第604話 港湾都市と的
的が大きいから大ぶりの攻撃でも当たるだろう。
そしてあれだけ大きいのであるから、小さな傷をちまちま与えるよりかは強い攻撃をぶつけていく方がいいはずだ。
そう思ったのは俺だけではなく、カピタンとディエゴもそうだった。
だから、それぞれが別の方向から、大鎧魚の金属製の鱗に向かって剣鉈と槍を振るうべく、最短の距離を走った。
どちらも相当な速さだったが、気の扱いに長けているカピタンは加速が違った。
気は身体強化に長けた力であるが、あそこまで速いのは単純な身体強化だけで行っているわけではないだろう。
まだまだ俺が知らない技術があって、それを活用したものだとなんとなく察する。
「……うらぁ!!」
先に大鎧魚の元に辿り着いたカピタンが、飛び上がってその巨体に剣鉈を振りかぶった。
そしてその剣は鋭い斬撃を大鎧魚に浴びせたのだが……。
──キィン!
という高音と共にカピタンの一撃は弾かれる。
「……おっと」
おそらくは予想外だっただろうが、それでもカピタンは並の戦士ではない。
弾き飛ばされた瞬間に空中でうまいこと体のバランスを取り、回転しながら地面にしっかりと着地した。
だが、それで安心は出来ない。
大鎧魚は攻撃されるその瞬間まで、悠然とした態度で部屋の中心に浮いていたが、攻撃を受けた瞬間、ネジが巻かれたかのようにぎょろり、ぎょろりとその大きなガラス質の目を動かし、それから尻尾で思い切り空気を叩く。
それは水中を泳ぐ魚の動きだ。
そしてもちろん、ここは本来大鎧魚が生息する水中ではなく、空気中であるのだから、そのような動きが意味を成すことはないはずだった。
けれど、そんなわけがないことは、ここにいる全員が分かっていること。
こうして空中に浮いている時点で、奴にはそういう移動手段があるのだと。
事実、大鎧魚が尻尾を動かすと同時に、その巨体は思った以上の速度で中空を移動し始めた。
大質量が高速で動き出したことに伴い、風が辺りに吹き出す。
さらに、
「……クアァァァッァアア!」
という、鳴き声とも金属が擦れ合う音とも言いがたい、しかしその中間の性質を帯びた音が大鎧魚の喉奥から響き渡り、それと同時に、地面に十ほどの魔法陣が出現する。
「これは……さっき言ってた奴か!?」
俺がディエゴにそう叫ぶと、遠くから彼が返答する。
「あぁ! ニーズ、ルカス、それにガヘッド! 小魚怪人が召喚されるぞ! お前らはそいつらの相手を頑張れ! 無理はすんなよ!」
「分かった!」
お互いの声が届くか届かないか、という瞬間に、魔法陣からせり上がってくるように小魚怪人が現れる。
その数は、魔法陣の数と同じ、十。
その全てを相手するのは流石にニーズたちには厳しいだろう。
彼らが倒せるのは、一度に一匹。
二匹も群がられたら、それだけで死の危険がある。
だから、俺たちも適宜加勢するというか、彼らが追い詰められないように気を配りながら戦うつもりだった。
ただ、思った以上に大鎧魚が強い……というか堅い。
俺も一撃噛ましてみたが、見事に弾かれてしまった。
普通に魔力や気を通すだけでは、中々難しそうである……。
「……流石は名高い《海神の娘たちの迷宮》だぜ! 浅層からこんなのが出るとは……!」
カピタンがそう言ったが、これにディエゴが、
「これは明らかにおかしいぞ。前の奴は俺の槍でも普通に通った。浅層でこんなのが出たらルカリスの冒険者はほとんどいなくなってる!」
と意外な台詞を言う。
つまり……。
「本来ここに出現する奴はもっと弱い訳か?」
俺がそう言うと、ディエゴから返答される。
「当たり前だ!」
「……確かに改めて前に遠目で見た奴と比べると、かなりデカいし、圧力も違うな……! 特殊個体か!」
カピタンがいらついた声でそう言った。
特殊個体。
それは迷宮で稀に出現する迷宮のルールから逸脱した存在だ。
本来、こういったボス部屋に出現する魔物は固定であり、強さや大きさなども多少のずれはあっても、あくまで誤差の範囲内に落ち着くものである。
しかし今回は……。
全く有り得ないわけではないが、かなり珍しい現象で、こんなものに出会すのは運がない奴だけだ。
運か……なんだか俺のせいのような気がしてきた。
この中で誰が最も運勢が悪いかと言えば、間違いなく俺だろうしな。
そう思った俺は、どうにか攻撃を通す隙がないかを探るカピタンとディエゴに提案する。
「……俺があいつの鱗のどこかを吹き飛ばす! だから二人はそこを攻撃してくれ!」
それしかないだろう。
俺はカピタンのように円熟した実力はないし、ディエゴのような精密な攻撃も出来ないが、しかし、防御力を多少無視した一撃を放つことが出来る。
魔気融合術だ。
聖気も注いだ方がより確実だろうが、武器が耐えられないからな……。
ここから先も戦わなければならない以上、あれは今、使うわけにはいかない。
俺の言葉に、カピタンは何をする気か理解したようで、
「分かった、頼む!」
そう言って大鎧魚の注意を俺から引き離した。
ディエゴは俺がどうするつもりかはもちろん分からないようだが、それでもある程度の信頼は俺に置いてくれているらしい。
カピタンと同じく、立ち回りを変えて、ちょろちょろとその辺りを動き回る小魚怪人の方を遠ざけてくれた。
二人のお陰で、剣に魔力と気を注ぎ込む余裕を得た俺は、十分なチャージをした後、
「……よし、行ける! 二人とも、離れてくれ!」
そう叫びながら、大鎧魚の方に向かって走り出す。
大鎧魚は確かに素早く中空を泳ぎ回っているが、それでも流石に追えない速度ではない。
その辺りは、まだこの浅層に出現する魔物の範疇なのだ。
あくまでもあまりに堅すぎるだけで……。
だからこそ、それを貫けば、勝機はある。
俺は大鎧魚の真下に辿り着くと、そこから飛び上がった。
それから剣を下から切り上げてその体に命中させると、
──ばりん!
という音と共に、かの魔物の体を覆っていた鱗の一部が、内部から吹き飛ぶように剥がれた。
魔気融合術の効果である。
それを確認しながら俺が落下し始めると、反対に飛び上がったカピタンとディエゴが俺を追い抜いていった。
彼らの武器は正確に大鎧魚の鱗の剥がれた部分を狙っていて……。
「……決まったな」
そう思った瞬間、大鎧魚はその巨体から浮力を失い、墜ちてくる。
このままだと俺は潰されてしまうので、当然、着地と同時に慌てて避けたが……。
「もう少し位置を考えてくれても良かったんじゃないか?」
落とす位置のことである。
残りの小魚怪人を処理しつつ、俺が言った台詞だ。
しかしそんな俺に対してカピタンとディエゴは、
「あのタイミングを逃すとなんかまずそうな気がしたんでな」
「聞くところによると、あの鱗、剥がしても数十秒で回復するらしいぞ。だからあのタイミングしかなかった」
そう言った。
流石にこれを聞いてはこれ以上文句は言えない。
ディエゴはともかく、カピタンは勘で察知したのだろうが……よく分かるものだ。