第62話 銅級冒険者レントとお安めの依頼
クロープに、というかその妻であり店員でもあるルカに、剣の残りの代金と、足が出たという赤字分を補填して払い、俺は店を出た。
その際、ルカの視線がなにか言いたげだったが、今、直接語れることはない。
曖昧な視線を返し、微笑んだつもりになって会釈した。
つもり、というのは今の俺の顔の作りだと笑っても皮が引きつるかそもそも表情筋そのものが存在しないために笑顔を作るのが難しいからだ。
それに加えて仮面も被っている。
笑おうが笑うまいが相手には伝わるまい……と思っていたら、なぜかルカはその表情を機嫌良さそうなものにして、微笑んでくれた。
何か伝わったということなのだろうか?
だといいのだが……。
俺は店を出て、そのまま冒険者組合に向かう。
銅級冒険者としての仕事始めだ。
装備も整ったことだし、これからは迷宮攻略も効率が上がる……と言いたいところだが、俺は少しの間、迷宮探索はお預けだとロレーヌとシェイラに言われてしまっている。
正直なところ、困った話だが、事情が事情なので仕方がない。
いくらこんな見た目になったとはいえ、人さらいと間違われるのは勘弁である。
しかし、いつになれば迷宮探索を再開できるのか……。
迷宮において、人さらいや他の冒険者を襲う不良冒険者というのは実のところ、それほど珍しくはない。
冒険者はそれなりに強く、魔術や気などの特殊な技術を身に付けている者が大半であるため、さらって奴隷なりなんなりにすればかなりの金額になるからだ。
この都市マルトが存在する田舎国家ヤーラン王国では、その長い歴史からくるプライドなのか、奴隷制度は絶対拒否を謳っているが、むしろ世界的には奴隷を許容する国の方が多い。
それは必ずしも人を所有することに歪んだ喜びを感じる者が多いから、というよりかは、そうしなければ社会が回らない部分がそれなりに出来てしまっているからというところが強い。
たとえば、鉱山採掘などはその危険性から、ある程度以上の採掘量を確保しようとすれば労働奴隷を入れなければ難しいし、また経済的破綻を迎え、しかし返済能力が皆無の人間に対して、最低限、人としての尊厳を与えるためには流石に何をしてもかまわないという許可を与えるわけにもいかず、労働や居住に関する自由の一部を奪う、という方法でもって最低限のラインを守ろうとしている、という部分もある。
もちろん、奴隷だから好きに扱って構わない、と考える者と言うのもいるが、少なくとも制度上そこまで過酷な扱いは許容されていないところが多い。
それでも悲惨なのは悲惨で間違いないのだが。
そういうことも考えると、冒険者を奴隷にするのはコスト的に良い選択肢なのだ。
体力もあり、魔術や気によって耐久力も高い。
そんな人材は探しても中々見つかるものではなく、しかし迷宮に行けば一網打尽、というわけだ。
まぁ、冒険者組合や強力で善良な冒険者とことを構える覚悟が必要になってくるが、そこのところも非常に生臭い話をすれば、癒着じみたことが行われていることもあるらしい。
冒険者の敵は決して、魔物だけではないという嬉しくない現実がそれでわかる。
だからこそ、試験は非常に厳しいわけだ。
そういう奴らが普通にいるから。
ただ、先ほども言った通り、このヤーラン王国では奴隷の所有も売買も禁じられている。
それが故、そう言った人さらいたちはこの国では少数派だ。
全くいないわけではないことが人間の業の深さを教えてくれているような気がして世知辛いが、とにかく少ないのは確かだ。
それなのに、最近頻繁に新人がいなくなるものだから、マルトの冒険者組合もぴりぴりしているわけである。
そして怪しげな俺が目に入ると、あいつやったんじゃね、と疑いたくなる気持ちも分からなくもない。
そのまま濡れ衣へ直行してもおかしくはない。
だから俺はこそこそ他の依頼を受けていくしかないのだった。
まぁ、雑用依頼は得意中の得意だから、別にいいのだけど、存在進化、したいなぁ……と思わないでもない。
そろそろ、口周りを人に普通に披露できるような存在になりたいな、とは思っているのだ。
このままだと普通のレストランでは食事すら出来ない。
たまにロリスのところでは食わせてもらっているが、そのときは何も言われないからな。
もちろん、他の客も、またロリスの妻のイサベルもいない時間帯にこっそりとだ。
最初に見せた時は作り物だと思ったらしいが、触らせたら現実だと理解したようでものすごく引いていた。
ただ、別に魔物だと思っているわけではなく、不治の呪いを受けてこうなってしまったと彼は信じている。
俺がそう、説明したからだ。
顔だけならそれで十分通じるし、呪いだ、というのなら後で治っても運よく聖女か何かに治してもらえたんだ、で通じるからな。
そんなことを考えながら、ぼんやりと冒険者組合の依頼掲示板を見つめていると、
「……どうかいちまい、か」
ある一つの依頼が俺の目に留まる。
それは、報酬が銅貨一枚と言うあまりにも低廉な価格設定で、当然のことながら誰も見向きもしないようだった。
ゴブリン一匹倒してももっともらえるから、当然と言えば当然だが……。
しかし、どんな依頼なんだ?
