだいぶ異なる、と言うことである。
つまり蜥蜴人の鳴き声も聞こえるのだった。
これは実際マルトで確認済みであり、その感覚はなんと言っていいものか分からないが、甲高い声をさらに細くしたような声が聞こえてくる感じだ。
あまり心地いいものではないのであまりたくさん聞きたくはないが、聞こえるとだいぶ役に立つ。
あいつら、結構お互いに連絡を取り合っているみたいで、妙に連携がいいなと感じる時はまさにそう言うことだったのだなと納得がすごかったからだ。
また、蜥蜴人のみならず、蝙蝠の声とか、逆に地の底で何かが這いずる音なども最近はよく聞こえるようになってきている。
冒険者としてではないが、一番役に立ちそうなのは水の音すらも聞こえる時があることだろうか。
多分、そう言うところを掘れば、水源になるだろう、みたいな。
なんだか、聖気で肥料になれるのだから、それと合わせれば最強の農家になれそうな気がしているくらいだ。
他に必要なものはなんだろうか?
太陽光とか自分で作り出せればもう地下だろうがなんだろうが農家としてやっていけるんじゃないか?
まぁ流石に冗談だが。
ともあれ、そう言うわけであるから、蜥蜴人もとい竜人を捕まえて、仲間に連絡させないように注意しつつ尋問を行うことは十分に可能だ。
けれどディエゴやマズラックにそれを伝えるわけにも行かない。
それに……。
「尋問もいいが、それより先にニーズたちの方だ。あいつらと合流できたら、そのあとに一匹捕まえて尋問してみるのも検討してもいいだろうさ」
カピタンが空気を読んでそういった。
確かに今優先すべきはそっちだろう。
俺もディエゴもそれに頷いたので、カピタンは、
「じゃあ、待ち合わせ場所に向かうか……。マズラックはここで待っててくれ。まぁ、不安なら沖の方に出ていてもらってもいいぞ。その方が安全だろうからな」
「沖に出てしまっても構わねぇのか?」
「いざって時はここにいる三人はどうにでも逃げられるだろうからな。あんたの身の安全の確保の方が大事さ」
「そうか……ま、じゃあお言葉に甘えることにするぜ。とりあえずはここで待つが……やばそうならさっさとずらかる。お前らも俺のことはあんまり気にしないでおいてくれ」
「わかった。よし、二人とも行くぞ」
「あぁ」
「行こう」
ディエゴと俺がそう返答すると、カピタンの気配が薄くなる。
自らの気を操り、周囲と同化する技法だ。
俺とディエゴもそれを真似する。
完璧ではないにしても、俺もディエゴもカピタンに色々習ってきたのだ。
ある程度のことは出来るようになりつつある。
「……すげぇな。目の前にいるってのに、いねぇみてぇだ」
背中から聞こえてくるマズラックの驚きの声。
どうやら俺もディエゴもそれなりにやれているらしい、と少しだけ安心したのだった。
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