第613話 港湾都市と遺伝
「まぁ、大体の事情は分かったが、お前……そういう大事なことはもっと早めに言ってくれよ」
俺が少しばかりの文句を込めてそう言うと、ペルーサは笑って、
「それは悪かったよ。一応、後で説明しようとは思ってたんだ。あんたの知り合いに魚人の事情にこんなに詳しい人がいるなんて思わなくて」
そう言った。
急に驚かせるような形になったのは本意ではない、と言いたいわけだ。
まぁ、嘘ではないだろう。
しかし……こうやって言われてみると、あれだ。
「……確かに、ディエゴはよくそんなことを知ってたもんだな? 一般的なことならともかく、魚人の王族の細かい事情なんて、なかなか他の種族には伝わらんぞ」
カピタンがそう言った。
獣人もそういう傾向があるが、魚人は特に秘密が多い種族だ。
住んでいる場所が《海中街》のような、通常の方法では普人族がたどり着けないような土地であることが多いから、と言うのが最も大きい理由だろうが、そう言った事情があるために魚人に関する話というのは中々陸の上の人間には伝わらない。
にもかかわらず、ディエゴがそんなことを知っているのが意外だった。
彼は獣人であるし、獣人の中には海を住処とする者もいるために普人族より詳しいことはおかしくはないのだが……。
そんな俺たちの疑問に、ディエゴは言った。
「それは簡単な話だ。俺の母親が魚人なんだよ。だから色々知ってる。それだけだ」
「何? だが、どう見てもディエゴは獣人なんだが」
俺がそう尋ねたのには理由があって、いわゆる他種族との混血が行われると、その子供は基本的にどちらの親からの特徴も受け継ぐことが多いからだ。
例えば、兎の獣人と、魚人の間に子供が生まれた場合、その子供の体のどこかに鱗が出るとか、そういう感じになる。
まぁ、ディエゴも服で見えない位置にそう言った特徴があるのかもしれないが……。
「その辺りの詳しい仕組みは学者にでも聞いてほしいところだが……確かに俺の体は獣人そのものだな。親父の若い頃にそっくりらしい」
「つまり、魚人の特徴は一切現れていない?」
俺が尋ねると、ディエゴは頷く。
「そういうことだ。まぁ、不便はないからいいんだがな。それにもしかしたらだが、子供もできるかもしれないだろう」
「あぁ……混血は子供が出来にくいって話は聞くな。実際にどの程度出来にくいのかは分からないが」
「まったく出来ないわけじゃないらしい。だが、かなり確率は低い上、短命なことも多いって話だ。だからこそ、そこらで混血なんて中々見かけないってわけだ。ただ、不思議なことに普人族との混血は、さらに普人族と子供を残すことも普通に出来るってんだから、謎だよな」
しみじみとしたディエゴの言葉は、事実だ。
普人族が他の種族と比べられるとき、その特徴に繁殖力を挙げられるのはしっかりとした理由がある、というわけだ。
「種族に関しては、世の中謎だらけだからな……」
俺もディエゴの言葉にそう言って頷いたのは、俺がまさに謎の種族そのものであるからだ。
自分自身が何者か全く分からない状態で生きているのは俺だけのような気がしていたが、ディエゴと話していて思ったのは、他の種族とてそういうよく分からない部分はそれなりにあるということだ。
そこまで寂しく思う必要はもしかしたらないのかもしれない。
「……しかし、あんた混血だったのか。だからレントから海の匂いがしたわけだ……」
ペルーサが納得したようにそう言った。
俺は彼女に言う。
「てっきり《海神の娘たちの迷宮》に行ったからだと思ってたが、違ったな」
「まぁ、別にどっちでも良いけど……それより、本題だ。私をここに連れてきて……で、どうする気なんだ?」
「あぁ、そうだったな……ディエゴ」
俺がペルーサから視線を外してディエゴの顔を見る。
すると若干嫌そうな顔ながらも、俺の言いたいことを理解したらしい。
「その娘を俺の店で預かれと?」
「そこまでは。ただ、少し働かせてやってくれないか。事情を聞く限り、《海中街》へ帰る手段がなくなってしまって、その上で街でも食い扶持を稼げないから仕方なくスリをしたってことだからな。性格は話す限りまともそうだし……」
「はぁ……仕方がないな。分かった。ニーズたちもいるわけだし……一人増えるくらいわけはない。それに今日みたいにあいつらが一日使い物にならないような時には重宝するだろうしな。ただ、ペルーサ、と言ったか。お前はそれでいいのか?」
視線を向けられたペルーサは、
「それでいいのかって……あたしを雇ってくれるのか? 魚人だし、スリをしたのに」
「このレントって奴は、自分に襲いかかってきた暴漢にすらも情けをかけるお人好しだぞ。生活に困ってスリをした娘くらい、余裕だろう。そして俺はこいつのそう言うところが嫌いじゃない。魚人についてはな。俺だって獣人だし、魚人の血も継いでる。忌避感なんてないさ」
「じゃ、じゃあ、よろしく頼むよ……あたし、きっと役に立つからさ!」
「店番くらいだからそこまで大変な仕事じゃないが、しっかりやるんだな」
二人がそんな話をしている中、カピタンが俺の近くに寄ってきて、小声で尋ねる。
「……それで? 本当にただのお人好しか?」
「そう言う部分がないとは言わないけど……魚人で、《海中街》に住んでるみたいだったからな。もし迷宮で海霊草が手に入らなかった時の保険にどうかと思った。加えて王族みたいだし、そうなると余計にいい拾い物だっただろ?」
俺の答えにカピタンは呆れて、
「人がいいんだか悪いんだかよく分からない奴だな……まぁ、そう言うことがなくても、多分お前はあの娘に親身になったんだろうが。それでよしとするか」
「そうしてくれ。あぁ、そういえば、さっきの戦いで気になったんだが、ディエゴにかけた関節技、あれなんで動けなかったんだ?」
猫系の獣人のディエゴがあれを外せないのは奇妙だ。
これにカピタンは、
「もちろん《気》だよ。あれは相手と接触して、相手の体内の気を操って固定化し、動けないようにしてしまうやり方だな……慣れればもっと凄いこともできるぞ」
「例えば?」
「爆散とか」
「えげつないな……」