第605話 港湾都市と宝箱
「……お。宝箱が落ちているぞ」
カピタンが嬉しそうな声でそう言った。
どんな迷宮においてもそうだが、ボス部屋の魔物を倒すと宝箱が出現することがある。
といっても、その名前の通り、宝箱の形をしているとは限らず、布で包まれた何かだったり、ただの壺だったり、酷いときには妙な方向にねじ曲がった金属でぐるぐる巻きになった何かだったりするが。
中に何か入っているのが普通だが、その中身についても似たようなものだ。
もちろん、それでも有用なものが入っていることが多いことは言うまでもない。
ただ迷宮内に転がっているガラクタ魔道具たちと比べれば期待度は段違いだ。
それでも宝箱の中身は千差万別で、何の加工もされていない素材そのままだったりすることもあれば、現代の技術では再現しようもない複雑極まりない機構で組み上げられた魔道具であったりすることもある。
出現する階層が深ければ深いほどいいものが出てくることが多いのは、この宝箱と中身がその迷宮内に漂う魔力から作り上げられるものだからであると言われており、確かに強力な魔剣とかいったものは、かなり深いところで出現することが多い。
反対に極めて運が良ければ浅い層であっても出現することはあるが……カピタンが期待しているのはそういうものではないだろう。
「海霊草が入っていると良いな?」
俺がそう言うとカピタンは頷く。
そもそも彼がこの迷宮に入っている目的はそれだ。
それさえ見つかればさっさとここを出てしまって何の問題もなく、後は時間いっぱいまで俺の稽古に付き合ってもらえるはずだ。
元々の職業である狩人としての時間を奪うようだが、相当の時間のかかる海霊草の採取など引き受けているのだ。
村での狩りについては彼の弟子たちで対応できるようにしてきているだろう。
普通に報酬だって払うつもりもある。
ただ、カピタンは報酬なんて断るだろうが……。
ともあれ、海霊草がさっさと見つかるに越したことはない。
しかし、ディエゴがそんな俺とカピタンに水を差すように、
「……海霊草がこのボス討伐の報酬に出たことはついぞなかった記憶があるな」
そう言った。
残念な情報にがっかりする俺とカピタンを後目に、戦闘後で相当疲れ切っているだろうに、ルカスが目を輝かせ、
「……は、早く開けましょうぜ!」
そう言って宝箱に近づく。
ちなみに宝箱の形はフジツボやらなんやらが張り付いた蛸壺の形をしていた。
上部はしっかりと木の蓋で閉じられていて、何かの紐で結わえられている。
うーん。
これなら期待できそうに思うのだが……。
そんなことを考えている内、ルカスがさっさと紐を解き、そして蓋を開けた。
するとそこにあったのは……。
「こいつぁ……木札? なんだコレ……」
ルカスが呆けた声でそう言った。
彼の手に握られているものは、まさに木の札としかいいようのない、何の使い道もなさそうな物体だった。
けれどこれを見たディエゴは、
「……ほう。なかなか良さそうなものだな」
と感心したようにそう言った。
「どこがだ?」
俺が尋ねると、ルカスから木の札を受け取ったディエゴは、
「ほら見ろ。表面に精緻な文様が施されているだろう?」
そう言って近くで見せてきたので観察すると確かにそのようなものが見えた。
しかし……。
「これがどうしたんだ? 芸術品としての価値が?」
「いや、そうではない。これは……呪物だ」
そう言った瞬間、ルカス、ガヘッド、ニーズの三人はずざっ、と言った様子で慌てて後ろに下がった。
ディエゴはそれを見て笑い、話を続ける。
「……といっても、そこまで怯えるようなものじゃない。これ単体では全く効力を発揮しないものだ。これはこの迷宮で得られる迷宮武器と組み合わせることで効果を発揮するものでな。特定の属性に傾けたり、特殊な効果を付与したりすることが出来る」
「ははぁ……それは割と便利そうだな」
「あぁ。だが、あくまでこの迷宮で得られた武具にしか効果がないのが難点でな。中層以降に進まなければ武具の入った宝箱なんかはないから、そういう意味では俺たちには無用の長物かもな。それに効果も調べてみないと分からん。文様と図鑑を見比べなければ流石に判別できない……」
「確かに恐ろしく複雑な文様だよな……呪物って、こういう文様から力を得て動いているのか?」
「そうとも限らない。何の文様もないものもあるし……。ま、詳しくは呪物関係の学者にでも尋ねるしかないな。彼らならある程度のことは説明できるだろう。何せ、呪物が入ってこないように判別の結界も張れるのだからな。だが、それでもそれを乗り越えてしまう呪物もあるし……定義自体が曖昧なことは否めん。すでに呪物だとはっきり分かっているもの以外は、魔道具との区別も出来んというのが正直なところだろう」
その辺りはロレーヌも言っていた。
彼女は呪物の専門家というわけではないが、魔力が関わる現象全てについて彼女の所掌であるからな。
呪物についてはヤーランにはあまりないということもあって、研究に力を入れてこなかったという話だが、ひとたび真面目に研究し始めたらすぐにいっぱしの学者程度の知識は入れてしまうことだろう。
うーん、ここにロレーヌも連れてくるのだったな。
まぁ、彼女は今頃、親父かガルブの婆さんに色々教わってほくほくだろうけれど。
ハトハラーに戻る頃には俺とロレーヌの実力に更に差が出来ていそうで怖い。
「ま、そう言った話は街に戻ってからで良いだろう」
カピタンがそう言って一旦話を切る。
「もう戻るのか?」
俺がそう尋ねると、カピタンは、
「一度中層に行ってから、だな。確かこの迷宮には中層入り口に特殊な転移装置があるという話だった」
「転移装置? それは珍しいな……」
基本的には、迷宮でもかなり深い層で確認されているものであり、当然のこと、今の人間に再現できているものではない。
《水月の迷宮》にはあったが、あれもまた相当に珍しいものだ。
「あぁ。そのお陰で大分楽が出来る。一度中層に辿り着けば、入り口から飛ぶことも可能になるらしい。ただ、そのためには中層にある転移装置を一度使わなければならないという話だった。だから、今日のところはそこまでだな。ニーズたちはどう考えても限界だし」
見れば、三人とも息も絶え絶えの様子であり、確かにこれ以上の探索を彼らと行うのは厳しいだろう。
「分かった。じゃあ、そこまで行くか……三人とも、もう少しだけ頑張れ。それで今日は終わりだ」
俺の言葉に三人は、疲労困憊を隠せない状態ながらも、深く頷いたのだった。