第600話 港湾都市と力
「……な、何だと!?」
珍しく大げさにそう言って驚きを示したディエゴである。
対して彼を驚かせた張本人であるカピタンはむしろ静かに答えた。
「そもそも、《気》は本来誰にでもある力だからな。才能がない、ということ自体ほとんどないんだ。勿論例外はないとまでは言わんが……ディエゴはそれには当てはまらない」
「つまり、俺にも身につけることが出来ると……?」
「そうだ。少なくとも《気》を使う、というところまでは必ず出来る。その後の、どの程度使えるようになるか、というところで初めて才能の話になるが……そっちはな。どれだけ愚直に鍛え続けられるかというのが問題になってくるだけだ。まぁ……一応、例外的な奴もここにいるわけだが……」
そう言って、カピタンはちらり、と俺を見た。
ディエゴは首を傾げて、
「どういうことだ? レントは……確か《気》を使えると聞いたが」
そう尋ねる。
一応、ディエゴには俺がいわゆる全部持ちであることは伝えている。
一緒にこうして迷宮に潜る以上、言っておいた方がいいと考えたからだ。
ニーズ達には言っていないけどな。
彼らに余計な情報を与えると混乱する可能性の方が高い。
その点、ディエゴなら問題ない。
聖気を持っていることには驚いていたが、元は彼も神官なのだ。
聖気持ちについては見慣れているのかさほどでもなかった。
カピタンは答える。
「確かにそうなんだが……今はともかく、昔はてんで駄目でな。一応、使えたは使えたんだが……どれだけ努力しても《気》の絶対量が増えなかった。こいつはまさに愚直に自らを鍛え続けられる希有な才能を持っているんだが、それでもだ。こういうのを特殊体質というのだな、と俺はレントで学んだよ」
そう語ったカピタンの声は少しがっくりとしていた。
ただそれは俺について失望したというわけではなく、自分の限界を知ったという意味合いであることはその口調から分かる。
要は自分にがっかりしているわけだな……俺が《気》を使えるようにしてくれただけでも十分だというのに。
カピタンには剣術や森での生き方なども教わったし、むしろ彼がいなければ俺は冒険者になんてなれなかったのだから。
「……意外な話だな。少なくとも今はかなりの腕のように見えるが……。《気》は不得意、ということか?」
ディエゴが尋ねてきたので俺は、
「いや。今はそうでもないぞ。カピタンが言う《気》の絶対量、というのも今は増えていると思う……」
自信がないのは、俺の感覚的なものが合ってるかどうか不安だからだ。
骨人から徐々に自らの力が上がっている、というのは感じているが、魔力はともかく《気》に関しては理論的なことはそこまで身についていないからな。
すぐに聞ける師匠が常に近くにいるわけでもない。
ただ、今はまさにそのような状況なので聞けることは全部聞いておきたいところだが。
カピタンは俺の考えていることが分かったようで、口を開く。
「それで間違っていない。今は当時よりもかなり増えているな……レントを見ていると、今までの自分の経験がどれだけ正しいのか、不安になってくるよ」
半ば冗談のような口調でそう言ったカピタンだった。
これにディエゴが、
「……なぜ急にそういうことになったんだ? 《気》というのは、一時成長が停滞し、その後急激に伸びる性質があるものなのか?」
と尋ねる。
カピタンは言う。
「そういう場合も全くないとは言えないが……レントの場合はな。細かいことはこいつの個人的事情になるから言えないが、色々あったんだ。体質が急に変わったというか……」
気を遣ってくれてもの凄く遠回しな説明をしてくれたカピタン。
これで理解しろというのも酷な話だと思ったが、意外にもディエゴはこれで分かったらしい。
「なるほど。それなら分かる……神殿の聖人なども稀にそういうことがあるそうだからな。つい先日まではさほどの聖気を持っていなかったのに、薬湯や秘薬の服用によって徐々に体質を変えていくと、ある日急に大きな聖気を授かる瞬間というのが」
流石に元神官らしく、神殿の内情には詳しいらしい。
聖人・聖女にも知り合いが多いのだろう。
そういうところから得た情報と照らし合わせると理解できると……。
しかし、神殿の聖人・聖女というのはそういう方法で聖気を増やしているのか……。
そんな裏技のようなやり方があるのだな。
まぁ、それを言ったら俺が最も裏技染みたことをやって魔力・気・聖気を増やした気がするが。
薬湯や秘薬、という手段は俺も使えるかどうか気になるところだ。
使えるのであれば今後、自力を上げるのにかなり有用そうである……。
「その薬湯や秘薬って簡単に手に入るものなのか?」
そう尋ねると、ディエゴは首を横に振って、
「そんなわけないだろう。薬湯はともかく、《秘》薬だぞ。レシピは神殿の魔薬調剤師たちが秘匿しているよ。少なくとも鑑定神の神殿ではそうだった。あそこは目利きが多いから、特に気を遣っていたな……」
確かにディエゴのような鑑定士が沢山いる場所で、仕入れの品目や数量などを見られただけでも秘薬のレシピを知るのには十分な情報だと言える。
細かな調合方法については試行錯誤して研究すればいいわけだしな。
出来るか分からないものを研究するのは大変だが、必ず出来ると分かっているものを探すとなれば格段に難易度は下がる。
「なるほど、秘薬の方はとりあえず諦めるとして……薬湯の方は?」
「そちらの方は信者には出されていることがあるし、販売しているものもあったな。ただ、やっぱり秘匿されているものもある……というか、レント、お前欲しいのか?」
「あぁ……俺も聖気を使えると言ったろう? 力を増やす方法があるのなら全部試しておきたいからな……」
「まぁ、分からんでもないが……レントは見かけによらず……とは言えないか。物腰によらず、力に貪欲だな」
見かけによらずとは言えない、とは骸骨仮面ローブ男はまさに力を貪欲に求めてそうだからだろうな……。
物腰はどうかな。
そんなにガツガツしては見えないかもしれないが……。
「俺はいずれ神銀級になりたいんだ。だからそのためにはどうしてもまず、力がいるのさ」
「……なるほど、そういうことなら……俺も目的のためには力が欲しいから分かる……カピタン」
向き直ってディエゴがカピタンに言う。
「なんだ?」
「俺にも《気》を教えてくれないか?」




