第63話 銅級冒険者レントと孤児院
マルト第二孤児院。
マルトは辺境国家の地方都市とは言え、近くに存在する二つの迷宮の恩恵を受け、一応は都市と呼べるだけの規模の人口のいる、まぁまぁの都市である。
そのため、主要な施設はその人口に比例してそれなりの数あるし、孤児院もまた、同様であった。
孤児院は地域や国によって、その運営主体は様々だが、この都市マルトにおいては東天教と呼ばれる宗教団体の僧侶たちが行っている。
東天教は、かつてこのヤーランに、東の地に舞い降りたという天使がやってきて、様々な奇跡をおこなったことがあるらしく、その人物は神の現身であったと考えて祀り、敬っている宗教で、その教えは比較的穏便なものだ。
布教も無理強いしたりすることはなく、寄付も強制はしない。
それが故に、資金的にかなり苦しそうではあるが、東天教の僧侶たちは大体において高潔であり、ヤーランに置いて東天教の僧侶は敬われていると言っていいだろう。
しかし、それはヤーランだけで、他国においてはかなり微妙だ。
東天教それ自体が広まっておらず、名前すら知られていないらしい。
まぁ、地域密着型の宗教団体であるということだ。
そんな東天教の教会に付設する形で、マルト第二孤児院は存在していた。
かなりのボロだ、というのは酷い話かも知れないが、実際そうとしか言えないのだから仕方がないだろう。
その化粧石のはがれ具合だとか、中途半端に石を詰めて直ったことにした!と言わんばかりの石壁の欠けとか。
あぁ、本当に東天教というのは資金がないんだなと理解できる様子に何か涙が出そうになる。
書物やロレーヌの話によれば、西の大国に存在する宗教団体と言うのは非常に巨大なものがいくつかあり、国に匹敵するほどの権力と資金力を持っていて、神官たちは皆、宝石屋かと勘違いしそうなほどにじゃらじゃらと着飾っていることも少なくない、と言うことだが、少なくともヤーラン王国においてそんな宗教者は一人も存在しない。
宝石どころか銅の鍋すら買えなさそうである。
まぁ、銅の鍋は高いんだけどな。それはいいか。
俺はとりあえず、孤児院の扉の前に立ち、そこについてあるノッカーを手に取って叩こうとした。
すると、ばきっ、と音がなって、ノッカーが扉からはがれた。
「……なかったことに、しよう」
幸い、ノッカーの後ろの方を見ると金具がついているのが見える。
扉の方も同様だ。
腰に下げている魔法の袋から、スライムの粘液の入った試験管を取り出し、ちょっとだけノッカーの後ろに垂らし、扉に押し付けて数秒待つ。
それからゆっくりと手をはなすと……。
――よし、くっついた。
これで問題ないな、と思って俺は改めて扉を叩く。
もちろん、軽くだ。
ノッカーの周りには決して衝撃を与えないように気を付けて、ただ音だけは内部に浸透するように。
無駄に高度な技法を駆使しているようで、自分は一体どうしてこんなことをしてるのだったかと考えたくなるが、俺が自分の人生の意味について深く思索を始める前に扉が結構な勢いで開け放たれた。
ががががっ、と、かなり乱暴な、扉のこすれる音が聞こえ、おい、せっかくつけたノッカーが外れるだろ、と心の中で思った俺であるが、扉を開けた人物はそんなことは気にしていないようで、扉の前に立つ不気味な仮面の男――つまりは俺を見上げて笑った。
「あっ、お客様ですか? 申し訳ないですが、今日はリリアンは留守で……」
十二歳くらいの少女だ。
短く切りそろえられ、整えられた髪は、貧困の中でも身だしなみを忘れない一種の貴さのようなものを感じる。
心までは貧しくなる気はないということだろう。
しかし、リリアンが誰なのか知らないが、ここで追い返されても困る。
俺は言う。
「……ぎるどで、いらいをうけてきたぼうけんしゃなんだが、それでもだめか?」
すると、少女ははっとして、
「あぁ! なんだ、それを先に言っていただければ……てっきり借金取りの人がまた来たのかと……どうぞどうぞ、狭いところですけど」
と言って、扉をあけ放ち、中に入れてくれたのだった。
◆◇◆◇◆
「……なにか、ようか」
中に通されて、俺は十人以上からなる孤児たちに興味深そうな目で見つめられていた。
年齢はまちまちだ。
赤ん坊を抱えている少女もいれば、もうそろそろどこかに働きに出なければならないだろう、という年齢の子もいる。
まぁ、孤児は毎年同じ数が出るわけではない。
魔物や山賊などに襲われて両親を失ったり、子供を作ったはいいが育てられないからと孤児院の前に捨てていくことによって、ここに引き取られるからだ。
後者はマルトでは少ないようだが、前者に関してはこの世界のどこででもありふれた話だ。
頑丈な防壁で築かれた街の外に出れば、どんな人間だってその可能性はある。
魔物がそれほどでない、安全な地域だといって村を立てても、その数日後に突然発生した魔物の一団に滅ぼされた、なんていう話も枚挙に暇がないからな。
世知辛い話だが、これはもう、仕方がないとしか言いようがないだろう。
孤児でも、生きていられただけ彼女たちは運が良かったとも言えるのだから。
そんな彼女たちが、俺をなぜこんな目で見つめているかと言えば、俺の見た目だろう。
先ほど通されてとりあえず孤児院の一応の客間らしき部屋に通されたのだが、あの案内の少女がお茶を入れてきます、とどこかに行った後、次から次へと子供たちがやってきて、この数になってしまったのだ。
仮面にローブ姿は彼女たちには割と珍しい存在に映るらしく、それが興味深いようだ。
まぁ、冒険者としては珍しくもないこの姿だが、それ以外のところでとなるとやっぱり珍しい、となってしまう。
戦闘を生業としていない限り、顔を焼けただれさせるとかそんなことは起こりようがないからな。
それに、ローブだってここまで真っ暗な色のものは着ないだろう。
冒険者だから迷宮や森で魔物に発見されないように、と言う理由で身に付けてもおかしくはないものだが、街中を歩くものたちは過度に明るくはないとはいえ、暗い色でも茶色とかその辺が一番目立つ。
そういうことを考えると……まぁ、孤児たちの注目を集めるのは分からないでもなかった。
それに加えて、俺は孤児院に訪ねてきた冒険者なのだ。
冒険者が孤児院を訪ねることなど、あまりない。
それは、孤児院に冒険者に依頼できる経済的余裕などまず、ないからだ。
これは他の国でも同様のはずだ。
なんだかんだ言って、慈善事業として宗教団体はこのような孤児院を運営しているが、そこに予算はそれほど割かないものだという。
ヤーラン王国の東天教は単純に資金難の故だが、他の宗教団体の運営の孤児院は、単純に予算不足から困窮しているということだ。
つまり、どこであっても冒険者が孤児院に来るのは珍しいのだ。
だから、見に来た、というわけだ。
しかしあまり感心はしないと言うか、俺だからまだいいものの、冒険者と言うのは基本的に荒くれ者である。
あまり子供が近づいていいものではない、というのが世間一般の認識である。
それを知らないのか……。
そう思っていると、扉ががちゃり、と開いて、そこから最初に俺を案内してくれた少女が現れた。
トレイには欠けたカップとソーサーが置かれていて、なるほど持ってくると言っていたお茶なのだろうと言うことが分かる。
彼女はそれを俺に運ぼうと思っていたのだろうが、部屋の中にひしめく孤児たちを見て、目を見開き、
「あんたたち……なにやってるの!?」
そう叫んだ。




