第65話 銅級冒険者レントと依頼の理由
「あらためて、いらいのはなしなんだが……」
俺がそう言うと、孤児院の娘アリゼは頷いて依頼について話し始めた。
「そうね。と言っても、そんなに細かい話ではないわ。依頼書に書いてある通りよ」
「《りゅうけつか》のさいしゅ、か」
「その通りよ。お願い出来るかしら?」
「まぁ、いちどうけたいらいだ。ことわるつもりはない。が……わかってるのか? あれはこのあたりだと、そうかんたんにとってこれるものじゃないぞ。せめて、りゆうくらいはきかせてくれないか」
俺の言葉に、アリゼは、
「それは……」
と、少し言いにくそうな顔をした。
何か事情があるらしい、と俺はそれで察する。
しかし、急かさずに待っていると、アリゼは、
「……そうね。そうよね。納得できない、というのは分かるわ。ちょっと待ってくれるかしら?」
「……? ああ」
話すつもりになったのかどうか。
アリゼはそう言って立ち上がり、部屋を出ていく。
それから少しして、戻ってきたアリゼは、
「こっちに来て。理由を見せるから」
と言って手招きしたので、俺はそれについていく。
◆◇◆◇◆
アリゼはそれから廊下を少し歩いて、一つの部屋の前で立ち止まった。
そこで扉に二度ノックをして、
「……アリゼです」
と中に向かって話しかけると、
「お入り」
と言う掠れた女性の声がした。
アリゼはそれに頷いて、
「失礼します」
と言い、扉を開いて中に入る。
俺にも入る様に視線で促してきたので、俺もまたそのあとについていった。
部屋の中は簡素なもので、小さめの書棚と机、それにベッドがひとつあるきりだ。
ベッドには一人の中年の女性が横になっていたが、俺たちの姿を見て上半身だけ起き上がり、話しかけてきた。
「初めまして。この度は、孤児院地下の整理についての依頼を受けてくださったそうで……報酬も雀の涙ほどでしょうに、本当にありがたく思います。私はこの孤児院の管理をしております、東天教の僧侶のリリアン・ジュネと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
その内容に、俺は一瞬首を傾げたが、アリゼが俺の目を見て、お願いだから黙ってて、というような視線を向けてきたので、特に突っ込まずに自己紹介を始める。
「ああ……おれは、どうきゅうぼうけんしゃの、れんと・びびえ、だ。いらいは……まぁ、たまにはな。わるくはない……」
事実、気が向いたから受けているという部分もある。
受ける受けないは個人の自由だし、受けた以上は働く、それが冒険者と言うものだ。
そして依頼者と冒険者は常に対等でもある。
依頼者は特に遜る必要はない。
「そう言っていただけると、助かります……孤児院の地下には小さなものですが、魔物もおりますので子供たちに任せるわけにもいきませんでした。私が元気であれば多少の戦闘の心得はありますので、なんとかなるのですが、今は……」
こう言っては何だが、四十半ばくらいの少しふくよかな体型をしているリリアンにそんなことが可能とは思えなかったが、事実であるらしいことはアリゼが特に何も言わないことから明らかだ。
まぁ、僧侶や神官というのは、冒険者以外に特殊な戦闘技能を持っている職業の一つでもある。
聖気なんかも、彼らは行使することが出来る場合もあるし、そうなると体型など関係ない。
聖気の浄化の力でもって、狭い範囲の魔物なら焼き払うことすら可能だ。
それに比べると俺の聖気の力はまだまだ弱いが、まぁ、別に神に一心に信仰を捧げてきたわけでもなんでもないのだからその差は仕方がないだろう。
使い方によっては強力な効果を生むことは鍛冶屋でのことでもわかったし、別に構わない。
ちなみに、魔気融合術の聖気版として、聖気と魔力、または気との融合を試してみたのだが、これについては実のところ失敗していた。
聖気と魔力だと、魔力と気のときよりも遥かに反発が強く、また聖気と気の場合には両方の力を注ぐと同時にその場で力が解放されてしまうのだ。
相性が悪いのかもしれない、と思ったが、絶対に出来なそうと言う感触ではなかったという微妙な結果で、これは練習するか何か特殊な工夫が必要なのかもしれないなという感じだ。
まぁ、それはいいか。
