第601話 港湾都市と破裂
「……別に構わんぞ。レントにも、それからニーズ達にも教えるつもりなんだ。四人も五人も似たようなものだ」
カピタンがディエゴの頼みにそう答える。
ディエゴは簡単に受け入れられたのが驚きのようで、
「……自分で言っておいてなんだが、本当にいいのか? 《気》でも魔術でもそうだが、有用な技術というのは秘匿するべきものでは?」
確かに、多くの魔術師や学者などは、自らが到達した真理について、他人に伝授することを嫌がる。
勿論、自らの愛弟子にそれを教えるというのなら後世に成果を残すためにも吝かではないだろうが、広く世に知らしめようとすることは避ける傾向がある。
まぁ、富や名声が欲しい、という場合にはまた変わってくるが、そういう場合でも核心部分については隠したりするからな。
なぜそうするのか、と言えば優れたものは自分やそれに属する者だけが知っていればいい、という考えからで、確かにある意味でそれは正しい。
皆に教える、ということは自分の優位性を捨てると言うことに他ならず、特に魔術や戦闘技術はそういう性質が強い。
誰も知らない魔術の方が、より多くの人間に効くに決まっている。
対処法すら存在しないのだから。
そのため、そういう考え方はシビアな現実の広がるこの世界において、間違ってはいない。
ただ、そうは考えない者もそれなりにいるのは事実だ。
カピタンはその一人というわけで……。
彼は言う。
「そういう考えがあることは分かっているが、俺はそこまで極端な考えではないのでな。勿論、誰にでも教えるというわけじゃないが……ある程度信用できる人間に伝える分には躊躇することはない。一緒にパーティーを組んでいるんだ。戦力が増強される分にはその方がいいだろう?」
「確かにそれはそうだが……」
「それに、さっきも言ったが《気》は誰でも持っている力だ。それなりに訓練をすればいずれ誰であろうと使えるようになる。ただ、そのためには根気が必要だからな……教えればすぐに分かるようになる、というものでないのだから、多少広めたところで俺の優位性は揺るがない」
それはカピタンの確かな自信に基づく発言だった。
確かに、たとえ今日明日、《気》を身につけたところで、カピタンに追随できるようになるかと言われれば全くそんなことはない。
《気》を身につけて十年は経過している俺だとて、《気》の扱いについてはまるで及ばないのだから。
細かな操作技術を教わっていなかったから、というのもあるが、それ以上に年季が違うというのが大きい。
第一人者とはそう簡単に追いつけない人間だからこそ、そう言われるのだ。
カピタンの言葉にディエゴは納得したようで、
「そういうことなら、よろしく頼む。まぁ、《気》を使えるようになっても、俺はあまり広めたりはするつもりはないが……」
「そうなのか? 別に好きに広めてもらって構わないぞ」
カピタンは太っ腹にそう言う。
「……いいのか? だが、根気が要るという話だしな……そういう見所のありそうな人間がそうそう見つかるとも思えん。まぁ、いたらそのときに考えることにしよう……そもそも、俺自身が身につけていないのに気の早すぎる話だ」
「確かにそれもそうだな。まずはディエゴが身につけるところからだ」
カピタンがそう言ったところで、ニーズ達の方の戦いも終盤に入ってきていた。
「……結構頑張ったが、もうそろそろってところかな」
俺がそう呟くと、カピタンとディエゴも頷く。
「倒したのは……二体か。残りは……」
「三体だが、あの様子では厳しいな。ルカスとガヘッドはまだしばらく戦えそうではあるが、ニーズの体力は限界に近い。あの二人では決定力に欠ける以上、これ以上は無理と見るのが正しいだろう」
その結論は俺が考えたものと同じだ。
今はまだ、小魚怪人たちの攻撃をなんとか受けることが出来ている三人ではあるが、武器が命中してもその鱗を突き抜けることはなくなっていた。
もう手に力が入っていないな……。
「……加勢してくる」
俺がそう言うと、ディエゴとカピタンは頷いた。
彼らは特についてくることなく、俺だけがニーズたちと小魚怪人の間に入る。
この通路の狭さだ。
三人同時に加勢するより誰か一人が行くのが一番良い、というのは俺たちには分かっているからだ。
あとは誰が入るか問題だったが、カピタンは今後教えて行くにあたってニーズ達の動きを見物していたいだろうし、ディエゴの得物は槍であるから人数が多い戦場での取り回しが難しい。
そうなると俺しかいないというわけだ。
俺がニーズ達の後方から入り込むと、それに気づいてルカスが言う。
「……レントの旦那! 助けに来てくれたんですかい!?」
「まぁな。お前達はもう少し持ちこたえろ。とりあえずはニーズからだ」
最前で戦っているニーズはそれこそもう、ふらふらだ。
よくもここまで頑張れたものだ、と感心するくらいである。
まぁ、無理矢理頑張らせたのは俺たちなのだが。
小魚怪人の攻撃をなんとか受け流していたニーズだが、とうとう限界が来て、剣を取り落としそうになる。
ギリギリ持ちこたえたが、集中が途切れた瞬間を小魚怪人は待っていたように素早く地面を踏み切り、ニーズに銛を突きだした。
しかし、その銛が、ニーズに命中することはなかった。
当然、俺がそれを遮ったためだ。
「……レント、か……へっ。手を出さない……んじゃ、なかった、のか……?」
息も絶え絶えな様子でニーズが俺にそう言った。
汗だくで目も朦朧としながら、口元に笑みを浮かべてそんなことを言える胆力は中々のものだ。
「それだけ言えるならまだ戦えそうだな? 譲ろうか?」
「……勘弁してくれ……頼む」
流石のニーズも事ここに至って虚勢を張るほど愚かではなかったようだ。
彼の言葉に頷き、俺は剣を振りかぶる。
剣に込めたのは、《気》だ。
魔力を込めて切断してもいいのだが、鱗などの表皮が硬いタイプにはこっちの方が確実だし簡単なんだよな……。
気でも切断は可能だが、体内に衝撃を通すやり方の方を選択し、俺は剣を小魚怪人に振るった。
すると、するする、と言った様子で剣は小魚怪人の表皮を切断し、さらに切り口が破裂する。
その様子を見ていたニーズが、
「……なんておっかねぇことしやがる……」
と怯えてこちらを見ていた。