第602話 港湾都市と新米師匠
小魚怪人を気でもって切断……というか、爆散させて思ったのだが、これはよしておいた方が良いかもしれない。
なぜなら、その爆散のときに、固い鱗が周囲に飛び散ったからだ。
俺の方向には飛ばないようにそれらも弾いておいたからニーズ達は傷一つ負っていないが、敵味方入り乱れて戦っているような状況でこれをやってしまうと、とんだ自軍攻撃になりかねない。
考えなければならないな。
俺がずっと拠点にしているマルト周辺では小魚怪人などほとんど相手にすることがなかったから、その辺りの経験の不足を感じる。
まだまだ、しっかりと勉強していかなければならないと気を引き締める。
とはいえ、概ねの対処については分かった。
ニーズが相手にしていた小魚怪人についてはもう心配ないため、俺は次にガヘッドとルカスの戦っているそれに対応すべく、振り返って地面を蹴る。
まぁ、こちらについてはニーズが戦っていたものよりもずっと簡単ではあるが。
というのも、ガヘッドとルカスが正面から戦っているため、こちらから見ると完全に背後を捉える形になるからだ。
ガヘッド達の実力は概ね小魚怪人と同じくらい……つまり、彼らを相手にしながら後ろを気にする余裕は小魚怪人達にはないのだ。
俺が近づいているのを察することも出来ず、目の前の敵と一生懸命戦っている小魚怪人の首を、俺は、今度は魔力を込めた剣でもって切断する。
何の抵抗もなく、簡単に飛んだ小魚怪人二匹の首である。
しかし、だからといってまだ油断は出来ない。
首を飛ばしたからもう大丈夫、と思ったのかルカスが、
「レントの旦那! 助かりまし……うぉっ!?」
と、俺にお礼を言いかけたところ、俺が視線でルカスを少し責めるような視線を向けると、ルカスはそれに反応する。
それとはつまり……首の飛んだ小魚怪人の身体がルカスに向かって銛を振って来たということだ。
俺が言うのもなんだが、魔物の生命力というのは首が飛んだくらいで活動を完全に停止すると思って挑むとまずいことになる。
小魚怪人もまた、首が飛んだだけでその瞬間に絶命するわけではないのだ。
ただ、そうはいっても俺のような不死系の魔物ではないので、身体能力は急激に下がり、そして死に向かっていくのは間違いない。
この状態で放っておけば、当然絶命するだろう。
とはいえ、それには人がそうなるよりもずっと時間がかかるのだった。
なんとか俺の視線に気付いたルカスはギリギリのところで小魚怪人の攻撃を避け、それからその剣を小魚怪人の身体に刺し込むことに成功した。
魔物の耐久力の多くはその持つ魔力に起因するところが大きい。
小魚怪人の鱗それ自体の強度は死によって魔力供給がなくなろうとも維持されるが、隙間なくびっちりとなった状態は小魚怪人の意思の力と魔力によって維持されている。
つまり、今の首が飛んだ状態なら、ルカスの剣が刺さるくらいの隙間があったということだ。
もちろん、たった今のことがあるから、ルカスは一撃が刺さったくらいで油断せず、すぐに剣を抜いて構え直した。
「……まだ来るなら、か、かかってこい!」
などと言いつつ。
けれど流石にこうまでなって活動し続けられるほどの耐久力があるわけでもなく、小魚怪人の身体はゆっくりと倒れていく。
完全に地に伏した状態になりながらも、なお、まだピクピクと動いている様は確かに《魔物》と表現してなお足りない不気味さを感じるが、魔物とはそういうものだ。
流石にルカスも、それくらいは分かっているようで、特に気味悪そうな目をしているわけでもなかった。
一般人なら怯えるかも知れない光景だが、冒険者にとっては日常茶飯事だからな……。
俺の視線に気づけなければ手助けが必要だ、と思っていたが、どうやら必要なかったようでよかった。
短い間だが、しっかりと成長の兆しが見えるのは、やはり実力とぎりぎり釣り合うレベルの相手と戦ったからだろう。
この調子でこれからも頑張ってもらいたいものだ……。
そして、ガヘッドの方はといえば、彼はルカスとは異なり、油断はしていなかった。
こういう、敵と相対したときに冷静さを保ち続ける力はガヘッドが一番優れているようだ。
精神力というのかな。
そういうものが、この三人の中でも最もあるのがガヘッドだろう。
俺が何か合図を出すまでもなく、首が飛んだ小魚怪人の前にじっくりと腰を据えた構えをし続けた。
そして首を失った小魚怪人の身体が襲いかかってきたのを危なげなく対処し、結合を失った鱗の隙間、しかも心臓部分に槍を突き入れて倒した。
地に伏した小魚怪人に対しても少しの間、観察するのを忘れず、本当に死んでいるか槍の穂先でつついていた位だから、慎重さも随一だろうな。
「……まぁ、なんとかなったか……でも、ちょっと疲れたかな」
そんな独り言を呟いてしまった俺である。
もちろん、この不死者の身には体力の概念なんてあってないようなものだが、多少の気疲れはある。
俺一人で、周囲に何もいない状態で戦うのなら話は別だが、ニーズ達がこれ以上、危険な目に遭わないように、細心の注意を払いつつ戦うのはやはり大変だ。
もっと、遙かに実力が劣る者を……たとえば鉄級冒険者に冒険者としての基礎を叩き込む、というのであればまだ楽だし、何度も経験しているので慣れもあるのだが、銅級冒険者にそれをするのは思ったよりも余裕がない。
少し目を離すとすぐに死んでしまいそうな不安がある……。
かつての俺を指導するのにも、カピタンがそんな苦労をしたのだろうか、と思うと師匠に対する感謝の念が心の底から湧き上がってくるな。
ともあれ、今回はそんなカピタンと一緒なのだ。
俺のやり方がどの程度のものだったのか、助言をもらいたいところだ……。
そう思ってカピタンの方を改めて見つめてみると、目があったカピタンがこちらの方に向かって深く頷いているのが見えた。
どうやら、ギリギリ及第点をもらえたようだ、と理解した俺は、改めてほっと息を吐いたのだった。