第64話 銅級冒険者と孤児の実情
叫んだ少女は、そのままその場にいる孤児たちに向かって、冒険者たる存在が如何に野蛮で向こう見ずで近づくと危険な存在かを語ってくれた。
下手に近付くと切り捨てられる可能性すらあり、こんな風に大勢の子供で囲んではいきなりタコ殴りにされてもおかしくはないという。
「――だから、絶対に近付いちゃダメ! わかった!?」
最後にそう言って、ものすごく泣いている子供たちを部屋から出して、それから俺の方を振り返ってはっとしてから、ひどく言い訳臭く、
「い、いえっ、あの……すみません……別に貴方がそうだってわけではないんですよ?」
ととってつけたような謝罪の言葉をくれた。
これに俺がどんな反応をしたかと言うと、
「……いや、むしろあんしんした。あのこどもたちは、おれになんのけいかいもなく、ちかづいてきたからな。だれもなにもおしえてないんじゃないかとおもって、すこし、ふあんだった」
そう言って謝罪を受け入れた。
そもそも、少女の言ったことは概ね正しい。
目の前に俺がいる状況でそれを怒鳴りつけるように言ってしまっているところは問題だが、少し間違えていれば先ほどの子供たちはどうなっていたかわからない、というのは本当の話だ。
たまたま今日来た冒険者が俺で、特に気が短いわけでもないから問題なかっただけで、他の冒険者だったら、そういう危険性があるというのは間違いない。
まぁ、銅貨一枚の孤児院からの仕事を受けるような奴で、そこまでひどい奴はそうそういないだろうが、どこにでもおかしな奴と言うのはいる。
冒険者、という奇人変人の巣窟のような集団に全体的な警戒の目を向けておくと言うのは、弱い立場の者にとって、むしろ常識としておかなければならないことだろう。
そんな俺の考えを、俺の言葉からなんとなく読み取ったらしい少女は、改めて、
「……本当に、申し訳ありません。あの子たちは、いくら言っても危ないところに首を突っ込んでいくもので……いつも扱いに困ってしまっていて。聞き分けは悪くないのですけど、目を離すと……」
その瞬間から、好奇心のままに動き出す、というわけだ。
子供だから仕方がないとも言えるが、そこそこ年長のものもいるのにそうなってしまっているあたり、少しばかり危機感は足りないのかもしれなかった。
「わかいときはな、こうきしんがつよいというのはわるいことじゃない。ただ、ほんとうにきをつけたほうがいい。まるとのぼうけんしゃは、あまりあらいのはいないが、ながれものがくることもある。そういうときは……よくよくきをつけさせなければ、ほんとうにきけんだ」
殺人まで発展すれば大きな問題になるだろうが、そこまでは至らないまでも大けがをさせられる場合もある。
そういうときは、犯人を捜そうとしてもすでに他の街へ消えた後だった、ということもあるのだ。
俺の助言に、少女は、
「……はい。しっかりと、言い聞かせます」
そう頷いた後、不思議そうな顔で、
「……それにしても、随分と……親切な方ですね? マルトの冒険者は確かに常識的な方が多いですが、ここまで心配してくださる方は珍しいです」
と言う。
いないわけではないだろうが、確かにこのくらいのことであれば曖昧に笑って終わらせる、くらいの者が多いだろう。
あまり口出ししすぎるのもうるさく思われるし、そもそも依頼者の内情に深く踏み込みたくないと考える者も少なくないだろうからな。
俺は……。
俺もやっぱり、踏み込み過ぎはよくないと思うが、これくらいの注意はしておきたい派だ。
あとで何かが起こって、あのときもっとしっかり言っておけば、みたいな後悔はしたくない。
それにせっかくこうして話しているのだし、さっきの子供たちも顔を合わせたのだ。
多生の縁もあるだろう、という感じはある。
少し、余計なことかもしれなくとも。
「べつに、おれじゃなくてもあそこまでけいかいしんがなければ、いうだろうさ。まぁ、それだけしあわせにすごせているということだとおもうが」
孤児院と言うのは別に地獄のような貧困にあえいでいる場所ではない。
