第603話 港湾都市とボス部屋
ニーズたちに色々教えるのも中々に良い勉強になるのは確かだ。
それによって今までの自分の基礎の見直しが出来るし、彼らの動きを見ながら直せる部分を見つけると、意外にそれに自分が当てはまっているかもしれないということもある。
ただ、彼らが戦うところに口出しするだけというのは問題だ。
もちろん、ニーズたちは一度、俺とディエゴに完膚なきまでに敗北しているわけで、俺たちがそこそこやれるということは分かってはいるだろう。
けれど、彼らの今のところの扱いは《海神の娘たちの迷宮》に出現する小魚怪人という、それこそ雑魚を狩らせて露払いをさせているかのように感じられるだろう。
ある意味それで間違いではないが、ずっとそればかりだと彼らもイライラが募っていくだろうことは間違いない。
悪いようにはしない、と事前に言っているものの、結局自分たちを奴隷のように扱っているじゃないか、という考えに疲労が溜まるにつれなっていくのは、人間として当然の話だった。
「それじゃあ良くないからな。そろそろ俺たちも戦おう……というか、流石にこの先はニーズたちだけでは厳しい」
カピタンが、石造りの巨大な扉の前でそう言った。
「浅層と中層を隔てるボス部屋の扉だな……。久しぶりに見たが、まぁ、このメンバーならなんとかなるだろう」
ディエゴが頷いてそう言う。
「やっぱり、前に来たことがあるのか?」
俺がそう尋ねると、ディエゴは、
「……大分前にな。だが、そのときは……いや。その話はいい。それより、ボス部屋に出現する魔物のことだ。分かってるな?」
そう言って話をずらした。
まぁ、人間答えたくないことはあるものだ。
俺だっていきなり、お前人間か?とか聞かれたら口ごもるしかないからな。
体中の関節ぐにゃぐにゃにして見せて、びっくり人間として驚かせるのも面白いかも知れないが、それをやったら場合によっては即、討伐だからやはりやらない。
「俺は一応、情報は仕入れてるから……カピタンは?」
「俺も分かってる。一度ここの扉を開けて、中を窺ったことがあるしな。一人でもなんとかなるとは思ったが……浅層全体で海霊草探しを終えてからにしようと思ってた。今ならそういう意味でもいいタイミングだ」
「そうか。じゃあ、入るか……入ったら扉が閉まるんだったよな?」
これにはディエゴが答える。
「あぁ。だからニーズたちも入らないとならないぞ。まぁ、そこで俺たちが戻ってくるまで待ってるというのなら、無理することはないが……分かってると思うが、ここから前の安全地帯までは結構遠いぞ」
これはニーズたちにとってはほぼ死刑宣告だろう。
かなり消耗した今の状態で、そこまで戻れというのは無理だ。
間違いなくここまで来るまでに倒した小魚怪人たちの一部が再湧出しているだろうしな……。
「お、おい! そりゃねぇだろ! 俺たちも行くぜ……! ただ、戦力としては期待しないで欲しいが……」
ニーズが最後に情けなく付け足したが、それを言えるだけ冷静である。
少し前までの彼なら無駄に虚勢を張っていただろうから。
これなら一緒に進んでも目立たないように、邪魔しないようにと注意した立ち回りが出来ることだろう。
無理そうならどうしてたかって?
そりゃ置き去りで中に……なんてつもりはなかった。
その場合は仕方が無いから今日のところは一旦戻るつもりだった。
別にそこまで急ぐ旅でもないからな。
俺は銀級昇格試験を控えている身ではあるが、今日明日でどうにかしなければ、というわけではない。
ニーズたちのために数日使っても問題ない。
試験を嘗めているわけではないが……王都に行ったとき、オーグリーにも腕の方は銀級並、と言って貰っているからな。
ここに修行に来ているのはあくまでも万全の準備がしたいからで、それがなければもの凄く困るというほどでもないのだ。
「……中に入ったら、ニーズたちは可能な限り端の方にいろ。小魚怪人が定期的に召喚されるから、そいつらだけ気にしてれば良い。ボス自体は俺たちがなんとかするから、そっちは気にしすぎるな。いいな?」
戦ったことがあるディエゴの正確な助言に、ニーズたちが神妙に頷いたのを確認し、そしてカピタンが扉に手をかける。
すると、ごごごご、と大きな音を立てて扉が、数人、人が通れるほどの隙間を開ける程度に開いた。
……完全に開けよ。
と文句を言いたくなるが、そうするとロレーヌみたいな砲台型魔術師がパーティーにいたら扉の外から強力な魔術をしこたま撃ってボス討伐、なんてマネをすることもありうる。
一応、こういう扉と中の部屋との間には、そういう行為をさせないためなのだろう、魔術を通さない不可視の結界が存在するが、絶対の強度を持つというわけでもない。
深層に行くにつれ、強力になっていくのは間違いないらしいが、流石に《海神の娘たちの迷宮》でも浅層にあるボス部屋の結界など、ロレーヌくらいの魔術師がいれば打ち抜こうと思えばいけるのではないだろうか。
やっているところは見たことがないのだが、ロレーヌは試したことはありそうだな……。
今度聞いてみよう。
そんなことを考えつつ、先に中に入ったカピタンに続いて、俺も部屋の中に進んでいく。
さらにディエゴがニーズたちを引率するように入ってきた。
剣はすでに全員抜き放ち、構えているのだが、いきなり襲いかかられる、というタイプのボス部屋ではないらしい。
ただ、部屋の中心には威圧感のある、巨大な存在がこちらを静かに見つめて浮かんでいた。
大鎧魚と呼ばれるその存在は、名前の通り、金属製の鱗を体中に身に纏った魚の魔物で、大きさは概ね五メートル程度だ。
本来は当然、海に生息している魔物であるため、海水がなければ泳ぐことなど出来ないはずなのだが、迷宮という理不尽な空間はそんな存在を空気中に浮かせていた。
いや、もしかしたら大鎧魚の見た目ではあるが、実際は浮遊能力と空気中での呼吸能力を迷宮に与えられた個体なのかもしれない。
何度も狩られているため、大鎧魚であるということは間違いないらしいし、そういった能力をもたらす器官は特に確認されていないと言うことだったが、魔力で補っている可能性はあるからな……。
ただ、俺が仕入れた情報に寄れば、戦い方は海にいるときと変わらないという話だったので、十分に対応することが出来るだろう。
そもそも、そこまで強い魔物ではない……はずだ。
今の俺にとっては、という意味だが。
昔の俺なら二秒で沈んでいるような相手であるので油断は出来かねる。
「さぁ、行くぞ!」
カピタンがそう叫ぶと同時に、俺とディエゴは広いボス部屋に散開した。