ともかく、リリアンには戦う技能はあるが、今は無理らしい。
たしかに体の調子は良くなさそうで、気になって俺は尋ねる。
「……からだが、よくないのか?」
「ええ……どうにもここ最近、体に力が入らなくて。ですけど、元々体は丈夫なのです。少し休めば、すぐに元通り働けるようになります。ですからそれまでの間、ぜひ、よろしくお願いします」
俺はどう言ったらいいものかと悩んだが、アリゼの顔を見る限りうまいこと言うように、という感じだったので、
「……まぁ、できるかぎりのことは、したいとおもう。あなたもあまりむりをしてはいけない。ありぜ、そろそろ……」
「そうね。では、リリアン様。私たちはもう少し、依頼の詳しい話をしなければならないので……」
アリゼがそう言うと、リリアンは頷いて、
「ええ。アリゼ、貴方がいてくれてとても助かっているわ。レントさんも……この子はこの孤児院のことを私の次に知っておりますので、何かありましたらこの子に聞いてください」
そう言った。
俺はそれに頷き、部屋を下がる。
アリゼも同様にし、扉を閉めて……それから、
「……いろいろききたいことがあるんだが」
俺がそう言うと、アリゼは、
「とりあえず元の部屋に戻ってからね」
そう言って再度歩き始めた。
ここで話すとリリアンに聞こえてしまう、それでは困る、ということなのだろう。
そう思った俺は、アリゼに黙ってついていく。
◆◇◆◇
「……で?」
一言だけだったが、アリゼにはそれだけで伝わった。
それはそうだろう。
色々とあの場で濁すように視線で指示していたのは彼女なのだから。
アリゼは、
「色々と余計な気を遣わせてごめんなさい。理由はあるのよ……」
そう言って謝って来た。
素直にそう言われれば、俺としても許容せざるを得ない。
別に詰問したいわけでもないからだ。
しかしどうしてあんな微妙な会話をしなければならなかったのかは聞かなければならない。
アリゼの言葉を俺が待っていると、彼女は口を開いた。
「リリアン様が調子悪いのは分かったでしょう? あれ、本人は自覚していないけど、病気なのよ」
「……なるほど」
それだけで、大体話は分かった気がした。
が、もしかしたらその推測は間違っているかもしれないので、とりあえず続きも聞く。
アリゼは続ける。
「治癒術師の人にも見てもらったんだけど……あの病気はね。魔術じゃ治せないわ。治癒系の加護を得た聖気じゃなければ……」
「こんなことをいうとしつれいなはなしかもしれないが、ちゆじゅつしにみせるかねがよくあったな?」
俺がそう言うと、アリゼは笑って、俺を指さし、言った。
「あなたみたいな物好きはいろんなところにいるってことよ。お金はいらないって。リリアン様のためならって。そういって見てくれたの」
なるほど、と思う。
リリアンは孤児院の管理人であると同時に東天教の僧侶だ。
彼女に救われた人もいたのかもしれない。
それか、単純にその戦闘技能に助けられた可能性もあるな。
元気なら魔物とも戦える、という話だったし。
「とにかく、そういうわけで、聖女様や聖者様でもこない限りは、リリアン様の病気を治すためには薬が必要なのよ。ちょっと前に聖女様が来てたけど、あのときはまだ元気だったから……」
俺が不死者じゃなかったころに一度来たな。
今来たら……俺は浄化されてしまうのだろうか?
見てるだけで体の調子が良くなったあのときのことを考えると、近づくだけで消滅させられる可能性もないではない。
気を付けなければならない相手であるな、と思う。
「そのくすりのざいりょうとして、《りゅうけつか》が?」
「ええ、そうよ。調剤はその治癒術師の人が伝手を当たってくれるって。技術料は……払うつもりでいるけど、いらないって言われてしまったわ」
きっとその治癒術師が払うつもりなのだろうな。
まぁ、そういうこともあるだろう。
親切が巡り巡って本人のためになっている状況なのだろう。
「なるほど、じじょうは、わかった。ちなみに、びょうめいは?」
「《邪気蓄積症》というらしいわ。聖気を使える人、特有の病気みたいね。持っている聖気がそれほど強くないと、使っている毎に反動として邪な気を体に取り込んでしまうみたいなの。それで、徐々に体の調子が悪くなるって。ただ、《竜血花》はその邪気を払う効果があるということよ」