少し興味を引かれて見てみると、そこに書いてあった内容は、かなり厳しいものだった。
「……レントさん、それ、受けるんですか? 受けていただけるとこちらとしてもありがたいのですけど……」
後ろから声がかかったので振り返ってみると、そこにいたのはシェイラであった。
俺が掲示板を見つめてずっと動かないから気になって受付からやってきたらしい。
今の時間帯は、俺があえて混雑する時間帯を外しているためにかなり閑散としている。
そのために、シェイラも別に受付に張り付いている必要がなく、だからこそ出来ることだった。
「これがのこっているのは……きんがくよりも、ないようのもんだいか?」
「ええ。ぱっと見て、銅貨一枚と言うのは流石に、とは思いますけど、依頼者の名前を見て納得する方は結構いらっしゃるんです。冒険者組合の伝統でもありますし、ね」
伝統というのは、銅貨一枚の依頼が意味することを言っている。
これは、どうしても金が出せない依頼者が、しかし、どうしても冒険者の力が必要なときに出す、ボランティアの募集に近い依頼の形なのだ。
昔からたまにあるもので、大体の冒険者はそれを先輩に聞くなりして、いつしか知る。
シェイラの言っているのは、そういうことだ。
彼女は続ける。
「ですから、一応、検討はしてくださる人もいるんですけど……やはり内容が」
「《りゅうけつか》のさいしゅか。このあたりだと……そうだろうな。むずかしいな」
《竜血花》とは、血のように赤い花を咲かせる希少な植物のことで、用途としては観賞と調剤がある。
その花からは、花の色と同色の花竜血と呼ばれる液体を抽出することが出来、これを適切に扱えば様々な薬品を調薬できる。
また、この花にはかつて、一人の人間の女性に種族を越えて恋をした竜が、色々とあって勘違いをした英雄に討ち滅ぼされ、その際に流した血が地面に垂れ、花の形になった、という伝説があり、それがゆえに恋する女性にこれを贈る人間もいる。
物語の内容的にそれを贈るのはどうなんだ、と思わないでもないが、詳しく言うと竜は英雄を殺すことも出来る力があったのに、女性への愛のためにそれをせずに自ら殺されるのだ。なぜなら、英雄は、その女性の弟だったからだ。
そういうわけで、愛のために殉じる覚悟があることを示すために、女性に贈るというのがよくあり、これを好きな女性は少なくない。
が、非常に希少なので滅多に手に入らず、花屋で並んでいることもなくはないが、べらぼうに高い。
それを、とってこい、と書いてあるのだ。
誰も手を出さないのは当然と言えば当然だった。
ただ、それでもシェイラが言うには検討する者もいるという。
その理由は、依頼者の項にはっきりと示してある。
そこにはこう書いてある。
《依頼者:マルト第二孤児院、孤児一同》
と。
むやみやたらに善意の押し売りをする気はないが、しっかりと依頼はされている。
報酬は低いが、別にそれに乗るかどうかは冒険者の自由だ。
「……どうされます?」
答えが分かっているかのような微笑みを向けてそう尋ねたシェイラに、俺は、
「うけよう」
そう一言答えた。