第606話 港湾都市と転移装置
「これが転移装置か……ふむ」
微妙な顔でそう言ったのはカピタンだ。
彼の目の前には石材で作られた小型の神殿のような建物があり、その中心部に巨大な紫色の水晶のようなものが浮いていた。
なぜそれを見て微妙な顔をしているかといえば、俺にはなんとなく分かる。
カピタンの見慣れている転移装置……つまりは、転移魔法陣とは見た目が異なるからだろう。
確かに、考えてみると不思議である。
迷宮にあるのだから、ハトハラーとあの巨大迷宮を繋ぐものと同じように転移魔法陣である方が納得がいくのだが……。
なぜ方式が異なるのか。
それとも俺たちには分からないだけで同じ理屈で動いているものなのかな?
ロレーヌがいれば考察してくれたように思うが、残念ながら彼女はここにはいない。
ここにいるのは俺も含めて、主に腕っ節で人生を乗り切ってきたような脳筋ばかりだ。
一応、ディエゴは神官だったこともあるわけだから、そうとも言い切れないだろうが……でもやっぱり、一番頼りにしているのは自分の腕ですって顔をしているんだよな……偏見か?
まぁ、それはいいか。
「これに触れれば起動するってことで良いんだよな?」
俺が最もこの《海神の娘たちの迷宮》に詳しそうなディエゴに尋ねると、彼は頷く。
「あぁ。そうすれば入り口まで戻れる。そして入り口からここに来るには、ここのことを念じながら同じ転移装置に触れれば良い」
「……ん? そもそも入り口に転移装置があったか?」
「ここで転移装置に触れている者だけに見えるんだよ。俺には見えていたが……言っても意味がないからとりあえず黙ってた」
「あぁ……そういやディエゴはあの大鎧魚を倒したことがあるのだものな。ここには来たことがあるか」
「そういうことだ。といっても、ここまでで俺の探索は終わってるけどな。そのときパーティー組んでた奴らが満足して帰ってしまったから、俺もこれ以上は行けなかった。流石にここから先は一人で行くのは当時、厳しかった。今ならもう少しくらいなら進めるだろうが……次の転移装置まで辿り着くのはそれでも無理そうだな」
ここでカピタンが、
「次の? ということはここから先にもこれと同じようなものがあるということか?」
と、転移装置を見つめながらディエゴに尋ねる。
「あぁ。どこまであるのかは分からないが……ここから先は、階層が変わる毎にあるらしい。深層から先については情報も高いから買ってない上、そこまで辿り着いた冒険者がどれだけいるのかも公表されてないから分からんが……中層部分には定期的にあるのは確かだ。だから、ここからは安全マージンを大きめに取りながら進める。ま、そうは言っても、出てくる魔物の強さは大きく変わってくるから、低層を進むよりずっと危険なのは当然の話だけどな」
「そうか……低層を抜けるまでの情報しか買っていなかったから、いい情報だった。だが、教えてくれて良かったのか?」
カピタンが尋ねると、ディエゴは頷いて、
「構わない。そもそもパーティー組んでるんだし、共有しておいた方がいい話だからな。ニーズたちもしっかり覚えておけよ。ただ、あんまり外で吹聴はするな。冒険者組合や情報屋から睨まれるからな」
後ろの方で聞き耳を立てながら今の会話を聞いていたニーズたちはその言葉にびくっとした。
どうやら後で誰かに売りつけようとでも考えていたらしい。
「えっ、な、なんで睨まれるんだよ……?」
ニーズが尋ねてきたので、ディエゴが答える。
「そもそもそうやって情報を絞ってるのは、無闇矢鱈にその情報を頼ってここまで降りてくるような低級冒険者をできるだけ出さないためだからだよ。どこの国でも街でもそうだが、情報屋って奴は大抵、冒険者組合と協力関係にある。それで、ある程度冒険者の実力を見極めて、流す情報の内容や質も厳選してるんだ。まぁ、全く冒険者組合とは関係のない情報屋もいるが、そういう奴らは裏社会との関わりが強かったりすることが多いから、むしろ危険だしな。そういうわけだから、絶対に今の情報を誰にも言うな、とまでは言わないが……あんまり事情を分かっていないのにおかしな奴に言えば、危険だと言うことは分かっておけ」
「お、おう……分かった」
ニーズが少し怯えつつ頷いたので、ディエゴも伝わったと思ったのだろう。
満足したように首を縦に振り、それから言った。
「じゃあ、転移装置を使おうか」
もちろん、誰も否とは言わない。
俺たちは転移装置……そこにある水晶に同時に触れると、水晶が僅かに光を帯びて、その瞬間、視界が真っ白に染まった。
◆◇◆◇◆
「……お、ここは……」
周囲を見回すと、そこは迷宮の入り口だった。
といっても、海の中ではなく、外から入って、一番最初に上がったところのほど近くだ。
流石に海の中に放り出すほど鬼畜仕様には出来ていないらしくて安心する。
まぁ、そんな感じだったらディエゴも注意するだろうしな……。
ちなみに、確かにそこにあったのは先ほど触れた転移装置と同じく、大きな水晶であったが、色は違っていて、緑色をしている。
その水晶を覆うように小型の神殿のような建物が作られているのも同じだった。
水晶の色が違うのは……使われている鉱物が違うから?
それとも魔力などでそうなっているのか……。
やはり細かい機構は見ただけでは分からないな。
出来ることなら調べてみたいところだが……。
俺の物欲しそうな視線に気付いたのか、ディエゴが言う。
「念のため言っておくが、こいつを調べたいからと持ち帰ろうとしても、無駄だぞ?」
「それはまた、どうして?」
「無理にこいつを持ち帰ろうとすると、迷宮の魔物が大挙してここに転移してくるらしいからだ。以前、そういうことがあったらしい」
「……これだけむき出しに転移装置があれば、そういうことにもなるか」
「あぁ。そのときは学者と冒険者のパーティーで来ていて、学者の方がそういうことをしようとしたらしいが……ガンガン魔物が出現したという話だ。だが、転移装置から距離を取ると、その魔物たちも消えたらしい。おそらく、元いた場所に戻ったとか、そういうことなのだろう」
「防衛機構か何かもあると……おっかないが、無茶しなければ便利なんだし、そういうものだと納得しておくか」
「その方が良いだろうな……さて、帰るか。ここからは来たときと同様に海に潜って海上に上がらないとならないが、大丈夫か? レントとカピタンは問題ないだろうが……」
そう言ってディエゴがニーズたちを見ると、彼らもぶんぶんと首を縦に振っている。
なんだかニーズたちはディエゴに少し恐れのようなものを感じているらしい。
確かにどこか有無を言わせない兄貴肌みたいなものがあるからな。
分からないでもなかった。
それから、俺たちは海に潜り、一生懸命泳いで海上の船へ向かった。
幸い、来たときに見た巨大な魚はどこかに行ったのか、見かけることなく、全員無事にそこまでたどり着けたのだった。