が、ところによってはあまり良い扱いを受けていないこともある。
東天教以外の宗教団体経営の孤児院ではその傾向が強く、そこにいる子供たちは暗い眼をしていることも少なくない。
しかし、ここの子供たちは、さっきのを見る限り、そう言ったことはないようであった。
むしろ、愛情を注がれて生きている。
そんな感じがする。
おそらくは、ここの管理者が立派な人間なのだろう、と思われた。
マルト第一孤児院の方は年に二、三度、依頼を受けることがあったが、第二孤児院には俺は来たことがなかった。
なぜかと言えば、俺ではない別の者がここの依頼を優先的に受けていたからだ。
誰が受けていたのだったか……。
思い出そうとしてみるが、出てこない。
喉まで出かかってるんだけどな。
俺がそんなことを思い出そうとしている間に、少女は言う。
「ええ、リリアン様はわたしたちにとても優しくしてくれるから……じゃなかった、してくれますから」
ずっと敬語だったが、自分のことを語ろうとしたことで若干ほころびが出たようである。
子供にしては立派な言葉遣いだったが、完璧、とはいかなかったのだろう。
それでも立派なものだが。
しかし、そもそも敬語なんて俺には使わなくていい。
そう思って、俺は言う。
「はなしにくいようなら、ふつうにしゃべってくれて、かまわないぞ」
「えっ? 本当ですか? でも……」
「きにするな。ほかのぼうけんしゃがあいてのときは、きをつけたほうがいいが、おれはそういうことはきにしないたちだ」
つまり気にする冒険者もこの世には存在するということだが、少数派だろう。
そもそも、敬語に馴染めるような輩などお上品扱いされるのが冒険者の世界である。
しかし冒険者同士では馬鹿にするくせに、女性冒険者組合職員などが相手だと、育ちの良さそうな綺麗な言葉遣いをしている者をほめたたえるのだから、なんというか度し難い存在だなと自分たちのことながら思ったりする。
蓮っ葉な女性がダメだという訳ではなく、自分にない品を女性に求めたいときもあると言うことらしい。
俺にはよくわからない感覚だが。
別に言葉遣いなんてどうでもいいような……話がずれそうだ。
ともかく、冒険者と言うのは大体が、自分に向けられる言葉が敬語かどうかは気にしないということだ。
少女は俺の言葉に少しだけ考えたようだが、本人がこう言っているのだから、と思ったらしい。
「……わかった。でも、あとで怒らないでよ? あなたが自分で言ったんだからね」
と、敬語をやめた。
この方が子供らしいな、と思うがそれは勝手すぎる感覚かも知れない。
ここにいる以上、彼女もまた、孤児だ。
しっかりとした言葉遣いや注意力を身に着けておかなければ、いずれどこで難癖つけられるか分からないのだ。
そしてその場合、抵抗することも出来ずに終わるだろう。
孤児の立場はそれくらいに弱い。
余計なことだったかもしれない、と思ったが、もう普通に喋れと言ってしまって受け入れられたのだからまぁいいか、ということにした。
悪いことをしたということは、依頼をしっかりと片づけて返すことにしたい。
「もちろん、おこらない。それで、いらいのはなしだが……おっと、そのまえに、おたがいじこしょうかいがさきか。おれのなまえは、れんと・びびえ。どうきゅうぼうけんしゃだ」
「銅級……てっきり鉄級の人が来るかと思ってたわ。孤児院の依頼なんて……私はアリゼ。ファミリーネームは、ないわ」
孤児たちの出自は色々で、親のファミリーネームを継いでいる者もいれば、そんなものは分からないため、孤児院に引き取られた時点で名前をもらい、そのあと誰かに引き取られたり、独り立ちするときに改めてファミリーネームをつける、と言う場合もある。
アリゼの場合は、そういうことなのだろう。
ちなみに、普段必要であれば、対外的には孤児院の管理者のファミリーネームを名乗ったりするが、今はその必要がないと判断したようだった。
別に役所ではないのだ。
手続きのためにファミリーネームが必要、なんてことはないのでその判断は正しい。




