第583話 港湾都市と自己紹介
冒険者組合でカピタンに教えられた酒場に辿り着くと、
「……おーい! レント! こっちだ」
と、騒がしい喧噪に満たされた空間の中、聞き慣れた声が俺のことを呼んだ。
「どうやら向こうが先だったらしいな。あっちだ。行こう」
ディエゴ、それにニーズたちに振り返ってそう言ってから、声の方向に先導して歩いていくと、見知った顔と、そうではない顔がついたテーブルがそこにはあった。
一人は当然ながら、俺の師匠であり、ハトハラーの狩人であるカピタン、それにもう一人は……。
「あんたらがディエゴに、ニーズ、ガヘッドにルカスか。俺はカピタン。一応、レントに剣なんかを教えた人間だ。本業は冒険者って言うより狩人なんだがな……で、こっちが……」
カピタンがディエゴとニーズたちにそう自己紹介をし、それから同じテーブルについていた老齢の男に視線を向けると、男は俺たちを見て、
「……マズラックだ。職業は、船乗り。あんたたちは俺が責任を持って、《海神の娘達の迷宮》まで届けてやる」
そう言った。
すでにその辺りの説明は済んでいるらしい。
話が早くて助かる。
そんなマズラックに、
「……おいおい、爺さんじゃねぇか。大丈夫なのかよ……」
と呆れた様子で呟いたのは、ニーズであった。
あれだけ失礼なことはするなと言ったのにこの様子なのでとりあえず俺は、べしりと頭を叩いておく。
するとマズラックがそれを見て、
「いい、気にするな。確かに俺はどこからどう見ても爺だからな……。初対面で信用できないのは分かる。だが、腕の方は実際に船に乗ってから判断してほしい。あんたたち冒険者の世界にも、俺くらいで相当強い奴もいるだろう?」
さして気にした様子もなくそう言った。
確かにマズラックの言うとおり、冒険者には銀級のみならず、金級や白金級にもかなり高齢の者がそれなりにいる。
若い頃にそのランクまで上がったから年を取ってもそのまま、という者もいないわけではないが、たとえ老齢であっても実力自体は確かにそのランクに見合っているという者も少なくない。
神銀級ともなると、そのランクにいること自体がはっきり公表されていないことが多いこともあり、厳密にはどうなのかは分からないが、その一つ下の階級、白金級に老齢の者がいる時点で、神銀級にも当然いると考えるべきだろう。
そもそも剣士などの武術家だと年齢によって大きく衰えが来てしまうことも珍しくはないが、魔術師系統はむしろ年を経れば経るほど強大になっていくことも少なくない。
その場から一歩も動かずとも、街一つを崩壊せしめることが出来るほどの魔術師というのが、確かにいるのだ。
そのような存在を弱いなどと言うことは誰にも出来ないだろう。
そういった事実についてはニーズも流石に知っているのか、マズラックの言葉にばつの悪そうな顔をして、
「……悪かった。そうだな。人は見かけによらねぇよな……」
と、更に俺の顔、というか仮面を見て言った。
まぁ、俺に絡んだ結果、とんでもない目に現在進行形で遭っているわけだから、身に染みて、人は見かけによらない、という事実は分かっているのだろう。
かなり素直にそう謝ったので、マズラックは意外そうに、
「ほう、よくいる跳ねっ返りだと思ったんだが……意外に素直だな? お前みたいなのは船乗りにもたまにいるが、伸びるぞ。途中で折れるやつってのはどうも、斜に構えて生きてるような奴が多いからな……」
そう言った。
この台詞に逆に意外そうな表情を浮かべたのはニーズの方だ。
おそらく、そんなことは言われたことがなかったのだと思われる。
むしろ今までの彼はただひたすらに斜に構えている方だっただろうからな。
現状に絶望しつつも、他の生き方が選べないからだらだらと惰性で続けて暮らしていた良くいる冒険者。
今は俺によって叩きのめされた結果、諦めの境地もあってこういう態度になっているだけで。
ただ今のような姿勢を持続させられるのなら確かに伸びるだろう、とは俺も思う。
ニーズはかつての俺と似たようなタイプだが、その頃の俺と比べれば遙かに才能はあるだろうからだ。
俺は本当に……どれだけ頑張ってもどうにもならなかった。
それでも諦めることは出来なかったけれど。
「改めて……ニーズだ。よろしく頼む。マズラック爺さん」
「別にマズラックか爺さんでいいぞ。お前達は……」
それからマズラックは俺たちに顔を向けたので、それぞれ簡単に自己紹介をする。
「レントだ……カピタンの、一応弟子になる」
「ガヘッド……ニーズと腐れ縁の冒険者だ。こいつが失礼な態度で申し訳ないな」
「ルカスだぜ。俺もニーズとガヘッドとは腐れ縁だな」
そんな感じで。
しかしディエゴだけは口を開かない。
そんな彼にマズラックが親しげな顔を向け、
「……ディエゴ。お前は自己紹介しないのか?」
と尋ねると、ディエゴは、
「今更だろう、マズラック」
と返答したので、俺は気になって二人に尋ねる。
「……知り合いなのか?」
これに答えたのはマズラックだ。
「あぁ、こいつがこんな小さい頃からな。こいつの親父と俺は、それこそ付き合いも長かった……」
「なるほどな」
つまりはマズラックの知人の息子が、ディエゴだった、というわけだ。
「船乗りがいるとは聞いていたが、まさかあんただとは思わなかった」
ディエゴはマズラックにそう言う。
これにマズラックは、
「今の海に個人で船を出す奴なんて俺以外に誰がいるって言うんだ?」
「確かにな……昔からそうだったって親父からは何度も聞いた」
「そうさ。俺の一番の上得意はお前の親父だったからな」
そう言ったので、俺は尋ねる。
「ディエゴの親父は冒険者だったって話だったが……《海神の娘達の迷宮》に?」
ルカリスから船で行くことが出来る迷宮は他にもあるが、やはり最も有名なのはそれだ。
これにマズラックは頷き、
「そうさ。一時期は毎日潜っていたくらいだ……まぁ、それもこいつが出来るまでの間だったが。流石に子供が出来たら、毎日、迷宮なんかに潜ってるわけにはいかなくなったんだな。あいつは目利きも出来たから、冒険者をやりながら貯めてた金で店を持った……まさか俺よりも先に逝っちまうとは思ってもみなかったがな」